葛城依代の夏休み日記~我が家に野良猫がきました~

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8月1日 月曜日 『一人じゃない時間』(1/2)

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8月1日 月曜日 天気:晴れ
  
 目が覚めてすぐに窓から外を覗き見る。茂みを見ても何も見えない。マオは本当に帰ってきているのだろうか。不安になりながら一階に降りるとちょうどお母さんは玄関を出るところで、一言だけ挨拶を交わす。今日もまたお母さんとはあまり話す時間はないらしい。お母さんを見送ってそのまま庭に出る。家を回り込んで、庭にある茂みを地面から10センチほどのところまで頭を下げて覗き込むと黒い靴が見えた。塀と茂みの間にうまく入りこんでいるらしい。

「マオ」
「……」
「マオ? 寝てるの?」
「……」

 返事を待ちかねて、見えている靴に手を伸ばす。手には大きい靴を揺さぶっていると、ビクッと足が引かれて一緒に茂みに倒れこんだ。地面に近すぎたせいで、つこうとした手も間に合わなずに頬が擦れた感触。

「依代ちゃんかぁ、ちょっと待ってね出るから」
「そんなところで良く寝てたね」
「まぁ慣れてるからね」

 私が起き上がっている間に、マオも器用に木と木の間から身をかがめて出てくる。寝起きのボケた顔を惜しげもなくさらし、太陽の明るさに眩しそうに目を細めている。

「あれ、依代ちゃんその怪我どうしたの?」
「ちょっとこけちゃっただけ」
「もしかして僕のせい? ごめんね、手当てするよ。家入っても大丈夫?」
「うん」

 焦った表情で一度しか案内してない家に入ったマオは、迷うことなく私を洗面所へと連れていく。怪我はたいして痛くはないんだけどと思いながら、鏡を見ると頬骨のあたりに小さな擦り傷ができて血が少し滲んでいる。思ったより傷は浅そうだ。

「ほら、はやく顔近づけて」
「大げさだよ」
「ばい菌入っちゃうから」

 顔を下に向けて少しかがむと、マオがぱしゃぱしゃと水を頬にかける。目に入らないように閉じて、土を洗い流してもらう。そばにあったティッシュで水を簡単に取ってから、再び鏡を見るともう遠目からはわからないくらいだった。

「救急箱ある?」
「大丈夫。これくらいならほっといて」
「だめだよ。消毒くらいしなきゃ」
「……こっち」

 過保護なのか、マオは譲ろうとしない。それは昨日から過ごした時間から段々とわかりかけていた。リビングで言われるがままに救急箱を差し出し、なすがままに手当てされる。私ではなく傷を見ているだけにもかかわらず、じっと見つめられるとなんだか気恥ずかしい。

「どうしたの? 暑い?」
「大丈夫。それよりまだ終わらないの?」
「もういいよ。それより依代ちゃん、言わないでいようと思ったけど、寝巻のまま外に出るのは良くないんじゃないかなぁ」
「ちょっとだけのつもりだったし」
「塀があるからってそれでも誰が見てるかわからないからね。気をつけなきゃだめだよぉ」
「うん」

 親みたいだ、とうんざりしながら話を聞き流す。そして冷蔵庫からパンを取り出すとトースターに入れてリビングを出る。

「どこに行くの?」

 ずっと後をついてくるマオに、少しいたずら心をくすぐられた。

「着替えに行くんだけど、覗くつもり?」
「あ、いや。……なんかごめんね」
「リビングで待ってて。今パン焼いてるから」
「はぁーい」

 話をしているうちに、眠気もだいぶ吹き飛んできた。弟がいればこんな感じかと思いながら、リビングに戻っていくマオを見送った。部屋に戻って服を選ぶのも、一緒に過ごす人がいると思うだけで楽しい。ローテンションで着まわしていた服ではなく、クローゼットから白いワンピースを選ぶ。途中で気づいてタオルを手に取ると、リビングに戻る。

「おかえりー」
「おまたせ。お風呂入る? タオルとってきたんだけど」
「ううん。茂みに入ってたから体だけ拭かせてもらおうかなぁ。タオルは借りるね」
「そんなに汚れてはないと思うけどね。はい、焼けたよ」

 パンを皿に入れて手渡すと、お腹はすいていたらしい。バターもつけずに食べだす。その様子を見守りながら自分もパンを口に運んでいると、視線に気づいたらしいマオと目が合う。両手でパンをもっていることもあり、まるで小動物みたいだ。

「依代ちゃんっていつもひとりでお留守番してるの?」
「そう。お母さんもお父さんも忙しいから」
「じゃあ寂しいね」

 マオもそうだったのだろうか。単に同情している声とは思えなかった。でも余計な詮索はもうしないと決めた。話をはぐらかすために別の話題を振る。

「マオがいてくれるんでしょ? それより、勉強は? 得意?」
「任せて。僕結構お利口さんだったから」
「じゃあ取ってくる。待ってて」

 暑くなってきたリビングに冷房をつけてから、宿題を取りに階段を上がる。ちょうど行き詰って後回しにしていた理科の宿題があったのを思い出して良かった。ついでにマオの暇つぶしになりそうな、私には難しい本をお父さんの書斎からとってリビングへと戻る。

「お待たせ。って、あれ寝ちゃった?」

 そっと声を潜めて近寄るが、机に突っ伏して眠ったまま起きる気配がない。やっぱり外では満足に寝られなかったんじゃないだろうか。起こすのをやめて、マオの向かいの椅子に座ると、持ってきていたほかの教科の宿題を始める。誰かがそばにいる安心感と、穏やかな寝息に私も眠気を誘われる。頑張らなきゃと思っている間にも眠気には勝てず徐々に頭が下がっていき、何度か頑張って起きたものの、気づけば眠り込んでいた。
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