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第二章 渡る世間は跳梁跋扈
第22話 風見祥子の滅却
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シンラ・バーンズは皇帝だ。
俺の傭兵団を受け継いで二代目団長となった長男は、自らの手で国を作った。
ただの国じゃない。
俺達が活動していた大陸の約半分を平らげる、大帝国だ。
幾つもの大国を侵略し、併呑し、吸収し、統一した。
結果、史上まれにみる超大国を、わずか一代で築き上げたのが、俺の長男だ。
戦乱に明け暮れる異世界の一角に、数百年の平和をもたらした最高最善の統治者。
多くの伝説を残し、『史上唯一の大帝』、『天にして地』とも呼ばれた大皇帝。
それが、シンラ・バーンズ。
生涯、ピーマン嫌いだけは克服できなかった、俺の可愛い息子だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
風見家に到着した。
「おいコラ、シンラァ――――ッ!」
現場に駆け込むと、ちょうどそこには起き上がったシンラの姿。
「……ふぅ」
さっきまで全身イケメンだった男は、そう言って両手で髪を掻き上げる。
「な、ぇ、な、何で……?」
撃った祥子は、完全に固まっていた。
殺したはずだと、思っているのだろう。だから動けずにいる。
「ぇ、し、慎良、さん?」
お袋も同様で、立ったシンラを見上げて、お口あんぐりだ。
「久しい」
だが注目の的のバカ野郎は、のん気にそんなことを言い放ち、軽く笑う。
「実に久しき、この空気よ。そう、忘れておった。余は、サラリーマンであったな」
令和の日本で自分のことを『余』とか呼ぶヤツ、初めて見た。
「シンラァ!」
「む? ……おお! 其処なるはもしや、父上! 父上ではありませぬか!」
再度名前を叫ぶと、やっと気づいたシンラが快活に笑ってみせた。
「何という御姿! しかしこのシンラ、確かにわかりますぞ。あなたは余の父上だ」
この、無駄に時代がかった仰々しい物言い。
そのクセ、全身から発散されてる強烈な威厳、風格、峻烈なまでの眼光の鋭さ。
うわー、すげー覚えがあるー。すげーデジャヴに襲われるー。
でも同時に違和感もあるー。さっきまでおまえ、普通にイケメンだったじゃん!
「おい、シンラ……」
「フフフ、語るには及びませぬぞ、父上。このシンラ、状況は理解しておりまする」
喋ろうとする俺を制し、シンラは銃を構えたままの祥子へ向く。
「風見祥子」
「……ッ」
名を呼ばれただけで、祥子は身を震わせ、その顔から血の気を引かせる。
「かつて妻であった女よ、余は、おまえの在り方を容認しよう」
「え……」
「人が己の幸福を追う。それは当然の在り様よ。追い求め、追い縋るがゆえに、自分以外を傷つける。それもまた人の形。何人も否定することはできぬであろう。かつての余も同様、平和を求めた末に、どれだけの血を流し、どれだけの願いを踏みにじったことか。先刻までならばいざ知らず、今となっては余におまえを糾す資格はない」
「な、何なのよ、いきなり……?」
突然、自分の行ないを認めるようなことを言い出したシンラに、祥子は戸惑う。
だがさすがに状況の変化は感じとったか、こんなことを言い始めた。
「なら、ひなたは私に渡してくれるのね?」
「それはならぬ」
が、シンラはこれを一刀両断。
「今、私のことを否定できないって言ったじゃない!」
「それはそれ、これはこれよ。余はおまえの在り方を容認する。だが、犯した罪は贖わねばならぬ。罪罰とは之表裏一体。一切の罪は、滅び去らねばならぬ」
言うシンラの手には『異階化』をもたらす金属符。
ここで、このあとの展開を読んだ俺は、シンラに待ったをかけた。
「待て、シンラ。その女は――」
「父上の仕返し相手、で、ありましょう? ……相変わらず、父上は蛇か十年来の油汚れかと思わんばかりの執念深さの持ち主ですな。逆に感服しますぞ」
大きなお世話だよ、この野郎!
