2 / 4
美少女鑑賞――承
しおりを挟む
数日が経った後も、少女は同じ席で待っていた。
「ちょっと、そのまま。そのポーズを書かせてください。指先もそのままで。ふわっと手を開いた状態で、人さし指と中指をほっぺに当てているのが素敵なんです」
「どうして、そこまでしぐさにこだわるの?」
「人形の外見美に、人はおおむね敵わない」
「おおむね?」
「人形に勝る外見は、人の内面から生まれる。人形は外観で人を感動させ、人は動作で人を感動させる」
少女が、つり目を見ひらいた。
青年は続ける。
「仕草には、物や人への思いやりがあらわれる。身のこなしには、身の回りへの気配りがあらわれる。まなざしには、向けたものへの愛情があらわれる」
少女が胸に手を当て、つぶやいた。
「内面の、一番外側が、外見。内面が、外見を、作る」
「そうです。正しい姿勢と無駄のない自然な動き、それでいて自分らしい仕草が、美しい身のこなしの基本。あなたは全てできている」
唇の端に触れつつ顔をそらし、見上げてきた。
「あんまりじっくりほっぺを眺めてくるものだから……」
「その動作さえ、照れくささを隠すことを第一義としつつも、僕に少しでも心地よくいてもらえるよう、配慮されている。日頃から鏡を見て練習しなければ、とっさにそういう動作はできないんですよ」
「それって、ふつうじゃない?」
少女は、きょとんとした表情だった。
一般的に努力と言われることを習慣化してしまっていて、本人が努力として認識していないらしい。電子書籍リーダーを除く、スマホアプリの利用時間を分単位で決めるご家庭だ。全てにおいて厳格なのだろう。
「僕が中学校だった頃は、女子と目が合っただけで『キッモ~』と言われ、その子の女友達たちに笑いものになり、一日ネタにされましたよ。同年代に対してすらそうなんです。十歳以上年上の不審者に配慮できる人はそういない」
「そうね。そうかもしれない……」
珍しく、尻すぼみの声だった。
「行動もそうです。親を含め、周囲の人ほぼ全員に止められている上、自分自身も不快に思いつつも、僕に会いに来ている」
「それはちがう。わたし、だれにも話をしてないし、わたし自身がのぞんで来てる」
「え?」
驚く青年に、少女はほほ笑んだ。
そして、ポツリポツリと語り始めた。
「小学生の頃、口下手なのがコンプレックスだった。ある日、社会科の授業で、モデルさんが教師として呼ばれたことがあった。期末テスト前で、みんな苛ついていたのに、モデルさんが教室に入ってきた瞬間、嫌な雰囲気が吹っ飛んじゃった。呆けた顔のわたしたちにモデルさんは言ったの」
『喜怒哀楽……心のイメージで体は自然にそのように動く。そのような動きを見た人は、そのような心のイメージを持つ。そうやって、人と人は無言のうちに感情を伝えあうの』
「その時、思った。口下手でも、仕草だけで、人を笑顔にできる。そんな人にわたしはなりたいって」
「僕に、協力できることはありますか?」
少女は頷くと、青年の両手を握った。
「あなたは、わたしでは気づけない仕草の癖に気づくことができる。あなたの文を読むことで、わたしは自分の粗に気づき、修正して、また一歩完璧に近づける。だから、書き残してほしい。純粋で、未熟で、危うい、今のわたしを」
少女の手は、ふかふかで温かかった。
その日、背後を向くよう、少女へ言った。
青年はまず、自分の髪を撫でた。
「複雑に絡まった針金みたいだ。軽くて、パサついていて、ジャリジャリする。毛先の向きに統一感がなく、摩擦がすごい。まるでたわしだ」
「そんな悲しいことをいわないで。毎日ちゃんと洗って、手入れしてるでしょ?」
「す、すみません。言い方に気をつけます」
少女に、強く指摘されるのは、心苦しかった。表情が見えない分、余計に心が曇る。
気を取り直して、少女の後ろ髪の下に手を通し、持ち上げた。
一気に心の曇りが晴れていく。
「おぉ! 水気をおびてシルキーだ。重く、細く、なめらかで、引っかかりがない。子供の髪の質感。触れているだけで、癒やされる感覚は、黒猫をなでているかのよう」
そのまま手をくるくる回し、何度も髪の毛を撫でる。
一段と弾んだ声で、少女は言った。
「おかあさんの魔法のお陰よ。毎朝、おおきな鏡台のまえで、寝みだれてボサボサになったわたしの髪を、やさしくとかしながら、またたく間にきれいに整えてくれるの」
「えっ」
「だから、わたしも自分の髪の毛を大事にしたり、髪の毛をいじるのが大すき。黒く、長い髪を梳いているとき、心が豊かに落ちつくの」
青年は、ばっと、手を引いた。
黒髪がさらりと舞い、少女の背中に広がった。ほんのり、お日様の香りがした。
「そんな大切な物を、見知らぬ他人に触らせてはいけません!」
語気を強めて言った。
ふり向いた少女は、笑みを浮かべ、首をかしげた。
「ええ。もちろん、さわらせないよ?」
「ではなぜ、僕には触らせてくれるんですか?」
「おかあさんと、おとうさん以外だと、あなたが一番わたしの髪のよさをわかってるから」
そう言うと、両手を首の後ろで交差して、髪の毛を持ち上げた。
「ほら、もっとさわって。時間がもったいないよ?」
ハイライトが美しい波紋を描く。『早く、わたしをなでて』と、髪がささやいているかのようだった。
「……君がそう言うのなら」
青年は誘惑に負けた。
「ちょっと、そのまま。そのポーズを書かせてください。指先もそのままで。ふわっと手を開いた状態で、人さし指と中指をほっぺに当てているのが素敵なんです」
「どうして、そこまでしぐさにこだわるの?」
「人形の外見美に、人はおおむね敵わない」
「おおむね?」
「人形に勝る外見は、人の内面から生まれる。人形は外観で人を感動させ、人は動作で人を感動させる」
少女が、つり目を見ひらいた。
青年は続ける。
「仕草には、物や人への思いやりがあらわれる。身のこなしには、身の回りへの気配りがあらわれる。まなざしには、向けたものへの愛情があらわれる」
少女が胸に手を当て、つぶやいた。
「内面の、一番外側が、外見。内面が、外見を、作る」
「そうです。正しい姿勢と無駄のない自然な動き、それでいて自分らしい仕草が、美しい身のこなしの基本。あなたは全てできている」
唇の端に触れつつ顔をそらし、見上げてきた。
「あんまりじっくりほっぺを眺めてくるものだから……」
「その動作さえ、照れくささを隠すことを第一義としつつも、僕に少しでも心地よくいてもらえるよう、配慮されている。日頃から鏡を見て練習しなければ、とっさにそういう動作はできないんですよ」
「それって、ふつうじゃない?」
少女は、きょとんとした表情だった。
一般的に努力と言われることを習慣化してしまっていて、本人が努力として認識していないらしい。電子書籍リーダーを除く、スマホアプリの利用時間を分単位で決めるご家庭だ。全てにおいて厳格なのだろう。
「僕が中学校だった頃は、女子と目が合っただけで『キッモ~』と言われ、その子の女友達たちに笑いものになり、一日ネタにされましたよ。同年代に対してすらそうなんです。十歳以上年上の不審者に配慮できる人はそういない」
「そうね。そうかもしれない……」
珍しく、尻すぼみの声だった。
「行動もそうです。親を含め、周囲の人ほぼ全員に止められている上、自分自身も不快に思いつつも、僕に会いに来ている」
「それはちがう。わたし、だれにも話をしてないし、わたし自身がのぞんで来てる」
「え?」
驚く青年に、少女はほほ笑んだ。
そして、ポツリポツリと語り始めた。
「小学生の頃、口下手なのがコンプレックスだった。ある日、社会科の授業で、モデルさんが教師として呼ばれたことがあった。期末テスト前で、みんな苛ついていたのに、モデルさんが教室に入ってきた瞬間、嫌な雰囲気が吹っ飛んじゃった。呆けた顔のわたしたちにモデルさんは言ったの」
『喜怒哀楽……心のイメージで体は自然にそのように動く。そのような動きを見た人は、そのような心のイメージを持つ。そうやって、人と人は無言のうちに感情を伝えあうの』
「その時、思った。口下手でも、仕草だけで、人を笑顔にできる。そんな人にわたしはなりたいって」
「僕に、協力できることはありますか?」
少女は頷くと、青年の両手を握った。
「あなたは、わたしでは気づけない仕草の癖に気づくことができる。あなたの文を読むことで、わたしは自分の粗に気づき、修正して、また一歩完璧に近づける。だから、書き残してほしい。純粋で、未熟で、危うい、今のわたしを」
少女の手は、ふかふかで温かかった。
その日、背後を向くよう、少女へ言った。
青年はまず、自分の髪を撫でた。
「複雑に絡まった針金みたいだ。軽くて、パサついていて、ジャリジャリする。毛先の向きに統一感がなく、摩擦がすごい。まるでたわしだ」
「そんな悲しいことをいわないで。毎日ちゃんと洗って、手入れしてるでしょ?」
「す、すみません。言い方に気をつけます」
少女に、強く指摘されるのは、心苦しかった。表情が見えない分、余計に心が曇る。
気を取り直して、少女の後ろ髪の下に手を通し、持ち上げた。
一気に心の曇りが晴れていく。
「おぉ! 水気をおびてシルキーだ。重く、細く、なめらかで、引っかかりがない。子供の髪の質感。触れているだけで、癒やされる感覚は、黒猫をなでているかのよう」
そのまま手をくるくる回し、何度も髪の毛を撫でる。
一段と弾んだ声で、少女は言った。
「おかあさんの魔法のお陰よ。毎朝、おおきな鏡台のまえで、寝みだれてボサボサになったわたしの髪を、やさしくとかしながら、またたく間にきれいに整えてくれるの」
「えっ」
「だから、わたしも自分の髪の毛を大事にしたり、髪の毛をいじるのが大すき。黒く、長い髪を梳いているとき、心が豊かに落ちつくの」
青年は、ばっと、手を引いた。
黒髪がさらりと舞い、少女の背中に広がった。ほんのり、お日様の香りがした。
「そんな大切な物を、見知らぬ他人に触らせてはいけません!」
語気を強めて言った。
ふり向いた少女は、笑みを浮かべ、首をかしげた。
「ええ。もちろん、さわらせないよ?」
「ではなぜ、僕には触らせてくれるんですか?」
「おかあさんと、おとうさん以外だと、あなたが一番わたしの髪のよさをわかってるから」
そう言うと、両手を首の後ろで交差して、髪の毛を持ち上げた。
「ほら、もっとさわって。時間がもったいないよ?」
ハイライトが美しい波紋を描く。『早く、わたしをなでて』と、髪がささやいているかのようだった。
「……君がそう言うのなら」
青年は誘惑に負けた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる