金色竜は空に恋う

兎杜唯人

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番外編

愛を食べて

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シシリィはぺろりとそれを味見した。
我ながら上出来、満足の行くものである。


「シシリィ様出来上がりましたか」
「できたよー。あとはこれを型に入れて固めるだけ。ふふ、愛しい番が二人もいるとやりがいがあるね。みんなは?」
「もちろんできております」


ふふ、と猫族と犬族と笑い合う。虎族領主の館に住まう獣族は番持ちばかりである。
だからこそ、人族が持ち込んだある風習に順応した。




「年に一度溢れんばかりの愛を番相手に示す日、ヴァン・レ・タイン!明日はこれを大事な番相手に渡していちゃつこうね」

シシリィの手には茶色いものが付着していた。厨房には甘ったるい薫りやフルーツの酸味のある薫りも充満している。
うなずいた他の者たちの体からも同様の香りがしていた。


人族は年に一度、大切な番相手へと己の愛を示す。
愛を示すこと自体は年がら年中行って入るが、より真剣に気持ちを伝えるのである。
伝え方は様々で、一日中番とセックスするもの、番の代わりに普段の仕事を行うもの、特別な儀式をするもの、といろいろあった。
シシリィは番ではなかったが、それに近い関係性であったディディエに毎年甘いお菓子を作って食べさせていた。

虎族の味覚に合うものを研究し、ディディエがうまいと口にするまで何度も作り直した。
正直な言葉が欲しかった。万人が美味しいというものではなく、ディディエただ一人がおいしいと笑顔になってくれるようなものを作りたかった。

出来上がったものをディディエが初めて口にするまで心臓が弾けそうなほどに鳴っていたのを今でも思い出す。
目を丸くしたディディエの耳がピクピクと揺れ動き、顔よりもより感情を見せてくれる尾が揺れ動く。



『最高だ、シシリィ』


「もう、ディディってば!知ってるよ、俺はディディのためにがんばったんだから」

回想の中のディディエにドキドキしながらそんな言葉を口にする。
ふわふわと幸せいっぱいの甘い香りをさせたシシリィは2つの型に入ったものを見下ろした。
今年はディディエだけではない。もうひとり、大切な番がいる。
彼は何が好きだろう。ディディエとはまた異なる種族故に好みの味がわからない。
だからシシリィはオーソドックスなものを作った。少し甘さは控えめにして、もし気に入らなかったら作り直そう。
幸いにして材料はたくさん買い込んだ。時間はかかるができないことはない。
絶対喜んでもらえるようにしなければとシシリィは一人拳を握った。



「ヴァン・レ・タイン…それはいったい」
「番持ちが愛を確かめ合う日。基本はな。だが、人によって何をするかは異なる。一日交わるやつもいるし何もせずただ互いを慈しむ奴らもいる。普段の仕事を交換して互いの苦労を知るやつもいる」
「シシリィは…なにをするんだ?」
「あいつは今までなら俺好みのお菓子を作ってきた。今年もそうだと思うし、なんならたぶんお前好みのお菓子も作ろうとしていると思うが」

聞き慣れない言葉に首を傾げたノエルはディディエに解説を求めた。
そんな日があるとは知りもしなかった。
眉を下げたノエルだが、自分も番であるシシリィとディディエになにかするべきだろうか。
思い悩む姿を見つめてディディエは再度口を開く。



「返礼の日がある。今すぐ思いつかなくともその日までになにか思いつけばそれでいいと思うが」
「だが、その、ヴァン・レ・タインというのは愛を確かめ合う日なのだろう?シシリィが用意してくれているのに、俺が何もしないのは気が引ける」

ディディエは大きなため息を付いた。ノエルは真面目すぎる。
シシリィは好きで用意している。それを知るからディディエはヴァン・レ・タインの日には喜んでシシリィの菓子を受け取って食べるし、返礼の日にはたっぷりのお返しを考える。


「愛を確かめ合う日だ。シシリィが手ずから作ったものを食べてあいつを心ゆくまで愛せばいい。返礼の日にシシリィが喜びそうなものを贈ればなおのこと」
「…俺から、ディディエにはなにをしたらいい」


ノエルの言葉に意表を突かれた。
まさか自分のことまで考えていたとは思いもしなかった。確かにノエルにとってディディエもまた番である。
番への愛を示す日がヴァン・レ・タインであるというならば、ノエルからディディエになにかするべきだろう、と思ったのだろう。

「ディディエの好きなもの、俺はまだわからない。なにをしたら俺の気持ちを伝えられるのだろうか…ディディエには、世話になりっぱなしなのに」
「…お前はそのままでいい。俺のそばで笑って、気持ちよさに喘いで、シシリィと一緒に健やかに生きろ。お前は顔を曇らせやすい。笑っていることが一番俺には愛を示すものだ」


近づいた顔にノエルは手を伸ばした。ふかふかの毛に指を絡め口づける。
ディディエの舌がノエルの耳を舐めあげれば声が漏れた。


「エッチなことは明日ー!今日はだめ。はい、離れて!明日は一日ベッドから出ないからね」

見つめ合っていればシシリィがわり込んでくる。
膨れた頬に手を伸ばせば不満そうな顔がノエルを向いた。
ごめん、と謝れば頬の膨らみはすぐに無くなり代わりにノエルの胸元に小さな頭が収まる。
シシリィの細い体を抱いて、明日楽しみだねと囁やけば顔を上げたシシリィもうなずいた。

「二人に俺の愛を込めた甘いお菓子をあげるから残さず食べてね。ノエルには初めてだから口に合うか不安なんだけど」
「シシリィが作ったものなら何でもおいしいと思うよ」
「嬉しい。でもノエル個人の口に合うとびっきりのお菓子を用意したいの。何回でも作り直すから美味しくないって思ったら素直に言ってね」

シシリィの迫力におされてノエルはうなずいた。
チラと視線を上げると二人に入る隙を見いだせないディディエがしょぼくれていた。
強い力を持つ虎であるのに、とノエルは笑う。
手を伸ばして招き寄せればディディエはノエルとシシリィを抱きしめる。
二人の間に収まる形になったシシリィから漂う甘い香りに、ノエルは明日への期待を膨らませた。



シシリィがくれるものはどんなものでもきっとおいしい。
ディディエだって同じ思いだろう。
そこにはシシリィからの惜しみない愛が詰まっている。
ならば。
シシリィが惜しみない愛をくれるのならば、返礼の日には自分もそれに負けない愛を、ディディエとシシリィに見せようと、ノエルはひとり密かに決心した。
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