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ギルド『夢の国』マスターのクロナ
11 初依頼の行方
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「第六王女アリアーヌ・デュムーリエ殿下率いる、ギルド『夢の国』総勢八名含めた視察団は、現在予定通りに帝国国境線沿いを南下中。大森林を目前に四度目の野宿を敢行中とのことです」
「野宿? はははっ。またクロナのやつも随分とアリア相手に手を焼いているようだな?」
――王城の片隅に響く楽し気な笑い声。
開け放たれた窓から吹き込む爽やかな風が、窓際に腰かけた一人の麗人――第二王女エヴァ・クラーリのその人目を気にしない陽気さに拍車をかけては、長く艶ややかな黒髪を軽快に揺らす。
「して、何をやらかした?」
「詳細については鋭意確認中ですが、大まかな経緯としては視察団の活動拠点として予定されていたジェルヴェ・ナット邸にて、一家のその振る舞いに激怒した殿下が大立ち回りをなされたようです」
「それで家出か。まるで子供のやることだが流石は私の弟子なだけはある。そのスケールも中々にでかい。して、ジェルヴェ・ナットの方からは何か言ってきているか?」
「今のところは何も」
「奴の唯一といっていい利点だな。人間性はクズそのものだが、立場が上なら大抵のことは水に流す。このまま何も言ってこなければ放っておけ。それよりもクロナのやつがよくその場に居ながらアリアのやつを見逃したな?」
「それが、殿下の護衛という名目でギルド『夢の国』メンバーも揃ってそれに加担していたようです」
「相変わらず律儀なやつだな。いや、やつらか。しかし思った以上に護衛という名目は役に立っているらしい。これを機にアリアもそういった建前を覚えてくれればいいのだが……それはそれでどこか寂しくもあるか?」
「殿下。例え御冗談でもくれぐれも警備担当の者たちの前では決してお口になさらぬよう――」
「分かっているさ。ただアリアのやつがあのまま真っすぐにただ強さだけを追及してどこまで強くなれるのか。気になっているのは、何も師匠である私だけではないと思うのだが?」
「それは……」
「王族の――それも王女としては相応しくない、か。言いたいことは分かるさ。現に私の通ってきた道の一つだからな」
「殿下は幼少の頃より既にその地位を確立されておりました。しかし――」
「それ以上言うでない。他ならぬ私の前ではな」
「失礼しました。殿下」
「何。未来ある少女の可能性にピリオドを打つのもまた先人たる私の責務。今はまだその時ではないというだけさ」
「殿下……」
男から表情を隠すように窓の外へと顔を向けるエヴァ・クラーリ。
それはどこか目の前の問題から目を背けているようでありながらも、その視線は少女のこれからに期待するように、その実どこまでも上向いている。
「話が脱線したな。報告を続けてくれるか?」
――男へと再度向けられたエヴァ・クラーリの表情は、時折一室へと吹き込む風のような、そんないつもの軽快さを取り戻していた。
♦
「井戸掘りに畑のスライム退治に薬草取りって……こんなのホントに視察団の仕事なの!?」
王国南西部。大森林を前に響き渡るのはアリアーヌの悲痛な叫び。
怒りや呆れといった様々な感情を含んだその心からの声は、正にいつ爆発してもおかしくないアリアーヌの現状を物語っていた。
「あーもう! あーもう! もうなんかこう、なんでもいいから爆発! 四散! めでたしめでたし! みたいな分かりやすい事件とか起こらないわけ!?」
大森林の前に広がる草原地帯。その中に真っすぐ伸びる一本道。
三台連なった馬車の二台目で、自らその手綱を握っては、かれこれ愚痴をこぼし続けること二時間弱――。
