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第9話 五階に待ち受けているものとは、一体

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 五階に待ち受けるものとは、一体。
 と、ちょっとドキュメンタリー的に音夢に尋ねてみた。

「……え、もう着いたの!?」

 って、返されてしまった。

「着いたが?」

 今、俺達がいるのは『天館ソラス』4階のエスカレーター前。
 動いていないそれを上がれば、催事場こと謁見の間がある五階に到着する。
 ここまで一気に駆けのぼってきた俺は、音夢を下ろして再確認した。

「この上に、帝国のトップがいると思っていいんだな?」
「う、うん……」

 音夢は、顔を青くして控えめにうなずく。
 そういえば、あの『偉大なる吉田』とやらの放送以来、こいつの様子がおかしい。

 こいつの顔色が青ざめたのは、放送でとあるワードが出た直後からだ。
 確か『偉大なる吉田』が言っていた、輪廻刑、というワードだ。
 刑、というからには何らかの刑罰、処罰のことなんだろうが、詳細がわからんな。

「なぁ、音夢。輪廻刑ってのは、どういう……、ぐぉっ!?」

 尋ねようとしたら、いきなり音夢に胸倉掴まれた。
 そしてグイと引き寄せられて、音夢の顔が俺の視界いっぱいにドアップになる。

 ……数年会わないうちに少しは大人びたかな、こいつ。

「橘君、五分!」
「あ?」

「五分、まだ経ってないよね!?」
「た、経ってねぇよ……」

 っていうか、まだ放送から一分も経ってないっての。

「うん、わかった。ありがとう。私、行かなきゃ!」

 俺をバッと放り出して、そのまま音夢はエスカレーターをダダッと上がっていった。
 すごいなあいつ、四段飛ばしとか、バネあるじゃねぇか。

『随分と切迫してましたわね』

 いつの間にかどっか行ってたルリエラが、俺の肩にとまった。

「おまえ、どこ行ってやがった」
『ずっと上からトシキ様とネム様のやり取りを見ていましたわ!』

「……何で?」
『地獄の底で再会した元カノと元カレ、二人の恋の炎はいつ再燃するのか、ですわ!』

 お茶の間で昼ドラ見てるおばちゃん気分で俺達を眺めてやがった、このクソ女神。

「再燃はしない。何故なら元々燃えてないからだ」
『え~!』

 不満垂れてんじゃねぇよ!
 俺は深く息をついて、エスカレーターを上がっていく。

「で、音夢が急いでた理由、わかるか?」
『単純に、自分の命が危なくなるからでは?』

 階段に押し寄せてた他の連中の様子を見るに、それが一番しっくりくる理由ではある。

「まぁ、普通に考えればそうなんだが、なぁ……」

 だが、と、俺は考えながら、ついに五階に到着する。
 すると、そこにはだだっ広い空間があった。
 俺が知っている『天館ソラス』の五階は、服やら雑貨屋らの店がひしめいていたのだが。

「わ~~~~~~~~ぉ、さらにおひとり様追加入りましたぁぁぁぁぁ~~~~!」

 五階を見渡そうとした瞬間、奥の方からいきなり大声が聞こえる。
 そこには、音夢と、二~三十人の集団がいた。
 騒いでいるのは、集団でも特に目立つ格好をしている、背の低い肥満の男だった。

 小さい、太い、眼鏡、髪延ばしっぱなし、纏う空気が湿っている。
 と、キモいオタのテンプレを踏襲した外見だが、それ以上に服装がトんでいる。

 頭には、吉田と書かれたハチマキ。
 腕には、吉田と書かれた腕章。
 体には、吉田と書かれたTシャツ。しかも黒地に銀文字。

 そして肩からは『偉大なる吉田』と書かれたタスキをかけている。
 頭上に乗る、グルグル巻いて金色に着色した針金は、王冠の代わりだろうか。

 間違いない。
 この、自己顕示欲の塊みたいなやつが初代皇帝『偉大なる吉田』だ。
 初代皇帝は、到着した俺を見つけるなり、ヒャッホウと諸手を挙げて言ってくる。

「君達、早いねぇ~。これ最速記録更新じゃね? 何、そんなに朕に会いたかった? 朕がいとしくて恋しくて仕方なかった? うっはツレェ~、朕、人気者でツレェ~!」
「さすがです『偉大なる吉田』!」
「男女共に分け隔てなく愛される初代皇帝、俺達も鼻が高いです!」

 ギャンギャン騒いでる初代皇帝を、周りの連中もこぞってヨイショする。
 初代皇帝の近くにいるのは、吉田Tシャツを着た数人。
 俺を『名ばかりの吉田』と呼んだ、あのロンゲのにいちゃんもその中に混じっていた。

 さらに、その周りには、今度は吉田腕章をつけた連中がいる。
 そして集団の外縁には吉田鉢巻きを巻いた連中。こいつらが最も数が多いようだ。

 ロンゲは自分を『Tシャツの吉田』と呼んでいた。
 ってことは、他の二つはそのまんま『腕章の吉田』と『ハチマキの吉田』かな。

『ふむふむ。見るに、あの方々が吉田帝国の上層部のようですわね』
『まぁ、そうっぽいな。見た目、どう見てもアホの集団だが……』

『でもこれ、仕組みとしてはなかなかこざかしいですわね』
『だなぁ。ロンゲの忠誠心の大元はここっぽいかな?』

 俺はルリエラと念話でやり取りしながら、音夢の方に歩いていく。

「大丈夫かよ、音夢」
「うん。大丈夫。ごめんね、ありがとう」

 音夢は、元の音夢に戻っていた。
 青ざめていた顔も、血色がよくなっている。懸念が消えたからだろうな。

「ウプププププププ~、どうしよ、どうしよ、ねぇ、朕、どうしよ。朕にこんなに会いたがってるこの二人の『名ばかりの吉田』に、何かご褒美あげちゃおっかな~?」
「おお、さすがは『偉大なる吉田』、何と気前のいい!」
「やっぱパねぇっす『偉大なる吉田』! こんな下民にまで慈悲をやるなんて!」

 俺達を前に、初代皇帝と取り巻きが騒いでいる。
 それを耳にして、音夢が躊躇なく床に膝を追って土下座した。

「あ、ありがとうございます、皇帝陛下! 吉田帝国は最イケです!」
「うむうむ、よいぞよいぞ。今の朕は気分がよいぞ~」

 土下座して礼を言う音夢に、初代皇帝が満足げに胸を張る。あ~、なるほどね~。

「あれ、おまえは土下座しないの?」

 と、立ったままでいる俺に、いきなり初代皇帝が言葉を向けてくる。
 直後、音夢と、皇帝の周りにいる『吉田』共からの視線が、一斉に俺へと注がれた。

「貴様ァ、『名ばかりの吉田』の分際で、頭が高いぞ、控えろ!」
「こちらにおわす御方をどなたと心得ていやがる!」

 Tシャツ姿の側近達が顔を真っ赤にして怒り、俺を取り囲もうとする。

『知ってますわ、これ知ってますわ。水戸の御老公ですわ!』
『言ってることがまんますぎて、それ違うからとも言い切れねぇ~……』

 一切取り乱すことなく、念話ではしゃぐルリエラと呆れる俺。

「た、橘君……!」

 音夢が咎めるような目で俺を見上げている。
 う~ん、別に目の前の初代皇帝に頭下げること自体は、何とも思わないんだが――、

「つ、着いたァ……!」

 と、緊迫しつつあった五階に、新たな声。
 エスカレーターと非常階段から、次々に人が駆け込んでくる。
 俺が追い抜いて行った他の『名ばかりの吉田』達が、やっとここに到着したか。

「『Tシャツの吉田』の中原、時間は?」
「はい、現在、四分を少し過ぎたところです『偉大なる吉田』!」

 シャッター前で会ったロンゲは、中原というらしい。
 俺が音夢を立ち上がらせている間にも、五階にはどんどん人が集まってくる。
 地下にいた連中も、音夢同様、五階について安堵の表情を浮かべていた。

 そして、あの放送から五分が過ぎた。
 五階催事場全体に響き渡るように、ピッピッピ――――ッ、とホイッスルの音。

「こぉ~こぉ~まぁ~でぇ~!」

 鳴らしたのは、初代皇帝『偉大なる吉田』自身だった。

「うああ、間に合わなかった!」
「着いたぞ、間に合った! ま、間に合ったでしょ!」

 ホイッスルのあとで、さらに数人がやってくる。

「ざぁ~んねんでしたぁ~、おまえ達は朕のお願いを聞いてくれませんでした。よって、これからおまえ達の『贄』を、輪廻刑に処しまぁぁぁ~~~す!」

 あ、なるほど。
 輪廻刑とやらに処されるのは本人じゃなくて『贄』の方なのか。
 そりゃあ、音夢も血相を変えるワケだ。

「そんな……!」
「こ、皇帝陛下! お願いします、それだけは。そればかりは!」

 間に合わなかった数人が、顔を青ざめさせて初代皇帝に縋ろうとする。

「黙れ! ナメた口をほざくな、『名ばかりの吉田』が!」

 しかし、周りにいる『ハチマキの吉田』や『腕章の吉田』がそれを阻む。
 取り巻き立ちを壁にして、その向こうで、初代皇帝『偉大なる吉田』が尊大に笑う。

「朕の意に沿わないヤツは、帝国臣民には不適格だよねぇぇぇぇ~~~~?」

 間に合わなかったのは四人。
 床に正座させられたその四人を、他の百を超える『名ばかりの吉田』が囲む。
 この四人を晒し者にして、これから見せしめの輪廻刑が始まるらしい。

「なぁ、音夢」

 輪の中に混ざりながら、俺は音夢に話しかけた。

「結局、輪廻刑ってのは、何なんだ?」
「輪廻刑、っていうのはね――」

 音夢が『ハチマキの吉田』達に連れてこられた遅刻者四人の『贄』を見る。
 いずれもが年若い子供か、老人だった。
 遅刻者達は、連れてこられた自分の『贄』を見るなり、絶叫していた。

「母さん……、母さん! ごめん、うああ、あああああ! ごめんよぉ!」
「クソ、秀和、ぐ、クッ、クソォォォォォォォ――――ッッ!!!!」

 叫ぶ遅刻者達を見て、初代皇帝とその取り巻き達が笑っている。
 覆ることのない優位と、絶対的な格差を背景にした、何とも気分の悪い笑い方だ。

「輪廻刑っていうのは……」
「フフフフフフフン、準備が終わったなら、呼んじゃうぜ、呼んじゃうぜぇ!」

 沈んだ声の音夢とは対照的に、初代皇帝がノリノリで指をパチンと鳴らす。

「カモォン、我が最強の親衛隊! 『タスキの吉田』よ!」

 すると、六階からゾロゾロと十人ほどの人影が下りてきた。
 それは肩から『吉田』と書かれたタスキをかけた――、ゾンビの群れだった。

「『偉大なる吉田』が操るゾンビに『贄』を噛ませて、本人の目の前で『贄』をゾンビに生まれ変わらせる刑罰。……それが、輪廻刑よ」

 吉田帝国、壊滅確定。
 声を震わせる音夢の説明を聞いて、俺はそう判断を下した。
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