マレフィード伯爵夫人は知らない

ハル

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  その日の夜、寝室には夫のいびきが響き渡っていた。
  ペチンとおでこを叩くと暫く止むのを発見していたので、叩いた。

  夫は相変わらず私を抱くことがなかった。
  私たちに子供が出来ないことを、人々は夫が私を抱かないからとは考えないだろう。もし私がそう主張したとしても、誰も信じまい。疑問の声が多かったこの婚姻を押し通したのは、政略故で二人は仮面夫婦だとの噂も当初はたったけど、私への丁重な扱いや仲睦まじい様子を見るにつけ、夫が私に惚れ込んでいたからだと、今は噂されている。

  彼の自己愛にとって重要なのは、卑しい私を愛することではなく、厳密には、そんな私を愛していると人々に示すことだ。夜はほったらかしても、子供は授かり物である以上どうとでもなる。であるなら、子供をあえて作らずに私を愛し続けた方が、お前の卑しい血など必要ないという彼の本心と、哀れな魔族をも愛する伯爵様、という自己愛とを両方満たすことが出来る。

  一石二鳥。レ・クロウルバッハ家の知識を加えれば、一石三鳥だ。

  こう考えると、私は、きっと彼はその気になれば誰かを愛することが上手いに違いないと思って嬉しくなった。現に、私は彼の夜のない愛ですら満足している。

  自己愛を嫌う人間は大勢いるけど、自分を上手く愛せない者に、他人を上手く愛せるはずもないことくらいは、私にもわかっていた。

  『愛の定石』にも、"愛にとって最良の練習相手は、己という最寄りの他者である"と述べらている。

  私はちょうどいいやと思い、練習として自分を喜ばせようと思った。

  私は隣で寝ていいる夫の目が、私を見つけめるとき、愛を囁きながら私を軽蔑していると考えるのが好きだった。

  何故か、私は愛されつつ軽蔑されることに、軽蔑されながら愛されることハマっていた。

  目を閉じて、私は彼の目を想像した。

  そして言う。「愛しいシエラ、私は何時間でも、君を見つめることに飽きることがない。その美しい銀色の髪も、真冬の空のように澄んだ青色の目も、愛らしい声も、全て私のものだ」

  言いながら、軽蔑的で冷たい黒曜石のような美しい黒い瞳が私を見つめてくる。


  あれ?


  夫の目の色が思い出せなかった。

  代わりに、ルーク殿の目が浮かんでいた。

  私は目を開けると、隣でいびきを再開しだした夫を見た。夫の容貌に関しては、全体的に好もしいという印象ばかりで、その細部については目の色さへ定かではなかった。自分の家の階段の数を唐突に聞かれたような、大雑把なあやふやさしかなかった。

  ペチンと夫のおでこを叩きながら、私はこの新しい愛の発見に、また一人でニヤニヤしていた。

  私は、自分がいかに、夫の内面をだけ見つめてきたかを知って、自分で自分が誇らしかった。私は夫の善良で、ナルシストで、歪な愛を私に向けてくるその面白い心を愛していたし、愛せる自分が喜ばしかった。

  練習は成功したと思って、私は眠りにつこうと幸せな気持ちで目を閉じた。目を閉じると、夜のような黒髪のあの青年を思い出した。髪の色とは対照的な色白の肌に、冷たい瞳を納めた少し切れ長な目は、この世の全てを軽蔑しているようにも、逆に全てを諦めて許しているようにもみえ、そのくせによく笑っていた。
  私は、今夜の発見をもたらしてくれたのは彼だ、と心のなかで感謝しながら、何とはなしに自分の髪の毛を触っていた。

  あの時指先に感じた感覚と同じ感覚が、私の髪の何処かにありはしないかと探すように。
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