「好き」があふれて止まらない!

梶ゆいな

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【9】取り戻した情熱

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朝から全力疾走なんてするもんじゃない。

「つ、疲れた⋯⋯」

我妻くんは人気のない階段の踊り場に着くまで一度も足を止めることはなかった。

両手を膝につくわたしと違って、息ひとつ上がっていない我妻くん。

ギターを背負いながら走っていたのにまだまだ余裕そう。

ここに来るまでの間、すれ違う人全員が我妻くんを見ていた。

一緒にいたわたしは今日だけで一生分の視線を浴びた気がする。


「で、見てもらいたいものって何?」

ギターを壁に立てかけて、自分自身も壁にもたれかかる我妻くん。

「そ、その前に持永さんを置いてきてよかったの? なんか変な誤解もされた気がするんだけど⋯⋯」

「ああ、持永なら大丈夫だろ。変な誤解って、俺が比高を特別って言ったこと?」


“比高は特別だから”

あえて言葉にしなかった部分を我妻くんは平然と口にする。

「う、うん⋯⋯」

「俺はこれからもそう答えるけど。だって、比高とは長い付き合いになりそうだし」

「え?」

「書いてきてくれたんだろ。歌詞」

わたしが大切に抱えていたクリアファイルを指差す我妻くん。

「ど、どうしてこれが歌詞だってわかったの⁉」

「わかるだろ、普通に」

わ、わかるものなのかな?

「俺たちの歌を聴いたら絶対に書きたくなると思ってたから」

「すごい自信。⋯⋯でも、そのとおりです」

MEBIUSの歌を聴いたら書かずにはいられなかった。

それに我妻くんが好きなものだけを詰め込んだ曲は胸に響いただけじゃなくて、わたしの好きも取り戻してくれたんだ。

本が好きで自分でも書きたい。

そう思って小説を書きはじめた。

それなのに最近は結果とか評価ばかりを気にして自分の本当に書きたいものを見失っていたんだ。

昨日は寝落ちするまで歌詞を書いて、本当は授業を受けずに寝ちゃいたい気分。

でもね、同じくらい小説を書きたくてたまらないの。

コンテストに向けて書いていたお話とは別の、わたしの好きだけを詰め込んだ小説を。

我妻くんとは同じ形、大きさじゃないかもしれないけれど、わたしの中にもちゃんと情熱はあったんだ。

我妻くんが、MEBIUSの歌が、見失いかけていた“好き”の気持ちをもう一度思い出させてくれた。

「ありがとう、我妻くん」

「なんだよ急に」

「言いたくなったから」

「なんだそれ。ってか、比高って笑えるんだな」

我妻くんが目を丸くしてわたしを見る。

「え?」

「眉間にしわを寄せて『無理』って言う顔と泣き顔くらいしか見たことなかったから」

「そ、それは忘れて」

「忘れねぇよ。だって、俺らの曲が比高に響いたってことだろ。つーか、それいつ見せてくれんの?」

「あ、ごめん」

持っていたクリアファイルを我妻くんへと渡す。

ルーズリーフの束をパラパラとめくった我妻くんは「は?」と小さく声をもらした。

な、何? わたしなにかやらかした?


「これ全部、歌詞なのか?」

「そうだけど?」

首を傾げたわたしに我妻くんは声をあげて笑った。

「“我妻くんとわたしは違うから”確かにそうかもしれないな」

それってわたしが二つのことはできないって話したときに言った台詞。

我妻くんの耳に届いてたんだ。

そうかもしれないって、やっぱりわたしには無理だったってこと⋯⋯?

うつむくわたしに我妻くんが言う。


「俺には一日時間があってもこれだけの曲数は書けない。本当に好きなんだな。言葉を紡ぐことが」

わたしが我妻くんとは違うって思うように、我妻くんもわたしとは違うって思うの?


顔をあげるとそこには優しく微笑む我妻くんがいた。



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