「しかし、こればかりは譲れませぬ。この女の始末は、立場的に見ても余がつけるべきでありましょう。どうかお聞き届けいただきたく存じますぞ、父上」
「知るか。風見祥子は俺の獲物だ。俺が始末をつける」
俺の恨みを晴らすのは俺だ。
それを邪魔するヤツは、相手が誰であろうとも絶対に許さない。家族でもだ。
「――それでこそ父上、と感じてしまう余も、やはりバーンズの血脈なのでしょうな。仕方がありませぬ。余が一つ譲歩いたしましょう。対価をお支払いいたします」
「対価、だぁ?」
「父上は傭兵。で、あれば、契約は絶対でありましょう。契約をいたしましょう。ここで祥子を余に譲っていただけるならば、二つほど、対価をお支払いいたします」
「……何を払う。言ってみろ」
シンラの気に当てられて動けずにいる祥子を横目に見つつ、俺は促す。
「先程、美沙子殿が言っておりましたな、祥子は父上に狙われている、と。そこで感づいたのですが、仕返し相手は祥子だけではありませぬな?」
「…………続けろ」
「離婚前、祥子と特に仲の良かった主婦がおりました。前田聡美。祥子と似たり寄ったりな性格の、到底、褒められたものではない人物ですな」
「ああ、そうだ。確かにそいつは俺の仕返しの対象だよ。それがどうした」
「情報を提供いたします。余が知る限りの、前田聡美の情報、全てを」
「それは確かに俺に有益だが、自分で調べられるモノでもある。まだ足りないな」
「ですので、二つ目をば」
そこで、シンラがその面持ちを真剣なものに変える。
フン、前田聡美の情報はおまけ。本命は、こっちの二つ目の対価とやらか。
「二つ目の対価ですが、父上」
「ああ、何だ。聞いてやるから言ってみろ」
俺が促すと、シンラは意を決した表情で、声を震わせて告げる。
「……ピーマンを食べます」
――――何ッ!!?
「父上の前で、余はピーマンの肉詰めを、食してご覧にいれまする!」
そんな、まさか! シンラがピーマンを、しかもピーマンの肉詰めを!?
正気かおまえ、ピーマンの肉詰めって、ピーマン半分使うんだぞ!
「これが、余が交渉のテーブルに乗せられる最大限でありますれば、どうかこの条件にて余と契約を交わしていただきたく存じまする、父上。何卒、何卒……!」
「シンラ、おまえ……」
深々とこうべを垂れるシンラに、俺は命がけの決心を見た。
だってこいつのピーマン嫌い、マジで筋金入りなの。
ミフユですら『あ~、無理。笑えない』って匙投げ出すレベルなんだよ!?
それが、ピーマンの肉詰め!
ピーマン嫌いにとって存在自体が許されざる、地獄の具現。禁忌が形を得たもの。
それを食べると明言したのだ、目の前にいる俺の長男は……。
「……くっ、わかった。風見祥子はおまえに譲る」
ここまでの対価を提示されては、もはや俺でも折れるしかない。
苦渋の決断。断腸の思いだが、おまえがピーマンを食べるなら俺も涙を呑もう!
シンラの強い覚悟が、俺の心を動かした。
「おお、父上……!」
「だが、しっかりとケリをつけろ。風見祥子は地獄に落とせ」
俺が睨むと、祥子は怖気づいたように顔を歪ませる。
続いてシンラもかつての妻を見て、壁に金属符をヒュッと投げつけた。
「彼女が地獄に落ちるか否かは、己自身にかかっておりましょう」
一瞬の浮遊感。風見家が『異階化』し、空間的に世界から切り離される。
「――審判のときは来たれり」
ピーマンで騒いでたときとは打って変わって、シンラが厳かに宣言する。
すると、背後の空間が歪んで、巨大な人影がそこに姿を現す。
「之なるは我が異面体――、閻鬼堵」
物々しい名前に相応しい、威容を誇る異面体だった。
マガツラにも通じる、全身漆黒の大男。だが、纏うのは鎧ではなく黒いローブ。
頭はあるが、そこに顔と呼べるものはない。
ただ、顔面部分の真ん中に、巨大な一つ目がギョロリと開かれているだけだ。
そしてその瞳は、鏡。
大きく剥かれたその表面に、俺や祥子を映し出している。
「エンキドウは罪を計り、罰を科す。ただそれのみの最弱なる異面体よ」
「何が最弱だよ……」
ある意味、マガツラよりもエゲツねぇ能力持ってるクセに、よく言うわ。
「く……、な、何なのよッ!」
祥子が、エンキドウに拳銃を向ける。
「何なのよ、こいつはァァァァァァァァァァ――――ッ!」
旦那は復活するわ、口調もキャラも丸っと変わるわ、デメェ目玉が出てくるわ。
うん、まぁ、普通の人間なら間違いなく処理能力越えるわな、そりゃ。
だが、拳銃を前にしてシンラが動じるはずもない。
その顔に表れているのは王の威厳。大陸の半分を喰らった皇帝が罪人に命じた。
「赦しを乞え。裁きの庭は開かれた」
エンキドウの足元から、黒い影が床一面に広がって、それは壁をも駆け上がる。
全てが黒に染まりながらも、だがはっきりと場を見通せる不思議な空間。
それはエンキドウが創り出した『異階』の中の『異界』。
シンラはこの空間を、今の言葉の通り『裁きの庭』と呼んでいる。
「ウアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
恐慌状態に陥った祥子が、エンキドウに銃を撃とうとする。
だが、絶叫は突如「ァッ」と途切れ、祥子は目を口をいっぱいに開いて硬直した。
来る。
罪の泥が。
「ァッ、ァッ、ァッ……、ァァ、ア、あ、ぁ、あっ、あ、ぐ、ごぼッ」
祥子が血を吐いた。――ように見えた。
しかし、それは血ではなく、血のように赤黒い、強い粘性を持った何か。
「がばっ、ぎッ、ィ、ぃぎッ、が、ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッ!?」
拳銃を床に落として、祥子の腕が宙を掻きむしる。
目から、鼻から、耳から、穴という穴から、赤黒い粘液がダラダラと垂れた。
それは、風見祥子の抱く罪が形を得たもの。
今、祥子の体内は微塵の隙間もなく、あの『罪の泥』に満たされている。
当然、呼吸はできなくなるし、見えず、聞こえず、鼻もきかない。
風見祥子は、自分が犯した大量の罪に溺れている状態だ。
「風見祥子、我が子にかけらの愛情も抱かず、己を満たすために欲した女よ。余はおまえの在り方を認めよう。だがその罪は赦さぬ。罪の大きさに応じた長さを苦しみの中で過ごすがよい。獄は余が用意してやろう。――影獄奈落」
罪に溺れる風見祥子を、エンキドウの鏡の瞳がジッと見据える。
すると、祥子の足元から何かが伸びてきた。
祥子を溺れさせている『罪の泥』で作られた、何本もの細長い手だった。
それが、祥子の体に次々にしがみついて、地面にゆっくり沈めていく。
「ぃぎっ、ァ、あ、や、ぃ、ぃや、た、たす、助け……! だずげ、で……!」
自分が一度殺した元夫に救いを求めようとする祥子。
だが、シンラは表情を変えることなく、短くひとつだけ告げた。
「沈め」
そして風見祥子は、底なしの『罪の泥』の中へと引きずり込まれていった。
あいつはこれから先、己の内も外も泥に満たされて、永劫、溺れて苦しみ続ける。
