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にらめっこでもしているようじゃな……
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前日、夜遅くまで徳久と詰め将棋をしていた祐二は、昼頃まで眠りこけていた。その横には徳久も寄り添うようにして眠っている。
「おおーい、神崎さんいるかい?」
「……誰だ」
「この声は大家じゃろう。出てやらんか」
「わかった」
呼び鈴に起こされた祐二はうなり声のような声を出しながら起き上がると、のそのそと鍵を開けた。あからさまに寝ていましたと言わんばかりの格好に、大家さんはまぁっと驚いた顔をする。
「起こしちゃったかい? 最近どうしてるかなと思ってきてみたんだけど」
「特になんともないですよ。会社はクビになっちゃって就活中ですけど」
「ああそうかい。それは大変だねぇ」
そう言いながら大家さんの視線は部屋の中を覗き見る。
「ところでさっき出てくる前、誰かとしゃべってなかった?」
「いえ。ただの独り言ですよ」
「ならいいんだけど。お客さんとかよく来るのかい? 話し声が聞こえるって聞いたけど」
「誰も来ませんけど……」
「幻聴とか見てない? 就活ってストレス溜まるだろ? たまにはちゃんと発散しなきゃダメだよ」
これが本命らしい。どうやら徳久と話している声が外にも聞こえていたようだ。このままでは頭がおかしい認定をされかねない。祐二は少々大げさに頷いて見せる。
「大丈夫です。何事もありませんよ。ほらちゃんと寝られてますし、例のアレも出てきませんし」
「本当に? まだ部屋は空いてるからね」
「ありがとうございます。わざわざ様子まで見に来てもらって」
「困ったことがあったらいつでも言うんだよ」
様子を直で見て、とりあえずは大丈夫そうだと判断したのか、大家さんはそう念押しをして帰っていった。その途端、隠れていた徳久がまた現れる。徳久は人には見えないと言っておきながらも、万が一があってはいけないと脅かしてはいけない相手に対しては毎回きちんと隠れていた。
「良いやつじゃ」
「本当にな。でも、トクと喋るのは気を付けないとな」
「ワシは気づいておったぞ。おぬし、勝負ごとになると声がデカくなるからの」
「将棋の話か。気をつける」
「そうするがよい。さ、昨日の続きじゃ。まだ決着はついておらんからの」
「それより腹が減ったから、先に飯」
自主的に食事をとるようになった祐二に、徳久は勝負に燃えていた顔から満足そうな笑みに変わる。
「自分から言い出すとは成長したものじゃ」
「本当に金がなくなったときに困りそうだ」
「そうならないように今頑張っているんじゃろうて。そういえば、先ほど着信が入っていたようじゃが」
「あとでみる」
残り物で炒飯を作った祐二はスプーンをくわえながら携帯に手を伸ばす。メールをチェックするうちに、肩の力が抜けたのをみて、徳久の興味を引いたのかすっと近くまで寄ってくる。
「選考のメールじゃろ? どうじゃった?」
「通過したらしい。入社するならあとは条件を話し合えば終わりだと」
「おお! よかったではないか! 頑張ったかいがあるというものじゃ!」
「そうだな。トク、ありがとな」
「止せ、照れさせるな」
「そういうな。お前が後ろで怒ってくれたおかげだ」
祐二よりも喜んでいる徳久に、手を伸ばして撫でようとするとそれは避けられる。
「止めよと言うておるじゃろう。人を子ども扱いするでない」
「つい」
「ついじゃなかろうて。さ、今日は祝いじゃ! ささ、夜はご馳走でも食べるがよい」
「そうするか。トクも何か欲しいものはあるか?」
「いらん。肉でも酒でもおぬしの好きなものを買ってこい。それにしても、おぬしもうちょっと喜ばんか? 本当に喜んでおるのか?」
「喜んでいる。一応受けている中では第一志望だったからな」
「それは知っておるが、伝わってこん! 感情は伝えてなんぼじゃぞ」
「喜んでいると伝えたつもりだが」
「それは言葉でじゃ! もっと表現してみろ」
「……こうか?」
祐二の無表情だった顔が、手で笑みを象る。
「にらめっこでもしているようじゃな……」
「ひどい」
「そう思うなら鏡でもみてこい」
あきれ果てた徳久は、もういいと手を振る。
「今日は怒るのは勘弁してやるから、昼飯を終えたらさっさと祝いの準備でもしてくることじゃな」
「もう怒られた気もするが」
「うるさい! これ以上は怒らんという意味じゃ!」
「ほら怒った」
「おぬしそんなに怒られたいのか! じゃったら期待に応えて文句の一つの二つ言ってやるからそこに座れ!」
「いやいい。トクは笑ってるほうがかわいい」
「は⁉ もう知らん!」
表情では伝わってこないが祐二はご機嫌らしい。普段より饒舌に話す祐二の言葉に、見る間に真っ赤にさせられた徳久は、もう何も言うことなく消えていった。
