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第一章
生瀬治という人間
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生瀬治という人間は、ひどく心の痛めやすい性質であった。
害虫、微生物、獰猛な動物、食人植物にすら慈しみの心を持ち合わせた、優しい心根の人間。
彼にとって命とは、平等なものであり、同質のものであり、この世で最も価値の高いものであった。
そんな彼にとって、彼の人生はあまりにも慈悲がなさすぎたといえよう。
彼は若くして両親を亡くしている。
母親はガンで、父親は死刑宣告を受け、他界した。
彼には妹がいたが、妹も凄惨なイジメに耐え切れず自殺した。
残された彼は、ズタズタに引き裂かれた彼の心は、崖っぷちに立たされた。
そこから見る景色、視界に映るすべてが、彼には脆く儚げに見えた。
この世界はきっと破綻を起こしている。
自分はそうして巻き込まれた人たちを救わなければ。
と、彼は使命感に襲われた。
そうして彼は医学の道へと進んだ。
やがて外科医のスペシャリストとなった彼は、多くの命を救ったと思う。
しかし何度もいうように、生瀬治という人間は、ひどく心を痛めやすい性質であったのだ。
救った命の数よりも、失われた命のほうが、彼の脳裏に残像として色濃く残った。
それでも彼がそこで踏ん張りをきかせられたのは、彼にも恋というものが訪れたからだろう。
彼はひとりの女性に恋をした。
その女性は自分と同じく医師であった。
彼女は生瀬とは違い、大変心の強い人間であった。
交際が始まって、四季は何度も循環し、五年が経とうとしていたころ。
事件が起きた。
彼女が殺された。
犯人は、先月医療ミスにより死亡した患者の親族であったらしい。
そのミス自体は彼女のものではないのだが、犯人にとってそれは些細なことであるらしかった。
生瀬治はこの世界が理解できなくなっていた。
――なぜこんなにも調和のない世界なのだろう。
――なぜこんな世界に生まれ堕ちてしまったのだろう。
生瀬治はそれでも強く生きようとした。
おそらく彼女の影響もあるのだろう、それ以前の生瀬には考えられない変化であった。
だが、次第に生瀬の心を蝕む闇は深みを増していった。
同時に、彼の名声は高まるばかりだった。
それが余計に彼の調子を狂わせた。
――なぜこんなにも、褒められるのだろう。
ー―なぜこんなにも、称えられるのだろう。
――自分はいまだに、人の命を理不尽から救えずにいるというのに。
もうこれ以上は……耐えきれそうにない。
それから数週間後、覚せい剤で朦朧としながら、気づけば駅のホームに立ち尽くしていた。
黄色い点字の感触が、足裏から警告を促してくる。
ぼんやりした意識の最中、考えていたのは最愛の人ではなく、彼女を殺した犯人と思しき患者の親族の顔であった。
(嗚呼……彼らもこんな気持ちだったのかもしれないな)
生瀬治は自殺した。
害虫、微生物、獰猛な動物、食人植物にすら慈しみの心を持ち合わせた、優しい心根の人間。
彼にとって命とは、平等なものであり、同質のものであり、この世で最も価値の高いものであった。
そんな彼にとって、彼の人生はあまりにも慈悲がなさすぎたといえよう。
彼は若くして両親を亡くしている。
母親はガンで、父親は死刑宣告を受け、他界した。
彼には妹がいたが、妹も凄惨なイジメに耐え切れず自殺した。
残された彼は、ズタズタに引き裂かれた彼の心は、崖っぷちに立たされた。
そこから見る景色、視界に映るすべてが、彼には脆く儚げに見えた。
この世界はきっと破綻を起こしている。
自分はそうして巻き込まれた人たちを救わなければ。
と、彼は使命感に襲われた。
そうして彼は医学の道へと進んだ。
やがて外科医のスペシャリストとなった彼は、多くの命を救ったと思う。
しかし何度もいうように、生瀬治という人間は、ひどく心を痛めやすい性質であったのだ。
救った命の数よりも、失われた命のほうが、彼の脳裏に残像として色濃く残った。
それでも彼がそこで踏ん張りをきかせられたのは、彼にも恋というものが訪れたからだろう。
彼はひとりの女性に恋をした。
その女性は自分と同じく医師であった。
彼女は生瀬とは違い、大変心の強い人間であった。
交際が始まって、四季は何度も循環し、五年が経とうとしていたころ。
事件が起きた。
彼女が殺された。
犯人は、先月医療ミスにより死亡した患者の親族であったらしい。
そのミス自体は彼女のものではないのだが、犯人にとってそれは些細なことであるらしかった。
生瀬治はこの世界が理解できなくなっていた。
――なぜこんなにも調和のない世界なのだろう。
――なぜこんな世界に生まれ堕ちてしまったのだろう。
生瀬治はそれでも強く生きようとした。
おそらく彼女の影響もあるのだろう、それ以前の生瀬には考えられない変化であった。
だが、次第に生瀬の心を蝕む闇は深みを増していった。
同時に、彼の名声は高まるばかりだった。
それが余計に彼の調子を狂わせた。
――なぜこんなにも、褒められるのだろう。
ー―なぜこんなにも、称えられるのだろう。
――自分はいまだに、人の命を理不尽から救えずにいるというのに。
もうこれ以上は……耐えきれそうにない。
それから数週間後、覚せい剤で朦朧としながら、気づけば駅のホームに立ち尽くしていた。
黄色い点字の感触が、足裏から警告を促してくる。
ぼんやりした意識の最中、考えていたのは最愛の人ではなく、彼女を殺した犯人と思しき患者の親族の顔であった。
(嗚呼……彼らもこんな気持ちだったのかもしれないな)
生瀬治は自殺した。
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