金色竜は空に恋う

兎杜唯人

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竜の一族 4

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アグノアと別れたディディエとノエル、それからカノーテは地下から上がればようやく一息ついた。
ディディエの腕から降りたカノーテは身を伸ばしそれから姿を変える。


「ディディエ様、ノエル様には話すのですか」
「…そうだな」

とぼとぼとノエルはうつむいて歩いていく。もしかしたら心のどこかで竜ではないと思っていたのかもしれない。
それとどこからアグノアの話を聞いていたのだろうか。

「ノエル」
「……俺と会わなければディディエもシシリィも番になれたし、虎族に迷惑をかけることもなかったんだな」
「それは仕方ないだろう。それと、ノエル」

ディディエはノエルの肩をつかんで自分と向かい合わせにする。
泣きそうなほどに眉を下げている姿を見つめ大きなため息をつく。




「いいか、これが最後だ。お前の項を噛んだのも、お前に項を噛ませたのも、俺とシシリィが自分で決めたことだ。お前と出会ったから、じゃない。俺たちの決断と意思だ。それを捻じ曲げて自分を悲劇の主人公扱いするな。お前のその言葉は俺とシシリィに対する侮辱に等しい」
「そんな、つもりは…」
「ノエル、お前はこの先俺たちが死ぬのを見送るときまで俺たちに愛されていればいい。それが番になった俺たちのさだめだ」


ディディエの大きな手に顎をつかまれ顔をそらすことができなくなる。
ノエルのほほを涙が一筋伝ったのを見ればディディエは何も言えなくなってしまった。
本来であれば自分よりもはるかに上の存在であって、こんなところで泣いていていい存在ではない。
ディディエよりも長く生きているはずなのに、シシリィよりも幼く見える。



「カノーテ…」
「はい、ディディエ様」
「先に白虎領へ戻っていてくれ」
「何を」
「シシリィに、香油は間に合わなさそうだと伝えてくれ。あれは相当怒るだろうが」
「……シシリィ様でなくとも怒るかと。ディディエ様、シシリィ様のように丁寧に解さねばだめですよ」
「俺は気が短いから無理だな」
「ではたっぷりの香油を使ってください」

カノーテを向いて言葉を交わすディディエにノエルはついていけない。
肩を抱き寄せられ、ふわふわの毛に包まれるとたまらなく安心した。
すりっとほほを寄せて大きな胴に腕を回せば、ぞわぞわと毛が逆立つのを感じた。



「ディディエ様…」


カノーテの低い声にディディエが唸る。
自分よりも年上でその存在すら本当であればディディエなど足元にも及ばないのに、今こうして腕の中にいるノエルは庇護欲をかきたてられる。
ぐるるるっと喉の奥で唸る。獣としての本能と、理性が戦っていた。
シシリィならば丁寧にノエルのその部分をほぐし、ディディエに合わせた場所へと拡げることができるだろう。
だが、ディディエがそれを待てるとは思ってもいない。



「わかりました。僕の最速で香油を買ってきますので、ちゃんとディディエ様はノエル様を連れてシシリィ様のところに戻ってください」
「は?」
「シシリィ様はノエル様を心配されるでしょうから。ディディエ様は乱暴ですし、虎族の中でも体が大きいほうですので」



ディディエはしばらく無言でいた。
だがうなずけば虎の姿へと転化する。

『乗れ、ノエル。屋敷へ戻る』
「でも、カノーテ…」
「大丈夫です。香油いっぱい買ってくるので、それまでシシリィ様のそばにいてくださいね」

カノーテもくるっと一回転し猫へと転じれば身軽に地面を蹴って消えていく。
虎の姿のディディエをそっと撫でたノエルは恐る恐るその太い体に乗った。ノエル程度が乗ったところで重さはないに等しい。



『掴まっていろ、ノエル。飛ばす。もう我慢できん』
「ん、なにがだ、ディ」


ノエルの言葉が途中で切れた。
太い脚、強い脚力でディディエは走りだす。
舌を噛んでしまわぬようにノエルは口を閉じて毛を握り締めた。
少しでも風の抵抗がなくなるように身を低くし、頭を下げる。
耳元で風が鳴るがそれを気にしないようにした。
我慢できん、と告げたディディエの言葉が突然耳元で再度聞こえた。
どくっ、と腹部の奥で脈動を感じた。毛を握る手に力をより込めて、ノエルは顔を埋めた。
早くついてくれ、早くこの喉を噛みちぎってくれ。
ノエルは目を閉じ、息を止めながらそれを願った。
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