異世界帰りの元勇者・オブ・ザ・デッド

はんぺん千代丸

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第26話 戦闘開始から十分。戦線は膠着中

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 戦闘開始から十分。戦況は膠着中。
 始まってから最初の五分は、冒険者側が圧倒していた。

 一方的な展開。
 そう呼んでも全く差し支えない状況だと言えた。

 秀和の、視覚、聴覚、嗅覚の三つを駆使した最上位の『ターゲット集中スキル』。
 ゾンビが持つ『人を襲う本能』に訴えたそれが、敵の陣形を大きく崩した。

 連中の本来の狙いは、こちらを完全包囲することだったはずだ。
 しかし、ゾンビの群れは秀和一人に狙いを定め、ソラス前の道路に殺到した。
 そうすると、一体どうなるか――、

「撃て撃て!」
「頭と腹は狙うな、腰か足を狙うんだ!」

 道路の両脇に立ち並ぶ建物の屋根から、冒険者達が矢と魔法で攻め立てていく。
 接近せず、遠距離からの攻撃を主体にした攻勢は、まさに効果覿面だった。

 痛みも感じず、秀和だけを狙うゾンビなど、いい的でしかない。
 それに、ゾンビを完全に破壊する必要もない。
 腰か足かを破壊して、歩行できなくさえすれば、それでゾンビは無力化できる。

 動く死体であるゾンビは、動く死体でしかない。
 一度受けたダメージが回復することはなく、動かなくなった足は重しとなる。
 這いずって進もうとするゾンビも、魔法でトドメを刺せばいい。

焔戟ブレイズ!」
空戟ストラック!」

 攻撃用の魔法には、火属性か風属性のみを使うよう、俺が全員に申し渡してある。
 火属性は、ゾンビ相手に対しては通りがいい。
 効く、というよりは文字通りで、体表が乾ききったゾンビは非常に燃えやすい。

 体内には随分は残っているだろうが、何もそこまで焼く必要はない。
 水分がすっかり抜けきった皮膚と筋肉を焼ければ、活動停止に追い込める。

 この世界のゾンビは、アルスノウェのゾンビと違って魔力で駆動していない。
 つまりは動くために必要な筋肉さえ損傷させてしまえば、それで事足りるのだ。

 風属性を採用したのも、同じ理由だ。
 さすがにここにいる冒険者が使っても、俺程の威力は出ない。が、それで十分だ。
 実際に、一発でゾンビの足が砕かれ、半ばから千切れてなくなった。

 風属性の魔法の利点は、爆発によって威力を発生させていることだ。
 斬るのでなく、焼くのでなく、打つのでなく、爆ぜる。
 これは、単純に威力が及ぶ範囲が広く、ゾンビの筋肉を大量に壊せるってコトだ。

 行動不能に陥ったゾンビが増えれば、それは積み上がって壁となる。
 動けるゾンビはそんなことは関係なく秀和を目指して前進し続けるワケで。
 ソラス前の道路は、あっという間にゾンビで大渋滞だ。

「今だ! やれ、やれェ!」

 屋根の上で、指揮を担うAランク冒険者の指示が飛ぶ。
 すると、準備を終えていたBランク以下の冒険者が、一斉に何かを投げつけた。

 それはガソリンが詰まったポリタンクだ。
 ヒマだった一週間のうちに、俺がガソリンスタンドから拝借したものだった。
 冒険者達が、掴んだそれを次々に高く投げ放っていく。

空戟ストラック!」

 そして、風属性の魔法によって、投げられたポリタンクが破壊される。
 ガソリンがしぶきとなって落ち、ゾンビの群れを濡らしていき、さらには――、

焔戟ブレイズ!」

 その一発で、ゾンビの群れは壁も含めて盛大に燃え上がった。
 あとからやってくるゾンビも、上からガソリンをかけて延焼させていけばいい。

 こうして、開戦直後は冒険者側の圧倒的優位で進んだ。
 おそらくはこれで五百体近くのゾンビを駆逐することができたと思う。

 幸先はよかった。
 しかし、それも長くは続かなかった。

「うぉっ!?」

 異変は、Bランク冒険者のその悲鳴から始まった。
 屋根の上の冒険者達が、急に身を震わせて、その場にうずくまる。何があった。

『あれは、銃、というものでは?』

 ルリエラが言う。
 そう、銃だ。戦闘開始から五分を過ぎて、銃で武装したゾンビが参戦し始めた。
 オイオイ、一体どこから銃なんて持ってきたんだ。ここは日本だぜ?

