一ノ瀬加奈子の研究室 ~マッドサイエンティストはモルモットをかわいがる~

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第11話 御堂 恭介の誘い

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 自分がいたからと言って、何も役には立たないかもしれないけど、それでも邪魔者扱いされるのは少し寂しかった。

 入学以来、いろいろな事件に巻き込まれまともに友達付き合いをしていないぼくに、放課後を一緒に過ごしてくれるような友人はいない。

 半ば加奈子先輩に部室を追い出された形になったぼくは、この後の予定もないまま学校をでた。

 学校の前の道は交通量も少なく、普段なら車などめったに通らない道だ。

 しかし今日は珍しいことに、学校の目の前に銀色のベンツが堂々と路上駐車をしていた。

 その車にもたれかかるようにして、サングラスをかけた男性が、校門から出てくる学生たちを一人一人チェックしている。

 誰かを待っているのだろうか。そんな雰囲気を感じつつ、ぼくも他の生徒にまぎれてその車の前を横切る。すれ違うときぼくはその男と目が会った気がした。正確にはサングラス越しだったため、相手の目は見えていないが、顔の動きである程度判断がついた。

 この男とはどこかであったような気がするが、うまく思い出すことはできない。

 「森元 堅太くんだね」

 ぼくが思い出すより先に男が話しかけてきた。何か用があるのだろうかと立ち止まって男をじっと観察する。

 男はぼくより、こぶし一個分ほど背が高かった。ぼくも決して背が低い方ではないので、かなり高い方に入るだろう。細身の体には似合わない低い声に、ぼくは少し恐怖を感じた。

「そうですけど、何か御用ですか」

 警戒心を露にしてぼくが答える。男もぼくの態度を感じ取ったのか、先ほどより少しやさしい口調に代えて話を続けた。

「これはすまない。いきなりで驚かせてしまったようだね。私はこういうものだ」
 男の差し出した名刺に目を通し、驚いた。

「御堂科学研究所 所長 御堂 恭介。って、あの御堂博士ですか」

「ぼくのことを知ってくれているのかい、うれしいな」

 サングラスをはずしてぼくに向き合う。間違いない。さっき感じたのは昼休みに雑誌でインタビュー記事に載っている写真を見ていたからだったのか。

「い、いったい、ぼくなんかになんのようですか」
 緊張して背筋は電信柱よりもまっすぐに伸び、口は震えてうまい言葉が見つからない。

「まあまあ、そんなに緊張しないで。この学校の経営にはぼくも多少かかわっていてね。毎年優秀な学生は卒業後にうちに来てもらったりしているんだ」

 そんな人物が直接ぼくのところに来るなんて、スカウト。まさかね。

「君は最新科学研究部に在籍しているそうだね」

 ぼくが、はいと頷くと御堂博士は話を続ける。

「あそこにはぼくも期待していてね。かなりの機材も寄付したんだがいまいち良い結果を出してくれないんだ」

 なるほど、加奈子先輩は「私物」なんて言っていたけど、こういう裏があったのか。

 確かにバックにこれだけの大物がついていれば、学校側としても特別扱いをせざるを得なかったわけだ。

 色々なことをぼくが理解している間も、御堂博士の話は続いている。

「私が言うのもなんだが、あの場所では君の可能性が潰されてしまうのではないかと、危惧しているのだよ」

 確かに。このままでは3年間ぼくは実験動物としてしか扱ってもらえない可能性が高い。

「君が中学時代、科学部部長として発表した『酸性雨町内検査』はなかなかすばらしいものだったよ。どうかな、今すぐにでも学校を辞めて私の研究室に来ないか」

「え?」

 まさかとは思っていたが、本当に誘ってくれるなんて思ってもいなかったので、ぼくはなんと答えていいのか答えに迷った。

 確かにこんな誘いはめったに無い。しかし、がんばって難しい受験を乗り越え、希望の高校に入学したばかりだ。それにやはり高校ぐらい卒業しないと親にも悪い。

 そんなぼくの葛藤を感じたのか、御堂博士は言葉を付け足した。

「学歴のことなら心配要らないよ。うちの研究所でも中卒を採用するわけには行かないからね。君には研究の手伝いとともにアメリカのハイスクールに通ってもらう。向こうならスキップ制度があるから、君ほどの学力なら二年もあれば大学まで卒業できるよ。そうしたら正式採用って事でどうかな」

 すごい魅力的な話だ。

 しかも学費はすべて御堂博士が出してくれるという。こんな美味しい話はない。

 この学校では普通の学園生活はもう望めない。たった一週間でぼくのイメージは地に落ちてしまっている。それならいっそう新天地を目指すのもいいかもしれない。ぼくの心は大きく傾きかけていた。

「そうだな、すぐに決めろといっても難しいいだろう。どうだい、時間があるならこれから研究所を見学に来ないか。実際に見てもらうのが、私の考えを理解してもらうのには一番早いと思うのだが」

 一流の研究所を見学できるなんてそうあるものではない。部活を追い出されてきたぼくに、この後の予定は全くない。
 むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ。

「いいんですか。ぜひ見学させてください」

 ぼくの答えに優しく微笑むと、御堂博士は止めてあるベンツの後部座席にぼくを案内した。ぼくが乗り込んだ後に続いて、御堂博士も乗り込む。座席は革張りで、二人が座っても、あと二・三人ぐらいは座れるんじゃないかというほどの余裕がある。

「研究所まで戻るぞ」
 御堂博士は前の運転手に声をかけた。その運転手さんなんだけど……

「あの、御堂博士。こちらのかたは」

「うちの運転手だが、どうかしたか」
 何事もないように返される。ということは、きっとぼくの考えすぎなんだろうけど、明らかにおかしい格好をしている。

 頭にはパイロットがかぶるような薄いパイロット帽をかぶっているが、顔は真っ黒だった。いや顔、というより体全体が真っ黒なのだ。

 顔には目鼻口の区別は無く、髪も無い。つるんとした黒い卵のようだった。

 近いものは全身タイツだが、質感が違う。何かを着ているというより、素材そのものがプラスチックゴムでできている、という感じなのだ。

 黒い運転手は軽く頷くと車を発車させた。ベンツは音も無く、静かに動き出す。
 ぼくは「これが制服なんだ」と無理やり納得させてその疑問は心の奥に片付けた。
 こんな些細なことで、これからのビックイベントをふいにはしたくなかったのだ。
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