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第三章 宙色銀河商店街懺悔録
第36話 郷塚理恵の懺悔:後
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部屋の中をよくよく見れば、ここが郷塚理恵の聖地であることは窺い知れた。
壁に飾られたいかにも高そうな絵画に、装飾品、おいおい鹿の頭の剥製までかよ。
家具のたぐいにしたって、いかにも立派、いかにもゴージャス。
俺が言うのもなんだが、悪趣味なまでに金使ってます感がありありじゃねぇか。
自分のための金は惜しむつもりがない。
郷塚理恵のそんな性格が、ここを見れば誰でも理解できる雑貨屋一階。
ま、全部全部、灰とか炭とかになるんだけどな、これから!
見ろよ、鹿の頭の剥製、角の先端部分だけちょっと燃えてる。ヤベェ、笑うわ。
「ぅ、あ、ぁぁ、ぁ~……!」
炎が盛る音の中に、小さくうめき声がした。
胸を撃たれた雑貨店の店主だった。大量の血を流しながらも、生きている。
情けない声を出して、身を翻して這って逃げようとしていた。
「はぁ……、はぁ……ッ!」
一方で、撃った賢人は完全に固まっていた。
たった一発、発砲しただけ。
それだけで賢人の全身は汗にまみれた。額にも珠のような汗が浮かんでいる。
ああ、当然だよな。
こいつは、ただの日本の中学生なんだから。
本来は、学校行って勉強して部活して、ダチと遊んで、エロ本に胸を高鳴らせる。
そういう、ごくごくありふれた生活を送るべき『少年』なんだから。
たった一発の発砲が、こいつにとってどれだけの決断だったことか。
今も指をかけている引き金が、どれほど重かったことか。
賢人の中には、怒りと憎悪が渦巻いている。
それが、こいつの背中を押した。そこは間違いない。
だが、同時に賢人は勇気を振り絞ってもいた。
自分を虐げてきたものに逆襲の始まりを告げるべく、確かに、勇気を発揮した。
世界中の誰がこいつの行ないを非難しようとも、俺だけは肯定しよう。
「気分は、どうだ?」
背中を叩いて尋ねると、賢人はビクッと身を震わせ、俺を見た。
「……わからない、頭、真っ白で」
「いいさ。今はそれでいい。よく撃った。よく、撃てたな」
「う、うん……」
賢人は素直にうなずく。
俺は、彼の手から拳銃を取り上げて、逃げようとする店主に向けた。
「おい、どこ行くんだよ、おっさん」
立て続けに、三発撃った。
右肩と左肩と、そして左の太もも。弾丸が骨を砕いて、店主はその場に倒れた。
「あぎぃああああぁぁぁぁああああああああああああッ!!?」
響き渡る悲鳴に、賢人が一瞬顔を背ける。
俺は、銃を向けたまま空いてる方の手で賢人の腕を掴み、共に店主に近づく。
「逃がすと思ったか、おっさんよ」
俺は笑う。そして賢人に再び拳銃を渡す。
仰向けに寝転がった店主が、銃を見て目を見開き、大口を開けた。
「な、何だァ! 一体、何が目的なんだァ!?」
「仕返し」
「ああ、仕返しだよ」
答える俺に、賢人もまた合わせ、うなずいた。
すると雑貨屋の店主は横向きに賢人を見て、その唇をふるふると震わせる。
「何で、今さら……? お、俺と理恵の関係なんて、もうずっと前からだって、おまえも知ってただろうが。それを、何で今になって、今さらこんな……ッ」
「知ってたさ、知ってたけど、いつ俺がそれを認めたんだよ。いつッ!?」
目を見開き、賢人が吼える。
あ~ぁ、あの雑貨屋の店主、無駄に火に油注いじゃって。
「母さんから、あんたの話は何度も聞かされてきたよ。あの人を愛してるだの何だの、浮かれた声でさぁ。そんな声、俺には向けてくれたこともないクセに……!」
「……や、やめろぉ。やめてくれ」
銃口を向けて目を見開く賢人に、店主はかすれ声で命乞いをする。かに見えたが、
「理恵とあの子に手を出すのだけは、やめてくれぇ~……!」
あ、地雷踏んだ。
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!」
賢人がキレて、銃声。銃声、銃声。また銃声。そのたび小さく跳ねる、店主の体。
「今のはあんたが悪いぜ、おっさん。あんた、知ってただろうに。自分の家族の幸せは、賢人からかすめ取ったものでしかないってこと。……クソ笑うわ」
もう動かなくなった店主の耳に、俺は召喚したハクシアリをそっと入れておく。
「俺は賢人の味方でね。ちょっとイラッとしたから、お仕置きな」
言い終えて部屋の片隅を見ると、賢人が嘔吐していた。
ビチャビチャと床に吐瀉物が落ちる水音が、俺にまで届いてくる。
「どうだい、初めて人を殺した気分は。最悪かい?」
「ああ、最悪だよ。気持ち悪くて、内臓がひっくり返りそうだ」
「こいつを飲んでおきな。幾分、落ち着くぜ」
俺がポーションを放ると、賢人はそれを受け取ってすぐに飲み下した。
即効性のヤツだ、消耗した体力もこれで回復するだろう。
「あ、あんたぁ~! あんた、ねぇ、どうなってるのよ、ねぇ、あんた~!」
上から声がした。理恵の声だ。
そして、続くように子供の泣き声が聞こえてきた。小学生の低学年くらいか。
「二階だな」
「行こう。仕返しをしよう」
階段を見上げる俺に、賢人は言ってくる。その顔は蒼白だが瞳には力があった。
早くも殻を破りかけている。俺はそう感じた。
「あんた、ねぇ! あんたってばぁ~!」
上から聞こえてくる、焦りに満ちた理恵の声。
クックック、追い詰められてますねぇ、余裕なくしてますねぇ~。
「あのさ、賢人さ――」
俺は、二階に上がるさなか、賢人にとある提案を持ちかける。
「どうだい、この案は?」
「おまえ、最悪だな。……でもいいよ。やろう」
ニコリともせず、賢人はそれを承諾する。OK、さすが話がわかる依頼人殿。
ほどなく、俺達は二階へと上がった。
こっちにも火の手は及んでいるが、一階に比べればだいぶマシ。
ただ、煙の量が尋常じゃないな。
何の対策もしてなければ、呼吸をするのも難しかろう。
ほら聞こえるよ、咳き込んでる声が、さ。
「あっちだな」
「ああ」
一酸化中毒なんぞで楽に死なせてやるものかよ。
それはきっと、俺と賢人の共通の考え。
「ここだ!」
閉じていたドアを開け放つと、そこは寝室だった。
畳の上に、三つの布団が並べられている。真ん中の布団だけ、サイズが小さい。
「……チッ!」
それを見て、賢人が舌を打った。言う気はないが、健司の舌打ちに似ていた。
「あ、ぁ、あんた、賢人……!?」
「こんばんは、母さん」
右手に銃を携えて、郷塚賢人は自分の母に挨拶する。
母親の理恵は、その腕に賢人の種違いの弟とおぼしき少年を抱いて、震えていた。
「な、何なのこれは、どういうことよ? あ、あの人はどうなったの!?」
「今頃は、炭じゃない?」
声を震わせる理恵に、賢人は無感情に告げる。ふむ、完全に目が据わっている。
「す、炭……? ぁ、あ、んた、まさか……!」
「動くな」
察し、そして目を大きく剥く理恵に、賢人は言って銃口を突きつけた。
子供の泣き声が、一層激しくなる。
「あ、ちなみにあんたの財産も諸共灰になってっから。ごしゅーしょーさま!」
俺は明るく言ってやるが、理恵の目は賢人を見たまま動かなかった。
「賢人、あんた、何でこんな、何で……!」
「これまでのツケを払ってもらいに来ただけだよ。それより、母さん――」
