黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル

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番外編

七夕──御髪清まし

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 黒いスリッパ、黒い制服、黒い鞄、白のスカーフ。黒い靴下と、プリッツスカートの狭間にみえる、色薄の肌。切り揃えられた前髪と、一切の乱れもない一メートル越えの黒髪。
 漆の座卓の向こうで、黒狐さまは低座のソファに腰掛け、足を組んでいた。中は見えない、絶妙な姿勢である。
 ツキは、ワイシャツに汗で滲んでないか不安に思いながら、黒狐さまに聞いた。
「今日呼んだのはタナバタ……」
御髪清みすすましするぞ!」
「はい?」
 聞いたこともない言葉だった。
 つり目をかっと見開き、黒狐さまはこちらを凝視している。
「七夕には御髪清みすすまし。常識じゃろう?」
「あの、せめて、現代語でお願いします。年バレますよ!?」
 推定年齢1300歳。奈良時代に産まれ、平安の世を謳歌した妖狐は、一瞬固まった。
 が、すぐさま控えめかつ上品な、ホステス笑顔を繕い、強引に押しきった。
「ともかく! 七夕といったら髪を洗う! 賀茂川へ貴族の男女で出かけ、ドキドキイベントじゃ」
 どうやら、単に髪を洗うだけのイベントではないそうだ。琴の演奏に、20人を越える遊女による遊芸。お香焚いたり、お供えしたり、詩歌の世見合いをしたり。庶民と共に盛り上がり、遊びに来た子供たちへのプレゼントまであったそうな。
 平安の貴族の髪の長さは、2メートルを超すのが当たり前。数人がかりで朝から洗っても、洗い終わるのは夕方である。さぞや壮観な光景だったのだろうと、ツキは思った。
「川辺にならべた浅敷、じゃなくて仮説の見物台を並べて、髪を洗うんじゃ。懐かしいのぉ。髪がきれいになるって迷信があって、みんな躍起になっておった。まぁ実際は、めっちゃ髪痛むんじゃがな!」
 七夕の原型である中国の風習──7月7日に裁縫上達をお祈りする乞巧奠きっこうでん──の派生の行事らしかった。
 マイナーすぎてSNSで検索しても、ほとんどヒットしない。調べるとしたら、都立図書館や国立図書館へ行って、資料を取り寄せる他なさそうだった。
「というわけで、今日はわらわの髪を洗ってもらうのじゃ」
「洗わせてくれるんですか!? 髪を!?」
 黒狐さまの髪の毛へのこだわりは尋常ではない。『下衆に髪の毛まさぐられるのは、かされるよりもむつかしふかい』とまでいう程だった。
「乱暴したら、くびり殺す」
「承知いたしました」

 黒を基調とした石張りの浴室。大理石調のバスタブ。左側には備え付けのシャワー。シャンプーやリンスーは、付属のバスラックに綺麗に収納されている。照明は埋め込み式のLEDで、天井の掃除が楽そうだった。排水溝にゴミの類がないことから、最初から、招待する気満々だったことがわかる。
「ここで黒狐さまが、身を清めているのか……」
 完璧に整備された和室といい、生活感がなさ過ぎる。黒狐さまのシャワーを妄想しようとしても、脳内に流れてくるのはシャンプーのCM。少なくとも年頃の乙女が洗っている姿など、想像できない。
「準備できたぞ」
 黒狐さまがシャワールームに入ってきた。が、何をどう着替えたのかわからない。先ほどと全く同じ制服だった。
 黒狐さまはこちらに挑発的な笑みを浮かべながら、ゆっくりとスカーフに手をかけた。中央のクリップを外し、シュルリとスカーフを抜く。豊胸を撫でつつスカートの左腰に手を当てると、何かを摘まみ、下に降ろした。同時に、スカートが上から中ほどまで、ぱっくりと縦に割ける。
 黒狐さま続いて、両腰に手当て、スカートの内を掴んだ。ずれたスカートとセーラー服の狭間から、扇情的な肌色が覗く。
「は?」
 そのまま、妖艶な笑みを浮かべながら、スカートを下していく!