イバラヘビは寿命が来れば死ねるが、こっちは死ぬこともできなくなる。
あの『罪の泥』の中では寿命の概念がなくなるからだ。
だから本当に、本当に永遠の時間を、ひたすら溺れ続けていくことになる。
これの何が怖いって、『影獄奈落』って能力、自動発動で絶対必中なのよね。
エンキドウ自体に戦う能力はない。
そもそも動くことさえできないんだよ、あのデカブツ。
だが、相手に罪があれば自動的に『裁きの庭』が展開されて、勝利が確定する。
とんだクソゲーですわ。
あと、シンラは『罪の長さの分だけ』みたいなことを言ってたが、実は関係ない。
エンキドウはシンラの異面体だから、あいつの主観による影響が大きい。
そしてシンラは、寛容に見えてかなり独自基準で善し悪しを判断する。
ちょっとでもこいつが『許せん』って思ったら、風見祥子の仲間入りってことよ。
俺の『やり返しすぎる』気質は、息子にもバッチリ受け継がれてるワケだ。
いや~、実にエゲつなし。笑うわ。
十五人いる俺とミフユの子供の中で、ブッチギリに能力最強なのがシンラだった。
なお、戦闘面での最強は長女の方なんだが、それは今はいいか。
「全く、父上や母上に比ぶるべくもなき、実に脆弱なる我が異面体。此度は我が子の危機なれば行使しましたが、まこと頼りなくお恥ずかしき限りにございまするな」
何言ってんだこいつ、と思いながら、俺はお袋へと近づく。
シンラが『裁きの庭』と『異階化』を解除している間に、俺はお袋を治そう。
そう、考えてたんだが――、
「……お袋?」
見ると、金鐘崎美沙子は、熱に浮かされたような顔をしてシンラを見つめていた。
「慎良様……」
呟き、お袋は撃たれた痛みも忘れて、頬をほのかに染めた。
ちょっと待ってよ、何ですか、その反応。
もしかしてですけど、惚れたの?
今のを見て? あの劇画調の尊大皇帝バカ息子に? 本格的に惚れちまったの!?
「嘘だろ、オイ……」
おまえの男の趣味はどうなってんだよ、金鐘崎美沙子ォ!
俺の傭兵団を受け継いで二代目団長となった長男は、自らの手で国を作った。
ただの国じゃない。
俺達が活動していた大陸の約半分を平らげる、大帝国だ。
幾つもの大国を侵略し、併呑し、吸収し、統一した。
結果、史上まれにみる超大国を、わずか一代で築き上げたのが、俺の長男だ。
戦乱に明け暮れる異世界の一角に、数百年の平和をもたらした最高最善の統治者。
多くの伝説を残し、『史上唯一の大帝』、『天にして地』とも呼ばれた大皇帝。
それが、シンラ・バーンズ。
生涯、ピーマン嫌いだけは克服できなかった、俺の可愛い息子だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
風見家に到着した。
「おいコラ、シンラァ――――ッ!」
現場に駆け込むと、ちょうどそこには起き上がったシンラの姿。
「……ふぅ」
さっきまで全身イケメンだった男は、そう言って両手で髪を掻き上げる。
「な、ぇ、な、何で……?」
撃った祥子は、完全に固まっていた。
殺したはずだと、思っているのだろう。だから動けずにいる。
「ぇ、し、慎良、さん?」
お袋も同様で、立ったシンラを見上げて、お口あんぐりだ。
「久しい」
だが注目の的のバカ野郎は、のん気にそんなことを言い放ち、軽く笑う。
「実に久しき、この空気よ。そう、忘れておった。余は、サラリーマンであったな」
令和の日本で自分のことを『余』とか呼ぶヤツ、初めて見た。
「シンラァ!」
「む? ……おお! 其処なるはもしや、父上! 父上ではありませぬか!」
再度名前を叫ぶと、やっと気づいたシンラが快活に笑ってみせた。
「何という御姿! しかしこのシンラ、確かにわかりますぞ。あなたは余の父上だ」
この、無駄に時代がかった仰々しい物言い。
そのクセ、全身から発散されてる強烈な威厳、風格、峻烈なまでの眼光の鋭さ。
うわー、すげー覚えがあるー。すげーデジャヴに襲われるー。
でも同時に違和感もあるー。さっきまでおまえ、普通にイケメンだったじゃん!
