164 / 166
第八章 安心と信頼のハードモードハート
第155話 その夜に起きた三つの出来事
しおりを挟む
あれ、タクマいねぇじゃん。
『む、タクマのヤツはどこに行きおった?』
「あ~、車ン中だな、これ」
タクマを探すガルさんに、俺は車の窓ガラスを見せる。
内側から、金属符が貼ってある。
理由は知らんが、車の中を『異階化』してるっぽい。
その状態になると金属符は現世に残るが『異階化』してる間は破壊不可能になる。
『車の中か。何しとるんじゃ?』
「さぁ。女でも引っかけてコマしてんじゃね?」
『笑うわい』
「それ、俺のセリフ~。特許出願中です~」
とりあえずタクマが戻るまで待つしかない。
俺はガルさんを右手に携えたまま、突然できたヒマをどう潰すか考えた。
今は真夜中。
辺りにひとけはなく、街灯だけが夜の闇を照らしている。
まだ九月なので肌寒くはないが、やや涼しい。
「ん~……、ん?」
腕を組んで考え込んでいると、何やら幾つかの足音が聞こえてくる。
だいぶ急いでいる様子だが、近づいてくる。そして、四人の男達が姿を現す。
どいつも、いかにも『僕、グレてます』と言わんばかりの容貌をなさってる。
いつものチンピラか、と思ったが、どうにも様子がおかしい。
「ふぅ、ふぅ……!」
「ちくしょう、違う! 麻夜じゃねぇ!」
「クソッ、ハズレだと、クソッ!」
全員が目を血走らせ、呼吸をきつく乱している。汗だくで、口からはよだれ。
「こんな時間に出歩きやがって、紛らわしいんだよ、クソガキ!」
一人がいきなりキレ散らかして、近くの壁を蹴り始める。明らかに尋常ではない。
「……な、なぁ、オイ」
そして、別の一人が俺を見て顔に不気味な笑みを浮かべる。
「もう、あのガキでもいいんじゃねぇか……?」
「は? 何言ってんだよ、おまえ。いいワケねぇだろ。麻夜じゃなきゃ……!」
「……いや、もう何でもいいんじゃねぇか、血なら」
四人が、ゴクリとのどを鳴らして俺を見る。
その瞳に宿る光は、飢えと渇きに満ちている。これは、人を見る目じゃない。
『何じゃあ、こいつらは』
「さてなぁ~」
こっちを睨みつけてくる四人を前に、俺は手の中のガルさんをクルクル回す。
殺気、じゃないんだよな。あの連中が俺に向けてくるもの。
そして、この感覚には身に覚えがある。日本ではなく異世界で、だが。
「オイ、見ろよあのガキ、刃物なんか持ってやがる……!」
「何てアブねぇガキだ。絶対にヤベェことしてやがるぜ、ありゃあ」
「ああ、そうだな。じゃあ生きてても仕方がないよな」
「そうだな、ついでに、行方不明になっても仕方がねぇよなぁぁぁ~!」
四人の男達が、瞳をギョロギョロと動かしながら、口を大きく開ける。
そして、俺とガルさんはそこに、今までにない変化を見る
『……我が主、こいつは』
「ああ、何でかわかんねぇが、こいつらが発してるのは魔力だ!」
木が軋むような音がして、男達の体が一回り肥大化する。強化魔法。
「クワセロォォォォォォォ――――ッ!」
「チ、血ィィィィィィィ~~~~!」
四人が、俺に向かって襲いかかってくるが――、
「遅いわ」
先手を打ったのはこっち。
襲ってきた先頭の男の首を、ガルさんを振るって軽々刎ね飛ばす。
実のところ、この場はとっくに『異階』。
連中が色々騒いでるうちに、俺は近くの電信柱に金属符を貼りつけ済みだ。
「ギッ!」
「驚いてるヒマがあるといいですね、ッとぉ!」
仲間の死に硬直するもう一人のこめかみに、収納空間から出したダガーをグサッ!
