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第5話 妖狐
アンコウ
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昼休み、逃げるように隣のクラスへ行った。
「大変だったな、ツキ」
原田はそう言いながら、板ガムを差し出してきた。
「ありがとう。一生分、人から話しかけられた気がする」
昼まで何とか耐えられたのは、田中先生の修行法と、読書を心がけていたお陰だ。以前より人の話が聞き取りやすくなり、コミュニケーションの難度がぐっと下がっていた。まさかこんなところで役に立つとは。
「九条は大丈夫なのか?」
「授業開始直前に『今日は近づくな』って命令された」
「本当、普段のやり取りだけ聞くと、お前が『ねこに好かれようとしてひたすら引っ掻かれてる哀れな男』にしか見えない」
「実際そんなもんだよ」
ツキは片付け終わった弁当を机の端によけながら、ガムを受け取った。さわやかグレープ味。疲れた体に甘みが染み渡る。
「お前らの関係、アンコウみたいだな。オスよりもメスが目立っているって意味で」
「アンコウ?」
「調べてみ」
スマホで検索してみた。普段目にするアンコウはメスで、オスはメスの八分の一程度の大きさしかない。オスはメスを見つけると噛みつく。オスはそのままメスの皮膚と一体化し、精巣を残して退化する。
「その例えだと死ぬじゃん、僕。ってか、まだ付き合ってすらないし」
「平安大全も、狐の資料もそうだろ? 付き合う気満々じゃん」
「それは……」
原田の頭のキレに驚いた。それを言われたら反論しようもなかった。
「九条のために、九条が好きなものを調べる。何かに憑かれたようにな。追い続けるうちに、お前自身はおなざりになる。俺は正直心配なんだよ。お前が、カマキリみたいに食われっちまわないか」
「悪い冗談だね」
原田は真顔のまま言った。
「九条は普通じゃない。あそこまで人気があると、もはや漫画かアニメの世界だ。人をひきつけるための何らかの技術を持っているのは間違いない。俺、冗談抜きで九条が、美女に化けた妖怪か何かに見えてきた。本当に見た目通りの聖人なのか? それとも、お前に冷淡に命令する姿こそが、本当の九条なのか?」
住良木さんといい、直感で黒狐さまが人ならざる者であることを感じ取っているのだろうか。
ツキは少し考えてから、答えた。
「どっちも本物なんじゃないか?」
「どういう意味だ?」
「『甘い物食べたい』気持ちと、『甘い物食べたら太る』って気持ち、両方とも本心だろ。同じように『美しく居たい』と『わがまましたい』って気持ちは両立しうるんじゃないのか?」
「お前はそれでいいのか?」
「二人の時は容赦なく愚痴をぶつけてるから大丈夫」
原田は、あきれ顔でため息をついて言った。
「こっちは心配してるのに、のろけ話聞かされるとは」
「余計なお世話にしてみせるから、安心しろ」
そう言って、ツキは席を立った。
ただ、原田の言うことも一理ある。
妖狐の昔話は化かされるか、化かされる前に対処する話が殆どだ。黒狐さまがどういう価値観を持っているかは今一度、確認する必要はありそうだ。
ふとスマホを見ると、通知が来ていた。
『今日もわらわの家に来れるか?』
「大変だったな、ツキ」
原田はそう言いながら、板ガムを差し出してきた。
「ありがとう。一生分、人から話しかけられた気がする」
昼まで何とか耐えられたのは、田中先生の修行法と、読書を心がけていたお陰だ。以前より人の話が聞き取りやすくなり、コミュニケーションの難度がぐっと下がっていた。まさかこんなところで役に立つとは。
「九条は大丈夫なのか?」
「授業開始直前に『今日は近づくな』って命令された」
「本当、普段のやり取りだけ聞くと、お前が『ねこに好かれようとしてひたすら引っ掻かれてる哀れな男』にしか見えない」
「実際そんなもんだよ」
ツキは片付け終わった弁当を机の端によけながら、ガムを受け取った。さわやかグレープ味。疲れた体に甘みが染み渡る。
「お前らの関係、アンコウみたいだな。オスよりもメスが目立っているって意味で」
「アンコウ?」
「調べてみ」
スマホで検索してみた。普段目にするアンコウはメスで、オスはメスの八分の一程度の大きさしかない。オスはメスを見つけると噛みつく。オスはそのままメスの皮膚と一体化し、精巣を残して退化する。
「その例えだと死ぬじゃん、僕。ってか、まだ付き合ってすらないし」
「平安大全も、狐の資料もそうだろ? 付き合う気満々じゃん」
「それは……」
原田の頭のキレに驚いた。それを言われたら反論しようもなかった。
「九条のために、九条が好きなものを調べる。何かに憑かれたようにな。追い続けるうちに、お前自身はおなざりになる。俺は正直心配なんだよ。お前が、カマキリみたいに食われっちまわないか」
「悪い冗談だね」
原田は真顔のまま言った。
「九条は普通じゃない。あそこまで人気があると、もはや漫画かアニメの世界だ。人をひきつけるための何らかの技術を持っているのは間違いない。俺、冗談抜きで九条が、美女に化けた妖怪か何かに見えてきた。本当に見た目通りの聖人なのか? それとも、お前に冷淡に命令する姿こそが、本当の九条なのか?」
住良木さんといい、直感で黒狐さまが人ならざる者であることを感じ取っているのだろうか。
ツキは少し考えてから、答えた。
「どっちも本物なんじゃないか?」
「どういう意味だ?」
「『甘い物食べたい』気持ちと、『甘い物食べたら太る』って気持ち、両方とも本心だろ。同じように『美しく居たい』と『わがまましたい』って気持ちは両立しうるんじゃないのか?」
「お前はそれでいいのか?」
「二人の時は容赦なく愚痴をぶつけてるから大丈夫」
原田は、あきれ顔でため息をついて言った。
「こっちは心配してるのに、のろけ話聞かされるとは」
「余計なお世話にしてみせるから、安心しろ」
そう言って、ツキは席を立った。
ただ、原田の言うことも一理ある。
妖狐の昔話は化かされるか、化かされる前に対処する話が殆どだ。黒狐さまがどういう価値観を持っているかは今一度、確認する必要はありそうだ。
ふとスマホを見ると、通知が来ていた。
『今日もわらわの家に来れるか?』
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