金色竜は空に恋う

兎杜唯人

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地を駆る獣の住処

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「ディディ、この子気絶してる」


近衛兵を撒くためあちこちに方向を変えながら逃げ続けしばらく、ディディエは人気のない裏通りで足を止めた。
ディディエの腕から降りたシシリィはローブの人物を覗く。
固く目を閉じているが呼吸は安定している。虎族の脚力に体がついていかなかったと思われた。

「見て、きれいな鱗…蛇族かな」
「蛇の半人半獣エタ・シグノア?聞いたことないな…それに蛇族ならここから正反対の玄武領が主な居住地のはずだ」
「だよね…どうする」



ローブを脱がせたシシリィは身元の分かるものがないかと懐を探る。
しかし彼は何も持っていないようだった。
近衛兵を相手に逃げ回ったがこのままここにいてもいずれは見つかってしまう。
この正体不明の彼はさておきシシリィになにかあるのは困る。
しばらく悩んだディディエは彼もともに自分の家へと連れて帰ることに決めた。

「シシリィ以外を部屋には入れたくないんだがな…」
「そんなこと言わないで。ディディ、優しいでしょ?」
「お前にだけだ。こんな得体のしれないやつ相手に優しくもなれんだろう」



グルル、と喉の奥で唸るディディをなだめ彼の抱える人影を見つめる。
一体誰だというのだろうか。鱗のある人族、半分ずつ人と獣族の血が入っている。
めったに番うことがない両者である。
シシリィもディディエに愛されなければ獣族と番になるなんて考えもしなかっただろう。


「こいつ、甘い匂いがする」
「じゃぁ、Ωってこと?」
「どうだろうな」


もともと二人は白虎領の入口にいた。
近衛兵を撒くために走り回って今はどのあたりか…と周囲を見回した。


「ここ、朱雀領じゃない?ほら、あそこ見て。あの大きな木って朱雀領のシンボルでしょ」

シシリィが指をさすのは天を衝くほどの高さもある巨木であった。
大きく枝葉を広げ、その周囲を鳥族が舞っている。
その巨木がかなり近いということは気づけば朱雀領の中心地に近づいていたようだと判断できた。



「なおのこと急がないといけないな」
「虎だもんね、ディディは」
「…あぁ」

同じ都市内部に生きてはいるもののその祖先となった獣たちの優劣はいまだに残る。
爪や牙を持たぬ鳥族の多くは古来肉食であった虎をはじめとした獣族を嫌っているのだ。



「朱雀領の当主にでも見つかったら小言の山だろうな」
「それは誰のことだ、虎族ディディエ」
「てめぇのことだよ、鷹族楼嵐ろうらん


そばの木に羽ばたきとともに複数の鳥族が舞い降りた。
いずれも殺気を放っており敵対心が目に見える。
鷹の面差しに緑の目を持った青年はディディエをにらみつける。
シシリィはそそくさとディディエの陰に隠れた。


「お前らが邪魔しなければさっさと消えてやる。失せろ」
「お前は何を連れてきた」
「なんのことだ。シシリィが俺の馴染みだったのはお前もよくわかってるだろ」
「人族のことじゃない。お前が今、腕に抱えているもののことだ」
「半人半獣の匂いだ。長老が言っていた通りだ」


鷹族の楼嵐の周りでほかの鳥族が叫ぶ。
次々に上がる声が耳障りで仕方がない。
シシリィが眉を寄せディディエの服をつかむ。不快なのはディディエも一緒だ。




「”喜ばれぬエタ・シグノアが生まれた。いずれ当代の竜は空を落ちる”」
「…そんな昔の予言を本気にしているのか。だから鳥族は頭が固いとバカにされるんだろう」
「虎族は長く守り続けた教えもないものな」
「黙れ、楼嵐。貴様も貴様の仲間も引き裂くぞ」
「ディディ!」


シシリィの声が間に入る。
牙をむきだして今にもとびかかろうとしていたディディエは動きを止めた。


「予言だとしても、めったに生まれないエタ・シグノアがお前の腕にいる以上は本気にせざるを得ないだろう。人族と交わっているお前の子供かと思ったが匂いが違うようだしな」
「悪いが、シシリィとは清い関係なんだよ。こいつの項を噛むまでは子供を作るつもりは一切ないもんでな」

楼嵐とディディエの間で火花が散る。
たまらなくなってシシリィはディディエの顔を自分に向かせる。




「ディディ、急がないとまた近衛兵がくるよ!鷹族を相手にしてないで、急いで行こう」
「…わかった」

シシリィの瞳を見て一気に殺気を収め、ディディエは鷹族へと再び視線を戻した。

「これ以上の相手は無駄だ。俺は白虎領に戻る」
「二度と来るな。この朱雀領はお前たち四つ足の獣を歓迎はしない」
「はっ!勝手に言っていろ」


ディディエは再びシシリィを抱き上げる。
シシリィはしっかりと抱き着いて落ちないようにしつつ、ローブの人間もしっかりと抱えた。
ディディエが地を蹴り宙へと踊る。鷹族はその姿を見えなくなるまで見送っていた。
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