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01.初対面
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タダノには絵の才能がなかった。でも、絵を描くのは好きだった。だから、画家になった。何十年も前になる。ほかにやりたいこともなかった。
しかし、才能のない素人が、画家になったところで売れるはずもない。安い仕事で日銭をかせぎ、そまつなご飯を口にし、そのほか全ての時間と労力を、絵の習熟につかった。絵画教室へいったこともあるし、有名な師に技法を学んだこともある。図書館を往復して学術書もあらかた読んだ。
いろいろためしてみたが、何をやっても人並みか、それ以下だった。考え方に問題があったわけでも、先天的な病気があったわけでもない。努力が足りていないわけでもない。
でも、タダノには絵の才能がなかった。タダノの作品は、あらゆる場所で、あらゆる人から、無視されつづけた。
そんなタダノにとどめをさしたのがAIイラストだった。
作成者が指定した言葉を元に、絵を生成する技術。プロ並の絵を数十秒で生成できる。ランチ一食分程課金すれば一か月間、誰でも唱えることができる。機械は人間の感性を理解できないため、『上手い』けど『メッセージ性皆無で味気ない』絵しか描けない。しかし、少なくとも自分で描くよりは上手な絵を、一瞬で生成できることには変わりなかった。
もう、これ以上の絶望はないと、思っていた。
「アルコール性肝障害が悪化して、肝臓がんになっています。余命はあと一ヶ月と言ったところでしょう……」
彼には、絵の才能がなかった。最後までなかった。
「俺の人生は、無意味だったのだろうか」
もはや、自殺する意味すら、なくなってしまった。ここにきてはじめて、自殺することにすら、何らかの意味が必要であることに気づいた。元々の人生に意味がないのなら、自殺することにすら意味がない。
「まあ、無意味だったんだろうな」
キャンバスにむかって、ため息をついた。タダノの自室は画材がちらばっており、足のふみ場もないほどだった。壁は全て本棚でうまっている。今となっては、その全てがガラクタ同然にみえる。
もはや、筆をうごかす気力すらなかった。ろくに食べ物も食べていないから、とうぜんと言えばとうぜんなのだが。
人生をかけた一大事業は、自身の死を持って、失敗に終わろうとしていた。
決して売れず、観られず、燃やされるだけの絵。いつかむくわれると信じ、ひたすら描きつづけてきた。無駄だった。何もかもが無意味だった。
どうしてこうなった。
「なんで俺には才能がないんだ」
なんで自分に限って、こんな目にあわねばならないのか。いや、本当はわかっている。自分の不摂生のせいなのだ。現実を受け入れられず、目先の快感に逃げた、自分が悪なのだ。
「何もかも最悪だ。しかも、自分のせいだ。一ヶ月間ずっと、縄で首をじわじわ絞められるような恐怖に身を置きながら、自分の人生を後悔し続けるのが、俺に与えられた罰……」
窓から伸びた夕日が、白紙のキャンバスをてらす。
自分はこの夕日を、あと何度おがめるのだろう。
死んだようにうつむいていると、ノックをする音がした。
大家だった。気むずかしいタダノに対しても、あいそがいい。タダノが余命いくばくもないことを知っている、唯一の人だった。生存確認をかねて、毎日声をかけてくれる。
「タダノさん。絵はかどってる?」
「ぼちぼちですね」
「体が苦しくなったら、いつでも声かけてくださいね。じゃ!」
「お気遣い、ありがとうございます」
絵を描く応援はしてくれるが、絵をみせようとしてもやんわりことわる。とある画廊で、複製原画の購入を強制されたことがトラウマになって、いきつけの美術館以外で絵をみたくない、とのことだった。
それでも、最大限の配慮と声援を送ってくれる大家さんには、頭があがらない。今、タダノが生きているのは、彼に余計なめいわくをかけたくない一心だった。それ以上でも、それ以下でもない。
自室にもどって、再びキャンバスの前にすわる。
しかし、ようすが何かようすがおかしかい。
キャンバスの奥に、見知らぬ女性が立っていたのだ。
藍色のショートヘア。後頭部にはポニーテールがゆれていた。銀縁のメガネをかけており、理知的にみえる。黒いジャケットとワンピースが、健康的な肉付きを強調していた。
手には白い本。背表紙には金色の文字で『意味への旅』と書かれていた。表紙が好みで買ったものの、すぐざせつして、売ってしまった本だ。内容も覚えていない。
なぜかタダノは、初対面の気がしなかった。むしろ、親しみさえ覚える。
彼女の最初の一言で、直感は確信へと変わった。
「わたしはレーベン。あなたの作品の内の一枚です、お父様」
「ば、ばかな。ありえない」
「わたしにもにわかに信じられません。しかし、ありえないことが現実となってしまった今、受け入れるしかありません」
レーベンが手に持っている本は『あんな分厚く読みづらい本を読む人は、よっぽど頭がいいにちがいない』という先入観からにちがいない。知的な女性が、タダノの好みだからだ。
たおやかな胸も好み一致している。黒服は、デザインがめんどうになったときによくえらぶモチーフだった。
レーベンという、抽象的なネーミングも、自分らしい。
しかし、元となった作品を、思い出せない。タダノの生み出した作品の量はぼうだいな上、どの作品もうすい印象しかない。きっと、遠い昔忘れてしまった作品のうちの、一枚なのだろう。
「本当に、君は俺の作品なのか。なら証拠を見せてみろ」
「わかりました。では、お父様。自分が成された偉業を、ご観覧ください。そして、わたしに新たな解釈をお与えください。キャンバスに置かれた絵の具の塊でしかないわたしに」
レーベンは、スカートのすそをつかむと、上へ持ち上げようとした。
しかし、才能のない素人が、画家になったところで売れるはずもない。安い仕事で日銭をかせぎ、そまつなご飯を口にし、そのほか全ての時間と労力を、絵の習熟につかった。絵画教室へいったこともあるし、有名な師に技法を学んだこともある。図書館を往復して学術書もあらかた読んだ。
いろいろためしてみたが、何をやっても人並みか、それ以下だった。考え方に問題があったわけでも、先天的な病気があったわけでもない。努力が足りていないわけでもない。
でも、タダノには絵の才能がなかった。タダノの作品は、あらゆる場所で、あらゆる人から、無視されつづけた。
そんなタダノにとどめをさしたのがAIイラストだった。
作成者が指定した言葉を元に、絵を生成する技術。プロ並の絵を数十秒で生成できる。ランチ一食分程課金すれば一か月間、誰でも唱えることができる。機械は人間の感性を理解できないため、『上手い』けど『メッセージ性皆無で味気ない』絵しか描けない。しかし、少なくとも自分で描くよりは上手な絵を、一瞬で生成できることには変わりなかった。
もう、これ以上の絶望はないと、思っていた。
「アルコール性肝障害が悪化して、肝臓がんになっています。余命はあと一ヶ月と言ったところでしょう……」
彼には、絵の才能がなかった。最後までなかった。
「俺の人生は、無意味だったのだろうか」
もはや、自殺する意味すら、なくなってしまった。ここにきてはじめて、自殺することにすら、何らかの意味が必要であることに気づいた。元々の人生に意味がないのなら、自殺することにすら意味がない。
「まあ、無意味だったんだろうな」
キャンバスにむかって、ため息をついた。タダノの自室は画材がちらばっており、足のふみ場もないほどだった。壁は全て本棚でうまっている。今となっては、その全てがガラクタ同然にみえる。
もはや、筆をうごかす気力すらなかった。ろくに食べ物も食べていないから、とうぜんと言えばとうぜんなのだが。
人生をかけた一大事業は、自身の死を持って、失敗に終わろうとしていた。
決して売れず、観られず、燃やされるだけの絵。いつかむくわれると信じ、ひたすら描きつづけてきた。無駄だった。何もかもが無意味だった。
どうしてこうなった。
「なんで俺には才能がないんだ」
なんで自分に限って、こんな目にあわねばならないのか。いや、本当はわかっている。自分の不摂生のせいなのだ。現実を受け入れられず、目先の快感に逃げた、自分が悪なのだ。
「何もかも最悪だ。しかも、自分のせいだ。一ヶ月間ずっと、縄で首をじわじわ絞められるような恐怖に身を置きながら、自分の人生を後悔し続けるのが、俺に与えられた罰……」
窓から伸びた夕日が、白紙のキャンバスをてらす。
自分はこの夕日を、あと何度おがめるのだろう。
死んだようにうつむいていると、ノックをする音がした。
大家だった。気むずかしいタダノに対しても、あいそがいい。タダノが余命いくばくもないことを知っている、唯一の人だった。生存確認をかねて、毎日声をかけてくれる。
「タダノさん。絵はかどってる?」
「ぼちぼちですね」
「体が苦しくなったら、いつでも声かけてくださいね。じゃ!」
「お気遣い、ありがとうございます」
絵を描く応援はしてくれるが、絵をみせようとしてもやんわりことわる。とある画廊で、複製原画の購入を強制されたことがトラウマになって、いきつけの美術館以外で絵をみたくない、とのことだった。
それでも、最大限の配慮と声援を送ってくれる大家さんには、頭があがらない。今、タダノが生きているのは、彼に余計なめいわくをかけたくない一心だった。それ以上でも、それ以下でもない。
自室にもどって、再びキャンバスの前にすわる。
しかし、ようすが何かようすがおかしかい。
キャンバスの奥に、見知らぬ女性が立っていたのだ。
藍色のショートヘア。後頭部にはポニーテールがゆれていた。銀縁のメガネをかけており、理知的にみえる。黒いジャケットとワンピースが、健康的な肉付きを強調していた。
手には白い本。背表紙には金色の文字で『意味への旅』と書かれていた。表紙が好みで買ったものの、すぐざせつして、売ってしまった本だ。内容も覚えていない。
なぜかタダノは、初対面の気がしなかった。むしろ、親しみさえ覚える。
彼女の最初の一言で、直感は確信へと変わった。
「わたしはレーベン。あなたの作品の内の一枚です、お父様」
「ば、ばかな。ありえない」
「わたしにもにわかに信じられません。しかし、ありえないことが現実となってしまった今、受け入れるしかありません」
レーベンが手に持っている本は『あんな分厚く読みづらい本を読む人は、よっぽど頭がいいにちがいない』という先入観からにちがいない。知的な女性が、タダノの好みだからだ。
たおやかな胸も好み一致している。黒服は、デザインがめんどうになったときによくえらぶモチーフだった。
レーベンという、抽象的なネーミングも、自分らしい。
しかし、元となった作品を、思い出せない。タダノの生み出した作品の量はぼうだいな上、どの作品もうすい印象しかない。きっと、遠い昔忘れてしまった作品のうちの、一枚なのだろう。
「本当に、君は俺の作品なのか。なら証拠を見せてみろ」
「わかりました。では、お父様。自分が成された偉業を、ご観覧ください。そして、わたしに新たな解釈をお与えください。キャンバスに置かれた絵の具の塊でしかないわたしに」
レーベンは、スカートのすそをつかむと、上へ持ち上げようとした。
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