「おい、シンラ……」
「フフフ、語るには及びませぬぞ、父上。このシンラ、状況は理解しておりまする」
喋ろうとする俺を制し、シンラは銃を構えたままの祥子へ向く。
「風見祥子」
「……ッ」
名を呼ばれただけで、祥子は身を震わせ、その顔から血の気を引かせる。
「かつて妻であった女よ、余は、おまえの在り方を容認しよう」
「え……」
「人が己の幸福を追う。それは当然の在り様よ。追い求め、追い縋るがゆえに、自分以外を傷つける。それもまた人の形。何人も否定することはできぬであろう。かつての余も同様、平和を求めた末に、どれだけの血を流し、どれだけの願いを踏みにじったことか。先刻までならばいざ知らず、今となっては余におまえを糾す資格はない」
「な、何なのよ、いきなり……?」
突然、自分の行ないを認めるようなことを言い出したシンラに、祥子は戸惑う。
だがさすがに状況の変化は感じとったか、こんなことを言い始めた。
「なら、ひなたは私に渡してくれるのね?」
「それはならぬ」
が、シンラはこれを一刀両断。
「今、私のことを否定できないって言ったじゃない!」
「それはそれ、これはこれよ。余はおまえの在り方を容認する。だが、犯した罪は贖わねばならぬ。罪罰とは之表裏一体。一切の罪は、滅び去らねばならぬ」
言うシンラの手には『異階化』をもたらす金属符。
ここで、このあとの展開を読んだ俺は、シンラに待ったをかけた。
「待て、シンラ。その女は――」
「父上の仕返し相手、で、ありましょう? ……相変わらず、父上は蛇か十年来の油汚れかと思わんばかりの執念深さの持ち主ですな。逆に感服しますぞ」
大きなお世話だよ、この野郎!
「しかし、こればかりは譲れませぬ。この女の始末は、立場的に見ても余がつけるべきでありましょう。どうかお聞き届けいただきたく存じますぞ、父上」
「知るか。風見祥子は俺の獲物だ。俺が始末をつける」
俺の恨みを晴らすのは俺だ。
それを邪魔するヤツは、相手が誰であろうとも絶対に許さない。家族でもだ。
「――それでこそ父上、と感じてしまう余も、やはりバーンズの血脈なのでしょうな。仕方がありませぬ。余が一つ譲歩いたしましょう。対価をお支払いいたします」
「対価、だぁ?」
「父上は傭兵。で、あれば、契約は絶対でありましょう。契約をいたしましょう。ここで祥子を余に譲っていただけるならば、二つほど、対価をお支払いいたします」
「……何を払う。言ってみろ」
シンラの気に当てられて動けずにいる祥子を横目に見つつ、俺は促す。
「先程、美沙子殿が言っておりましたな、祥子は父上に狙われている、と。そこで感づいたのですが、仕返し相手は祥子だけではありませぬな?」
「…………続けろ」
「離婚前、祥子と特に仲の良かった主婦がおりました。前田聡美。祥子と似たり寄ったりな性格の、到底、褒められたものではない人物ですな」
「ああ、そうだ。確かにそいつは俺の仕返しの対象だよ。それがどうした」
「情報を提供いたします。余が知る限りの、前田聡美の情報、全てを」
「それは確かに俺に有益だが、自分で調べられるモノでもある。まだ足りないな」
「ですので、二つ目をば」
そこで、シンラがその面持ちを真剣なものに変える。
フン、前田聡美の情報はおまけ。本命は、こっちの二つ目の対価とやらか。
「二つ目の対価ですが、父上」
「ああ、何だ。聞いてやるから言ってみろ」
俺が促すと、シンラは意を決した表情で、声を震わせて告げる。
「……ピーマンを食べます」
――――何ッ!!?
