金色竜は空に恋う

兎杜唯人

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母からの手紙

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「"ノエル、もしもあなたに番ができたのなら、きっとあなたもお父さんと同じようになるのでしょう。愛して愛されて、あなたがその長い一生を終えるまでに思いあえる仲になったのならば、あなたも黄金の鱗を手に入れることができるのでしょう"」



手紙の始まりはそのように書かれていた。
部屋に戻り、ベッドの上に座った状態で手紙を開いた。
ディディエを椅子の背もたれ代わりにし、そばにシシリィを侍らせてノエルは緊張していた。

「"あなたのお父さんは竜の一族、本来ならあの塔の奥で生きていくはずだった。私と出会うこともなく、他の誰かを番にしていたでしょう。でも私達は出会ってしまった。出会ったその瞬間に互いを求め、愛し合い、あなたが生まれました"」


シシリィの目が輝いた。
ノエルの両親は誰もが憧れてやまない運命の番だったのだ。
いつかは自分にも、と思った時期がなかったわけではない。だが、運命の番など夢のまた夢でしかないのだ。



「"あなたが私のお腹に宿ったことがわかった日を今でも覚えています。あなたのお父さんも喜んでいました。早く出ておいでと声をかけ、慈しみ、どんな子だろうかといつも話していました。けれど、あなたの祖父に当たる当代黄金竜は許しはしなかった"」


手紙を握るノエルの手に力がこもる。
読み進める声がとまり、代わりにディディエが手紙をとった。


「"竜のしがらみから抜け出すためにあなたのお父さんは当代に挑み、命を落としました。その直前美しい金の鱗をまとった竜となったのを今でも鮮やかに思い返せます。あの人に出会ってしばらく経ってから、なぜ金の鱗を誰もが持たぬのか聞いたことがあります"」



シシリィとディディエは視線を交わした。
ノエルの母親は誰もが気になることを聞いたというのか。
ノエルの様子をうかがう。その表情は硬い。
ディディエはしばらく間をおいてから先を読み始めた。


「"竜の一族は様々な種族の遺伝子をかけ合わせた末に生まれたもので、他とは異なる遺伝子の形状をしている。番となる相手の遺伝子を上書きし、生まれてくる子供にはその種族の遺伝子が受け継がれることはない。どんな相手と番っても、その転化した姿は竜にしかならない。生まれ持った鱗の色は様々で一定の法則はない。生まれたときから金の鱗を持つものもいない。金の鱗は成長の途中である条件を満たした場合にのみ生まれ出るもの、私はそう聞きました"」

アグノアは、ノエルの父であるニガレオスが金の鱗を持った理由を人族と番ったからだとした。
ディディエはノエルの肩をさすり身を寄せるシシリィを見つめた。
ノエルの番は獣族たる自分と人族たるシシリィである。
条件は、満たされた。

「"番相手と絆が結ばれ魂を溶け合わせた竜のみが金の鱗を持つようになるというのです。魂を溶け合わせることが何を示すのかは私には終ぞわかりませんでした。けれど、お父さん、ニガレオスと結ばれ幸せな日々をともに過ごすことがそうであるならば、間違いなく私とニガレオスの魂は溶け合ったのでしょう"」


ノエルが手紙の文字に触れる。ノエルが物心ついたときに父の姿はなく、母は様々な仕事をしながらノエルを育てた。
器量が良かったこともあり、周囲から新しい番を勧められたこともあった。だが、母はうなずかなかった。


「…異種族同士だとしても、魂が溶け合うほどに互いを愛したから、父は金の鱗を持つ強い竜となったのだろうか」
「守りたいものがあると強くなるって言うからね。ノエルのお父さんにとっては、ノエルと、ノエルのお母さんである番がとても大事なものだったんだよ、間違いないね」
「"もし、あなたが竜ではないほかの種族と結ばれ、互いの魂を溶け合わせたとき、金の鱗を持つようになるのだろうかと思うと、それが楽しみであると同時に強く不安でもおります。当代は、あなたとあなたの番を殺そうとするでしょう"」

シシリィが撫でるノエルの体に力がこもった。

「簡単に殺されるほど俺は弱くはない」
「ノエルのためだよ、生きてみせるから」
「けれど、竜の一族は大きくて強い…シシリィには牙も爪もないだろう」
「逃げ足は早いから安心してよ」

冗談を口にしたシシリィをじっと見つめる。
大丈夫と繰り返して笑う。

「"どうかこの先のあなたが、他の誰かと寄り添い合い幸せだったと笑って死ねることを母は望んでいます。ニガレオスが残した鱗がずっと母のお守りでした。これからはあなたに渡します。長い生を終えたその時、再び母と会えたときに、あなたが辿った道を話して聞かせてくださいね"」
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