黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル

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第6話 執筆

官能期待感

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 気まずい沈黙をどうにか茶化そうと、ツキは言った。
「今回、参考にプロの官能小説を読んでみたんですが──」
「どうだった?」
 黒狐さまは、渡りに船といった様子で、即聞き返したきた。
 ツキはぼんやりと上を見上げ、執筆の時を思い出した。
「妄想力と語彙力に圧倒されましたね。官能表現って、日常生活で使わないじゃないですか。下ネタを話すとき程度です。公共の場で使うと、当然怒られます。しかし執筆中、局部や体液は、それはもう何度も描写します。そのため様々な表現を駆使しなければならないわけです」
「そうじゃな。普通の本には決して載っていな表現ばかりじゃ。にもかかわらず、辞典が作れるレベルで官能表現は多い」
「本当、作家さんの表現力は、けた違いです。絶望に近いものを感じました」
「あれも、官能童貞の小説にしてはなかなかじゃったぞ?」
「恐れ入ります」
「本格的に書くのは初めてなのに、お主は苦しみながらも小説を書き切った。それだけで百点満点じゃろうが。お主の事じゃから、完璧な仕事を目指して、理想と現実の差に絶望し、途中で断筆するかと思っていたのじゃぞ」
 そうだ。書き終えられただけでも、成功なのだ。理想と現実に折り合いをつけて、小説を最後まで書き切ること。現状の実力を受け入れ、駄作を書ききる勇気。それは、本を書く者にとって、絶対に必要なスキル。知識をフル活用しようとするあまり、力尽きては本末転倒だ。
「あと……読んでいる間は、興奮していてわからなかったんですが、妄想力もすごい。一回のおせっせで軽く一万字超える時点でそっとするレベルではあります。が、さらにプレイの描写やキャラの心理描写もいい。『揺れる双丘が極上のババロアのよう』とか書けませんもん」
「共通点は思いつく限り、『やわらかい』『表面がつるっとしている』『かわいい』『おいしそう』か。著者は慧眼の持ち主じゃのぉ。官能小説の比喩は、作家の個性が出て面白いのじゃ。多少大げさな表現でも受け入れられやすいから、のびのびと表現できるのじゃろうな。今のを踏まえて、お主なら、わらわの胸をどう表現する?」
「そうですね。中国か和風要素を入れたいです。そして、甘くてプルッとしているもの。……白玉か、杏仁豆腐あたりはどうでしょう?」
 さらりと聞かれて思わず返答してしまった。「ヤバッ」っと、とっさに口元をハンカチで覆った。
「ほうほう、わらわの胸はそんなにおいしそうか? ん?」
 黒狐さまは立ち上がると、真横で中腰になった。そのまま、ずいっと胸を押し出てくる。上品に着こなされた黒いセーラー服の内側で、巨大なふくらみが、激しく自己主張している。その上を、艶やかな黒髪が伝っていた。
「ふっふっふ。よくみるのじゃぁ、ほら。こんな機会、滅多にないぞ?」
 両手で太ももに触れ、尻まですりあげる。優美な曲線が強調される。スカートを掴み、持ち上げた。膝まで覆う簾が、大きく開く。ギリギリまで持ち上げると、ゆっくりと手を話す。
 フルーティーで、透明感のある匂いが鼻をなでた。
「ほら、ほらぁ~」
 黒狐さまは甘ったるい声を発しつつ、両胸に手を当てた。そのままほっそりしたお腹、育ちのいい臀部を通り、しなやかな脚を、さする。各々のスタイルのよさが、なまめかしく強調された。
 罠だとわかっていても、直視してしまう。魔性の美しさが、そこにはあった。
 ツキは何とかして魅了に抵抗しようとする。
「い、いえ、実際に見たわけでないので」
 上ずった、情けない声。恥ずかしくてうまく声が出せなかった。
 黒狐さまは、至極愉快そうに微笑んだ。