「まってまってまってやめてください! 小説だったらBANされます」
 パッと手を離すと、スカートが床の上に落ちた。何かが見えるか、見えないかの所で、下腹部に手が被さった。
「残念、水着じゃよ」
 太ももを締め、ほっそりとした足をもじもじさせながらでは、まるで説得力がなかった。顔も耳まで真っ赤で、口元も若干引きつっている。恥ずかしそうに体を左右に揺らし、柔い大腿を存分に見せつけた後、ついに手を離した。黒いビキニの挑発的な容姿が露わになる。よりによって縁取りがレース状になっており、見た目だけでは下着と判別つかない。
 心臓の鼓動でツキの全身が揺れる。後70歳くらい老けていたら、ショック死していたところだ。
 次に黒狐さまは上着に手をかけた。スカーフの下に隠れていた、前ボタンを一つずつ外していく。両袖のボタンも外すと、左裾についているジッパーを上げた。
「んっ……ふぅ」
 まくりあげた制服の下から、豊満な双月がぶるんと飛び出した。黒い水着は、青少年には刺激的過ぎる。肌色多めで寒そうだが、幸い外は27度越えなので問題ない。いや、今はそんなこと考えている場合ではないのだが。
 耐えろ、耐えるんだ。ここで恥ずかしがってしまっては、黒狐さまの思うつぼだ。余裕であるふりをして、逆に黒狐さまの羞恥心を刺激するのだ。
 黒狐さまは両肩にかかった髪の毛を、ぶわりとかきあげた。一瞬舞い上がった髪は、雨が如く彼女の背中に降り注ぐ。何度かかきあげるうち、黒狐さまの表情から羞恥の色が消えた。
 犬は毛づくろいでストレスを発散するというが、黒狐さまの場合髪づくろいだろうか。
 シャワーと反対方向を向き、壁際まで歩くと、黒狐さまは言った。
「どうじゃあ?」
 背中一杯に広がる髪の毛に一切の綻びもない。ひとの姿が写ってみえそうな位つやつやとしている。驚くべきことに、ボトムまで髪が届いている。
 黒狐さまは、首を左右に振った。透き通った甘い薫りと共に、髪が波打つ。ふわりとボリューミー、それでいてしなやか。この質感には、さすがの蚕も、嫉妬せざるを得まい。
「本当に綺麗。……めっちゃ努力してますよね、それ」
「ああ。髪の毛のためだけに早起きしておる」
「具体的には?」
「朝起きたら、まず櫛を通し、絡まった髪を整える。流さないトリートメントを、毛の中ほどから末端にかけて、しみこませる。再び櫛を通し、頭上からドライヤーをかける。全体に温風をかけ、方向性を整え、冷風で艶出し。もう一度ブラッシングする」
「執拗にブラッシングしますね」
「髪が絡まれば、痛み、最悪切れ毛になるからのぉ。仕上げに紫外線避けのトリートメントをなじませ、ブラッシング。このルーティンだけで30分はかかる」
「朝だけで?」
「夜は入浴から就寝までのヘアケアで、二時間近く消し飛ぶ。省くと朝起きた時、髪が死ぬ」
 黒狐さまの執念に絶句してしまった。
「現代に住む女子たちも、髪の毛に関してはとりわけこだわりを持っているように見える。が、わらわの場合ちょっと事情が違うのじゃ」
 黒狐さまの説明を要約するとこうだった。
 平安では、生まれて七日で髪を切る産剃り、三歳で初めて髪を伸ばし始める髪置き、四歳で伸びた髪を切りそろえ成長を祝う髪削ぐ。そして成人を迎えるときに、両頬にかかる髪の一部を短く切る。びん削ぎと呼ばれる儀式だ。成長祝い、成人の儀、恋、そして男女の契り。平安の人生の節目には、必ず黒髪が関わる。美の象徴、立身出世の条件、男の心を奪う魔性……平安における黒髪の存在はあまりにも大きい。
 黒狐さまの姫カットも、意図的にもみあげがない。当時はそれが童・処女の象徴だったからである。
 また、好きな人の髪を敷いて寝れば、その人が夢に現れるとされる。髪の毛は神の依代であり、人の魂が宿るところと、信じられていたからだ。黒狐さまにとって、黒髪ロングとは、単なるファッションを超えて、神聖なものであるらしかった。
「量は多く、海藻みる房のようにふさふさで、少しの乱れもない。闇夜に燃ゆる紅を宿したかのよう紅き黒、あるいはカワセミ翼の如き青みを抱いた黒、あるいは濡れた鴉の羽のような漆黒、あるいは金の漆のように艶やかな黒。それこそが平安の世が求めた黒髪じゃ」
「では、その全ての条件を満たしている黒狐さまの髪の毛は、一体何なんですか?」
「至宝」
 黒狐さまは髪の一部を掴み、鼻元へ近づけた。鼻孔が微かに動いたかと思えば、うっとりとした様子でため息をつく。
「至宝じゃ」

 黒狐さまに促され、蛇口をひねる。「38度以外の温度でかけたら生きて返さぬ」と言われたので、水が暖まるまで待つ。
「行きますよ」
「来るのじゃ!」
 空気を含んでいた髪の毛が、一瞬にして縮こまった。同時に、見知った美女の新たな一面を見たような高揚感を感じた。黒狐さまの髪は濡れても一切の統率を失わない。頭部から臀部にかけて、しっとり張り付いている。輪郭は先端に至るまで滑らか。もみ上げの部分から糸を引く、小さい髪束も愛らしい。
「すごっ」
 髪の毛に指を入れる。一切の抵抗を感じない。頭頂から髪の末端まで、一切止まらず指が通った。癖という概念が存在しない、完璧なストレートヘアだった。長い分、一房一房が重い。
 髪を指の腹で掻き分けながらシャワーをかける。指に伝わってくる糸の感覚が心地よく、何度でも撫でられてしまう。
「良い感じじゃ。髪を持ち上げて頭皮にしっかりシャワーを当てるのじゃ」
 後ろ髪に、下から手を当てて、持ち上げた。水を吸った黒髪は凄まじい重量で、これを毎日洗うのは相当大変そうだった。
 うなじの生え際を拝む。真っ白な地肌に、髪の毛一本一本の始点が見えた。脱毛でもしたのか、無駄毛は一切存在しない。思わずかぶり付きたくなる、なまめかしさである。
 指の腹を当て、ごしごしすると、気持ち良さそうに身動きした。
「あっ、そこ。髪の生え際を重点的に頼む」
 黒狐さまの指示て髪を洗っていく。まず顔まわり。耳上から後ろの真ん中。耳後ろから真ん中。洗いにくい襟足は、左右に顔を傾けてもらってから洗う。このセットを二周する。とにかく、質量が半端ではない。長髪の欠点を否応なく感じてしまう。頭皮まで指が届かず、数度やり直しを食らった。
「及第点じゃな。よし、シャワーを止めよ」
 鋭い光沢を放つ黒髪から、ぽたぽたと水滴が床へと滴っている。髪の表面を水分が脈打つ様は、写真ではとてもとらえきれない。至近距離でガン見していると、黒狐さまの声が聞えた。
「髪を絞れ。濡れたままだと痛む」
「え、絞る?」
「一度見本を見せるから、その通りにするんじゃ」
 優しく髪の毛を三つ折りにしてまとめ、優しく握る。垂れる水を桶にため、思わず啜りたい衝動に駆られたがここはぐっと我慢する。次に、頭皮をぽんぽん叩きながら、髪の毛を解きほぐす。こうすることで、根元の水分を毛先に落とすのだそうだ。自分の指先の動きに合わせて、髪の毛が揺れる。何とも言えない征服感。
 もう一度繰り返すと、見事に髪の水分が落ちていた。水気をたっぷり含み、帯のようになっていた髪の毛が、無数の細い束へ変化している。
「次はタオルじゃな」
 根元、毛先、前髪と、しっかりわけて絞る。そして、先ほどと同じように頭皮をぽんぽんして水を毛先に落とし、タオルで拭う。根元がとにかく乾きづらいので、いかにそれを落とすかが重要なのだそうだ。さらに、根元をシャンプーをするように乾かしたり、先ほどのように絞ったり。
「これを使え」
 と、粗目のブラシ……コームを手渡された。これで髪をとかすことをコーミングと言うらしい。手を抜いてしまうと、ドライヤーの熱の通りがバラバラになったり、トリートメントが上手く浸透しなくなったりする。水にぬれている髪の毛はとにかく傷みやすい。
 後で黒狐さまに呪殺されないよう、優しく櫛を通す。ようやく肩の力が抜けて、スムーズに腕を動かせるようになってきた。
「トリートメントは、ドライヤーからの熱から髪を守る。丁寧に塗れよ」
 中間から先に塗っていく。内側にも、しっかりつけて、揉みこむ。このころになると、かなり髪の毛が渇き、髪束が線状になっていた。変化する感触を楽しみながら、何度も手櫛を通す。そして、ここでさらにブラッシング。そしていよいよ──
「はい、これが手順書じゃ」
「へ?」
 脱衣所から黒狐さまが持ってきたのは、A4の手順書。ドライヤーをかける角度や、手の動かし方について、詳細に書かれている。ざっと見ただけでも十手順を超えている。
「全部やるんですか? これ?」
「やれ」

 全て乾ききるころには、両手が痛くなっていた。ドライヤーの熱風を浴び続けたせいで、汗もすごい。
「うむ! 上出来じゃな」
「熱っつ……」
 黒狐さまの髪の毛は、金色の波紋がうねっていた。空気を含み、揺らめくさまは、筆舌に尽くしがたき流麗さだった。中ほどから先端にかけて、わずかに外側へ張っており、大変見映えがいい。さっきまでこれに触れていたかと思うと、震えが止まらない。
「おお、おぉぉ!」
 三十分以上もの間、粘った甲斐があった。ツキはまるで、砂漠のオアシスを見つけた脱水死寸前の旅人のように、何度もうわごとを口にした。
「おぬしはよく頑張ったな。特に頭ぽんぽんが想像以上の気持ちよさじゃった。お礼に」
 黒狐さまは、満面の笑みで振り返り、言った。
「遊んでよいぞ?」
 瞬間、ツキの理性が飛んだ。

 まず、皮脂がつく前に、においをかぐ。洗う前と比べて、清涼感が強かった。トリートメントの香りが強い。いつものフルーティーさは、どうやら香水由来らしかった。
 手始めに髪を撫でる。洗い立ての髪の毛は、今まで触ってきたどんな物質よりも、ふんわりしていた。感触としては、微風が一番近いかもしれない。フェザータッチの要領で撫で揚げると、黒狐さまが身もだえした。
「うぅ……手つきが……はぅっ!?……いやらしいのじゃ!」
 無視して手櫛を通す。先ほどから、何度も手櫛したはずだが、それでも飽き足らない。何度でも味わいたい、魔性の手触り。この世に二つとない、極上カーテン。黒狐さまの耳が赤くなるまで、味わいつくした後、次の遊びに移った。
 髪全体を根元から掬い上げる。すると、高級織物のようにたわんだ。
 大小様々な帯を、遊び毛が飾り付けている。帯と帯が重なりあい、陰影が産まれ、天井からの光がシルエットを強めていた。光が特に当たる帯の両端は、流れ星のように煌めいている。さらに細かく見ると、毛の一本に陰影がついており、その微妙なズレが偶発的美しさを産み出していた。
 毛単位、房単位、帯単位、それぞれの視野で見ても文句の付け所がない。部分でもため息が出るほどの端麗さであるのに、全体が黒と微曲線によってまとめあげられ、見事に調和している。
「いや、いくらきれいだからといってそこまで凝視しなくとも……」
 一房手に収め、毛先で自らの手の甲を撫でてみる。くすぐったさを通り越して、背徳的な快感が神経に走った。鳥肌が立ち、身震いしてしまう。何度も往復させると、それだけでどうかしそうになった。
「くぅっ、う……」
「なっなんて、変な声出しているのじゃ!? いくらわらわの髪が素晴らしすぎるとはいえ、普通、そういう反応になるぅ?」
 そのまま上に持ち上げてみる。綺麗なアーチを描いたと思えば、手から滑り落ちた。
 手の甲で持ち上げると、イチョウの葉のように広がる。下から救うと、手の上を転がり、滑り落ちていく。川を流れる水のようだった。髪は流体だった。
 人差し指に巻いてみる。指が真っ黒に染まったところで手を離すと、一瞬にして元の肌色に戻った。
「なんていうしなやかさと弾力だろう。まるで綿毛のようだ」
「まっ……真顔で言うな! 嬉しい通り越してキモイ通り越して怖いんじゃぁ!」
 一本摘まみ上げ、まじまじと見つめる。こんなにも細いのに、確かな存在感と重みがある。子供の髪の毛のしなやかさと、大人の髪の毛の太さ。そのいいとこどりをしたような髪質。指で挟み、その繊細さを存分に楽しむ。
「ひゃん!? ちょっと待て、遊んでいいと言ったが、そんな偏執的な……」
 指でわっかを作り、毛先から根本へ持ち上げた。輪から零れ落ちた黒髪が腕や指を刺激し、くすぐったい。そのまま手を優しく閉じると、内側に髪の毛のぬくもりを感じた。開いた手には、一筋の黒い帯。少し手を傾けただけで、流れ落ちてしまった。
「待て、もうやめ……はぅ!?」
 黒狐さまが言い切る前に、頭皮をタッピング。好みの強さは、先ほどの洗髪で掴んでいる。最初はフェザータッチの要領で弱めで、徐々に強くしていく。
「じっ、じらしおって、わらわの、大事なところ、指で、ひろげられっ、ひぃん!?」
 髪の毛をかき分ける度、敏感になったツキの指が貪欲に快感を拾い上げてくる。指が性感帯になったかのようだ。極楽に浸りながらも、ピアニストのように、指の動きに集中する。
「んっ、あぁ、そっ、その動き、ダメ、なのじゃ……やめっ、切なくなって、はぁぁん!」
 黒狐さまは、色っぽい声をあげながら、時折体を痙攣させている。手を太ももにつき、脚は内股で小刻みに震えていた。
 良い感じだ。十の指で上下左右、頭全体まんべんなくマッサージしていく。
「……ぅっ! ふぅっ、くっ、うっ、うう……! ひぅっ。たまらん……気持ちい、の、じゃっ」
 ツキは、黒狐さまの魂を、さすり、ねじり、いじくり、まさぐり、なぶり、もてあそび、蹂躙していく。
 その度、黒狐さまは切ない声を上げた。
「はぁ、うっ、ひぐ、しゅごい、ふぁ……」
 徐々に黒狐さまの声は小さくなっていき、最後には何も聞こえなくなった。だが、肢体のぴくつきが、彼女の快感を告げてくれる。
 それからさらに三十分以上、反応がなくなった黒狐さまに対し、黙々と手指を動かし続けた。

 ツキは髪に並べた四本の細長い糸に、ペイントマーカーで色を塗っていく。色は黒狐さまの指示で、中国の陰陽五行説にちなむ、青・赤・黄・白、そして地の色である黒を含めた五色。座卓にはもちろん、インク跳ね防止のシートを引いている。
 黒狐さまは、対岸に座っていた。先ほどの行為のせいか、ひどく怯えた様子で、頭をガードしている。
「おぬしの言う通り、当時は竿の先に五色の糸をかけたものじゃった。そうすれば、三年の内に願いが叶うと言われていたのじゃ。その下に瓜を並べて、その上に喜士の糸が(くものいと)が密になればなるほど裁縫がうまくなる、なんてのもあったのぉ。これが江戸時代に五色の短冊に転ずるわけじゃな。いやぁ、ツキ。よくそこまで調べたのぉ」
「ありがとうございます。さすがに里芋の葉の朝露と、かじの葉は用意できませんでしたが」
「よいよい。さっきのに比べたら些事じゃ、些事」
 この分だと、当分髪の毛には触らせてもらえないんだろうな。哀しくなったが、悔いはない。再び黒狐さまの宝に触れられる日が来ることを祈りながら、最後の一本に色を塗る。
 よし、きれいに塗れた。後は、深間神社に飾られている笹の木の先端につけるだけだ。
「……ただな、ツキよ」
「はい?」
さりともいくらなんでもわれの髪を使ふは、いととてもむつかし気色悪い
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