賢人の目が、理恵から、その腕の中の子供へと向けられる。
「その子のことは、守ろうとするんだな。初めて見たよ、母さんが母親らしく子供を守ろうとしてるところなんて。俺には、一回もしてくれなかったのにね……」
「う、ぅ、やめて、この子は。この子だけは……!」
賢人の銃の向く先が、理恵から子供へと向けられようとして――、
「賢人、お願いやめて! やめなさい! 自分が何してるかわかってるの!?」
「うるさいな、今さら母親ヅラをするなよ! 本当に、今さら過ぎるだろ!」
言い返し、今度こそその銃口は子供の方へと向けられた。
「や、やめて! お願いよ、賢人。この子は、この子だけは……! お母さんが悪かったわ。ごめんなさいね。これからは、ちゃんと賢人のことも見てあげるから。あ、愛してるのよ? お母さんは賢人を愛しているわ。……でも、お父さんが、ね? お母さんもあの人には逆らえないの、わかるでしょ? だから、賢人……」
理恵は、涙を流しながら賢人に許しを乞うた。何度も、何度も頭を下げた。
泣く子供を抱く腕には力がこもり、それだけでもこの女の本音が透けて見える。
必死に弁明する理恵を眺めつつ、俺はその横に立った。
「母さんは、俺のことを愛してくれる?」
賢人が、理恵に短く尋ねる。
それこそが引き出したかった反応だと言わんばかりに、理恵の顔が笑った。
「当然よ、賢人! お母さんは、賢人を愛してるわ! これからはいいお母さんになるわ、約束する。だからこの子のことは見逃し――」
「ところでさ、この銃、実はもう弾切れなんだ」
「え」
銃声。
「……ククッ、クククク!」
それは、俺が撃った音だった。
鉛玉にコメカミをブチ抜かれて、泣いてた子供が真横に吹き飛ぶ。
その様子を、理恵は呆気にとられながら見つめた。
回収した拳銃ね、一丁だけじゃなかったんだよねー。実は。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! おいおい、おばさぁ~ん、俺のことお忘れですよぉ~? 俺のこと。あんたに仕返しに来た、この俺のことを。あ~ぁ、子供さん、死んじゃった~! 俺のことをお忘れだったために、死んじゃった~! あ~ぁ、あ~ぁ! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
「本当に最悪だよな、おまえ……」
賢人が呆れた風に言うが、そいつは抗議モンだぜ。自分だって乗ったクセによ。
そう、俺がした提案がこれ。
子供を殺すのは賢人じゃなく、俺。ってアイディアね。
「あ、ぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!?」
うっすら目を開けたまま死んだ子供を抱き上げて、理恵が大声で嘆く。
その様子を共に見下ろし、俺は賢人に問う。
「思うところは何かあるかい?」
「いや、別に。俺が愛されてないことなんか、小学生になる前から知ってたし」
う~ん、ドライ。嫉妬も羨望も、枯れ果ててらっしゃる。
ま、こいつがこうなった責任の一端は、悲嘆に暮れてるこのおばさんにもある。
「ぅ、許さない、絶対に許さない! あんた達なんか、死ね! 死んで地獄に落ちろ! あんたなんか、賢人なんか、生むんじゃなかった。生むんじゃ……!」
理恵が、涙に濡れた顔で俺と賢人を睨んでくる。
う~む、いつかどこかの佐村家でも聞いた、このセンテンス。
だが、そんな眼光も恨み言も、覚悟を決めた賢人にゃあ通じるはずもなし。
「そこで後悔するなら、元々郷塚の家に嫁がなきゃよかったんだよ、母さんは」
今さらだな。今さら過ぎるぜ。理恵の悔恨も、賢人の感想も。
「もういいな、賢人。あとはこっちでやらせてもらうぜ」
「ああ、いいよ。母さんはもう十分だ。この女は、好きに壊してくれ」
賢人が俺に譲る。
込み上げてくる笑みを押さえることもせず、俺は召喚の魔法陣を展開した。
「郷塚理恵さん、こんばんは。去年の夏、あんたが大事にしてる宙色銀河商店街であんたと娘の小絵さんに乞食扱いされて、モノを売ってもらえず追い返された無価値なガキの金鐘崎アキラです。モノの価値を知るあんたには、これから死ぬまで無価値な人生を送ってもらおうと思います。――俺が召喚した、こいつでな!」
俺の手のひらの上に乗っているのは、粘液にまみれた黒いヒル。
「こいつはミソギヒルっていってな、ハクシアリと同系統の精神に巣食う魔獣だ」
「ひ、ぃ、ぁ……!?」
ヒルを見た理恵が逃げようとする。だが、その背中を賢人が無造作に踏みつけた。
「どこに行くんだよ、母さん。俺がまだここにいるのに」
「やだ、やだ! やめて、ゃ、いや! いやぁ!」
理恵が手足を激しくばたつかせる。
俺は気分よくその様子を観察し、さらに説明を続けた。
「こいつはな、召喚者の命令に従って寄生先の精神の一部を喰らい始める。するとどうなると思う? 喰われたモノだけが、そいつの精神からすっぽり抜け落ちる」
うねるヒルを手に乗せたまま、俺は一歩ずつ理恵に近づいていく。
「俺はこいつに、あんたの中にある『価値』を喰らわせる。この先、あんたは何にも価値を見出せなくなる。金にも、絵にも、愛する男にも、最愛の子供にも。何も大切に思えず、何も愛せなくなる。そんな無価値な人生を、無価値なまま過ごして死ね」
「い、ぃ、いや! いやァァァァァァァァァアアアアアアアア――――ッ!」
荒れ狂う炎の中に、郷塚理恵の絶叫がこだました。
とても心晴れやかになる、最高に素晴らしい悲鳴だった。
――これで、一人。
壁に飾られたいかにも高そうな絵画に、装飾品、おいおい鹿の頭の剥製までかよ。
家具のたぐいにしたって、いかにも立派、いかにもゴージャス。
俺が言うのもなんだが、悪趣味なまでに金使ってます感がありありじゃねぇか。
自分のための金は惜しむつもりがない。
郷塚理恵のそんな性格が、ここを見れば誰でも理解できる雑貨屋一階。
ま、全部全部、灰とか炭とかになるんだけどな、これから!
見ろよ、鹿の頭の剥製、角の先端部分だけちょっと燃えてる。ヤベェ、笑うわ。
「ぅ、あ、ぁぁ、ぁ~……!」
炎が盛る音の中に、小さくうめき声がした。
胸を撃たれた雑貨店の店主だった。大量の血を流しながらも、生きている。
情けない声を出して、身を翻して這って逃げようとしていた。
「はぁ……、はぁ……ッ!」
一方で、撃った賢人は完全に固まっていた。
たった一発、発砲しただけ。
それだけで賢人の全身は汗にまみれた。額にも珠のような汗が浮かんでいる。
ああ、当然だよな。
こいつは、ただの日本の中学生なんだから。
本来は、学校行って勉強して部活して、ダチと遊んで、エロ本に胸を高鳴らせる。
そういう、ごくごくありふれた生活を送るべき『少年』なんだから。
たった一発の発砲が、こいつにとってどれだけの決断だったことか。
今も指をかけている引き金が、どれほど重かったことか。
賢人の中には、怒りと憎悪が渦巻いている。
それが、こいつの背中を押した。そこは間違いない。
だが、同時に賢人は勇気を振り絞ってもいた。
自分を虐げてきたものに逆襲の始まりを告げるべく、確かに、勇気を発揮した。
世界中の誰がこいつの行ないを非難しようとも、俺だけは肯定しよう。
「気分は、どうだ?」
背中を叩いて尋ねると、賢人はビクッと身を震わせ、俺を見た。
「……わからない、頭、真っ白で」