そして崩れ落ちるのを見届け、これで残りは二人。
「あっち側だ。行け」
俺はハザマダイルを召喚し、残り二人のうち一人に向かわせる。
空間ごと餌を喰らうオオアギトが、バツンと音を立て男の上半身を噛みちぎった。
「ェ、あ、あれ……?」
一人残った男は、途端に我に返って足を止め、周りを見る。
そこに転がる三つの死体を見て、それから俺を見て、男は力なくへたり込んだ。
「な、何だよぉ、おまえ……」
「ただの傭兵」
泣き声できいてくる男に俺はそう答える。
すると、男はその顔をグシャグシャに歪めて、妙なことを言い始めた。
「な、何だよそれ、ワケわかんねぇ! ぉ、お、俺達はトクベツになったんだぞ! なのに何で、こんな目にあわなきゃいけねぇんだ! 俺はトクベツなのに……!」
「あ?」
何だそれと思いながら近づこうとすると、男が恐慌に顔を歪めて後ずさる。
「ち、近づくな、近づくなよぉ! 俺は、トクベツなんだぞ! お、俺は……!」
「あ~……」
俺はしばし考えて、
「よし、見なかったことにしよう!」
関わるのも面倒だったので、マガツラでその男の頭を踏み砕いた。
死体はゴウモンバエに処理させて、と――、
『何だったんじゃ?』
「さぁ? 仕事外での厄介ごとはめんどくせぇし、深く考えずにいこう」
俺は肩をすくめて、電信柱の金属符を剥がしに向かう。
そういえば、あの連中、マヤがどうしたとか言ってたな。誰か追ってたのかも。
だけどまぁ、いいや。
降りかかる火の粉は払ったし、それ以上はどうでもいい。
俺はこのとき、そう思っていた。しかし――、
「父ちゃん、ごッめん、マヤ拾ッちまッた」
「ご、ご無沙汰してます、アキラ、さん? 君?」
「マジか、おまえ……」
現実に復帰した俺を待っていたのは、タクマと、タクマの元嫁のマヤだった。
え、何があったの、これ……?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――その日起きた出来事の二つ目は、天月市のとある溜まり場にて。
「……ダリィな」
潰れて放置された元ライブハウスに彼はいた。
ボロボロのソファに座っている、筋骨隆々の大男。身長は190を優に超える。
繰り返し染め続けた髪は、今やすっかり色が抜け落ちて白に近い灰色。
タンクトップにジーンズというシンプルな格好で、浅黒い肌には無数のタトゥー。
顔は非常にいかめしく、海岸の岩場を思わせるゴツさがある。
髭は伸ばしたままで、本人はそれをワイルドだと思っている節がある。
何より、瞳。まるで人間の眼光ではない。
虎、あるいは獅子、そうした獰猛さをウリとする肉食獣の眼光にも近しい。
事実、周りにいる彼の仲間ですら、まともに顔を合わせられない。
視線が合っただけで、本能が恐怖から遁走を命じる。それほどの圧を、彼は持つ。
彼は――、弓削清晴。
多くのワルがひしめく天月市に名を馳せるチーム『アダマンタイト』のボスだ。
つい数か月前までは、事実上、天月最強の座に君臨していた猛者である。
ちょっと前に現れた『喧嘩屋ガルシア』のおかげで最強の看板も揺らいでいるが。
だが彼自身は、喧嘩屋とはまだ直接やり合ったことはない。
清晴はどちらかというと、天月の外で活動することが多いからだ。
彼を買ってくれている先輩がいる。
その先輩は、とある暴力団の構成員で、そのツテで外に出ることが多いのだ。
清晴も、あと一、二年すれば、その組織の一員となるだろう。
いわば彼は、ワルの中でのエリートなのだ。
ゆえに、自分から自分の評判を落とすような真似はしない。
この界隈は、何より面子が重んじられる界隈だからだ。
喧嘩屋だか知らないが、清晴は別に相手をするつもりはなかった。
負けるつもりはないし、やっても負けないだろうが、万が一の可能性もある。
