終わりの時を君と

白水緑

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大和が再び目覚めたのは、次の日の昼頃だった。昨日の晴れが嘘のように雨が降っている。ソファで眠っていた和葉は、揺り起こされて目を覚ます。

「おはよう」
「ああ、それよりもこれはどういうことだ」

大和が震える手で指さしたのは和葉のパソコン。勝手に使ったことについて文句を言うでもなく、和葉は言われるがままに画面を覗き込んだ。開かれていた項目は日本について。
●年齢構成――1950年以降急速な少子化、高齢化が進行している。そして、1970年に高齢化社会に、1994年に高齢社会になり、2007年には超高齢社会となった。
●自衛隊――第二次世界大戦後、日本の部隊は、その所属にかかわらず、一切の直接の戦争を経験していない。

「日本のWikupadia?これが一体どうしたの?」
「これはなんだ?ここには日本軍はいないのか?大学は義務教育だろ?アメリカは?三次大戦は?」

和葉には大和の言わんとすることが全く理解できなかった。画面に表示されているのは和葉にとって当たり前のことばかり。取り立てて疑問を持つような点は無い。横に座っている大和を見上げて首を傾げる。

「何がおかしいの?私の知っている日本と何ら変わりはないけど」
「全てがおかしいだろ!こんなの日本じゃない!!」

悲鳴のような大和の台詞に、和葉は言葉を失う。ただ黙って大和の頭を撫でた。その手は振り払われることはなく。事情は理解出来なくとも、悲痛な叫びに何も思わずにいられるほど和葉も冷たくはない。

「一緒に調べようか?」
「本当にいいのか?……いや、昨日のこともあるしな。何が目的だ?」
「昨日のことは悪かったと思っているわ。でも、君も大概、警戒心が強くない?女の子苦手なの?」

一回和らいだ大和の心が再び閉ざされたのを知って、和葉は自業自得だと思いながらも溜息をついた。大和は当然のような表情を浮かべて口を開く。

「今の日本なら当たり前だろ。昔とは違うんだ」
「……ん?昔っていつ?それって第二次世界大戦の頃?」

ふと昔に読んだ戦国時代に井戸からトリップした少女の物語を思い出して、冗談のつもりで和葉は問う。案の定、大和は苦笑を漏らした。

「何、馬鹿なこと言ってるんだよ。第二次なんて遥か昔の話、誰が今更持ち出すんだよ。中国とアメリカとの第三次世界大戦に決まってるだろ。あんた記憶失くしているのか?」

それこそ訳が分からない。和葉は生まれてから日本に戦争があったなんて聞いたことがない。中国とアメリカを相手に戦争。勝てもしない戦争をするなんて馬鹿としか言いようがない。

「記憶がおかしいのは君でしょ。第三次世界大戦なんて存在しない。いくら私が歴史に疎いといってもそれくらいは分かるよ。調べてみたんでしょう」

指差したのはパソコンで、検索してみれば和葉の良く知る事実が記載されている。
●第三次世界大戦――第二次世界大戦に続く三つ目の世界大戦。現実に起こった戦争を指すものではなく、あくまで架空の呼び方であり、後述するように文脈によってさまざまな戦争を指す。

「第三次が架空……?現実に起こっていない?嘘だ。そんなことはない。だったら俺が今まで生きてきた世界はなんなんだ」

信じてきたものを失い、震える声で助けを求めるように和葉を見つめる。突きつけられた現実が嘘であると、冗談であるとそう言ってくれるを期待しているかのように。でも、現実は残酷で、和葉にとっては認める以外の選択肢はない。困ったように、けれどもはっきりと和葉は頷いて見せた。

「君が私を疑っているのは仕方ないけど、今調べたことなら信じざるを得ないでしょ。さ、分かることだけでいいから話してくれる?君が何者でどこから来たのか」

和葉にも大和のただならぬ反応から、それが唯の思い違いや混乱ではないことを理解し始めた。それでも、そこまでの深刻さを感じさせずに話を促す。何とかなる。少し変わった男を拾っただけで、特に変わったことはないと思い込んでいた。頭を押さえて悩んでいた大和は、しばらくして小さな声で一言だけ答えた。

「少し、待ってくれ」
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