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第一章
未踏の領域
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一部能力の変更(固有魔法について)をしました。
***
あれ……自分は電車に弾かれたはずでは。
それがどうして、電車のなかにいるのだろう。
いや、電車ではなく、もっといいものだろう。
そう本能は理解していた。
じんわりと心の芯から包み込む温かさが心地いい。
桜色のぼんやりした世界。
そこにぽつねんと、生瀬治は漂っていた。
薄い膜に覆われているようで、窮屈なのだが、不思議と安心感を抱いた。
ここは生瀬治にとって、生と死の狭間。
地平線の向こうに浮かび上がる太陽を見た気がした。
僕はその光景に背を向け、自身の影を見た。
濃く細長い、もう一人の生瀬。
影は徐々に短くなり、薄らいでいく。
それをただひらすらに、じっと見据えていたのだ。
***********************
深い静寂の夜、何者かの叫び声が聞こえていたという。
荒々しく扉を叩く音が余計に響いた。
「すいません、どなたか!どなたかおりませんか!」
耳を澄ませてみれば、女性の声音であった。
語調や声音から、女性の必死さがうかがい知れる。
しばらくして、一人の老人がでてくる。
が、耳を貸すどころか老人は女性を殴りつけ、堅く扉を閉ざしてしまった。
「そんな!!あんまりです!お願いします!他にアテがないのですっ。」
女性の悲痛な叫び声は、次第に嗚咽へと変わっていった。
おおかた、平民の娘が病かなにかで倒れ、医者の元を訪れたのだろう。
僕は女性と、女性の背負った娘のちょうど真後ろへと立った。
「僕でよければ、診察してさしあげましょうか?」
「――お願いします、お医者さまっ」
その言葉に女性は物凄い勢いで反応した。
僕は娘を横に寝かせるように指示し、病状の特定にあたる。
先程まで興奮しきりの女性は、そこで初めて僕の顔を目にしたのだろう、怪訝な表情となる。
はじめこそは失礼に感じたこともあったが、今となっては慣れたことだ。
「……あの、大丈夫なんでしょうか。」
僕が触診し始めたのを見て、女性は不安げな声をあげた。
まあ当然だろう。
なにせ僕は、傍からみたら浮浪者にしか見えないのだろうから。
本来ならあしらわれるのだろうが、藁にも縋る思いの患者はこうして浮浪者にも助けを求める。
そのことはこの世界に来て学んだ、数少ない知識のうちのひとつだ。
僕はそんな患者にしか手を差し伸べない。
なぜなら、前世では僕一人の負担が重すぎたせいもあって、自滅したと考えたからだ。
しかし僕も、大人である。
生まれ変わって考え方も随分と変わったと思う。
その代わりに。
――――手を差し伸べてきた患者の手は、必ず取る
――――担当の患者は必ず救う
今度の僕には、それができる能力がある。
「治療」
「なっ!ふざけないでよ!そんな初級魔法でっ。娘は難病で――」
けれども少女の体調は、母親の言葉とは反対にみるみる良好になっていく。
女性は数秒の間、驚愕のあまりに呆然としていたが、すぐに娘のもとへと駆け寄った。
そんな女性の背中に、僕は声をかける。
「娘さんの症状は、たしかに難病といわれる《核死病》と似てはいますが、実はまったく別の病気ですよ。《魔力孔機能不全》というもので、体内の魔力量を調整する魔力孔がなんらかの影響で機能しなくなり、身体を侵し始めていたんです。娘さんの場合、魔力孔に傷が入っていたので、《治療》で治したというわけですよ」
なんてのはもちろん嘘だ。
僕が使える魔法は三つのみ。
今回、三つとも魔法を行使したわけだが、三つとも僕の固有の魔法であるためあえて口にはしなかった。
それでも女性はむせび泣きつつも、感謝の言葉を並べ始めた。
まあ実際、説明など彼らには不要だろう。
彼らには、患者が救われるか救われないか。
それがすべてであり、そのほかは言ってしまえばどうでもよいことなのだ。
そう、優れた外科医であり、前世で僕が愛した唯一の女性――鹿野柚子が理不尽に殺されたように。
僕は女性の謝意を聞き流し、歩き始めた。
ここは地球よりも、生命が危険に脅かされている世界なのだ。
急がねばなるまい。
女性は治療費を支払うと言っていたがやんわり手を振って断った。
僕のしている行為はあくまでも慈善事業なのだから……患者が貴族だったりすると、たまにお金をもらうこともあるが。
「あのっ、せめてっ。お名前だけでも……」
「……ユーリ、と申します医者です」
常闇とも思える深夜の静寂に、ユーリの気配は足音もろとも融解した。
***
あれ……自分は電車に弾かれたはずでは。
それがどうして、電車のなかにいるのだろう。
いや、電車ではなく、もっといいものだろう。
そう本能は理解していた。
じんわりと心の芯から包み込む温かさが心地いい。
桜色のぼんやりした世界。
そこにぽつねんと、生瀬治は漂っていた。
薄い膜に覆われているようで、窮屈なのだが、不思議と安心感を抱いた。
ここは生瀬治にとって、生と死の狭間。
地平線の向こうに浮かび上がる太陽を見た気がした。
僕はその光景に背を向け、自身の影を見た。
濃く細長い、もう一人の生瀬。
影は徐々に短くなり、薄らいでいく。
それをただひらすらに、じっと見据えていたのだ。
***********************
深い静寂の夜、何者かの叫び声が聞こえていたという。
荒々しく扉を叩く音が余計に響いた。
「すいません、どなたか!どなたかおりませんか!」
耳を澄ませてみれば、女性の声音であった。
語調や声音から、女性の必死さがうかがい知れる。
しばらくして、一人の老人がでてくる。
が、耳を貸すどころか老人は女性を殴りつけ、堅く扉を閉ざしてしまった。
「そんな!!あんまりです!お願いします!他にアテがないのですっ。」
女性の悲痛な叫び声は、次第に嗚咽へと変わっていった。
おおかた、平民の娘が病かなにかで倒れ、医者の元を訪れたのだろう。
僕は女性と、女性の背負った娘のちょうど真後ろへと立った。
「僕でよければ、診察してさしあげましょうか?」
「――お願いします、お医者さまっ」
その言葉に女性は物凄い勢いで反応した。
僕は娘を横に寝かせるように指示し、病状の特定にあたる。
先程まで興奮しきりの女性は、そこで初めて僕の顔を目にしたのだろう、怪訝な表情となる。
はじめこそは失礼に感じたこともあったが、今となっては慣れたことだ。
「……あの、大丈夫なんでしょうか。」
僕が触診し始めたのを見て、女性は不安げな声をあげた。
まあ当然だろう。
なにせ僕は、傍からみたら浮浪者にしか見えないのだろうから。
本来ならあしらわれるのだろうが、藁にも縋る思いの患者はこうして浮浪者にも助けを求める。
そのことはこの世界に来て学んだ、数少ない知識のうちのひとつだ。
僕はそんな患者にしか手を差し伸べない。
なぜなら、前世では僕一人の負担が重すぎたせいもあって、自滅したと考えたからだ。
しかし僕も、大人である。
生まれ変わって考え方も随分と変わったと思う。
その代わりに。
――――手を差し伸べてきた患者の手は、必ず取る
――――担当の患者は必ず救う
今度の僕には、それができる能力がある。
「治療」
「なっ!ふざけないでよ!そんな初級魔法でっ。娘は難病で――」
けれども少女の体調は、母親の言葉とは反対にみるみる良好になっていく。
女性は数秒の間、驚愕のあまりに呆然としていたが、すぐに娘のもとへと駆け寄った。
そんな女性の背中に、僕は声をかける。
「娘さんの症状は、たしかに難病といわれる《核死病》と似てはいますが、実はまったく別の病気ですよ。《魔力孔機能不全》というもので、体内の魔力量を調整する魔力孔がなんらかの影響で機能しなくなり、身体を侵し始めていたんです。娘さんの場合、魔力孔に傷が入っていたので、《治療》で治したというわけですよ」
なんてのはもちろん嘘だ。
僕が使える魔法は三つのみ。
今回、三つとも魔法を行使したわけだが、三つとも僕の固有の魔法であるためあえて口にはしなかった。
それでも女性はむせび泣きつつも、感謝の言葉を並べ始めた。
まあ実際、説明など彼らには不要だろう。
彼らには、患者が救われるか救われないか。
それがすべてであり、そのほかは言ってしまえばどうでもよいことなのだ。
そう、優れた外科医であり、前世で僕が愛した唯一の女性――鹿野柚子が理不尽に殺されたように。
僕は女性の謝意を聞き流し、歩き始めた。
ここは地球よりも、生命が危険に脅かされている世界なのだ。
急がねばなるまい。
女性は治療費を支払うと言っていたがやんわり手を振って断った。
僕のしている行為はあくまでも慈善事業なのだから……患者が貴族だったりすると、たまにお金をもらうこともあるが。
「あのっ、せめてっ。お名前だけでも……」
「……ユーリ、と申します医者です」
常闇とも思える深夜の静寂に、ユーリの気配は足音もろとも融解した。
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