そう考えて、この先、何を言われようとも喧嘩屋の相手をするつもりはなかった。
なお、ネタバレすると、彼がどれほど本気を出してもタマキの足元にも及ばない。
虎だろうが獅子だろうが、バハムートに勝てるワケがないのである。
「つまんねぇな。何かねぇか?」
さて、そんな清晴だが、今現在、非常にヒマだった。
少し前までは宙色市で名の知れた北村理史の失踪や芦井組の壊滅など色々あった。
ワルガキは大きな出来事があると、自身に関わりなくとも興奮する生き物だ。
清晴も同じで、それらの出来事があった直後には、様々に暴れたりしたものだ。
夏の始まり頃には堕悪天翼騎士団の壊滅などもあった。
しかし、騒ぎがあったのはそこまでだ。
以降、特に大きな騒ぎが起こることもなく、夏は終わってしまった。
さらにいえば、北村の組織や堕悪天翼騎士団など、宙色・天月の両市で名を馳せた組織が消えたことで、事実上、自分達『アダマンタイト』がトップになった。
何も、労することなく、だ。
これがもう少し年齢が高い連中であれば、その事実を素直に喜べたかもしれない。
しかし清晴も、彼に従う『アダマンタイト』のメンバーも、まだまだガキだ。
彼らのような存在は、勝ち取ることにこそ価値を見出す。
漁夫の利のような形で転がり込んできたトップの地位などさして嬉しくなかった。
だが、トップはトップであり、それゆえに恐れられる。
今や『アダマンタイト』に喧嘩を売るバカはいない。本物のバカ以外は。
ゆえに彼は、そして彼らは、ヒマだった。
「どっかから女さらいますか?」
「飽きた」
「じゃあ、クスリでも……」
「飽きた」
手下に言われるも、どれも食指が伸びない。
オンナもクスリも大方やり尽くして、かけらも魅力を感じない。
退屈だ。どうしようもなく退屈だ。
こうも退屈だと、無性に何かを壊したくなる。暴れたくなる。
つまらないと感じたらすぐに癇癪を起したくなる。
それは、清晴という人格の幼稚さの表れでもあったが、指摘できる者はいない。
代わりに、彼の退屈を拭い去ってくれる人間が、その場に現れた。
「こんにちは~、清晴さん」
「……おう、邇郎か」
やってきたのは、胡散臭い風貌をしたやせぎすの男だった。
男の名前は、邇郎。当然偽名だが、清晴はそこには別に頓着していない。
邇郎は、清晴が以前から懇意にしているドラッグの密売人だった。
彼に頼めば、おおよそどんなドラッグでも入手できる。やり手の売人だった。
「今日はどうしたよ?」
「はい、実はですね~。自分共が取り扱うことになった新商品の営業に参りました」
「新商品……。へぇ、珍しいな」
自分の側から求めることはあっても、売人側から売り込みに来たことはない。
今までなかった出来事に、清晴は少しだけ興味を持つ。
手下が用意したボロテーブルの上に、次郎が手持ち鞄を置く。
そして口を開けて、中から出てきたのは、血のように真っ赤な錠剤だった。
「こちらが自分共の新商品になります~」
「ほぉ、面白い色をしてるな。こいつは何系だ? コークか? アシッドか?」
「どれでもないですよ」
邇郎は笑顔のまま首を横に振る。それが、また清晴の興味を掻き立てる。
「これはね、清晴さん、これまでのクスリとはワケが違うんです」
「どんな風にだ、説明しろよ、売人」
言われて、邇郎は笑みを深める。
そして、赤い錠剤が収まったシートを一つ取り上げ、にこやかに告げる。
「こちらの『再誕の赤』はですね、清晴さん――」
「ああ」
「何と、誰でも『トクベツ』になれるクスリなんですよ」
のちに『赤の汚染』と称される大規模薬物事件は、この日、始まった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――その日起きた出来事の三つ目は、宙色市のとある公園にて。