「いいさ。今はそれでいい。よく撃った。よく、撃てたな」
「う、うん……」
賢人は素直にうなずく。
俺は、彼の手から拳銃を取り上げて、逃げようとする店主に向けた。
「おい、どこ行くんだよ、おっさん」
立て続けに、三発撃った。
右肩と左肩と、そして左の太もも。弾丸が骨を砕いて、店主はその場に倒れた。
「あぎぃああああぁぁぁぁああああああああああああッ!!?」
響き渡る悲鳴に、賢人が一瞬顔を背ける。
俺は、銃を向けたまま空いてる方の手で賢人の腕を掴み、共に店主に近づく。
「逃がすと思ったか、おっさんよ」
俺は笑う。そして賢人に再び拳銃を渡す。
仰向けに寝転がった店主が、銃を見て目を見開き、大口を開けた。
「な、何だァ! 一体、何が目的なんだァ!?」
「仕返し」
「ああ、仕返しだよ」
答える俺に、賢人もまた合わせ、うなずいた。
すると雑貨屋の店主は横向きに賢人を見て、その唇をふるふると震わせる。
「何で、今さら……? お、俺と理恵の関係なんて、もうずっと前からだって、おまえも知ってただろうが。それを、何で今になって、今さらこんな……ッ」
「知ってたさ、知ってたけど、いつ俺がそれを認めたんだよ。いつッ!?」
目を見開き、賢人が吼える。
あ~ぁ、あの雑貨屋の店主、無駄に火に油注いじゃって。
「母さんから、あんたの話は何度も聞かされてきたよ。あの人を愛してるだの何だの、浮かれた声でさぁ。そんな声、俺には向けてくれたこともないクセに……!」
「……や、やめろぉ。やめてくれ」
銃口を向けて目を見開く賢人に、店主はかすれ声で命乞いをする。かに見えたが、
「理恵とあの子に手を出すのだけは、やめてくれぇ~……!」
あ、地雷踏んだ。
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!」
賢人がキレて、銃声。銃声、銃声。また銃声。そのたび小さく跳ねる、店主の体。
「今のはあんたが悪いぜ、おっさん。あんた、知ってただろうに。自分の家族の幸せは、賢人からかすめ取ったものでしかないってこと。……クソ笑うわ」
もう動かなくなった店主の耳に、俺は召喚したハクシアリをそっと入れておく。
「俺は賢人の味方でね。ちょっとイラッとしたから、お仕置きな」
言い終えて部屋の片隅を見ると、賢人が嘔吐していた。
ビチャビチャと床に吐瀉物が落ちる水音が、俺にまで届いてくる。
「どうだい、初めて人を殺した気分は。最悪かい?」
「ああ、最悪だよ。気持ち悪くて、内臓がひっくり返りそうだ」
「こいつを飲んでおきな。幾分、落ち着くぜ」
俺がポーションを放ると、賢人はそれを受け取ってすぐに飲み下した。
即効性のヤツだ、消耗した体力もこれで回復するだろう。
「あ、あんたぁ~! あんた、ねぇ、どうなってるのよ、ねぇ、あんた~!」
上から声がした。理恵の声だ。
そして、続くように子供の泣き声が聞こえてきた。小学生の低学年くらいか。
「二階だな」
「行こう。仕返しをしよう」
階段を見上げる俺に、賢人は言ってくる。その顔は蒼白だが瞳には力があった。
早くも殻を破りかけている。俺はそう感じた。
「あんた、ねぇ! あんたってばぁ~!」
上から聞こえてくる、焦りに満ちた理恵の声。
クックック、追い詰められてますねぇ、余裕なくしてますねぇ~。
「あのさ、賢人さ――」
俺は、二階に上がるさなか、賢人にとある提案を持ちかける。
「どうだい、この案は?」
「おまえ、最悪だな。……でもいいよ。やろう」
ニコリともせず、賢人はそれを承諾する。OK、さすが話がわかる依頼人殿。
ほどなく、俺達は二階へと上がった。
こっちにも火の手は及んでいるが、一階に比べればだいぶマシ。