「ちゃんと夜には出てきてくれよ」
祐二はそう天井に声をかけたが返事は帰ってこず、代わりにフライパンがカンと一度鳴ったのだった。
「おおーい、神崎さんいるかい?」
「……誰だ」
「この声は大家じゃろう。出てやらんか」
「わかった」
呼び鈴に起こされた祐二はうなり声のような声を出しながら起き上がると、のそのそと鍵を開けた。あからさまに寝ていましたと言わんばかりの格好に、大家さんはまぁっと驚いた顔をする。
「起こしちゃったかい? 最近どうしてるかなと思ってきてみたんだけど」
「特になんともないですよ。会社はクビになっちゃって就活中ですけど」
「ああそうかい。それは大変だねぇ」
そう言いながら大家さんの視線は部屋の中を覗き見る。
「ところでさっき出てくる前、誰かとしゃべってなかった?」
「いえ。ただの独り言ですよ」
「ならいいんだけど。お客さんとかよく来るのかい? 話し声が聞こえるって聞いたけど」
「誰も来ませんけど……」
「幻聴とか見てない? 就活ってストレス溜まるだろ? たまにはちゃんと発散しなきゃダメだよ」
これが本命らしい。どうやら徳久と話している声が外にも聞こえていたようだ。このままでは頭がおかしい認定をされかねない。祐二は少々大げさに頷いて見せる。
「大丈夫です。何事もありませんよ。ほらちゃんと寝られてますし、例のアレも出てきませんし」
「本当に? まだ部屋は空いてるからね」
「ありがとうございます。わざわざ様子まで見に来てもらって」
「困ったことがあったらいつでも言うんだよ」
様子を直で見て、とりあえずは大丈夫そうだと判断したのか、大家さんはそう念押しをして帰っていった。その途端、隠れていた徳久がまた現れる。徳久は人には見えないと言っておきながらも、万が一があってはいけないと脅かしてはいけない相手に対しては毎回きちんと隠れていた。
「良いやつじゃ」
「本当にな。でも、トクと喋るのは気を付けないとな」
「ワシは気づいておったぞ。おぬし、勝負ごとになると声がデカくなるからの」
「将棋の話か。気をつける」
「そうするがよい。さ、昨日の続きじゃ。まだ決着はついておらんからの」
「それより腹が減ったから、先に飯」
自主的に食事をとるようになった祐二に、徳久は勝負に燃えていた顔から満足そうな笑みに変わる。
「自分から言い出すとは成長したものじゃ」
「本当に金がなくなったときに困りそうだ」
「そうならないように今頑張っているんじゃろうて。そういえば、先ほど着信が入っていたようじゃが」
「あとでみる」
残り物で炒飯を作った祐二はスプーンをくわえながら携帯に手を伸ばす。メールをチェックするうちに、肩の力が抜けたのをみて、徳久の興味を引いたのかすっと近くまで寄ってくる。
「選考のメールじゃろ? どうじゃった?」
「通過したらしい。入社するならあとは条件を話し合えば終わりだと」
「おお! よかったではないか! 頑張ったかいがあるというものじゃ!」
「そうだな。トク、ありがとな」
「止せ、照れさせるな」
「そういうな。お前が後ろで怒ってくれたおかげだ」
祐二よりも喜んでいる徳久に、手を伸ばして撫でようとするとそれは避けられる。
「止めよと言うておるじゃろう。人を子ども扱いするでない」
「つい」
「ついじゃなかろうて。さ、今日は祝いじゃ! ささ、夜はご馳走でも食べるがよい」
「そうするか。トクも何か欲しいものはあるか?」
「いらん。肉でも酒でもおぬしの好きなものを買ってこい。それにしても、おぬしもうちょっと喜ばんか? 本当に喜んでおるのか?」
「喜んでいる。一応受けている中では第一志望だったからな」
「それは知っておるが、伝わってこん! 感情は伝えてなんぼじゃぞ」
「喜んでいると伝えたつもりだが」
「それは言葉でじゃ! もっと表現してみろ」
「……こうか?」
祐二の無表情だった顔が、手で笑みを象る。
「にらめっこでもしているようじゃな……」
「ひどい」
「そう思うなら鏡でもみてこい」
あきれ果てた徳久は、もういいと手を振る。
「今日は怒るのは勘弁してやるから、昼飯を終えたらさっさと祝いの準備でもしてくることじゃな」
「もう怒られた気もするが」
「うるさい! これ以上は怒らんという意味じゃ!」
「ほら怒った」
「おぬしそんなに怒られたいのか! じゃったら期待に応えて文句の一つの二つ言ってやるからそこに座れ!」
「いやいい。トクは笑ってるほうがかわいい」
「は⁉ もう知らん!」
表情では伝わってこないが祐二はご機嫌らしい。普段より饒舌に話す祐二の言葉に、見る間に真っ赤にさせられた徳久は、もう何も言うことなく消えていった。
「ちゃんと夜には出てきてくれよ」
祐二はそう天井に声をかけたが返事は帰ってこず、代わりにフライパンがカンと一度鳴ったのだった。
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