「父上の前で、余はピーマンの肉詰めを、食してご覧にいれまする!」
そんな、まさか! シンラがピーマンを、しかもピーマンの肉詰めを!?
正気かおまえ、ピーマンの肉詰めって、ピーマン半分使うんだぞ!
「これが、余が交渉のテーブルに乗せられる最大限でありますれば、どうかこの条件にて余と契約を交わしていただきたく存じまする、父上。何卒、何卒……!」
「シンラ、おまえ……」
深々とこうべを垂れるシンラに、俺は命がけの決心を見た。
だってこいつのピーマン嫌い、マジで筋金入りなの。
ミフユですら『あ~、無理。笑えない』って匙投げ出すレベルなんだよ!?
それが、ピーマンの肉詰め!
ピーマン嫌いにとって存在自体が許されざる、地獄の具現。禁忌が形を得たもの。
それを食べると明言したのだ、目の前にいる俺の長男は……。
「……くっ、わかった。風見祥子はおまえに譲る」
ここまでの対価を提示されては、もはや俺でも折れるしかない。
苦渋の決断。断腸の思いだが、おまえがピーマンを食べるなら俺も涙を呑もう!
シンラの強い覚悟が、俺の心を動かした。
「おお、父上……!」
「だが、しっかりとケリをつけろ。風見祥子は地獄に落とせ」
俺が睨むと、祥子は怖気づいたように顔を歪ませる。
続いてシンラもかつての妻を見て、壁に金属符をヒュッと投げつけた。
「彼女が地獄に落ちるか否かは、己自身にかかっておりましょう」
一瞬の浮遊感。風見家が『異階化』し、空間的に世界から切り離される。
「――審判のときは来たれり」
ピーマンで騒いでたときとは打って変わって、シンラが厳かに宣言する。
すると、背後の空間が歪んで、巨大な人影がそこに姿を現す。
「之なるは我が異面体――、閻鬼堵」
物々しい名前に相応しい、威容を誇る異面体だった。
マガツラにも通じる、全身漆黒の大男。だが、纏うのは鎧ではなく黒いローブ。
頭はあるが、そこに顔と呼べるものはない。
ただ、顔面部分の真ん中に、巨大な一つ目がギョロリと開かれているだけだ。
そしてその瞳は、鏡。
大きく剥かれたその表面に、俺や祥子を映し出している。
「エンキドウは罪を計り、罰を科す。ただそれのみの最弱なる異面体よ」
「何が最弱だよ……」
ある意味、マガツラよりもエゲツねぇ能力持ってるクセに、よく言うわ。
「く……、な、何なのよッ!」
祥子が、エンキドウに拳銃を向ける。
「何なのよ、こいつはァァァァァァァァァァ――――ッ!」
旦那は復活するわ、口調もキャラも丸っと変わるわ、デメェ目玉が出てくるわ。
うん、まぁ、普通の人間なら間違いなく処理能力越えるわな、そりゃ。
だが、拳銃を前にしてシンラが動じるはずもない。
その顔に表れているのは王の威厳。大陸の半分を喰らった皇帝が罪人に命じた。
「赦しを乞え。裁きの庭は開かれた」
エンキドウの足元から、黒い影が床一面に広がって、それは壁をも駆け上がる。
全てが黒に染まりながらも、だがはっきりと場を見通せる不思議な空間。
それはエンキドウが創り出した『異階』の中の『異界』。
シンラはこの空間を、今の言葉の通り『裁きの庭』と呼んでいる。
「ウアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
恐慌状態に陥った祥子が、エンキドウに銃を撃とうとする。
だが、絶叫は突如「ァッ」と途切れ、祥子は目を口をいっぱいに開いて硬直した。
来る。
罪の泥が。
「ァッ、ァッ、ァッ……、ァァ、ア、あ、ぁ、あっ、あ、ぐ、ごぼッ」
祥子が血を吐いた。――ように見えた。
しかし、それは血ではなく、血のように赤黒い、強い粘性を持った何か。
「がばっ、ぎッ、ィ、ぃぎッ、が、ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッ!?」