ただ、煙の量が尋常じゃないな。
何の対策もしてなければ、呼吸をするのも難しかろう。
ほら聞こえるよ、咳き込んでる声が、さ。
「あっちだな」
「ああ」
一酸化中毒なんぞで楽に死なせてやるものかよ。
それはきっと、俺と賢人の共通の考え。
「ここだ!」
閉じていたドアを開け放つと、そこは寝室だった。
畳の上に、三つの布団が並べられている。真ん中の布団だけ、サイズが小さい。
「……チッ!」
それを見て、賢人が舌を打った。言う気はないが、健司の舌打ちに似ていた。
「あ、ぁ、あんた、賢人……!?」
「こんばんは、母さん」
右手に銃を携えて、郷塚賢人は自分の母に挨拶する。
母親の理恵は、その腕に賢人の種違いの弟とおぼしき少年を抱いて、震えていた。
「な、何なのこれは、どういうことよ? あ、あの人はどうなったの!?」
「今頃は、炭じゃない?」
声を震わせる理恵に、賢人は無感情に告げる。ふむ、完全に目が据わっている。
「す、炭……? ぁ、あ、んた、まさか……!」
「動くな」
察し、そして目を大きく剥く理恵に、賢人は言って銃口を突きつけた。
子供の泣き声が、一層激しくなる。
「あ、ちなみにあんたの財産も諸共灰になってっから。ごしゅーしょーさま!」
俺は明るく言ってやるが、理恵の目は賢人を見たまま動かなかった。
「賢人、あんた、何でこんな、何で……!」
「これまでのツケを払ってもらいに来ただけだよ。それより、母さん――」
賢人の目が、理恵から、その腕の中の子供へと向けられる。
「その子のことは、守ろうとするんだな。初めて見たよ、母さんが母親らしく子供を守ろうとしてるところなんて。俺には、一回もしてくれなかったのにね……」
「う、ぅ、やめて、この子は。この子だけは……!」
賢人の銃の向く先が、理恵から子供へと向けられようとして――、
「賢人、お願いやめて! やめなさい! 自分が何してるかわかってるの!?」
「うるさいな、今さら母親ヅラをするなよ! 本当に、今さら過ぎるだろ!」
言い返し、今度こそその銃口は子供の方へと向けられた。
「や、やめて! お願いよ、賢人。この子は、この子だけは……! お母さんが悪かったわ。ごめんなさいね。これからは、ちゃんと賢人のことも見てあげるから。あ、愛してるのよ? お母さんは賢人を愛しているわ。……でも、お父さんが、ね? お母さんもあの人には逆らえないの、わかるでしょ? だから、賢人……」
理恵は、涙を流しながら賢人に許しを乞うた。何度も、何度も頭を下げた。
泣く子供を抱く腕には力がこもり、それだけでもこの女の本音が透けて見える。
必死に弁明する理恵を眺めつつ、俺はその横に立った。
「母さんは、俺のことを愛してくれる?」
賢人が、理恵に短く尋ねる。
それこそが引き出したかった反応だと言わんばかりに、理恵の顔が笑った。
「当然よ、賢人! お母さんは、賢人を愛してるわ! これからはいいお母さんになるわ、約束する。だからこの子のことは見逃し――」
「ところでさ、この銃、実はもう弾切れなんだ」
「え」
銃声。
「……ククッ、クククク!」
それは、俺が撃った音だった。
鉛玉にコメカミをブチ抜かれて、泣いてた子供が真横に吹き飛ぶ。
その様子を、理恵は呆気にとられながら見つめた。
回収した拳銃ね、一丁だけじゃなかったんだよねー。実は。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! おいおい、おばさぁ~ん、俺のことお忘れですよぉ~? 俺のこと。あんたに仕返しに来た、この俺のことを。あ~ぁ、子供さん、死んじゃった~! 俺のことをお忘れだったために、死んじゃった~! あ~ぁ、あ~ぁ! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
