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第3章 〜転校生〜

(17)食卓はカオスと化す

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「さっきの光はなんだったんだ…?」 

 僕の部屋(現在はアネッサと共用)に着いた僕たちは、先程の謎の光についてリサを問いただしていた。

「あぁ、これですか」

 そう言いながら、リサは右手の人差し指に嵌めている綺麗な緑が特徴の宝石がびっしりと装飾されている指輪を外して、僕とアネッサの目の前に差し出した。

「これは《モディフカルアーツ》と呼ばれる魔法具です。金元様ならもうご存知かと思いましたが…まぁこれは最近作られた魔法具なので知らないのも当然でしょう。これの性能は先程披露したのでご存知かと思いますが、記憶の改変あるいは記憶の隠蔽が可能です」

「なるほど。魔法具か…僕も図書館で存在することは知っていたが、まさか本当にあるとは」

 僕が好奇の眼差しで見つめるその指輪は、とても綺麗で、さも有名な匠が作ったのだろうと思わせるほどのものだった。
だが、僕がその魔法具に触れようとしたその瞬間、指輪は音もなく塵となって消え失せた。

「「なッッ!?」」

「あぁ、魔法具の寿命がきたんですね。基本的に魔法具は使い捨てなんですよ。特に、こういう精神系に改変効果を与える禁忌魔法級の魔法具は特に寿命が短いんです」

 僕がリサの説明を受けても指輪だったモノの塵をぼーっと眺めていたので、アネッサが僕の代わりに口を開き出した。

「ま、まぁとりあえずこの部屋を紹介しましょうよ!………と言っても、この質素な部屋に紹介する要素はないかもだけど…」

 後半からは声が若干小さくなったように感じたが、気のせいだろう。
僕もとりあえず魔法具の件は頭の片隅に押しやって、部屋の案内を再開する。

「あ、あぁ。それもそうだな。」

 黒で染められた僕の部屋は、機能性を重視しており、見た目など二の次なのである。そのため、アネッサからは大変不評だが、寝る時はベッドを譲っているので勘弁してほしいところだ。

 一通り僕の部屋に何が置いてあるのか、それがどのような使い方なのかを説明し終えた僕は、ある重大なことに気付き、半ば放心状態になりつつベッドに寝転がっていた。
 僕だってダラダラしたくて寝転がっているわけではない。悩みがありすぎて一旦現実逃避するために寝転がっているのだ。

 そんな僕を見かねたのか、アネッサが僕を地獄(食卓)へ連れていこうとする。

「何考え込んでんのよ。早く晩御飯食べに行くわよ?」

「行けるわけないだろ!?リサの魔法具はもう壊れたんだ…あの戦闘狂になんて言い訳すればいいか…今日が僕の命日かもしれない。日付を確認しておいてくれ」

「も~!しっかり説明すれば大丈夫よ!ほら!」

 グイッと僕の襟袖を引っ張り、強引に1階へと連れて行く。どうやらリサはもう既に食卓で座っているようだった。
何故そこまでの胆力があるのか、僕は不思議に思いつつ、ドス黒いオーラを纏う父の隣に座った。

「や、やぁ父さん。調子は…どう?」

「調子…?司のせいで悪くなったかもしれんな」
 そう言いながら獰猛な熊のような顔をした父さんが僕を見据える。

「あはは、とりあえず食べようよ」

「それもそうだな。話は食べながらにしよう」

 そう言い放つと、父さんはご飯に視線を移動させ、箸を掴み、母さんお手製のハンバーグを食べ始めた。

 僕はなけなしの勇気を振り絞り、なんとかハンバーグを食べ始める。もはやデミグラスソースの味など、微塵も感じない。
 食卓はカオスと化していた。
そんな地獄のような空気感が漂う食卓で、第一声を上げたのは、予想通りあの空気読めないマンだった。

「義母様!このハンバーグとても美味しいです!後でレシピを教えていただいても…?」

「あら!本当~?作った甲斐があるわぁ~」

 母さんがにんまり笑いながら喜ぶ姿を見て、少しだけ場の空気が和らいだのを感じた。
だが、そんな微弱な和らぎなど気にも留めないように、父がリサに向かい質問を投げかけた。

「君はアネッサちゃんの従姉妹らしいね。どうして日本に?」

 ここでリサが若干固まるが、持ち前のトークスキルでなんとか会話を続ける。

「えっと…日本の文化を学びたくて!アネッサちゃんがたまたま日本に留学してたのを知り、居ても立っても居られず押しかけちゃったんです(笑)」

「なるほど…ね」

 熊のような獰猛な顔が若干緩む。

「僕も君みたいな頃、韓国にホームステイした経験があるんだ。韓国じゃ器を手に持って食べるのはマナー違反でね、当時は大変困惑したものだよ(笑)」

 お…?どうやらリサのトークがお父さんの古い記憶を呼び起こしたらしい。

「君には、自国の文化を一旦捨てて、この国の文化を受け入れる覚悟はあるのかね…?」
 父さんが半ば挑戦状のような質問をすると、リサは即答した。

「お義父様。私にはその覚悟があるからこの国へ来たのです。どうか、私をこの家に泊めて頂けないでしょうか」
リサの声色が一気に真剣味を増す。

 すると、長い長い静寂が訪れた。実際問題、10秒ほどの静寂だったのだろうが、僕には1分にも10分にも感じられた。

「………………気に入った!君のその覚悟を認めよう。司の部屋でも良ければ好きにするといい」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 どうやらこれから僕の部屋はアネッサ・リサ共用になるらしい。…………僕のスペースは?
 そんなことを考えながら食べるデミグラスハンバーグはやはり、味がしなかった。
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