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片想い編

13.昴星-3-

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「おい、杉宮……!」
杉宮は俺の方を見向きもせず早足で人気のない場所まで行くと、やっとこちらを向いた。

「先輩、俺のせいで変な空気にしてしまってごめんなさい」
「いや、いいんだけど……。お前あんなこと初対面の人間に言って大丈夫なのか?」
「?」
「多分お前、ゲイだと誤解されたぞ。てかそれ以上に変人だと思われたかも……」

杉宮はいわゆる『元々ノンケだったが好きになった相手がたまたま男だった』タイプの人間だ。
俺のような生粋の同性愛者と混同されるのはきっと不愉快極まりないだろう。

俺が不安げにそう伝えると、杉宮はキョトンとしていた。
「それが何か問題でも?」
「え、だって……」
杉宮の反応に戸惑っていると、彼は眉間にシワを寄せて呟いた。

「そんな事よりも、ご友人に俺と恋人同士だと誤解させてしまって申し訳ありませんでした」
「え、いや。なんでお前が謝るんだよ」
「だって俺はまだ先輩に認められてないんですよ。そんな未熟で甲斐性の無い男と噂になってしまったら先輩の恥でしょう」

杉宮は心底悔しそうに俯く。
ゲイや変人扱いされる事を『そんな事』の一言で片付けてくれたその事実が嬉しくて堪らなかった。

思えば、杉宮は初めから一貫して『同性愛』という物を全く特別視していなかった。
マイノリティだからと差別的な目で見る事はせず、かと言って『性別を超えた愛』などと神聖視する訳でもなかった。
ただ純粋に異性愛と全く同じ物のように扱ってくれていた。

(結局、1番臆病だったのは俺だったんだ)
自分の心を守る為に、無意識のうちに大切な人を信じようとしなかった己を恥じた。

俺は杉宮の肩に額を押し付け、彼の服を強く握り締めた。
「せ、先輩……!?」
杉宮は耳まで真っ赤になりながら棒立ちのまま体を硬直させている。
「俺のこと好きになってくれてありがとう」
自分でも驚く程素直に言葉が出た。
「え、あの、それはどういう……?」
「そのままの意味だよ。今まで本当にありがとう」

「えっと……もしかして俺、振られたんですか?」
「ん?」
「なんか、もうこれで最後みたいな空気?だったので……」
杉宮は困惑した表情を浮かべている。
どうやら遠回しに別れを告げられたのだと勘違いされているらしい。
俺は慌てて否定する。
「違う、そういう意味で言ったんじゃなくて……」

そう言いかけたところで、すぐ奥の従業員専用通路の方から突然子供の泣き声が聞こえてきた。
こんな人気のないところで子供の声なんて珍しいと思った俺たちは一旦話を保留にして声のする方へ歩いていくと、通路脇の階段の下で小さな女の子が蹲って泣いていた。
周囲に保護者らしき大人の姿が見当たらない事から、すぐに迷子だと理解した。

俺は女の子に駆け寄り、膝を折って視線を合わせた。
「お嬢ちゃん、ママとはぐれちゃったのかな?」
なるべく優しく声を掛けると、彼女は嗚咽を漏らしながら小さく首を縦に振る。
「そっか。じゃあお兄さん達と一緒にママを探しに行こっか」
そう言って笑顔で手を差し出したが、女の子は俺の後方あたりを見つめたまま固まってしまった。

「ん?どうかした?」
振り返るとそこには無表情の杉宮が困ったように立っていた。
子供からしたら杉宮みたいな表情の乏しいがっしりとした成人男性は怖いのだろう。
俺は咄嵯にフォローに入る。
「ああ。大丈夫だよ。この人もお兄さんのお友達だから。な?杉宮」
「あ、ええ。そうです」
杉宮は子供が苦手なのかぎこちなく作り笑いをすると、少し躊躇いながらも彼女の前にしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですよ。必ずお母さんに会えますから」
「……うん」

その後、迷子案内のアナウンスを流してもらうためにサービスカウンターへ向かうとそこには既に母親らしき女性が座っていた。
母親は女の子の姿を見つけるなり、目に涙を溜めて駆け寄って来た。
「すみません、ご迷惑をおかけしてしまって……!ありがとうございます!」
「いえいえ~見つかって良かったです」
彼女は何度も頭を下げて感謝の言葉を口にしていたが、無表情の杉宮に変わって俺が適当に相槌を打っておいた。

「あー、なんか色々あったな」
外は既に暗くなっており、駅近くの商店街を歩きながら俺は溜息混じりに呟いた。
元恋人との遭遇、アウティング、迷子の対応……。

「そうですね」
「ごめんな。俺のせいで色々巻き込んじゃってさ」
「いえ、大丈夫です。先輩と長い時間過ごせて楽しかったです」
硬派な男に見えていつもさらりと嬉しいセリフを挟んでくる杉宮に俺の心は揺さぶられる。

「あのさ、杉宮」
駅へ続く大橋の手前で足を止めると、俺は大きく深呼吸をしてから切り出す。
橋の街灯が照らす中、杉宮は不思議そうな顔をしていた。

「はい」
「さっき谷垣が言ってた通り、俺は昔アイツと付き合ってたんだ」
「え……」
「……だから、その。俺、本当は男が好きなんだ。ずっと隠しててごめん」

もう正直に話すしかないと思いそう告げると、杉宮は真剣な眼差しで俺の目を見た。
元恋人以外に自らカミングアウトしたのはこれが初めてだ。

今まで杉宮は俺がノンケだと勘違いをしたままずっとアプローチしてきた事になる。
それを思うと申し訳なくて仕方がなかった。
異性愛者の同性相手に恋をする辛さは自分が1番わかっていたはずなのに。

しばらくの沈黙の後、杉宮は眉間に皺を寄せて呟いた。
「じゃあ……アレも本当なんですね」
「……アレって……?」
あまりの深刻な表情に不安を覚えながらも俺はそう聞き返す。

「俺は先輩のタイプじゃ無い……って話です」
「…………ん?」
「谷垣さんが言ってましたよね。檜山先輩は俺みたいなゴツい男は趣味じゃ無いって」
確かにそんな発言をしていたような気もするが、唐突な質問に面食らってしまった。

「えーっと……」
「どうなんですか。俺としては先輩が同性愛者かどうかよりもそっちの方が遥かに深刻な問題です」
杉宮は俺の両肩を掴んで問い詰めてくる。
その迫力に思わずたじろいでしまった。

改めて杉宮の顔を見る。
凛とした男らしい顔立ちに切れ長の瞳、高い鼻筋。確かに整っていると思う。
身体だって筋肉質で引き締まっているし、もっと愛想があれば間違いなく女性にモテまくっていることだろう。

だが俺が好きなのは谷垣や柏原のような小柄で世話を焼きたくなるような雰囲気のかわいい男だ。
性格含め、杉宮が好みではないのは事実だった。

杉宮は答えを急かすようにジッと見つめてくる。
このまま黙っていてもきっと納得しないだろうし、本当の事を話す事にした。
「正直に言うけど……お前は俺のタイプじゃねえよ」
「そう、ですか」
もちろん顔はすごく整ってると思うけど、と慌てて付け加えたが、杉宮はあからさまに落ち込んだ様子を見せた。

「俺、檜山先輩の理想の恋人にできるだけ近づきたいです。だから、その為にももっと先輩の好みとか色々教えてください」
杉宮はいつになく食い下がってきた。

「別に良いよ。無理して頑張らなくても」
「……確かに骨格や身長を変えるのはちょっと厳しいですけど……可能な限り頑張るので」
「そうじゃなくてさ」
俺は肩に置かれた杉宮の手を優しく退ける。

「俺はそのままの杉宮が好きだから」

「……え」

顔が熱くなるのを感じながら杉宮の反応を待ったが、しばらく沈黙が続く。
恐る恐る彼の方を見ると、顔を真っ赤にして固まっていた。

「おい大丈夫か」
俺が肩を揺さぶると杉宮はハッと我に帰った。

「え、と。あ、の。す?」
吃りながら言葉を紡ぐ姿はまるで壊れたロボットのようで、逆にこっちが冷静になってきてしまう。
「一旦落ち着け、ゆっくりで大丈夫だから。深呼吸しろ」

杉宮はコクコクと頷き、何度か深呼吸をすると少し落ち着いたのかいつもの冷静な口調に戻った。
「……あの。先輩って俺の事好きなんですか」
「ああ」
「それって、その。“後輩として可愛い“とかそういうのですか」

初めて杉宮に告白された時と似たようなやりとりに思わず苦笑してしまう。
今まで散々自信いっぱいにアプローチしてきたくせに、今はどこか不安げに聞いてくるのが不思議だ。

「……えーっとな」
どんな言葉を選べば正しくこの男に伝わるのかと適切な言葉を探す。
街灯に照らされた杉宮の瞳がキラキラと輝いて、期待の色を帯びているように見えた。

「俺の恋人になって欲しい」

それからまたしばらく沈黙が続いた。

「……俺、檜山先輩の恋人に……なっても良いんですか」
「うん。杉宮が嫌じゃなければこの先もずっと一緒に居てくれると嬉しい」

「……俺、檜山先輩に相応しい人間になれるようにこれからも精進します。よろしくお願いします」
勢いよく頭を下げられ、つられて俺まで深々と礼をする。

「ああ。こちらこそよろしく」

2人揃って頭を上げると同時に顔を見合わせて笑い合う。

「先輩、あの一ついいですか」
杉宮はそう言うなり、キョロキョロとあたりを気にし始めた。
そして、誰もいない事を確認してからゆっくりと距離を詰めてきた。
「どうした?」
「抱きしめても良いですか」

杉宮の顔を見ると頬は赤く染まっており、真剣な眼差しがじっと俺の目を捉えていた。
俺は小さく笑いながら両手を伸ばすと、それを了承の合図だと受け取った杉宮が俺を包み込む。

「先輩、大好きです」

彼の腕が俺の背中に回り、ギュッと強く身体を引き寄せられた。
正直こんな公共の場で抱き合うのは躊躇われるが、今は俺も気分が高揚していた。
「……」
「……杉宮、そろそろ……」
さすがに人が来そうだ。
しばらく経ってから耳元でそう囁くと、杉宮は名残惜しそうな表情を浮かべたが大人しく離れてくれた。

その後、俺達は恋仲になった喜びを噛み締めながら仲良く手を繋ぎ帰路に……といったような事はせず、無言のまま駅まで歩き続けた。
ただ、その手が時折ぶつかる度にお互い指先で軽く触れ合っては顔を見合わせて微笑み合った。

たとえ俺が世間一般では歪な存在だったとしても、杉宮となら自分らしく胸を張って生きていけるような気がした。
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