青い祈り

速水静香

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第三話

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 アメリカ合衆国コロラド州エルパソ郡、シャイアン山。その地下深くに埋め込まれた北アメリカ航空宇宙防衛司令部で、一つの警報が鳴り響いた。

 人工的な光だけが照らす地下二千フィートの世界。そこにあるNORADコマンドセンター内は、その警報とともに慌ただしく動き始める。
 静止軌道上の早期警戒衛星網が、高度約百キロメートルの電離層付近で異常なエネルギー反応を検知したのだ。

 統合作戦センターの中央に設置された巨大なスクリーンには、衛星からのデータが映し出されていた。
 
 ここは本来、人類最後の時を観測する場所だった。
 二十四時間体制で弾道ミサイルの発射から核爆発に至るまで、世界中の核の脅威を監視し続ける重要拠点なのだ。
 その任務のために、最新鋭の観測装置と優れた分析官たちが配置されていた。

 岩盤を削り出し、厚さ数メートルの鉄筋コンクリートで補強された作戦室。
 その内部は、外界から完全に独立した空間で、一定の温度と湿度に保たれた空気が循環していた。
 それは、核戦争という人類最悪のシナリオにおいても、最後の時まで機能し続けるための備えだった。
 たとえ世界が終わりを迎えようとも、その瞬間まで観測を継続する。その思想が、この巨大な地下要塞の全てを貫いていた。

「解析班、即時報告を。」

 作戦司令官の低く落ち着いた声が、張り詰めた空気の中で響き渡った。

「高度九十キロメートルから百二十キロメートルの電離層で急激な電子密度の上昇を観測。エネルギー密度は通常のオーロラ現象の数千倍を記録。」
「スペクトル解析の結果、酸素原子の第一励起状態とは異なる、未確認の発光メカニズムを検出。波長四百五十ナノメートル付近に特異な発光ピークが見られます。」

 その号令に応えるように、衛星システムアナリストたちの声が次々と重なり合った。
 ここで働く者たちは皆、長年の訓練と経験を積んだプロフェッショナルだ。普段は淡々と、しかし確実に任務をこなしている。

 彼らは様々な事態を想定し、それに対応する訓練を重ねてきた。だが、今回観測されているデータは、これまでの想定を完全に超えていた。

「未知のエネルギーの近辺から、NASAの軌道データベースに登録のない人工物体を確認。その軌道は明らかに制御されたものです。通常の宇宙デブリとは明確に異なる軌道特性を示しています。」

 解析官の声に続いて、軌道追跡班からの報告が入った。

 作戦司令官は判断する。
 二十年以上にわたって宇宙監視に携わってきた経験から、これが尋常ではない事態だということを直感的に理解していた。
 アメリカ合衆国が打ち上げた衛星や宇宙ステーションのデータは、すべてNORADで把握しているのだ。

「国防総省への確認を。あわせて航空宇宙局、国家安全保障局にも問い合わせを。」

 司令官の指示に、参謀たちが素早く動き出す。キーボードを叩く音が室内に響き、暗号化された通信回線を通じて、各機関への問い合わせが開始された。

 戦略軍との直通回線が開通し、ミサイル警戒作戦センターからも矢継ぎ早に報告が入る。
 観測された現象は、既知の気象現象や天体現象とも、人工的な攻撃兵器とも異なる特性を示している。

「NOAA気象衛星より追加報告。コロラド上空のみならず、ニューメキシコ、ワイオミング、さらにはネブラスカ上空にまで、異常な青色の発光帯が急速に拡大しています。地磁気や太陽活動との相関が見られず、極域以外では観測されないはずの現象が内陸部全域で確認可能です。」
「地上観測所からのデータ、メインスクリーンに展開します。」

 中央の大型ディスプレイに、シャイアン山上空の映像が映し出された。真冬のコロラドの夜空に、青い光の帯が織りなすカーテンが出現している。
 これまで高緯度地域でしか見られないオーロラとは異なる、青いカーテン状の光が淡く広がっていた。

「国家安全保障局から応答がありました。SAP-7分析部の責任者と実務者を至急、こちらへ向かわせるとのことです。」

 その時、通信官が慌ただしく報告を上げた。

「SAP-7分析部?」

 司令官は首を傾げた。長年の軍事衛星や宇宙監視の経験の中で、そのような部門の存在すら聞いたことがなかった。ということは何か、政府が極秘に進めていたプロジェクトが関係しているのだろうか。

「司令官。戦略軍との連携態勢を強化するため、DEFCON3への移行を進言します。」

 参謀からの進言に、作戦当直司令官は一瞬だけ目を閉じ、そして静かに頷いた。

「了解した。大統領執務室への緊急連絡を。」

 熟練の職員たちが示す手際の良い対応の中で、作戦当直司令官は黙って巨大スクリーンを見つめ続けていた。測定器の数値が示す途方もないエネルギー量。それは通常のオーロラの数千倍に及ぶ。しかし、そのエネルギーは破壊的な性質を持たず、むしろ秩序だったもののように振る舞っている。

 まるで、誰かが意図的に作り出したかのような規則性。それは、科学では説明できない、何か未知の力の存在を示唆していた。

「地上の磁力計ネットワークからの報告。局所的な磁場変動を観測。」
「電離層の電子密度が特異な分布を形成。これは人工的な制御としか考えられません。」
「気象レーダー網が上空の電離圏に異常な乱れを検出。範囲は過去10分で約60キロ四方まで拡大、さらに拡大傾向を維持しています。」

 次々と入る報告に、司令官は冷静に状況を整理していた。彼らは確実に、人類の歴史上、前例のない何かを目撃している。それが何を意味するのか、まだ誰にも分からない。

「全観測網のデータを完全記録。気象衛星、地上観測所、磁力計ネットワーク、すべての情報を保存するように。」

 司令官の静かな声が、張り詰めた空気の中に響いた。

 コロラドの夜空に広がる青い光は、今も静かに、まるで意思を持つかのように大気の高みで瞬いていた。
 その光が何を意味するのか、そして未確認の宇宙ステーションに何が存在するのか――。
 その答えは、まだ誰にも分からなかった。
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