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竜の婚姻
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「テオビアス、リュシール、メリアン!走り回らない!今日は大事な日だってさんざん口を酸っぱくして言っただろ!」
「お父さんが怒っても怖くないもんー」
「そうだよー!」
翠の瞳を持った少年少女と青い瞳の少年が走る。
そのあとを腕に一枚だけ鱗のついた男が追いかけた。
「にぎやかだな」
「シシリィと俺の間にできた子供たちはみんな元気がいい」
「それだと俺とお前の間の子供たちは元気がよくないみたいだな」
「まだ小さいだろう」
ちちうえー、と呼ぶ声がする。
ノエルは声がしたほうを振り向いた。
腰の中ほどまで伸びた髪は一度肩の位置で結ばれていた。竜の一族の正装だという袖や裾の長い衣を着ているために少し動きにくい。
ノエルのそばに立つディディエは虎の一族の正装だった。ノエルとディディエを呼んだ声は全部で三つ、ぱたぱたと駆けてくる足音は軽い。
「ちちうえ、おでかけですか」
「あぁ…今日は俺が竜の一族の当主となって節目の日だからな。乳母に聞かなかったか」
「きいたきがします」
「ちちうえ、ぼくたちおいてきぼりですか」
「あとからディディエとおいで。俺は先に行かねばならないんだ」
むぅっと小さな口を尖らせた緑の鱗を顔に持つ双子を見つめノエルは笑った。
まだ幼い姿の双子をディディエが抱える。ディディエの足元にしがみつくもうひとりは頬を膨らませてノエルを見上げていた。
彼らのもとに疲れた顔をしたシシリィがやってきた。
三人の子供の腕を引いている。
「もう、やんちゃっこなんだから。俺もノエルもそこまでやんちゃじゃないのに、どうしてそんなやんちゃなの」
「お父さんがやんちゃだからだよ」
青い瞳の少年が答えた。
やんちゃじゃないってば、とシシリィが告げる。
彼の腕には一枚だけ金の鱗があった。
ノエルは瞳を細めてそれを見つめる。
「ノエル、後悔してるか」
「してないといえば嘘だな。竜の血には病や怪我を治す効力がある。だけど、合わなければ身体は引き裂かれて死ぬ。あってしまえば、竜の鱗を持ち、寿命が伸びる。でもその寿命が伸びるというのも不老に近いものなのか違うのかがわからないんだ」
ノエルとの間に設けた多くの子供達の内式典に出ても問題ないと判断した子供を数人連れて忙しそうにしている。
正式にノエルが竜の一族の頂点に立ち、その番としてお披露目されてもう五十年である。
だが、シシリィの姿は出会ったときと変わらない。
もともと長寿でもある獣人のディディエは言うまでもない。
「血を摂取してなくても俺の寿命も伸びたんだろうか」
「それがわからないんだ。一族の誰に聞いてもわからない。記録があるとするならば先代の使っていた部屋なんだが…」
「鍵か」
「あぁ。無理矢理には開けたくない。だから今鍵を作れないか手先の器用な獣族たちに声をかけている」
重たいため息をつくノエルを抱き寄せ頭を撫でればディディエの腕に抱かれた双子も真似をしてノエルを触る。
「おとーさま、ちちうえはげんきがないのですか」
「そうだな。後でみんなで抱っこしてやろうな」
「はい」
笑う子どもたちにノエルも笑みを浮かべた。
ノエルたちのもとに白銀の鎧を纏い、後ろに槍を携えた近衛兵を連れたエレディウスがやってくる。
そろそろ時間なのだろう。
「シシリィ、ディディエ、行ってくる」
「いってらっしゃい。またあとで」
シシリィがノエルの頬に口づける。照れくさそうにしてからノエルは歩いていった。
五十年という節目にノエルは新たな法を出すという。
人も獣も、Ωもαも等しく平等に生きてほしい、と願っていた。
「早かったね、ディディ」
「そうだな」
「五十年か。俺が昔と変わらないのはノエルの血のせいかな」
「そうだろうな」
「あと何年俺は生きられるかな」
「まだまだ」
ディディエに寄り添い、その腕の双子と顔を見合わせては自分を見上げる小さな子供を抱く。
お父さん俺も、と次々に声が上がればシシリィは順番に頭をなでた。
この五十年、シシリィはノエルとの間に二十人もの子供をもうけ、内五人が幼いまま命を落とした。
ノエルはディディエとの間に同じく二十人の子供をもうけ、無事に育っている。
感慨深く思っていれば遠くから、わっと歓声が聞こえてきた。
シシリィとディディエは顔を見合わせる。ふっと笑みをこぼせばこの都市の住人たちに愛された番を想う。
三人が番であることを都市の住人に示したのはノエルが先代を殺したそのしばらく後だった。何しろ先代の喪に服す期間があったのだ。
ディディエは色鮮やかに思い出せる。ノエルが身にまとった式典のための鎧も、婚姻のための式服も、その隣に並んだ美しいシシリィの姿も。