この出来事は、多くに人間にとってはどうでもいい、些細な出来事だ。
そう、探せばどこでだって見られる、ありふれた光景だ。
「シイナ、俺と付き合ってほしいんだ」
「そんな、ユウヤさん……」
シイナ・バーンズが、愛の告白を受けた。
出来事として起きたのは、たったそれだけのことだった。
『む、タクマのヤツはどこに行きおった?』
「あ~、車ン中だな、これ」
タクマを探すガルさんに、俺は車の窓ガラスを見せる。
内側から、金属符が貼ってある。
理由は知らんが、車の中を『異階化』してるっぽい。
その状態になると金属符は現世に残るが『異階化』してる間は破壊不可能になる。
『車の中か。何しとるんじゃ?』
「さぁ。女でも引っかけてコマしてんじゃね?」
『笑うわい』
「それ、俺のセリフ~。特許出願中です~」
とりあえずタクマが戻るまで待つしかない。
俺はガルさんを右手に携えたまま、突然できたヒマをどう潰すか考えた。
今は真夜中。
辺りにひとけはなく、街灯だけが夜の闇を照らしている。
まだ九月なので肌寒くはないが、やや涼しい。
「ん~……、ん?」
腕を組んで考え込んでいると、何やら幾つかの足音が聞こえてくる。
だいぶ急いでいる様子だが、近づいてくる。そして、四人の男達が姿を現す。
どいつも、いかにも『僕、グレてます』と言わんばかりの容貌をなさってる。
いつものチンピラか、と思ったが、どうにも様子がおかしい。
「ふぅ、ふぅ……!」
「ちくしょう、違う! 麻夜じゃねぇ!」
「クソッ、ハズレだと、クソッ!」
全員が目を血走らせ、呼吸をきつく乱している。汗だくで、口からはよだれ。
「こんな時間に出歩きやがって、紛らわしいんだよ、クソガキ!」
一人がいきなりキレ散らかして、近くの壁を蹴り始める。明らかに尋常ではない。
「……な、なぁ、オイ」
そして、別の一人が俺を見て顔に不気味な笑みを浮かべる。
「もう、あのガキでもいいんじゃねぇか……?」
「は? 何言ってんだよ、おまえ。いいワケねぇだろ。麻夜じゃなきゃ……!」
「……いや、もう何でもいいんじゃねぇか、血なら」
四人が、ゴクリとのどを鳴らして俺を見る。
その瞳に宿る光は、飢えと渇きに満ちている。これは、人を見る目じゃない。
『何じゃあ、こいつらは』
「さてなぁ~」
こっちを睨みつけてくる四人を前に、俺は手の中のガルさんをクルクル回す。
殺気、じゃないんだよな。あの連中が俺に向けてくるもの。
そして、この感覚には身に覚えがある。日本ではなく異世界で、だが。
「オイ、見ろよあのガキ、刃物なんか持ってやがる……!」
「何てアブねぇガキだ。絶対にヤベェことしてやがるぜ、ありゃあ」
「ああ、そうだな。じゃあ生きてても仕方がないよな」
「そうだな、ついでに、行方不明になっても仕方がねぇよなぁぁぁ~!」
四人の男達が、瞳をギョロギョロと動かしながら、口を大きく開ける。
そして、俺とガルさんはそこに、今までにない変化を見る
『……我が主、こいつは』
「ああ、何でかわかんねぇが、こいつらが発してるのは魔力だ!」
木が軋むような音がして、男達の体が一回り肥大化する。強化魔法。
「クワセロォォォォォォォ――――ッ!」
「チ、血ィィィィィィィ~~~~!」
四人が、俺に向かって襲いかかってくるが――、
「遅いわ」
先手を打ったのはこっち。
襲ってきた先頭の男の首を、ガルさんを振るって軽々刎ね飛ばす。
実のところ、この場はとっくに『異階』。
連中が色々騒いでるうちに、俺は近くの電信柱に金属符を貼りつけ済みだ。
「ギッ!」
「驚いてるヒマがあるといいですね、ッとぉ!」
仲間の死に硬直するもう一人のこめかみに、収納空間から出したダガーをグサッ!
