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二十一話
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チケットは持った。財布もあるし、スマホもある。忘れ物はないはずだと朝から何度も荷物を確認している。
「あ、やべ、待ち合わせ…」
時計を見れば駅に向かわねばならない時間だった。涼太は再度鞄の中身を確認して部屋を出た。髪型に乱れはないだろうか、服装におかしなところはないだろうかと何度も確認する。
洸哉とのデートのときより緊張感があった。駅へ少し小走り気味に向かいつつも楽しみにしている自分もいた。
「神ノ戸先輩、遅くなってすみません」
展示会が行われている博物館の最寄り駅はにぎわっていた。近くに大きな商業施設があるからかもしれない。
待ち合わせ場所は改札から少し離れたバス停の近くだった。神ノ戸を見つけると駆け寄る。神ノ戸は細見のパンツにワイシャツ、薄手のカーディガンを着ていた。足元はスニーカーとずいぶんラフな格好をしている。
涼太の声に顔を上げた彼は眼鏡をかけていた。八角形のフレームであり、会社での彼とずいぶん印象が異なる。目をぱちくりさせた涼太を見て神ノ戸は首をかしげる。
「どうした」
「いえ…先輩、眼鏡かけるんですね」
「仕事の時はコンタクトにしているだけだ。にしても、お前」
神ノ戸は涼太の上から下までまじまじとその姿を見た。
襟元にブルーの縁取りを施した白いシャツにスキニーデニム、足元は神ノ戸同様にスニーカーだった。互いにスーツ姿しか知らないため新鮮だった。
「そのシャツ、いいセンスだな。襟の縁取りがいい」
「え、あ、うれしい…コウくんが俺にくれたやつで、結構お気に入りなんです」
「そうか」
嬉しそうにする涼太を見て褒めてよか
っと思う。並んで歩きながら展示会の会場へとゆっくり歩いていく。
何を話そうかと悩むものの神ノ戸を見ていれば無理に話す必要はないと思えた。神ノ戸が足を止めた。少し先にいた涼太は神ノ戸を振り返る。
「…先輩?」
「いや…少し変な感じがした。いつも一人で見に来るから誰かと一緒というのははじめてで…」
「彼女さんとは来なかったんですか?」
「あいにく、面白くなさそうだったから誘っていないんだ」
確かに涼太もあまり興味はない。何しろわからないから。
だが、神ノ戸はおそらく、と思う。一人で黙ってみることもあるかもしれないが、わからないことを聞いてみたら答えてくれるような気もしていた。
「先輩、俺コウくんともこういうのは来たことなくて、わかんないことだらけなんですけど、いいですか」
「…いいと思う。知らないことがあるのはまだまだこの世界を楽しめる証拠だ」
神ノ戸の言葉に涼太は笑顔になった。
展示会の入口で二人ともチケットを見せる。それなりに混雑している展示室内は薄暗かった。
初めてともいえる展示室の空気に涼太は少ししり込みする。だが、神ノ戸がそばにいる。彼は入口の挨拶文に目を通していた。涼太もその隣に立って同じように目を通す。二人は少し混雑する室内をゆっくりと歩いた。
「すごい…これって木でできているんですか」
「あぁ。はるか昔のものがこうして残っているのはすごいな。破壊されたものも腐ったものももちろんあるだろう。だから、こうして今目の前にできることが奇跡のようだ」
「確かに…戦争とか震災とかいろいろありますもんね…」
涼太はガラスに顔を近づけて目の前の仏像を見つめた。戦国時代のものだという仏像は涼太よりも高い位置でまっすぐと前を見据えていた。これが展示室内ではなく、実際の仏堂にあったらどんな空気があるのだろうかと涼太は考えた。
神ノ戸は涼太の様子を見つつ歩を進めた。つまらないと思われないだろうかと心配はしていたが、涼太は思ったよりも気に入ってくれたようだった。はじめだけではなく、その先も解説や仏像そのものを見て感激している。
「…現地で見るものまたいいものだ」
「先輩は行ったことあるんですか」
「…京都に実家がある。帰省した時にはいろいろな寺社を回っていた」
「へぇ…いいなぁ。俺はここから出たことなくて、せいぜい旅行ぐらいだから…」
「今度行ってみるか」
「いいんですか」
「タイミングがあえば、だが」
神ノ戸の誘いに涼太の顔が輝いた。大きくうなずいた姿にほんの少しだけ目を丸くするが神ノ戸はかすかに笑みを浮かべた。
「あ、神ノ戸先輩、この六本腕の仏像って結構有名なものですよね。三つも頭がある」
「あぁ。阿修羅像だな」
子供のように仏像の収められたクリアケースの周りを涼太は回る。後ろ姿もみられるとあって混雑する場所の一つだった。涼太は満足したのか少し距離をおいていた神ノ戸のもとにやってくる。
「あれを人間が作ったなんて信じられません」
「今の時代でも機械で再現はできても、あの仏像に込められた念までは再現できないだろうな」
神ノ戸の言葉に涼太は大きく頷いた。彼は神ノ戸が予想していたよりも楽しんでくれていた。ゆっくり二人で見て回り、ミュージアムショップに足が向いた。涼太はいそいそと図録を腕に持つ。
「買うのか」
「はい。どうせだから家でも見たくて」
神ノ戸は口をつぐむ。ほかに買いたい物を探す涼太の姿を目だけで追いかける。
「ポストカードとかコレクションしたくなるやつだなー…でもこれ、阿修羅像だし…買うか」
「篠崎」
「はい」
声をかけて振り向いた涼太の手から図録を取ればそれを棚に戻した。目をパチクリさせる姿を見つめてほのかに笑う。
「何度かやっている展示会だ。昔のものがいくつかうちにあるから今度貸そう。図録は比較的値段が高いから、ポストカードを買えばいい」
神ノ戸は涼太の手からポストカードをとる。自分でも何枚か手に取った。そのままレジへ向かっていく。あまりにもスムーズな動きに涼太は止めることができなかった。
ぽん、と紙袋に入ったポストカードを渡されてようやく自我が戻る。
「せ、先輩、これ」
「今日付き合ってもらった礼だ。俺も欲しいものを買ったから」
「お金ぐらい渡させてください」
「いい」
「よくないです」
「じゃぁ、駅前のケーキ屋で一つお菓子を買ってもらいたい」
お菓子?と首をかしげる。話は終わりだとばかりに神ノ戸は歩き出してしまう。涼太はそれを追いかけた。
「あ、やべ、待ち合わせ…」
時計を見れば駅に向かわねばならない時間だった。涼太は再度鞄の中身を確認して部屋を出た。髪型に乱れはないだろうか、服装におかしなところはないだろうかと何度も確認する。
洸哉とのデートのときより緊張感があった。駅へ少し小走り気味に向かいつつも楽しみにしている自分もいた。
「神ノ戸先輩、遅くなってすみません」
展示会が行われている博物館の最寄り駅はにぎわっていた。近くに大きな商業施設があるからかもしれない。
待ち合わせ場所は改札から少し離れたバス停の近くだった。神ノ戸を見つけると駆け寄る。神ノ戸は細見のパンツにワイシャツ、薄手のカーディガンを着ていた。足元はスニーカーとずいぶんラフな格好をしている。
涼太の声に顔を上げた彼は眼鏡をかけていた。八角形のフレームであり、会社での彼とずいぶん印象が異なる。目をぱちくりさせた涼太を見て神ノ戸は首をかしげる。
「どうした」
「いえ…先輩、眼鏡かけるんですね」
「仕事の時はコンタクトにしているだけだ。にしても、お前」
神ノ戸は涼太の上から下までまじまじとその姿を見た。
襟元にブルーの縁取りを施した白いシャツにスキニーデニム、足元は神ノ戸同様にスニーカーだった。互いにスーツ姿しか知らないため新鮮だった。
「そのシャツ、いいセンスだな。襟の縁取りがいい」
「え、あ、うれしい…コウくんが俺にくれたやつで、結構お気に入りなんです」
「そうか」
嬉しそうにする涼太を見て褒めてよか
っと思う。並んで歩きながら展示会の会場へとゆっくり歩いていく。
何を話そうかと悩むものの神ノ戸を見ていれば無理に話す必要はないと思えた。神ノ戸が足を止めた。少し先にいた涼太は神ノ戸を振り返る。
「…先輩?」
「いや…少し変な感じがした。いつも一人で見に来るから誰かと一緒というのははじめてで…」
「彼女さんとは来なかったんですか?」
「あいにく、面白くなさそうだったから誘っていないんだ」
確かに涼太もあまり興味はない。何しろわからないから。
だが、神ノ戸はおそらく、と思う。一人で黙ってみることもあるかもしれないが、わからないことを聞いてみたら答えてくれるような気もしていた。
「先輩、俺コウくんともこういうのは来たことなくて、わかんないことだらけなんですけど、いいですか」
「…いいと思う。知らないことがあるのはまだまだこの世界を楽しめる証拠だ」
神ノ戸の言葉に涼太は笑顔になった。
展示会の入口で二人ともチケットを見せる。それなりに混雑している展示室内は薄暗かった。
初めてともいえる展示室の空気に涼太は少ししり込みする。だが、神ノ戸がそばにいる。彼は入口の挨拶文に目を通していた。涼太もその隣に立って同じように目を通す。二人は少し混雑する室内をゆっくりと歩いた。
「すごい…これって木でできているんですか」
「あぁ。はるか昔のものがこうして残っているのはすごいな。破壊されたものも腐ったものももちろんあるだろう。だから、こうして今目の前にできることが奇跡のようだ」
「確かに…戦争とか震災とかいろいろありますもんね…」
涼太はガラスに顔を近づけて目の前の仏像を見つめた。戦国時代のものだという仏像は涼太よりも高い位置でまっすぐと前を見据えていた。これが展示室内ではなく、実際の仏堂にあったらどんな空気があるのだろうかと涼太は考えた。
神ノ戸は涼太の様子を見つつ歩を進めた。つまらないと思われないだろうかと心配はしていたが、涼太は思ったよりも気に入ってくれたようだった。はじめだけではなく、その先も解説や仏像そのものを見て感激している。
「…現地で見るものまたいいものだ」
「先輩は行ったことあるんですか」
「…京都に実家がある。帰省した時にはいろいろな寺社を回っていた」
「へぇ…いいなぁ。俺はここから出たことなくて、せいぜい旅行ぐらいだから…」
「今度行ってみるか」
「いいんですか」
「タイミングがあえば、だが」
神ノ戸の誘いに涼太の顔が輝いた。大きくうなずいた姿にほんの少しだけ目を丸くするが神ノ戸はかすかに笑みを浮かべた。
「あ、神ノ戸先輩、この六本腕の仏像って結構有名なものですよね。三つも頭がある」
「あぁ。阿修羅像だな」
子供のように仏像の収められたクリアケースの周りを涼太は回る。後ろ姿もみられるとあって混雑する場所の一つだった。涼太は満足したのか少し距離をおいていた神ノ戸のもとにやってくる。
「あれを人間が作ったなんて信じられません」
「今の時代でも機械で再現はできても、あの仏像に込められた念までは再現できないだろうな」
神ノ戸の言葉に涼太は大きく頷いた。彼は神ノ戸が予想していたよりも楽しんでくれていた。ゆっくり二人で見て回り、ミュージアムショップに足が向いた。涼太はいそいそと図録を腕に持つ。
「買うのか」
「はい。どうせだから家でも見たくて」
神ノ戸は口をつぐむ。ほかに買いたい物を探す涼太の姿を目だけで追いかける。
「ポストカードとかコレクションしたくなるやつだなー…でもこれ、阿修羅像だし…買うか」
「篠崎」
「はい」
声をかけて振り向いた涼太の手から図録を取ればそれを棚に戻した。目をパチクリさせる姿を見つめてほのかに笑う。
「何度かやっている展示会だ。昔のものがいくつかうちにあるから今度貸そう。図録は比較的値段が高いから、ポストカードを買えばいい」
神ノ戸は涼太の手からポストカードをとる。自分でも何枚か手に取った。そのままレジへ向かっていく。あまりにもスムーズな動きに涼太は止めることができなかった。
ぽん、と紙袋に入ったポストカードを渡されてようやく自我が戻る。
「せ、先輩、これ」
「今日付き合ってもらった礼だ。俺も欲しいものを買ったから」
「お金ぐらい渡させてください」
「いい」
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