斜めの男

かきあげ

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第7話 二人の出会い

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~真司~

 

俺はその日、BAR『灯台下暗し』でカクテルを飲んでいた。知人に紹介され、店名に興味をもったので、行ってみたんだ。そのBARは店名の純粋な意味の通りに、灯台下にあって、暗い、ヘンテコなBARだったのだが、店主の選曲が好きで俺は結構気に入った。俺はちびちびとカクテルを飲みながら、それの製造過程をなんとなく想像して楽しんでいた(いつもの癖だ)。

すると、やがて俺の隣に一人の女性がやってきた。その女性は慣れた様子で「モスコー・ミュール」を注文し、マスターと簡単な会話を交わした。

しばらくして注文したモスコー・ミュールが来ると、彼女はグラスに顔を近づけ、その香りを楽しんでいた。その時、淡い光を放っていたカウンター上のキャンドルが、彼女の右の頬を照らした。

それまで暗くて気づかなかったが、彼女の右ほおには大きな火傷の痕があった。

 

でも俺は、その火傷はさほど気にならず、彼女が放つ電磁波みたいなものに強烈に惹かれていた。気になった女性には何となく声をかけてしまう質なので、俺は彼女にも自然に声をかけていた。

 

「なんとなく気になって声をかけてしまいました。」と俺は言った。正直に話しかけた。

「どうも。こんばんは。」彼女の反応はいまいちだった。

 

俺は人の顔を見て、その人の人柄をある程度推測することができる。でも、彼女の雰囲気は、最初に予想したものとはずいぶん違っていた。

「あなたはもうちょっと……なんというか……派手なチャレンジャーって感じの方かと思いました。」

しばらく世間話をした後で、俺は冗談っぽい口調で言ってみた。

すると、能天気そうなマスターが口を開いた。

「オー。勘違いしちゃいけないぜ。ニイちゃん。彼女は生まれた時からサプライザーさー。」 

「生まれた時は、ね。」彼女はそう言うと、驚いたことに、突然ワッと泣き出してしまった。

「オー!シィー・バースツ・イントゥー・ティアーズ(突然泣き出した)!」とマスターが能天気に言った。

 

しばらくして、彼女がようやく落ち着きを取り戻すと、俺は彼女に名刺を渡して、「この店を出よう。」と言った。俺の名刺は自分でいうのもなんだけど、女性受けがいい。彼女は思っていたタイプの人ではなかったが、俺はやはりどこか彼女にひかれていたし、彼女もなんとなく俺を好いてくれているような気がした。

 

でも彼女は、俺の名刺をみるや否や、がたがた震えだし、逃げるように外へ出て行ってしまった。名刺にはこう書かれていた。

 

 

『料理人・コッコ あなたの料理を楽しくします!!』

 

 

俺は二人分の代金を払い、肩を落としながら家に帰った。

 

 

しかし俺らはその後も偶然会った。何度も、何度も。そして俺は会うたびに声をかけた。最初のうち、彼女は露骨に嫌がっていたので、今思えばストーカーに近かったのかもしれない。しかし当時の俺は(自分でも不思議だったのだが)料理人コッコのキャラがなぜか女性にうけて、ストーカーされることの方が多かったので、まさか自分がストーカーまがいのことをしているという発想には至らなかったんだ。

 

辛抱強く声をかけ続けていると、少しずつではあるものの、彼女は俺と会話してくれるようになった。

 

名前は何というのか?里川裕子?いい名前だ。俺は沢野真司っていうんだ。聞いてないか。ごめん。コッコっていう名前は、実は俺が自分で決めたわけじゃないんだ。俺の髪、ちょっとモヒカンみたいじゃないか?地毛なんだけど。それで、ファンの方がニワトリだのベッカムだのいろいろと愛称をつけ始めて、それが最終的にコッコに落ち着いたってわけなんだ。ひどい話だろ?

 

なぜ俺は、これほどにも必死に彼女に声をかけているのか 自分でもわからなかった。会う回数が重なるたびに、彼女はだんだん話に耳を傾けてくれるようになった。時には笑ってくれるようになった。そして稀に――これが一番うれしかったんだけれど――彼女は生来のサプライザーの片鱗を見せてくれた。彼女はなんと!俺のためにお弁当を作ってくれたのだ。そしてさらに驚くことに……そのお弁当の中には、黒焦げになったエビの天ぷらが、沢山入っていたんだ。これにはやられたなあ。

 

それでも俺は、それを全部残さずに食べた。なぜって?それが単純に、「俺に対する嫌がらせ」っていう気が、どうにもしなかったから。もちろんこれは故意にやったことだと思う。もし俺が彼女の立場だったら、黒焦げになったしまった食品をお弁当に入れたりしない。

 

けれど、それは何か特別な意味があってのことなんじゃないか?という気がしたんだ。俺はしばらくその意味を考えたが何も思いつかなかった。そしてスマートフォンを開き、黒焦げの天ぷらに何か意味がないか調べてみた。

 

『天ぷら 黒焦げ 意味』

焦がさないコツについて書かれたものばかりだった。

 

『お弁当 焦げ』

これでも結果はほとんど変わらなかった。

 

それでも俺は自分の勘を信じた。焦げた天ぷらは悪くない味だった。

 

そして後でわかったことだけれど、俺の勘は当たっていた。彼女は、彼女自身の中で俺を許すために、こんなことをしたんだ。

 

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