「ではセーラー服を脱ごうか? いま、ここで」
「はい?」
 黒狐さまは、腕を交差すると、服の裾を掴んだ。肘に押し付けられた双丘は、たまらず前へ前進する。
 目を逸らしたくとも、視界が全て胸で埋まっているので無理だった。
「それくらいの褒美は施さねばな」
「恥ずかしくないんですか?」 
「わらわは数世代前に芸能の職についていたからのぉ。みながわらわの体を見たいと欲してくれることは、むしろありがたいと感じていたぞ。エロい妄想している男に消費されるのも、そういうものだとしか思っとらんし」
 黒狐さまは、数センチ服をまくった。スカートとセーラー服の狭間に、白橙色が見えた。
「マジですか?」
「ではここで一つ質問じゃ。なぜ妖狐たちは、初対面の男に、抵抗なく裸体を晒せるのか」
「もともと服を着る文化がないからでは」
「それもある。が、高度に人間社会に適応した、わらわのような妖狐には当てはまらん。他にも理由があるじゃよ」
 しばらく考えた結果、一つ思い当たることがあった。
「恥ずかしくないから?」
「正解!」
 黒狐さまは片手でガッツポーズした。ツキが正解したことを、自分事のように喜んでくれている。
 見ていると、こっちまで愉快な気分になってきた。
「では、正解の褒美じゃ」
 黒狐さまはさらに服をめくりあげた。ファンデーションでもつけているかのように滑らかな肌。その中央に、縦長の溝があった。ぷにぷにの皮膚が折り重なっており、愛らしい楕円を作り上げていた。が、暗幕で遮られてしまった。
「水着や下着を見られると恥ずかしいのは、その下に見てほしくないものがあるからじゃ。美少女変化後の狐には、肉体的コンプレックスという概念がそもそも存在せん。じゃから、仕事であれば、公衆の面前で裸体を晒すことすらまるで抵抗がない」
「いや、その割には、今へそを隠しましたよね?」
「きっ、気のせいじゃ」
 黒狐さまは一瞬目を逸らしてから、再び毅然とした態度で言った。
「今の体が、明日も同じく美しいなどという保証はないからな。綺麗なものは綺麗なうちに楽しむに越したことはないじゃろう?」
「どういう意味ですか?」
「戦国時代? それとも第二次世界大戦?」
「わかりました」
「そうじゃ、下っ腹を括れ」
 黒狐さまは制服を掴む力を強めた。腕が張り、制服に皺が寄る。
「刮目するのじゃ!」
 そして、バッと手を振り上げた。
 胸部が見えるか見えないかの狭間、黒い幕が目の前を遮った。
「おっろかっもの~! ひっかかったのじゃ! ひっかかったのじゃ! 覗き防止のインナーじゃよ~」
「女狐め!」
「切り札をそう簡単に出すわけなかろう。ただ次、その気にさせられたら、考えてやらなくもない」
 ツキは、己の下心を恥じた。同時に、期待を吊り上げたあげく、容赦なく裏切った黒狐さまを恨んだ。
「人を動かす上で大切なのは、本当に期待が叶うかどうかではない。願いが叶うかもしれないという期待感が重要なのじゃ。そうすれば人は無限に努力することができる」
「だから、この前僕の前で、達して見せたわけですね」
 黒狐さまは実に、得意げに頷いた。
「もちろん、あれは演技ではない。この場合、演技では効力が半減してしまう」
「まんまと手の上で踊らされているというわけですか」
「恥じることはないのじゃ。ギャンブルや、ゲームのガチャと同じじゃ。人間の本能を刺激しているがゆえに、逃れようがない」
 黒狐さまは、再び制服を羽織ると、スマホを取り出した。
「とあるカジノ経営者の言葉じゃ。『本当に大事なのは報酬ではなく、期待感である』。報酬自体ではなく、報酬の出し方が重要なのじゃ」
 黒狐さまが差し出してきたスマホには、『期待感五箇条』なる文言が表示されていた。
「これを駆使しての妖狐じゃ」
 1.相手に選択権を与える。
 2.小さな報酬を、短時間に何度も小出しする。
 3.大きな報酬の、ニアミス(惜しい負け)を演出する。
 4.具体的かつ魅力的な報酬を提示し続ける。
 5.少し頑張れば達成できるような、絶妙な難易度の課題を出し続ける。
「……自己紹介ですか?」
「キャバクラで散財するのも『もしかしたらキャバ嬢を口説き落とせるかも』という期待感のお陰じゃ。じゃから、キャバクラにおいて『恋人いないアピール』はよく使われる手口じゃ。情報は小出しにして、会話の主導権を相手に握らせる。好意があると思わせるために、持ち物のブランドや仕事の役職について聞く。自分語りしたら、『天才、博識、成功確実!』。自分が話すときは適度に間を置いて、『言いくるめやすそう』と調子づかせる。好みのタイプをきかれたら、外見ではなく内面、それも客にも当てはまるような抽象的な内容を語る。食べ物の話題を振って、アフターをほのめかせる。無論、食べ物の好みも『さっぱりしたもの』『甘い物』のように具体的明言を避け、選択権を相手に握らせる」
「やっぱり自己紹介ですね!」
 学校でも、黒狐さまは基本、聞き手に回っていた。
 特筆すべきは、話下手の人への対応だった。複数人と会話する際、必ずグループ中に一人は『聞き専』がいる。相槌に徹し、いつの間にか消える、ツキのような人種だ。黒狐さまは、聞き専を見かけると、その人が好きそうな話題を振って会話参加を促したり、『○○さんはどうですか?』『○○さんは最近気になってることとかあります?』と聞いたりして、上手に会話を回していた。グループ会話全体を俯瞰し、全員が参加できるよう細やかな心づかいを忘れない。その上で、息を吐くように内面に関するお世辞を浴びせる。相手が得意分野の話をしたときはとにかくほめまくる。『私、やってみてもできませんでした。今度機会があれば教えてくれませんか?』などと、相手を立てまくる。
 隣の席で流し聞きしているだけでも、これだけ思い浮かぶのだ。本当はより多くの技術を駆使しているのだろう。
 ただし、ツキに対しての態度は、クールの一言だが。
「あと、重要なのは『この人は話を聞くに値する』と思わせることじゃ。つまり、見た目と場所を演出するということじゃが……」
 黒狐さまは、足を組んで両手を上にあげた。正面下には、十万はするであろう漆の座卓、黒い琉球畳。左には書院造を模した床の間と違い棚。右には極薄液晶テレビとそれを隠す簾。目の前には、オーダーメイドの黒セーラーに身を包んだ、和風美女。
「さすがです、黒狐さま」
「もっと褒めるのじゃ」
 ツキは、前かがみになり拝むような姿勢で、拍手した。
「天才! 博識! 成功確実!」
「いと心地よし! わらわ、千余年生く妖狐なり! あーっはっはっは!」
 気をよくしたのか、珍しく高笑いを響かせた。
「映画でもそうじゃろう。第二幕後半の、最大の挫折の場面。主人公は何をやってもうまく行かず全てを失う。目を覆うような光景。じゃが、観客は席を立たん。なぜなら、主人公が再び立ち上がるという、期待感があるからじゃ。続き物アニメのエンディング直前に、衝撃の事実を明かす。これも、期待感を演出しているわけじゃ」
「たとえ話もわかりやすくて素敵です」
「ぞうじゃろう! そうじゃろう!」
「相手の好みの分野の例を、即座に思いつくなんて、僕にはとてもできません」
「そうじゃろう! そうじゃろう」
「クールでクレバー、その上キュート!」
「えへへ。ほめすぎなのじゃ~」
 黒狐さまは、照れくさそうにうつむくと、頭を掻いた。首を傾げ、口元をムニュムニュしている。話の内容以外は、間違いなく可憐だった。
 ここだッ!
「ではなぜ、そうまでして僕を吊ろうとするんです?」
「もちろん、お主の心の中の多くを、わらわで満たしたいからで……」
 そう言った直後、しばらく固まった。顔の赤みが耳まで達した時、思い出したかのように手で、口と鼻を覆った。
「はっ、謀ったな~!」
 黒狐さまの潤んだ黒目を見て、ツキの口元が吊り上がった。
「今回は僕の勝ちですね、黒狐さま」
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