3 / 7
第一章
未踏の領域
しおりを挟む
一部能力の変更(固有魔法について)をしました。
***
あれ……自分は電車に弾かれたはずでは。
それがどうして、電車のなかにいるのだろう。
いや、電車ではなく、もっといいものだろう。
そう本能は理解していた。
じんわりと心の芯から包み込む温かさが心地いい。
桜色のぼんやりした世界。
そこにぽつねんと、生瀬治は漂っていた。
薄い膜に覆われているようで、窮屈なのだが、不思議と安心感を抱いた。
ここは生瀬治にとって、生と死の狭間。
地平線の向こうに浮かび上がる太陽を見た気がした。
僕はその光景に背を向け、自身の影を見た。
濃く細長い、もう一人の生瀬。
影は徐々に短くなり、薄らいでいく。
それをただひらすらに、じっと見据えていたのだ。
***********************
深い静寂の夜、何者かの叫び声が聞こえていたという。
荒々しく扉を叩く音が余計に響いた。
「すいません、どなたか!どなたかおりませんか!」
耳を澄ませてみれば、女性の声音であった。
語調や声音から、女性の必死さがうかがい知れる。
しばらくして、一人の老人がでてくる。
が、耳を貸すどころか老人は女性を殴りつけ、堅く扉を閉ざしてしまった。
「そんな!!あんまりです!お願いします!他にアテがないのですっ。」
女性の悲痛な叫び声は、次第に嗚咽へと変わっていった。
おおかた、平民の娘が病かなにかで倒れ、医者の元を訪れたのだろう。
僕は女性と、女性の背負った娘のちょうど真後ろへと立った。
「僕でよければ、診察してさしあげましょうか?」
「――お願いします、お医者さまっ」
その言葉に女性は物凄い勢いで反応した。
僕は娘を横に寝かせるように指示し、病状の特定にあたる。
先程まで興奮しきりの女性は、そこで初めて僕の顔を目にしたのだろう、怪訝な表情となる。
はじめこそは失礼に感じたこともあったが、今となっては慣れたことだ。
「……あの、大丈夫なんでしょうか。」
僕が触診し始めたのを見て、女性は不安げな声をあげた。
まあ当然だろう。
なにせ僕は、傍からみたら浮浪者にしか見えないのだろうから。
本来ならあしらわれるのだろうが、藁にも縋る思いの患者はこうして浮浪者にも助けを求める。
そのことはこの世界に来て学んだ、数少ない知識のうちのひとつだ。
僕はそんな患者にしか手を差し伸べない。
なぜなら、前世では僕一人の負担が重すぎたせいもあって、自滅したと考えたからだ。
しかし僕も、大人である。
生まれ変わって考え方も随分と変わったと思う。
その代わりに。
――――手を差し伸べてきた患者の手は、必ず取る
――――担当の患者は必ず救う
今度の僕には、それができる能力がある。
「治療」
「なっ!ふざけないでよ!そんな初級魔法でっ。娘は難病で――」
けれども少女の体調は、母親の言葉とは反対にみるみる良好になっていく。
女性は数秒の間、驚愕のあまりに呆然としていたが、すぐに娘のもとへと駆け寄った。
そんな女性の背中に、僕は声をかける。
「娘さんの症状は、たしかに難病といわれる《核死病》と似てはいますが、実はまったく別の病気ですよ。《魔力孔機能不全》というもので、体内の魔力量を調整する魔力孔がなんらかの影響で機能しなくなり、身体を侵し始めていたんです。娘さんの場合、魔力孔に傷が入っていたので、《治療》で治したというわけですよ」
なんてのはもちろん嘘だ。
僕が使える魔法は三つのみ。
今回、三つとも魔法を行使したわけだが、三つとも僕の固有の魔法であるためあえて口にはしなかった。
それでも女性はむせび泣きつつも、感謝の言葉を並べ始めた。
まあ実際、説明など彼らには不要だろう。
彼らには、患者が救われるか救われないか。
それがすべてであり、そのほかは言ってしまえばどうでもよいことなのだ。
そう、優れた外科医であり、前世で僕が愛した唯一の女性――鹿野柚子が理不尽に殺されたように。
僕は女性の謝意を聞き流し、歩き始めた。
ここは地球よりも、生命が危険に脅かされている世界なのだ。
急がねばなるまい。
女性は治療費を支払うと言っていたがやんわり手を振って断った。
僕のしている行為はあくまでも慈善事業なのだから……患者が貴族だったりすると、たまにお金をもらうこともあるが。
「あのっ、せめてっ。お名前だけでも……」
「……ユーリ、と申します医者です」
常闇とも思える深夜の静寂に、ユーリの気配は足音もろとも融解した。
***
あれ……自分は電車に弾かれたはずでは。
それがどうして、電車のなかにいるのだろう。
いや、電車ではなく、もっといいものだろう。
そう本能は理解していた。
じんわりと心の芯から包み込む温かさが心地いい。
桜色のぼんやりした世界。
そこにぽつねんと、生瀬治は漂っていた。
