俺と向日葵と図書館と

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11.楽しい時間の終わり 前半

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 あのあと、二人は山道を登りケンタとユイと同じ道を辿ってお堂にお参りをした。お揃いのお守りを互いに買いあって、今そのお守りは鞄に結びつけられている。
 一日中歩き回って疲れたのか、帰りの電車で向日葵は、恭佑の肩に頭を預けてぐっすりと眠り込んでいた。
 山の中を歩いたせいか、向日葵の艶やかな髪に小さな葉がくっついているのを見つけた恭佑が、起こさないように静かに取り払っていると、向日葵はくすぐったそうに首を振る。起こしたかと手を止めるが、向日葵はまだ夢の中にいるらしい。笑顔を浮かべていることから、どうやら良い夢を見ているらしい。ずっとこのままでいたい。そんな恭佑の願いもむなしく、あっという間に電車は自宅近くの駅に着いてしまう。

「向日葵ちゃん、起きて」

 驚かせないよう小さく声をかけるが、向日葵は安心して眠ったまま。それどころかまるで猫のようにすり寄ってくる。まるで無防備な姿に慌てた恭佑は、今度は体を揺さぶる。

「降りるよ。目を覚まして」
「え? ......あ、ごめんなさい!」

 ぼんやりと目を覚ました向日葵が、状況を把握して慌てて体を起こす。更に恭佑が駅のホームを指さすと、意識もはっきりしたようで、さっと立ち上がる。二人が電車を降りてすぐ、ドアがしまって電車は出発した。

「恭佑さんに起こしてもらわなければ、乗り過ごしてしまうところでした」
「ごめんね。向日葵ちゃんがあまりにも気持ちよさそうに寝てるから、なかなか起こせなくて」
「すみません、肩をお借りしてしまって。恥ずかしいです……」
「今日は暑い中、外にいたんだから仕方ないよ。帰ったらゆっくり休んで」
「そうします。それにしても、今日は本当に楽しかったですね!」

 二人は朝と同じ道を逆に辿っていく。道路に映った長い影が、実際の二人よりぐっと近い距離で、現実でももっと近づきたくなる。
 少しずつ恭佑は、隣を歩く向日葵との距離を縮めていく。向日葵は気づいた様子もなく、熱く話し続けている。まるで楽しい時間が終わってしまうことを惜しむように。

「今度は、ケンタとユイが初めて出会った場所に行ってみませんか? ちょっと遠いので朝早くに出なくてはいけないのですが」

 良いことを思いついたと言わんばかりの向日葵の笑顔。喜んでくれるのなら、少しくらいの早起きなどたいしたことはない。頷き返そうとしたそのとき、

「ちょっと向日葵! こんなところで何してるのよ!!」

 甲高い声が耳を叩き、二人の真横を通り過ぎたばかりの車が急停車する。すぐに綺麗な女性が降りてきて、二人の前までつかつかとやってきた。

「今日は友達と出かけるっていっていたけど、こいつのことだったわけ? あたし、いつも言ってるよね!? 男に近づくなって」
「ごめんなさい、お母さん」
「謝ったって、悪いと思ってないんでしょ! 何のためにわざわざ高い学費払って女子校に、しかも寮付きの学校に入れたと思ってるわけ? こうやってすぐ男をつくるからよ。ほんっと、そういうところあの人そっくりなんだから!」

 向日葵は一生懸命に謝るが、向日葵の母親の説教は続く。どうやら向日葵には男と関わることを禁じていたらしいと知って、自分が話しかけなければ向日葵が怒られることもなかったのにと後悔していると、向日葵の母親の怒りの矛先は次に恭佑に向いた。

「あんたもあんたよ! こんな世間知らずの娘を連れ回して、どういうつもり!?」
「あの、……すみません」
「まったく、信じらんない。これだから育ちの悪い男は嫌いなのよ。大体」
「お母さん!」

 くどくどと言葉を続ける母親の言葉を珍しく強い言葉で遮った向日葵は、恭佑の側を離れて車に乗り込む。

「帰ろう。お父さんが待ってるから」
「待ちなさい! まだ話は終わってないでしょう」
「帰ったら聞くから。こんな道ばたでそんな話をしていたら目立っちゃうよ」

 見た目も上品で、若くて美人な女性がこんな人通りの多い往来でヒステリックに叫ぶ姿は見られたものではないと、思い至ったのだろう。向日葵にそう諭され、向日葵の母親は渋々車に向かった。
 けれど、どうしても最後に言いたかったのか、車に乗り込む直前、恭佑を振り返った。

「もう二度と近づかないでちょうだい」

 向日葵は車の中に入ってしまっていて、もう姿は見えず、車はドアが閉まる同時に急発進した。恭佑は呆気にとられたまま、見送るしか出来なかった。
 あんなに楽しかった時間がこんな終わり方をしてしまい、恭佑は重い足取りで帰路を歩んだ。たった数分の距離を歩くだけなのに、体が鉛のように重く、とても遠くに感じた。
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