AIに完敗した無能画家、超ハイスペック自創作美少女に説き伏せられ、名画を描く

フゥル

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11.人生の意味

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 気がついたらまた、白紙のキャンバスの前に戻っていた。家に差す太陽の光の位置、部屋にちらばった画材。この状況に見覚えがあった。
 時計を見て、タダノは確信した。
「やはり……」
 大家と会ってから、五分も経っていない。
 レーベンとすごした記憶が、みるみる薄まっている。もうすでに、彼女の顔の形も、髪の毛の形もおぼろげだ。まるで、長い夢から覚めたときのような感覚。
 でも、夢ではない。胸にかかえた「意味への旅」のずっしりとした感触は、まぎれもなく本物だった。
「にしても、あれは誰の言葉だったのだろう」
 本は表紙どころか、全てのページが白紙だった。
 結局、彼女の言葉がだれのものだったのかは、わからない。まだ見ぬ絵か、良心か、深層意識か、宇宙の意思か、師か、はたまた神様か。
 なんにせよ、自分は問われている。生きると言うことは、問いに答えることなのだ。今この瞬間、この状況で、どういう行動して、どういう態度をとるかによって。
 一回にして唯一。全宇宙にたった一度の二つとない苦しみを強制される代わり、二つとないなにかを成し遂げるたった一度の機会を与えられている。それを実現できるかどうかは、自分が、自分の良心に従うか否かにかかっている。
 タダノは、キャンバスの隅に「タイトル:レーベン」と書き込んだ。
 筆を手に取り、白い本へ目を向ける。体に活力がみなぎり、手から余計な力が抜けた。
 筆の先端に、藍色の絵の具をつける。
 キャンバスにゆっくりと筆を乗せた瞬間、全てが闇に染まった。

「この絵か」
 大きなキャンバスに描かれた一本の藍色の線。下のほうは線がゆれている。まるで、立てかけてあるキャンバスへ、重力にしたがって筆を落としたような筆跡。
 この絵はどういう意味なのだろうか。
 大家は、不安に耐えきれず、学芸員に聞いた。
「変わった抽象画ですね」
「この絵を描く前、作者であるタダノさまは、『レーベン――人生』というタイトルを名付けました。最初の一筆をキャンバスに置いた瞬間、彼は事切れたのです。穏やかな笑みを浮かべて……。死因は、過度の飲酒によって生じた、動脈硬化による脳梗塞だったそうです」
 大家はおどろきのあまり、しばしぼうぜんとしてしまった。事後処理に立ち合いはしたものの、そこまでは知らなかった。
「タダノさんの遠い親戚が、彼の生き様にこころを打たれ、行きつけであった当美術館に寄贈されたのです」
「……タダノさんは、最後まで絵を描きつづけた。その証拠が、この作品ということですか?」
「そうです。ただ、彼の人生は、悲惨としかいいようがありません。絵を描くことに全てを捧げたのに、絵を描く才能がまったく、本当にまっっったく、なかったのです。最初から最後まで、AIイラスト以下! 考えうるあらゆる努力をなされたのに、その全てが実らなかったのです。生前から今に至るまで、絵は一枚も売れませんでした。それどころか、興味すら持たれないありさまです」
 他の絵に関しては、所在すらわからないらしい。今のところ、遺品整理のときに、全部まとめて捨てられてしまった説が、最有力だそうだ。
「人生を通して、彼の作品は、あらゆる場所で、あらゆる人から、無視されつづけました。全ての作品が、全くの無価値。本人もそれを自覚していました。底知れぬ無力感と苦悩、絶望に耐えきれず酒に逃げ、重度の肝障害をわずらうほどです。ですが彼は、それでもなお、生涯絵を描きつづけました」
 学芸員は、流ちょうに語った。きっと多くの人がこの絵に疑問を持ち、彼に質問した結果だろう。
 大家は、うずうずしながら待っている学芸員へ、告げた。
「彼は観られないとわかっていて、なんで絵を描きつづけたんですか?」
「彼はなんと、ただ、絵を描くのが好きだったから描きつづけたのです。その果てに、人として無比の業績を成し遂げたのです」
「ただ下手な絵を描くだけなら、誰にでもできるんじゃ……?」
「ポイントは『好きだけど、一切の才能がなかった』という点です! 彼の創作者としてのあり方は、多くの創作者に勇気を与えました。全~~~然っ、絵の才能に恵まれず、それを自覚していた彼。だ・か・ら・こそ! そのあり方が多くの人々に響いたのです。芸術的な価値はなく、社会的な価値もなく、他者から存在すら認知されない作品でも、創作する意味はある。『創作することは、それ自体に、人生を捧げるだけの意味がある』ということを、彼は究極の形で表現なされたのですよ!」
「『絵の価値』はよく評価が、『絵を描くこと自体の価値』はなかなか評価されないからな」
「ええ、美術界では、特に」
 彼は、立派に生き抜いたのだ。その生きざまは、後輩たちに、しっかりと受け継がれている。
 学芸員は更に熱を入れて解説をつづけた。
「この絵が多くの人々に響いた最大の理由。それは彼のメッセージが、創作以外の全ての仕事や趣味……いや人生に適応できることです。たとえ変えられない運命であっても、どういう態度をとるかは決められます。『実現されるべき意味』がなくなることはありません。人には、意味のある人生を選ぶ、機会と義務があるのです」
「おもしろい言い方をするんですね」
「いえいえ、これは彼からの受けおりですよ」
 大家は絵画の横にある、ガラスケースへ案内された。中には一冊の本が置かれている。
「最初のページ以外、表紙も含め、全て白紙だったそうです」
 ひらかれたページには、一行、こう書かれていた。

――人生は意味を持ち続ける。息を引き取るその時まで――
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