薄い膜に覆われているようで、窮屈なのだが、不思議と安心感を抱いた。
ここは生瀬治にとって、生と死の狭間。
地平線の向こうに浮かび上がる太陽を見た気がした。
僕はその光景に背を向け、自身の影を見た。
濃く細長い、もう一人の生瀬。
影は徐々に短くなり、薄らいでいく。
それをただひらすらに、じっと見据えていたのだ。
***********************
深い静寂の夜、何者かの叫び声が聞こえていたという。
荒々しく扉を叩く音が余計に響いた。
「すいません、どなたか!どなたかおりませんか!」
耳を澄ませてみれば、女性の声音であった。
語調や声音から、女性の必死さがうかがい知れる。
しばらくして、一人の老人がでてくる。
が、耳を貸すどころか老人は女性を殴りつけ、堅く扉を閉ざしてしまった。
「そんな!!あんまりです!お願いします!他にアテがないのですっ。」
女性の悲痛な叫び声は、次第に嗚咽へと変わっていった。
おおかた、平民の娘が病かなにかで倒れ、医者の元を訪れたのだろう。
僕は女性と、女性の背負った娘のちょうど真後ろへと立った。
「僕でよければ、診察してさしあげましょうか?」
「――お願いします、お医者さまっ」
その言葉に女性は物凄い勢いで反応した。
僕は娘を横に寝かせるように指示し、病状の特定にあたる。
先程まで興奮しきりの女性は、そこで初めて僕の顔を目にしたのだろう、怪訝な表情となる。
はじめこそは失礼に感じたこともあったが、今となっては慣れたことだ。
「……あの、大丈夫なんでしょうか。」
僕が触診し始めたのを見て、女性は不安げな声をあげた。
まあ当然だろう。
なにせ僕は、傍からみたら浮浪者にしか見えないのだろうから。
本来ならあしらわれるのだろうが、藁にも縋る思いの患者はこうして浮浪者にも助けを求める。
そのことはこの世界に来て学んだ、数少ない知識のうちのひとつだ。
僕はそんな患者にしか手を差し伸べない。
なぜなら、前世では僕一人の負担が重すぎたせいもあって、自滅したと考えたからだ。
しかし僕も、大人である。
生まれ変わって考え方も随分と変わったと思う。
その代わりに。
――――手を差し伸べてきた患者の手は、必ず取る
――――担当の患者は必ず救う
今度の僕には、それができる能力がある。
「治療」
「なっ!ふざけないでよ!そんな初級魔法でっ。娘は難病で――」
けれども少女の体調は、母親の言葉とは反対にみるみる良好になっていく。
女性は数秒の間、驚愕のあまりに呆然としていたが、すぐに娘のもとへと駆け寄った。
そんな女性の背中に、僕は声をかける。
「娘さんの症状は、たしかに難病といわれる《核死病》と似てはいますが、実はまったく別の病気ですよ。《魔力孔機能不全》というもので、体内の魔力量を調整する魔力孔がなんらかの影響で機能しなくなり、身体を侵し始めていたんです。娘さんの場合、魔力孔に傷が入っていたので、《治療》で治したというわけですよ」
なんてのはもちろん嘘だ。
僕が使える魔法は三つのみ。
今回、三つとも魔法を行使したわけだが、三つとも僕の固有の魔法であるためあえて口にはしなかった。
それでも女性はむせび泣きつつも、感謝の言葉を並べ始めた。
まあ実際、説明など彼らには不要だろう。
彼らには、患者が救われるか救われないか。
それがすべてであり、そのほかは言ってしまえばどうでもよいことなのだ。
そう、優れた外科医であり、前世で僕が愛した唯一の女性――鹿野柚子が理不尽に殺されたように。
僕は女性の謝意を聞き流し、歩き始めた。
ここは地球よりも、生命が危険に脅かされている世界なのだ。
急がねばなるまい。
女性は治療費を支払うと言っていたがやんわり手を振って断った。
僕のしている行為はあくまでも慈善事業なのだから……患者が貴族だったりすると、たまにお金をもらうこともあるが。
「あのっ、せめてっ。お名前だけでも……」
「……ユーリ、と申します医者です」
常闇とも思える深夜の静寂に、ユーリの気配は足音もろとも融解した。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
義妹がピンク色の髪をしています
ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい
あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。
誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。
それが私の最後の記憶。
※わかっている、これはご都合主義!
※設定はゆるんゆるん
※実在しない
※全五話
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる