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【1話】無理に付き合うの止めるっ

佐奈子の勤め先で

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 カウンターに並んだ十個の木製トレイの上は全て空になっている。毎日きっちり店じまいする時間までにはパンが売り切れる。
 トングを片づけた佐奈子はトレイを重ね始めた。手を動かしながら壁にかかった時計を見ようと、右側に顔を向けて少しあごを上げた。

「三時半、だよね」

 トレイに想いっきり息を吹きかける勢いでため息をついた。調理場を掃除していた店長の知世が噴き出した。

「また、ため息ついてんの」

「だって、今から片づけて保育園のお迎えに行ったら他のママたちと一緒になるんだもん」

「適当に挨拶して帰ればいいでしょ」

「知世さんとこの保育園はそんな感じかもしれないけど。うちは近くに広い公園があって、四時帰りの子たちが遊ぶのよ。初菜も遊びたがるし」

 集めたトレイを調理場に持って行って、作業台の上に音を立てておく。乱暴にしたせいで知世がにらんできた。佐奈子は肩をすくめた。

「ごめん。丁寧にする。で、子どもが遊んでる横でママたちがおしゃべりしてるんだよね。夕食の準備まで時間があるからだろうけどさ」

 身につけていたエプロンを外す。

「なんかうまく話ができないんだ。みんな盛り上がってるんだけど、何が楽しいのか、面白いのかわからないっていうか」

 知世はパンを作る作業台に消毒液をふりかけて布巾で拭いていた。

「さっちゃん、別にコミュニケーションが苦手ってわけじゃないのにね。あ、あれか。当たり障りない、探るような会話が苦手なのか」

「うーん。そうかも。仲良くなったら話せるようになるのかもしれないけど、すでに話してて面白くないって思ってる時点で無理なんだなって思う」

 トートバッグにエプロンを入れ、忘れ物がないか周りとバッグの中を見る。

「輪の中に入ろうと思って頑張ってきたんだけどね。今日から距離を取っていくことにしたんだ」

 知世もエプロンを外した。

「そうなんだ。女って、いつも一緒にいるメンバーは常に一緒に行動しようね、みたいな空気があったりするじゃない。だから、最初はややこしいことあるかもしれないけど、私はさっちゃんの味方だからね」

 昨日の透也と似たようなことを言ってくれる。
 佐奈子は気合を入れるため、拳を握って腕を曲げる。知世も同じようなポーズを返してくれた。

 店の前にある歩道は広めで、自転車も行き交う。無茶な運転をする人も少なくない。
 佐奈子は店の横の路地に止めた自転車を取りに行く。これからいつもと違う行動を取ろうと緊張してきたせいか、鼓動が速くなってくるのを感じる。

 肩を上下させて大きく息を吐く。自転車を後ろに押してバックしながら歩道に出た。
 周りを見ていたつもりだったけれど、見えていなかったらしい。ベルを鳴らされたうえ、通り過ぎるときに舌打ちをされた。
 邪魔で危なかったとしてもベルを鳴らすだけで十分なのではないだろうか。

 気分が下がってきているところに、この仕打ち。再び佐奈子は大きくため息をついた。
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