野宿を終えて出発した朝からここまで、その勢いはまるで衰えていないというのだから、アリアーヌはただ元気という言葉だけでは片付けられないほどに逞しい。
「クロにゃあ。アリアーヌ様がにゃんだかとっても物騒にゃことを言ってるにゃあ……」
三台ある馬車の先頭。手綱を握るこちらの横へと背後の荷台から顔を出しては、そう小声でつぶやくニーナさん。
「まぁ、野宿もこれで四日目だからね。慣れてないアリアーヌの気が立つのも仕方のないことだと思うよ。街についたらしばらく羽も伸ばせるし、きっとアリアーヌもいつもの落ち着きを取り戻してくれるんじゃないかな」
「そうだといいんだけどにゃあ……」
「聞こえてるわよ牛頭! それからニーナも! いっとくけどもし今日も野宿になったら、次こそはこの私が料理を担当してやるから覚悟しておきなさいよ!」
――後方から一方的に名指しで響いてくるアリアーヌの声。
下手に相手をすると追加でもう二時間は愚痴をこぼしそうなのでそっとしておくことにする。
「料理といえば昨日のおまわりさんサラブレッドさんコンビの料理はすごかったね」
「勇者パーティーとして数々の美食を口にしてきたクロにゃあからしてもやっぱり昨日のはそうだったのかにゃ?」
「ちょっと! 何無視してくれちゃってんのよ! ていうかあんなの王城でも食べたことないわよ! 誇っていいわよ! 犬頭に馬頭!」
「ワンッ!」
「ヒヒーン?」
アリアーヌの飾り気のない称賛に最後方から聞こえてくる歓喜の声。おまわりさんサラブレッドさんコンビも鼻が高そうだ。
「うん。アリアーヌのお墨付きも貰えたわけだし。野宿で、それも限られた食材であのレベルだからね。設備や食材の揃った王城なんかでその腕前を披露できるとしたら……」
「したら?」
「あーもうっ! 想像したらお腹減ってきちゃったじゃない! お昼まだぁ!?」
「アリアーヌ様は本当に正直だにゃあ?」
「はははっ」
草原で繰り広げられる楽し気なやり取りに、色とりどりの鳴き声もとい笑い声。
「って――! 急に止まらないでよ!」
しかしそれとは別に道の端へと寄せられては、連なって停車する三台の馬車。
すかさず荷台にニーナさんとネクロマンサーさんを残しては、アーノルドさんと降車する。
「私まだ馬車の扱いにあんまり慣れてないんだから……って、何? 何々っ? もしかして敵っ!? 敵なのっ!?」
あからさまに喜々としてはしゃぎだすアリアーヌを背中に、ほぼ同時に降車したミスター・マウスさん、サラブレッドさんと合流する。
そして馬車の停車に若干手間取っては、遅れて走ってくるアリアーヌ。
大森林を正面に停車した馬車を背後へと控えては、計五名からなる即席の防御陣形にも満たない壁を構築する。
「ねえねえ! もしかして、もしかしなくてもさ! これがアンタの言ってた強敵ってやつなんじゃないの!?」
どこまでもぶれないアリアーヌ。
その目は市民からの要請で街の暴漢をボコボコにした時よりも、ニーナさんに色目を使ったという理由で滞在予定の館の主人を殴り飛ばした時よりもキラキラと輝いている。
「アリア」
「なになにっ!? 一番槍とか切り込み隊長とか特攻とかなら任せてよっ! 絶対跡形もなく消し飛ばしてやるからさ!」
アリアーヌの目は相変わらず本気だ。
一応まだ相手が姿を見せていないからこそこちらに足並みを揃えてくれているのであろうが、言われるがままに許可、というよりかは立場的にお願いしてしまえば、目の前の大森林が地図から少しだけ消えることになるだろう。
「アリア」
「なにっ!?」
「馬車を守ってもらえるかい?」
「ええー! 私攻撃の方がいい!」
「攻撃するより守るほうが難しいからかい?」
「わっ……私のスタイル的に? そっちの方が得意ってだけで? まぁ、今回だけは? その口車に? 乗ってやってもいいけど?」
「頼んだよ」
「ふんっ」
ドシドシと地面を踏み鳴らしては、マスコットの壁から一人離れていくアリアーヌ。
馬車との間で腕を組んでは王城警備の門番のごとく仁王立ちする。
「余裕よ余裕っ」
背中から聞こえてくる自信の塊のようなその言葉に偽りはないだろう。
「さて、事情聴取ついでに依頼の答え合わせでも始めようか」
「野宿? はははっ。またクロナのやつも随分とアリア相手に手を焼いているようだな?」
――王城の片隅に響く楽し気な笑い声。
開け放たれた窓から吹き込む爽やかな風が、窓際に腰かけた一人の麗人――第二王女エヴァ・クラーリのその人目を気にしない陽気さに拍車をかけては、長く艶ややかな黒髪を軽快に揺らす。
「して、何をやらかした?」
「詳細については鋭意確認中ですが、大まかな経緯としては視察団の活動拠点として予定されていたジェルヴェ・ナット邸にて、一家のその振る舞いに激怒した殿下が大立ち回りをなされたようです」
「それで家出か。まるで子供のやることだが流石は私の弟子なだけはある。そのスケールも中々にでかい。して、ジェルヴェ・ナットの方からは何か言ってきているか?」
「今のところは何も」
「奴の唯一といっていい利点だな。人間性はクズそのものだが、立場が上なら大抵のことは水に流す。このまま何も言ってこなければ放っておけ。それよりもクロナのやつがよくその場に居ながらアリアのやつを見逃したな?」
「それが、殿下の護衛という名目でギルド『夢の国』メンバーも揃ってそれに加担していたようです」
「相変わらず律儀なやつだな。いや、やつらか。しかし思った以上に護衛という名目は役に立っているらしい。これを機にアリアもそういった建前を覚えてくれればいいのだが……それはそれでどこか寂しくもあるか?」
「殿下。例え御冗談でもくれぐれも警備担当の者たちの前では決してお口になさらぬよう――」
「分かっているさ。ただアリアのやつがあのまま真っすぐにただ強さだけを追及してどこまで強くなれるのか。気になっているのは、何も師匠である私だけではないと思うのだが?」
「それは……」
「王族の――それも王女としては相応しくない、か。言いたいことは分かるさ。現に私の通ってきた道の一つだからな」
「殿下は幼少の頃より既にその地位を確立されておりました。しかし――」
「それ以上言うでない。他ならぬ私の前ではな」
「失礼しました。殿下」
「何。未来ある少女の可能性にピリオドを打つのもまた先人たる私の責務。今はまだその時ではないというだけさ」
「殿下……」
男から表情を隠すように窓の外へと顔を向けるエヴァ・クラーリ。
それはどこか目の前の問題から目を背けているようでありながらも、その視線は少女のこれからに期待するように、その実どこまでも上向いている。
「話が脱線したな。報告を続けてくれるか?」
――男へと再度向けられたエヴァ・クラーリの表情は、時折一室へと吹き込む風のような、そんないつもの軽快さを取り戻していた。
♦
「井戸掘りに畑のスライム退治に薬草取りって……こんなのホントに視察団の仕事なの!?」
王国南西部。大森林を前に響き渡るのはアリアーヌの悲痛な叫び。
怒りや呆れといった様々な感情を含んだその心からの声は、正にいつ爆発してもおかしくないアリアーヌの現状を物語っていた。
「あーもう! あーもう! もうなんかこう、なんでもいいから爆発! 四散! めでたしめでたし! みたいな分かりやすい事件とか起こらないわけ!?」
大森林の前に広がる草原地帯。その中に真っすぐ伸びる一本道。
三台連なった馬車の二台目で、自らその手綱を握っては、かれこれ愚痴をこぼし続けること二時間弱――。
野宿を終えて出発した朝からここまで、その勢いはまるで衰えていないというのだから、アリアーヌはただ元気という言葉だけでは片付けられないほどに逞しい。
「クロにゃあ。アリアーヌ様がにゃんだかとっても物騒にゃことを言ってるにゃあ……」
三台ある馬車の先頭。手綱を握るこちらの横へと背後の荷台から顔を出しては、そう小声でつぶやくニーナさん。
「まぁ、野宿もこれで四日目だからね。慣れてないアリアーヌの気が立つのも仕方のないことだと思うよ。街についたらしばらく羽も伸ばせるし、きっとアリアーヌもいつもの落ち着きを取り戻してくれるんじゃないかな」
「そうだといいんだけどにゃあ……」
「聞こえてるわよ牛頭! それからニーナも! いっとくけどもし今日も野宿になったら、次こそはこの私が料理を担当してやるから覚悟しておきなさいよ!」
――後方から一方的に名指しで響いてくるアリアーヌの声。
下手に相手をすると追加でもう二時間は愚痴をこぼしそうなのでそっとしておくことにする。
「料理といえば昨日のおまわりさんサラブレッドさんコンビの料理はすごかったね」
「勇者パーティーとして数々の美食を口にしてきたクロにゃあからしてもやっぱり昨日のはそうだったのかにゃ?」
「ちょっと! 何無視してくれちゃってんのよ! ていうかあんなの王城でも食べたことないわよ! 誇っていいわよ! 犬頭に馬頭!」
「ワンッ!」
「ヒヒーン?」
アリアーヌの飾り気のない称賛に最後方から聞こえてくる歓喜の声。おまわりさんサラブレッドさんコンビも鼻が高そうだ。
「うん。アリアーヌのお墨付きも貰えたわけだし。野宿で、それも限られた食材であのレベルだからね。設備や食材の揃った王城なんかでその腕前を披露できるとしたら……」
「したら?」
「あーもうっ! 想像したらお腹減ってきちゃったじゃない! お昼まだぁ!?」
「アリアーヌ様は本当に正直だにゃあ?」
「はははっ」
草原で繰り広げられる楽し気なやり取りに、色とりどりの鳴き声もとい笑い声。
「って――! 急に止まらないでよ!」
しかしそれとは別に道の端へと寄せられては、連なって停車する三台の馬車。
すかさず荷台にニーナさんとネクロマンサーさんを残しては、アーノルドさんと降車する。
「私まだ馬車の扱いにあんまり慣れてないんだから……って、何? 何々っ? もしかして敵っ!? 敵なのっ!?」
あからさまに喜々としてはしゃぎだすアリアーヌを背中に、ほぼ同時に降車したミスター・マウスさん、サラブレッドさんと合流する。
そして馬車の停車に若干手間取っては、遅れて走ってくるアリアーヌ。
大森林を正面に停車した馬車を背後へと控えては、計五名からなる即席の防御陣形にも満たない壁を構築する。
「ねえねえ! もしかして、もしかしなくてもさ! これがアンタの言ってた強敵ってやつなんじゃないの!?」
どこまでもぶれないアリアーヌ。
その目は市民からの要請で街の暴漢をボコボコにした時よりも、ニーナさんに色目を使ったという理由で滞在予定の館の主人を殴り飛ばした時よりもキラキラと輝いている。
「アリア」
「なになにっ!? 一番槍とか切り込み隊長とか特攻とかなら任せてよっ! 絶対跡形もなく消し飛ばしてやるからさ!」
アリアーヌの目は相変わらず本気だ。
一応まだ相手が姿を見せていないからこそこちらに足並みを揃えてくれているのであろうが、言われるがままに許可、というよりかは立場的にお願いしてしまえば、目の前の大森林が地図から少しだけ消えることになるだろう。
「アリア」
「なにっ!?」
「馬車を守ってもらえるかい?」
「ええー! 私攻撃の方がいい!」
「攻撃するより守るほうが難しいからかい?」
「わっ……私のスタイル的に? そっちの方が得意ってだけで? まぁ、今回だけは? その口車に? 乗ってやってもいいけど?」
「頼んだよ」
「ふんっ」
ドシドシと地面を踏み鳴らしては、マスコットの壁から一人離れていくアリアーヌ。
馬車との間で腕を組んでは王城警備の門番のごとく仁王立ちする。
「余裕よ余裕っ」
背中から聞こえてくる自信の塊のようなその言葉に偽りはないだろう。
「さて、事情聴取ついでに依頼の答え合わせでも始めようか」
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