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あなたという存在
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儚い人。けれどもとても哀しい人。私が彼女に出逢ったのは深い森の奥、道を無くした夜のことでした。
あの夜、私は妹の病を治すため村から少し離れた森へと入りました。森は昼にもかかわらずとても暗く、すぐに方向感覚を無くしました。とりあえず薬草を探し始めた私はいつの間にか森のずいぶん奥の方に来てしまったと思いました。目当ての草は見つからず、帰ることも出来ない。辺りは真っ暗でした。やがて木々の隙間から月光が射し込み夜であることが分かりました。木の下に座り込み夜を明かすために、暖をとりました。いつしか私は眠っていたのでしょう。朝日の中目覚めた私の前に、幼い少女がしゃがみこんでいました。
「お兄ちゃん、迷子?」
雪のように儚い笑みを浮かべた少女は、とても美しかったのです。私は言葉を失いました。何と言うべきか分からなかったからです。少女はじっと私の目を見つめて返答を待っているようでした。火の爆ぜる音が聞こえ、私はようやく頷くことが出来ました。
「クリストンの村の人?ずいぶん奥まで来ちゃったのね。あたしはあそこの小屋に住んでいるの。あなた、こんな呪われた森に入ってくるなんてずいぶん酔狂ね」
少女の指さした先の小屋は森の中にありながら少し広い空間の中に存在していました。私は不思議に思いました。少女の言った通りにこの森は古より呪われていると言われていました。もとより私は死ぬ覚悟で森に入りましたから酔狂と言われても仕方ありません。けれども少女は森に住んでいると言ったのです。この森は本当に呪われているのか疑問に思いました。
「妹の病を治すためにミズノハナを探しにきたのです。あなたはご存知ありませんか?」
私は一種の賭けのような気持ちで少女に尋ねてみました。少女の答えは実に明確でした。
「知っているわ」
少女に連れられて着いたのは少女が住んでいるという小屋でした。中へ案内されて驚きました。小屋の壁一面に草が置かれていました。少女の話では全て薬草で様々な用途があるとそれはそれは嬉しそうに教えてくれました。その中の一つを少女は私に与えてくれました。
「これがミズノハナ。お兄ちゃんにあげる」
私は少女が一人だということに気づきました。私はまた少女に会いたいと思いました。それを告げると少女は少し困ったようにしながらも頷いてくれました。ですが名前だけはどうしても教えてくれません。私は彼女に尋ねました。どうすれば名を教えてくれるのか、と。彼女は言いました。
「何があってもあたしのあとを追わないと約束して。そうすれば教えるわ。でも忘れないでね。約束は守るためにあるの。破れば妹さんが代償を負うことになる」
私は彼女と約束しました。その時、ロレーヌ《Lorraine》という名は私の心に深く刻みつけられたのです。彼女に案内されて私は無事家に帰ることが出来ました。妹の病は彼女のくれたミズノハナのお陰でみるみる好くなっていきました。私は妹の世話をしながら彼女の元へ通いました。妹へは、彼女のことは私たちを救ってくれた恩人だと話したので私が彼女を訪れる度に、ささやかながらお土産を持たせてくれました。私はとても幸福でした。大切な妹と愛おしいロレーヌに触れ合い、私は本当に素晴らしい人に出会えたと思いました。彼女は私に薬草の知識を与えてくれ、私は彼女に村のことを教えました。驚いたことに彼女は他人と暮らしたことがないらしいのです。私と会う前に使っている人間は、あの小屋の本来の持ち主だと言っていました。彼女はたった1人で生きていたのです。私はすぐに彼女が好きになりました。しかし、その想いを打ち明けることは出来ず、ただ同じ時間を共有出来るだけで満足しました。
季節が巡って訪れたある冬のこと、私たちの村に不幸な出来事が起きました。不作の上、小麦は虫に食われ川の水が濁り飲み水も少なくなってしまったのです。私たちは生き延びるために必死でした。その中でさえ彼女のことが気にかかり、時間を見つけては小屋へ通っていました。
「お兄ちゃん、その人は誰?」
あの日、私が彼女を訪れると、彼女は怯えた表情で私の後ろを凝視しました。驚いて振り返ると村の男衆が手に農具を持って小屋を取り囲んでいました。
「お前がこいつを誑かし、村に災いをもたらした魔女だな!」
「俺の妻と娘を死なせたのもお前の魔法に違いねえ!」
彼らは起こって災いの全てを彼女の所為にすることによって、現実問題から逃避していたのです。彼女は怯えていました。けれど何ひとつ抵抗せずに縄をかけられて村へと連れていかれました。私は必死に訴えました。彼女は魔女ではない。妹の病を治してくれたのは彼女だと。けれど私の嘆願は聞き入れられることなく、彼女は火炙りにされることになりました。私と妹は監視されていて、最期に立ち会うことすらも出来ませんでした。
結局、彼女は自分を犠牲にして死にました。残ったのは彼女の愛した小屋だけです。私はその中で生き、教えてもらった草花たちを大切にすると決めました。異端と言われようとも彼女の、ロレーヌの生きた証を消えさせはしない、と。
あの夜、私は妹の病を治すため村から少し離れた森へと入りました。森は昼にもかかわらずとても暗く、すぐに方向感覚を無くしました。とりあえず薬草を探し始めた私はいつの間にか森のずいぶん奥の方に来てしまったと思いました。目当ての草は見つからず、帰ることも出来ない。辺りは真っ暗でした。やがて木々の隙間から月光が射し込み夜であることが分かりました。木の下に座り込み夜を明かすために、暖をとりました。いつしか私は眠っていたのでしょう。朝日の中目覚めた私の前に、幼い少女がしゃがみこんでいました。
「お兄ちゃん、迷子?」
雪のように儚い笑みを浮かべた少女は、とても美しかったのです。私は言葉を失いました。何と言うべきか分からなかったからです。少女はじっと私の目を見つめて返答を待っているようでした。火の爆ぜる音が聞こえ、私はようやく頷くことが出来ました。
「クリストンの村の人?ずいぶん奥まで来ちゃったのね。あたしはあそこの小屋に住んでいるの。あなた、こんな呪われた森に入ってくるなんてずいぶん酔狂ね」
少女の指さした先の小屋は森の中にありながら少し広い空間の中に存在していました。私は不思議に思いました。少女の言った通りにこの森は古より呪われていると言われていました。もとより私は死ぬ覚悟で森に入りましたから酔狂と言われても仕方ありません。けれども少女は森に住んでいると言ったのです。この森は本当に呪われているのか疑問に思いました。
「妹の病を治すためにミズノハナを探しにきたのです。あなたはご存知ありませんか?」
私は一種の賭けのような気持ちで少女に尋ねてみました。少女の答えは実に明確でした。
「知っているわ」
少女に連れられて着いたのは少女が住んでいるという小屋でした。中へ案内されて驚きました。小屋の壁一面に草が置かれていました。少女の話では全て薬草で様々な用途があるとそれはそれは嬉しそうに教えてくれました。その中の一つを少女は私に与えてくれました。
「これがミズノハナ。お兄ちゃんにあげる」
私は少女が一人だということに気づきました。私はまた少女に会いたいと思いました。それを告げると少女は少し困ったようにしながらも頷いてくれました。ですが名前だけはどうしても教えてくれません。私は彼女に尋ねました。どうすれば名を教えてくれるのか、と。彼女は言いました。
「何があってもあたしのあとを追わないと約束して。そうすれば教えるわ。でも忘れないでね。約束は守るためにあるの。破れば妹さんが代償を負うことになる」
私は彼女と約束しました。その時、ロレーヌ《Lorraine》という名は私の心に深く刻みつけられたのです。彼女に案内されて私は無事家に帰ることが出来ました。妹の病は彼女のくれたミズノハナのお陰でみるみる好くなっていきました。私は妹の世話をしながら彼女の元へ通いました。妹へは、彼女のことは私たちを救ってくれた恩人だと話したので私が彼女を訪れる度に、ささやかながらお土産を持たせてくれました。私はとても幸福でした。大切な妹と愛おしいロレーヌに触れ合い、私は本当に素晴らしい人に出会えたと思いました。彼女は私に薬草の知識を与えてくれ、私は彼女に村のことを教えました。驚いたことに彼女は他人と暮らしたことがないらしいのです。私と会う前に使っている人間は、あの小屋の本来の持ち主だと言っていました。彼女はたった1人で生きていたのです。私はすぐに彼女が好きになりました。しかし、その想いを打ち明けることは出来ず、ただ同じ時間を共有出来るだけで満足しました。
季節が巡って訪れたある冬のこと、私たちの村に不幸な出来事が起きました。不作の上、小麦は虫に食われ川の水が濁り飲み水も少なくなってしまったのです。私たちは生き延びるために必死でした。その中でさえ彼女のことが気にかかり、時間を見つけては小屋へ通っていました。
「お兄ちゃん、その人は誰?」
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「お前がこいつを誑かし、村に災いをもたらした魔女だな!」
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結局、彼女は自分を犠牲にして死にました。残ったのは彼女の愛した小屋だけです。私はその中で生き、教えてもらった草花たちを大切にすると決めました。異端と言われようとも彼女の、ロレーヌの生きた証を消えさせはしない、と。
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