そして崩れ落ちるのを見届け、これで残りは二人。
「あっち側だ。行け」
俺はハザマダイルを召喚し、残り二人のうち一人に向かわせる。
空間ごと餌を喰らうオオアギトが、バツンと音を立て男の上半身を噛みちぎった。
「ェ、あ、あれ……?」
一人残った男は、途端に我に返って足を止め、周りを見る。
そこに転がる三つの死体を見て、それから俺を見て、男は力なくへたり込んだ。
「な、何だよぉ、おまえ……」
「ただの傭兵」
泣き声できいてくる男に俺はそう答える。
すると、男はその顔をグシャグシャに歪めて、妙なことを言い始めた。
「な、何だよそれ、ワケわかんねぇ! ぉ、お、俺達はトクベツになったんだぞ! なのに何で、こんな目にあわなきゃいけねぇんだ! 俺はトクベツなのに……!」
「あ?」
何だそれと思いながら近づこうとすると、男が恐慌に顔を歪めて後ずさる。
「ち、近づくな、近づくなよぉ! 俺は、トクベツなんだぞ! お、俺は……!」
「あ~……」
俺はしばし考えて、
「よし、見なかったことにしよう!」
関わるのも面倒だったので、マガツラでその男の頭を踏み砕いた。
死体はゴウモンバエに処理させて、と――、
『何だったんじゃ?』
「さぁ? 仕事外での厄介ごとはめんどくせぇし、深く考えずにいこう」
俺は肩をすくめて、電信柱の金属符を剥がしに向かう。
そういえば、あの連中、マヤがどうしたとか言ってたな。誰か追ってたのかも。
だけどまぁ、いいや。
降りかかる火の粉は払ったし、それ以上はどうでもいい。
俺はこのとき、そう思っていた。しかし――、
「父ちゃん、ごッめん、マヤ拾ッちまッた」
「ご、ご無沙汰してます、アキラ、さん? 君?」
「マジか、おまえ……」
現実に復帰した俺を待っていたのは、タクマと、タクマの元嫁のマヤだった。
え、何があったの、これ……?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――その日起きた出来事の二つ目は、天月市のとある溜まり場にて。
「……ダリィな」
潰れて放置された元ライブハウスに彼はいた。
ボロボロのソファに座っている、筋骨隆々の大男。身長は190を優に超える。
繰り返し染め続けた髪は、今やすっかり色が抜け落ちて白に近い灰色。
タンクトップにジーンズというシンプルな格好で、浅黒い肌には無数のタトゥー。
顔は非常にいかめしく、海岸の岩場を思わせるゴツさがある。
髭は伸ばしたままで、本人はそれをワイルドだと思っている節がある。
何より、瞳。まるで人間の眼光ではない。
虎、あるいは獅子、そうした獰猛さをウリとする肉食獣の眼光にも近しい。
事実、周りにいる彼の仲間ですら、まともに顔を合わせられない。
視線が合っただけで、本能が恐怖から遁走を命じる。それほどの圧を、彼は持つ。
彼は――、弓削清晴。
多くのワルがひしめく天月市に名を馳せるチーム『アダマンタイト』のボスだ。
つい数か月前までは、事実上、天月最強の座に君臨していた猛者である。
ちょっと前に現れた『喧嘩屋ガルシア』のおかげで最強の看板も揺らいでいるが。
だが彼自身は、喧嘩屋とはまだ直接やり合ったことはない。
清晴はどちらかというと、天月の外で活動することが多いからだ。
彼を買ってくれている先輩がいる。
その先輩は、とある暴力団の構成員で、そのツテで外に出ることが多いのだ。
清晴も、あと一、二年すれば、その組織の一員となるだろう。
いわば彼は、ワルの中でのエリートなのだ。
ゆえに、自分から自分の評判を落とすような真似はしない。
この界隈は、何より面子が重んじられる界隈だからだ。
喧嘩屋だか知らないが、清晴は別に相手をするつもりはなかった。
負けるつもりはないし、やっても負けないだろうが、万が一の可能性もある。
そう考えて、この先、何を言われようとも喧嘩屋の相手をするつもりはなかった。
なお、ネタバレすると、彼がどれほど本気を出してもタマキの足元にも及ばない。
虎だろうが獅子だろうが、バハムートに勝てるワケがないのである。
「つまんねぇな。何かねぇか?」
さて、そんな清晴だが、今現在、非常にヒマだった。
少し前までは宙色市で名の知れた北村理史の失踪や芦井組の壊滅など色々あった。
ワルガキは大きな出来事があると、自身に関わりなくとも興奮する生き物だ。
清晴も同じで、それらの出来事があった直後には、様々に暴れたりしたものだ。
夏の始まり頃には堕悪天翼騎士団の壊滅などもあった。
しかし、騒ぎがあったのはそこまでだ。
以降、特に大きな騒ぎが起こることもなく、夏は終わってしまった。
さらにいえば、北村の組織や堕悪天翼騎士団など、宙色・天月の両市で名を馳せた組織が消えたことで、事実上、自分達『アダマンタイト』がトップになった。
何も、労することなく、だ。
これがもう少し年齢が高い連中であれば、その事実を素直に喜べたかもしれない。
しかし清晴も、彼に従う『アダマンタイト』のメンバーも、まだまだガキだ。
彼らのような存在は、勝ち取ることにこそ価値を見出す。
漁夫の利のような形で転がり込んできたトップの地位などさして嬉しくなかった。
だが、トップはトップであり、それゆえに恐れられる。
今や『アダマンタイト』に喧嘩を売るバカはいない。本物のバカ以外は。
ゆえに彼は、そして彼らは、ヒマだった。
「どっかから女さらいますか?」
「飽きた」
「じゃあ、クスリでも……」
「飽きた」
手下に言われるも、どれも食指が伸びない。
オンナもクスリも大方やり尽くして、かけらも魅力を感じない。
退屈だ。どうしようもなく退屈だ。
こうも退屈だと、無性に何かを壊したくなる。暴れたくなる。
つまらないと感じたらすぐに癇癪を起したくなる。
それは、清晴という人格の幼稚さの表れでもあったが、指摘できる者はいない。
代わりに、彼の退屈を拭い去ってくれる人間が、その場に現れた。
「こんにちは~、清晴さん」
「……おう、邇郎か」
やってきたのは、胡散臭い風貌をしたやせぎすの男だった。
男の名前は、邇郎。当然偽名だが、清晴はそこには別に頓着していない。
邇郎は、清晴が以前から懇意にしているドラッグの密売人だった。
彼に頼めば、おおよそどんなドラッグでも入手できる。やり手の売人だった。
「今日はどうしたよ?」
「はい、実はですね~。自分共が取り扱うことになった新商品の営業に参りました」
「新商品……。へぇ、珍しいな」
自分の側から求めることはあっても、売人側から売り込みに来たことはない。
今までなかった出来事に、清晴は少しだけ興味を持つ。
手下が用意したボロテーブルの上に、次郎が手持ち鞄を置く。
そして口を開けて、中から出てきたのは、血のように真っ赤な錠剤だった。
「こちらが自分共の新商品になります~」
「ほぉ、面白い色をしてるな。こいつは何系だ? コークか? アシッドか?」
「どれでもないですよ」
邇郎は笑顔のまま首を横に振る。それが、また清晴の興味を掻き立てる。
「これはね、清晴さん、これまでのクスリとはワケが違うんです」
「どんな風にだ、説明しろよ、売人」
言われて、邇郎は笑みを深める。
そして、赤い錠剤が収まったシートを一つ取り上げ、にこやかに告げる。
「こちらの『再誕の赤』はですね、清晴さん――」
「ああ」
「何と、誰でも『トクベツ』になれるクスリなんですよ」
のちに『赤の汚染』と称される大規模薬物事件は、この日、始まった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――その日起きた出来事の三つ目は、宙色市のとある公園にて。
この出来事は、多くに人間にとってはどうでもいい、些細な出来事だ。
そう、探せばどこでだって見られる、ありふれた光景だ。
「シイナ、俺と付き合ってほしいんだ」
「そんな、ユウヤさん……」
シイナ・バーンズが、愛の告白を受けた。
出来事として起きたのは、たったそれだけのことだった。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』
見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装…
俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。
突然の事で戸惑うクラスメート達…
だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。
「またか…」
王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。
そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。
そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。
いずれの世界も救って来た。
そして今度の世界は…?
6月22日
HOTランキングで6位になりました!
6月23日
HOTランキングで4位になりました!
昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°.
6月24日
HOTランキングで2位になりました!
皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
戦国転生・内政英雄譚 ― 豊臣秀長の息子として天下を創る
丸三(まるぞう)
ファンタジー
戦国時代に転生した先は、豊臣秀吉の弟にして名宰相――豊臣秀長の息子だった。
現代では中世近世史を研究する大学講師。
史実では、秀長は早逝し、豊臣政権は崩壊、徳川の時代と鎖国が訪れる。
ならば変える。
剣でも戦でもない。
政治と制度、国家設計によって。
秀長を生かし、秀吉を支え、徳川の台頭を防ぎ、
戦国の終わりを「戦勝」ではなく「国家の完成」にする。
これは、武将ではなく制度設計者として天下を取る男の物語。
戦国転生×内政改革×豊臣政権完成譚。
(2月15日記)
連載をより良い形で続けるため、更新頻度を週5回とさせていただきます。
一話ごとの完成度を高めてお届けしますので、今後ともよろしくお願いいたします。
(当面、月、水、金、土、日の更新)
レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない
あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる