寂れた無限の奉仕

未来の小説家

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第一章

第四話

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 駅から降り、歩いていると精神科のクリニックがあったので、そのまま入った。受付にうつ病の診断だと告げると待合室で待つように言われた。あまり人気のないクリニックのようですぐに診断してもらえるようだ。
 
 待合室で待っていると診察室から声が聞こえた。精神科医であろう中年男性の声と細い少年の声だ。
「いらっしゃい東吾君」
「よ、よろしくお願いします。」
「どうしたんだい?」
 返答がないようだ。沈黙が続く。
「東吾。答えないとわからないわよ。先生も。答えなさい。」
 女性の声だ。母親だろうか。少しヒステリックになっていることが声から分かった。精神科医もそれを感じただろう。
「東吾はどうしたら学校に行ってくれるのでしょう。先生。」
 不登校の息子に疲れているようだ。これは少年にとっては相当な重圧だろうな。母親が自分のせいでこうなってると感じているのなら。
「そうですねお母さん。私もなにがあったのか分からないと診察することができません。男の子はお母さんの前ではなかなか弱い所を見せづらいものです。東吾君と二人でお話しさせていただいてもよろしいでしょうか。」
「は、、、はい。よろしくお願いいたします。」
 
 すると上品なブランド物を持ったきれいな女性が診察室からため息まじりに出てきた。出ていくように言われたことがショックだったのだろう。顔には全くといって覇気がなく、痩せこけて見えた。彼女も診察を受けたほうがいいんじゃないか。大事に育てられて、これまで大きな挫折をあまりしてこなかったのだろうか。息子の明らかな挫折を見て、自分も弱ってしまったそんなところだろう。普通の大人なら耐えられるようなことが温室育ちの少女には相当堪えているように見えた。

「東吾君。何があったのか教えてくれるかい。」
また無言。大変だな精神科医というのは。
「学校で何かあったのかい?」
また無言か。
「学校で何があったんだい?」
「いじめ…」
 か細い声が嗚咽交じりに響いた。大体そんなところだろうな。小学生が学校に行かない理由なんて。小学生とは残酷なものだ。純粋な心は時に人の心を傷つける凶器になるものだ。子どもというのは自分の立場を確保するために何が必要か生物的直観でわかるのだろうか。それがあからさまになるのが学校という場所だ。純粋な悪意で構成されている小学校は社会の縮図を学ぶ上で皮肉にも最適なのであろう。人は何か共通の敵がいないとまとまらない、共感できないのだ。社会では隠されている陰湿な悪意が、まだ社会の規律から独立している純粋な悪意としていじめられっ子や立場の弱い教師に突き刺さるのだ。いじめられる側というのは純粋な悪意を持たない真面目で優しい人間であることが多いと思う。きっと少年もそうなのであろう。チビだった時の自分に不覚にも重ねてしまった。
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