「本当に最悪だよな、おまえ……」
賢人が呆れた風に言うが、そいつは抗議モンだぜ。自分だって乗ったクセによ。
そう、俺がした提案がこれ。
子供を殺すのは賢人じゃなく、俺。ってアイディアね。
「あ、ぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!?」
うっすら目を開けたまま死んだ子供を抱き上げて、理恵が大声で嘆く。
その様子を共に見下ろし、俺は賢人に問う。
「思うところは何かあるかい?」
「いや、別に。俺が愛されてないことなんか、小学生になる前から知ってたし」
う~ん、ドライ。嫉妬も羨望も、枯れ果ててらっしゃる。
ま、こいつがこうなった責任の一端は、悲嘆に暮れてるこのおばさんにもある。
「ぅ、許さない、絶対に許さない! あんた達なんか、死ね! 死んで地獄に落ちろ! あんたなんか、賢人なんか、生むんじゃなかった。生むんじゃ……!」
理恵が、涙に濡れた顔で俺と賢人を睨んでくる。
う~む、いつかどこかの佐村家でも聞いた、このセンテンス。
だが、そんな眼光も恨み言も、覚悟を決めた賢人にゃあ通じるはずもなし。
「そこで後悔するなら、元々郷塚の家に嫁がなきゃよかったんだよ、母さんは」
今さらだな。今さら過ぎるぜ。理恵の悔恨も、賢人の感想も。
「もういいな、賢人。あとはこっちでやらせてもらうぜ」
「ああ、いいよ。母さんはもう十分だ。この女は、好きに壊してくれ」
賢人が俺に譲る。
込み上げてくる笑みを押さえることもせず、俺は召喚の魔法陣を展開した。
「郷塚理恵さん、こんばんは。去年の夏、あんたが大事にしてる宙色銀河商店街であんたと娘の小絵さんに乞食扱いされて、モノを売ってもらえず追い返された無価値なガキの金鐘崎アキラです。モノの価値を知るあんたには、これから死ぬまで無価値な人生を送ってもらおうと思います。――俺が召喚した、こいつでな!」
俺の手のひらの上に乗っているのは、粘液にまみれた黒いヒル。
「こいつはミソギヒルっていってな、ハクシアリと同系統の精神に巣食う魔獣だ」
「ひ、ぃ、ぁ……!?」
ヒルを見た理恵が逃げようとする。だが、その背中を賢人が無造作に踏みつけた。
「どこに行くんだよ、母さん。俺がまだここにいるのに」
「やだ、やだ! やめて、ゃ、いや! いやぁ!」
理恵が手足を激しくばたつかせる。
俺は気分よくその様子を観察し、さらに説明を続けた。
「こいつはな、召喚者の命令に従って寄生先の精神の一部を喰らい始める。するとどうなると思う? 喰われたモノだけが、そいつの精神からすっぽり抜け落ちる」
うねるヒルを手に乗せたまま、俺は一歩ずつ理恵に近づいていく。
「俺はこいつに、あんたの中にある『価値』を喰らわせる。この先、あんたは何にも価値を見出せなくなる。金にも、絵にも、愛する男にも、最愛の子供にも。何も大切に思えず、何も愛せなくなる。そんな無価値な人生を、無価値なまま過ごして死ね」
「い、ぃ、いや! いやァァァァァァァァァアアアアアアアア――――ッ!」
荒れ狂う炎の中に、郷塚理恵の絶叫がこだました。
とても心晴れやかになる、最高に素晴らしい悲鳴だった。
――これで、一人。
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『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
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