寂れた無限の奉仕

未来の小説家

文字の大きさ
上 下
1 / 26
第一章

第一話

しおりを挟む
 おれは仕事でバンコクに来ていた。仕事は散々だった。8割がた契約がとれると踏んでいたが相手方がふざけた要求をしてきたのだ。何とかすり合わせようとしたものの相手は聞く耳を持たなかった。また部長に怒られると思うと心が痛い。
 1日早く終わってしまい、とっている飛行機が来る時間まで暇だったので少し観光することにした。もうどうでもいい気持ちで繁華街を肩を落としながら歩いていた。すると40代くらいのおばさんが話しかけてきた。
「オニチャン、オニチャンマッサージドウ?」
 この手の商売はタイではよくある光景だ。おれはうざったりーなと思いながら、ガン無視する。こういうのは聞いたら負けだ。
「1000バーツヨ」
 高いすぎだろ。観光客は鴨だとしか思ってないんだろう。
「マジカルパワーアゲルヨ!スペシャルスペシャル!」
 
 マジカルパワー?どうせ汚い性の施しでもするんだろ。こんな婆に抜かれてたまるかよ、といつもはなるところだがこういう自暴自棄になっているときは墜ちるところまで堕ちたくなるもんだ。
「300バーツでどうだ?」
 電卓を持って500という数字を見せてきた。先日の交渉で腹が立っていた俺は強引に電卓を奪い300と打った。まだ応戦してくる次は400と打ってきた。なめるなよ商社マンを。おれはもう一度300と返した。
「. . . イイヨ」

 仕方がないという表情で婆は条件に乗り、路地裏の店へと連れていかれた。想像していたよりも小綺麗な店だ。ベットに寝かされたおれは後悔をしていた。今のところ普通のマッサージだ。
 しかしおれは気づいてしまった。股についてある不快なものに。婆ではなく辞意だったのだ。男に抜かれるほどおれも堕ちちゃいない。事が始まればすぐに逃げようと考えていた。マッサージは一通り終わりついに始まるかとおもった瞬間、、、
「オワッタヨ。オニイチャン。アリガトネ。」
「え?」

 おれの心はどんと沈んでいた。もう嫌だな。おれはいつからこんなに心が薄汚くなってしまったのか。ここでオカマに掘られていたほうがおれの人生ちょっとは刺激のある面白いものになったのかもしれない。つくづく自分の人生のしょうもなさに嫌気がさす。
 おれの存在価値などこの世にないのではないか。一度死んであるかもわからない輪廻転生に賭けたくなる気持ちが増してきていた。

 ふと顔を上げると目の前には腕を失った老人が缶を持って座っていた。元軍人だろか。もしかすると反社に身を売られた少年だったのかもしれない。
 こんなおれの腕の1本や2本でこの老人の生活がマシになるならくれてやらなくもないが。同情の念が湧いてしまったおれはポケットに入っていた小銭を老人の目の前にある缶に入れた。おれは缶のある地面しか見なかった。感謝の顔でもされたらたまったもんじゃないからな。

 一切老人を見ずにその場を立ち去ろうと歩き出したが何か違和感を覚えた。その違和感の先は衝撃的なものだった。なんとなかったはずの老人の腕があるのだ。おれは何度もその老人を見て、何度も目をこすった。
 だが老人の腕は生えたままだった。幻覚でも見えているのだろう。おれの心はどれだけ病んでいるんだ。自分を納得させるにはこう思い込むしかなかった。日本に帰ったら休職して精神科に行くか。
しおりを挟む

処理中です...