「全員、建物に入れ! 屋根の上だと、狙い撃たれるぞ!」

 さすがはAランク冒険者。
 俺が指示を出すまでもなく、他の冒険者に向かって叫び、自分達も退避する。

 だが、こうして戦線は膠着することとなった。
 銃を持ったゾンビの数が増えて、こっち側も一方的には攻撃ができなくなった。
 建物を盾にして銃撃から身を守りながら、合間に窓から魔法を放っている。

 未だ、秀和の『ターゲット集中』は効いている。
 しかし、防御の必要性が出てきた分、こちらの手数は減り、ゾンビの圧力は増す。

 何か有効な手立てがなければ、戦いは長期化する一方だろう。
 そして、戦いの長期化は即ち、こちらの敗北を意味する。
 こっちは疲れがある生きた人間で、相手は絶対疲れない動く死体。差は明白だ。

 長引けば長引くだけ、体力も、魔力も、物資も不足していく。
 そうなればあとはゾンビに蹂躙されるだけ。俺達の抵抗は、無駄な徒労で終わる。

 まぁ、俺は全然、心配してないんだけどね。
 だって、まだまだあるからね、有効な手立てってヤツ。

「そんじゃ、行こっか。グラたん!」
『FO、FOOOOOOOO! れむたんが、わ、わが、吾輩の背にィィィィ!』

 声をあげたのは、薄いピンクの服装が目立つテイマーと、デケェ羽根付きトカゲ。
 もとい、真の姿を現した竜王『彩鱗のグラズヴェルド』だ。

 真の姿、といっても、そのサイズは人一人を背に載せるのが精一杯な程度。
 アルスノウェでは騎竜とも呼ばれるワイバーンと同じくらいだ。
 こいつ程の存在となると、ルリエラと同じく『世界からの制約』を受けてしまう。

 まぁ、本人、じゃなくて本竜、いたって幸福そうなので問題はなさそうだが。
 本当におまえ、竜王としてのプライド<<<<<玲夢の下僕、なんだな。

「ちょっと、行ってきま~す! 最カワテイマー、はっし~ん!」
『はっし~~~~~~ん!』

 と、翼を広げたグラズヴェルドの背に乗って、玲夢が空へと上がっていった。
 俺の傍らで、音夢がハラハラした様子を見せていた。

「そんなに不安かよ」
「うん。だって、玲夢だし……」

 マイナス方向の信頼が厚すぎる。

「あいつだって、一応は『殿堂入り』だろ?」
「それはそうなんだけど。ただ……」

「ただ?」
「あの子、一回も自分で戦ったこと、ないから」

 呟く音夢のあとで、俺は、羽ばたきゆくグラたんとその背のれむたんを見やる。
 一匹と一人は、低空飛行のまま広場を越えて戦場となっている道路へ。

「わぁ~、ゾンビがいっぱい燃えてんじゃ~ん。……あれ、でも熱くない?」
『フハハハハハァ――ッ! 安心せよ、れむたん! 吾輩の背に乗っている限り、御身は吾輩が守ろうぞ、如何なる艱難辛苦を迎えようとも、安心安全竜王であるぞ!』
「わ、そうなんだ。さっすが、グラたん、えらいゾ!」