シシリィとて同じだろう。
二人の脳裏には今も鮮やかな日々が簡単に思い浮かべられるのだ。
「お父さんが怒っても怖くないもんー」
「そうだよー!」
翠の瞳を持った少年少女と青い瞳の少年が走る。
そのあとを腕に一枚だけ鱗のついた男が追いかけた。
「にぎやかだな」
「シシリィと俺の間にできた子供たちはみんな元気がいい」
「それだと俺とお前の間の子供たちは元気がよくないみたいだな」
「まだ小さいだろう」
ちちうえー、と呼ぶ声がする。
ノエルは声がしたほうを振り向いた。
腰の中ほどまで伸びた髪は一度肩の位置で結ばれていた。竜の一族の正装だという袖や裾の長い衣を着ているために少し動きにくい。
ノエルのそばに立つディディエは虎の一族の正装だった。ノエルとディディエを呼んだ声は全部で三つ、ぱたぱたと駆けてくる足音は軽い。
「ちちうえ、おでかけですか」
「あぁ…今日は俺が竜の一族の当主となって節目の日だからな。乳母に聞かなかったか」
「きいたきがします」
「ちちうえ、ぼくたちおいてきぼりですか」
「あとからディディエとおいで。俺は先に行かねばならないんだ」
むぅっと小さな口を尖らせた緑の鱗を顔に持つ双子を見つめノエルは笑った。
まだ幼い姿の双子をディディエが抱える。ディディエの足元にしがみつくもうひとりは頬を膨らませてノエルを見上げていた。
彼らのもとに疲れた顔をしたシシリィがやってきた。
三人の子供の腕を引いている。
「もう、やんちゃっこなんだから。俺もノエルもそこまでやんちゃじゃないのに、どうしてそんなやんちゃなの」
「お父さんがやんちゃだからだよ」
青い瞳の少年が答えた。
やんちゃじゃないってば、とシシリィが告げる。
彼の腕には一枚だけ金の鱗があった。
ノエルは瞳を細めてそれを見つめる。
「ノエル、後悔してるか」
「してないといえば嘘だな。竜の血には病や怪我を治す効力がある。だけど、合わなければ身体は引き裂かれて死ぬ。あってしまえば、竜の鱗を持ち、寿命が伸びる。でもその寿命が伸びるというのも不老に近いものなのか違うのかがわからないんだ」
ノエルとの間に設けた多くの子供達の内式典に出ても問題ないと判断した子供を数人連れて忙しそうにしている。
正式にノエルが竜の一族の頂点に立ち、その番としてお披露目されてもう五十年である。
だが、シシリィの姿は出会ったときと変わらない。
もともと長寿でもある獣人のディディエは言うまでもない。
「血を摂取してなくても俺の寿命も伸びたんだろうか」
「それがわからないんだ。一族の誰に聞いてもわからない。記録があるとするならば先代の使っていた部屋なんだが…」
「鍵か」
「あぁ。無理矢理には開けたくない。だから今鍵を作れないか手先の器用な獣族たちに声をかけている」
重たいため息をつくノエルを抱き寄せ頭を撫でればディディエの腕に抱かれた双子も真似をしてノエルを触る。
「おとーさま、ちちうえはげんきがないのですか」
「そうだな。後でみんなで抱っこしてやろうな」
「はい」
笑う子どもたちにノエルも笑みを浮かべた。
ノエルたちのもとに白銀の鎧を纏い、後ろに槍を携えた近衛兵を連れたエレディウスがやってくる。
そろそろ時間なのだろう。
「シシリィ、ディディエ、行ってくる」
「いってらっしゃい。またあとで」
シシリィがノエルの頬に口づける。照れくさそうにしてからノエルは歩いていった。
五十年という節目にノエルは新たな法を出すという。
人も獣も、Ωもαも等しく平等に生きてほしい、と願っていた。
「早かったね、ディディ」
「そうだな」
「五十年か。俺が昔と変わらないのはノエルの血のせいかな」
「そうだろうな」
「あと何年俺は生きられるかな」
「まだまだ」
ディディエに寄り添い、その腕の双子と顔を見合わせては自分を見上げる小さな子供を抱く。
お父さん俺も、と次々に声が上がればシシリィは順番に頭をなでた。
この五十年、シシリィはノエルとの間に二十人もの子供をもうけ、内五人が幼いまま命を落とした。
ノエルはディディエとの間に同じく二十人の子供をもうけ、無事に育っている。
感慨深く思っていれば遠くから、わっと歓声が聞こえてきた。
シシリィとディディエは顔を見合わせる。ふっと笑みをこぼせばこの都市の住人たちに愛された番を想う。
三人が番であることを都市の住人に示したのはノエルが先代を殺したそのしばらく後だった。何しろ先代の喪に服す期間があったのだ。
ディディエは色鮮やかに思い出せる。ノエルが身にまとった式典のための鎧も、婚姻のための式服も、その隣に並んだ美しいシシリィの姿も。
シシリィとて同じだろう。
二人の脳裏には今も鮮やかな日々が簡単に思い浮かべられるのだ。
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