拳銃を床に落として、祥子の腕が宙を掻きむしる。
目から、鼻から、耳から、穴という穴から、赤黒い粘液がダラダラと垂れた。
それは、風見祥子の抱く罪が形を得たもの。
今、祥子の体内は微塵の隙間もなく、あの『罪の泥』に満たされている。
当然、呼吸はできなくなるし、見えず、聞こえず、鼻もきかない。
風見祥子は、自分が犯した大量の罪に溺れている状態だ。
「風見祥子、我が子にかけらの愛情も抱かず、己を満たすために欲した女よ。余はおまえの在り方を認めよう。だがその罪は赦さぬ。罪の大きさに応じた長さを苦しみの中で過ごすがよい。獄は余が用意してやろう。――影獄奈落」
罪に溺れる風見祥子を、エンキドウの鏡の瞳がジッと見据える。
すると、祥子の足元から何かが伸びてきた。
祥子を溺れさせている『罪の泥』で作られた、何本もの細長い手だった。
それが、祥子の体に次々にしがみついて、地面にゆっくり沈めていく。
「ぃぎっ、ァ、あ、や、ぃ、ぃや、た、たす、助け……! だずげ、で……!」
自分が一度殺した元夫に救いを求めようとする祥子。
だが、シンラは表情を変えることなく、短くひとつだけ告げた。
「沈め」
そして風見祥子は、底なしの『罪の泥』の中へと引きずり込まれていった。
あいつはこれから先、己の内も外も泥に満たされて、永劫、溺れて苦しみ続ける。
イバラヘビは寿命が来れば死ねるが、こっちは死ぬこともできなくなる。
あの『罪の泥』の中では寿命の概念がなくなるからだ。
だから本当に、本当に永遠の時間を、ひたすら溺れ続けていくことになる。
これの何が怖いって、『影獄奈落』って能力、自動発動で絶対必中なのよね。
エンキドウ自体に戦う能力はない。
そもそも動くことさえできないんだよ、あのデカブツ。
だが、相手に罪があれば自動的に『裁きの庭』が展開されて、勝利が確定する。
とんだクソゲーですわ。
あと、シンラは『罪の長さの分だけ』みたいなことを言ってたが、実は関係ない。
エンキドウはシンラの異面体だから、あいつの主観による影響が大きい。
そしてシンラは、寛容に見えてかなり独自基準で善し悪しを判断する。
ちょっとでもこいつが『許せん』って思ったら、風見祥子の仲間入りってことよ。
俺の『やり返しすぎる』気質は、息子にもバッチリ受け継がれてるワケだ。
いや~、実にエゲつなし。笑うわ。
十五人いる俺とミフユの子供の中で、ブッチギリに能力最強なのがシンラだった。
なお、戦闘面での最強は長女の方なんだが、それは今はいいか。
「全く、父上や母上に比ぶるべくもなき、実に脆弱なる我が異面体。此度は我が子の危機なれば行使しましたが、まこと頼りなくお恥ずかしき限りにございまするな」
何言ってんだこいつ、と思いながら、俺はお袋へと近づく。
シンラが『裁きの庭』と『異階化』を解除している間に、俺はお袋を治そう。
そう、考えてたんだが――、
「……お袋?」
見ると、金鐘崎美沙子は、熱に浮かされたような顔をしてシンラを見つめていた。
「慎良様……」
呟き、お袋は撃たれた痛みも忘れて、頬をほのかに染めた。
ちょっと待ってよ、何ですか、その反応。
もしかしてですけど、惚れたの?
今のを見て? あの劇画調の尊大皇帝バカ息子に? 本格的に惚れちまったの!?
「嘘だろ、オイ……」
おまえの男の趣味はどうなってんだよ、金鐘崎美沙子ォ!
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そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
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