 言って、玲夢がグラズヴェルドの頭に手を伸ばし、なでなでする。

『FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』

 背中しか見えないけど確信できる。
 今のグラズヴェルド、絶対に目がハートマークになってますよ。

「……血圧高ェコンビだな、あいつら」

 だが、竜王の言う通り、あの背に乗っている限り玲夢は安全なようだ。
 さっきから銃武装ゾンビが玲夢を狙うが、弾丸が見えない壁に弾かれている。

「よし、やっちゃおっかー!」

 右手に短い杖を取り出し、玲夢が声を弾ませた。
 すると、飛行する竜王の周りに赤、蒼、緑、金色の光の玉がポゥと生まれる。
 人の頭ほどの大きさの光が、竜王の背に乗る玲夢の周りを巡り始める。

「四人とも、今回もよろしくねぇ~!」

 玲夢が言うと、四つの光の玉が応えるように大きく明滅した。
 そして、その明滅に合わせて、澄んだ鈴のような音が戦場全体に響き渡る。

 音は続き、連なり、高きと低きを交え、彩りを紡いで一つの形を成していく。
 それは楽曲だ。音楽だ。玲夢にとって必要な、力を宿した旋律だった。

「――いくよ」

 玲夢が深く息を吸い込んで、口許に右手の杖を当てる。

「Laaaaaaaaaaa――――」

 始まったのは、歌唱だった。
 銃撃と魔法が飛び交う血なまぐさい戦場に全く似つかわしくない、天使の歌声だ。
 それを初めて聴く俺ですら、歌声に圧倒されて「おぉ……」と言ってしまう。

 戦場で歌なんて、と思う者もいただろう。アルスノウェには。
 しかし、あれが玲夢の戦い方なのだという。あの、四体の精霊王を従えた歌唱が。

「四属性の精霊王と契約したサモナーって、玲夢が史上初めてじゃね?」
「らしいわね……」

 話に聞いていたそれを目の当たりにし、俺は半笑いになってしまった。
 玲夢は、獣使いテイマーにして召喚士サモナー。そして吟遊詩人バードでもある。

 四つの光は、玲夢が召喚したアルスノウェの四属性の精霊王。
 その光が相互干渉することで生み出す旋律に、あいつは自分の歌声を乗せる。
 歌声は戦場に満ち、それを耳にした冒険者達は――、

「な、何だこりゃ……!」
「疲れが、消えていく。力が溢れてくるぞ!」
「よっしゃ、これならイケる。反撃行くぞ、反撃!」

 たちまち、元気になりましたとさ。
 そう、玲夢の歌がもたらすのは超広範囲HPMP自動回復付き全能力バフ効果。

「何て、透き通った歌声だ……」
「聴いてると力がみなぎってくる。……あの子は、天使だ! 女神様だ!」

 歌声に感激した冒険者達の中から、そんなことをいうヤツまで現れた。

『ちょっとちょっとぉ、女神はわたくしですわよぉ!』
「おまえは黙ってろっての」

 抗議するルリエラに、俺は軽く苦笑する。
 最前線に出ている冒険者にとって、玲夢の歌はまさに活力源となるだろう。

 崇めたくなるのもわかるって話だ。
 こうして、玲夢は戦わずして新たなファンを獲得していくワケだ。えげつねーな。

「とことん、自分は戦わない方向で伸びてったんだなぁ、あいつは」
「そうね。それも一つの方向性だとは思うんだけど、ね……」

 だが、玲夢が戦線に飛び込んだことで、膠着状態もすぐに崩れるだろう。
 こちら側の再度の圧倒的優勢、という形で。
 冒険者から『疲れ』が消えた以上、敵側に銃があっても容易に対処できるからだ。

「なぁ、音夢」

 それを確信しつつ、俺は音夢に呼びかける。

「どうしたの、橘君」
「いや、今のうちに話しておくことがあってな」

 おそらく、ここから先は悠長に話す時間もなくなるだろう。
 その前に音夢には、はっきりさせておきたいことがある。

「何かしら?」
「ああ、単刀直入に言うぜ」
「ええ」

 俺は、音夢の顔をしっかりと見据えて、言った。

「これから俺は、人を殺す。おまえはどうする?」
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