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ギルド『夢の国』マスターのクロナ
16 猛禽の視点/昼間のコウモリ
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「お姉さま! エヴァお姉さま!」
形式的な会議も終わり、退室する人の波に乗っては自室へと戻る第二王女エヴァ・クラーリ。
その背中へと声高に駆け寄る天真爛漫を絵に描いたような女性――。
王国の第四王女、サラ・ディ・トマソは分かり切ったように両手を広げて反転するエヴァを前に、また同様に両手を広げてはその胸元へと勢いよく飛び込む。
「お久しぶりです! お姉さま!」
「うん。久しぶり、サラ」
「なんで被り物の上に被り物を被っているんですか?」
「被り物の上に被り物を被っている、か。確かにその通りだね。うん。サラは相変わらず面白いものの見方をするね」
「そ、そうですか? 私お姉さまに褒めていただけるなんて、すごく嬉しいです!」
目を見開いてはぱあっと少女のように表情を明るくするサラ。
「ただ残念ながら今はまだその問いかけには答えを用意することが出来ない。これはまだ何の意味も持たないことだからね」
「お姉さまの仰られることはいつも難しいです……。でも分かります。お姉さまにとってそれはとても大事なことなのですね?」
「他ならぬ可愛い妹のためだからね」
黒いハットを手に取っては、サラへと優しくかぶせるエヴァ。
「今日は日差しが強いから気を付けて帰るんだよ」
「はい! お姉さま!」
黒いハットを両手で押さえては、王城の廊下を駆けていくサラ。
そのどこまでも純真な背中を見えなくなるまで見送っては、第二王女エヴァ・クラーリは再び大会議室へと足を向けた。
♦
「姉さん。いつまでその被りものを被っているつもりですか」
大会議室。その円卓へと腰を下ろすエヴァ。
その姿を見つけるや否や声をかけてきた男こそが、エヴァを除いて唯一その場に残った王族。
王国の第三王子、クレマン・エスランだ。
「まさか王国の未来を案じているものがたったこれだけとはな」
エヴァはクレマンの指摘を無視してぐるりと室内を見回す。
会議終了後も大会議室に残っているのは、そのほとんどがライナス率いる情報部の者たちと、クレマン率いる騎士数名だというのだから王国の人材不足は深刻だ。
「答えになってませんよ。姉さん」
「その話に落ちはない。だから聞くな」
「サラには話して僕には話してくれないんですか?」
「いい大人が妬くな。ライナス。お前が話してやれ」
「ええっ!?」
円卓に腰を下ろすクレマン以下数名、そしてエヴァ。
資料を片手に円卓へといざ腰を下ろしたライナスは、寝耳に水だと大きく目を見開いては、何のことだとエヴァとクレマンの間で視線を行き来させる。
「どうせ落ちのない話だ。適当に作り話をそれっぽく話してやれば納得するだろうさ」
「姉さん。そういう話はもしするとしても僕に聞こえないところでやらないと意味がないと思います」
「だから言っただろう。落ちのない話だと。ライナス」
「え、ええと……その、あれです。これはいわゆる政治的象徴といいますか……」
「象徴なら王がいるがな」
「エヴァ殿下……」
「何だ?」
「無理です」
「だそうだ」
エヴァとライナス。二人してお手上げだとクレマンへと顔を向ける。
「姉さんが別に話したくないならそれでもいいです。僕は僕なりに勝手にその理由を考えておきますから」
「その方がいい。お前のためにもなる」
「はぐらかしてももう遅いですよ」
「フッ。だそうだ、ライナス」
「エヴァ殿下」
「何だ」
「逐一私に振らないで頂けますか」
「これだから何かしてないと不安になる男は死ぬまで働かせるに限る」
「仰られている意味が良く分かりませんが……給料分はしっかりと」
「情報部長ライナス」
「はい」
「給料分とやらの報告をしてみせろ」
「はい。では前回会議にて対帝国戦を想定した共和国への使者派遣の件ですが、経過報告から申しまして難航しております。一団は共和国国境線を無事通過いたしましたが、共和国からの通達によると、王国の使者として公式に会うつもりはないとのこと。国境線近くの村にて待機を命じております」
「それでいい。こちらから私の一存で共和国相手に切れるカードは何もないからな。それよりも一団は一度西へ向かわせろ。連絡は密にな」
「承知しました」
「西……? それよりも僕は共和国の対応の方が気になります。これまでの共和国なら公式、非公式問わず、とにかく会ってから何かしらを吹っ掛けてくるぐらいは平気でしてきていた筈です」
「してこないということは、しないか出来ないということだ。つまり何かが共和国の中で起きている」
「姉さんはそれを確認しに西へ? でも西には何も……あ」
右へ左へと視線を送っては、その可能性をすり合わせるクレマン。
頷く騎士たちも同意見のようだ。
「そういうことだ。ただ帝国の動向が分からない以上、早々に決めつけるのは早い。帝国に入り込むことは現状不可能だろうが、共和国に入り込めたのは幸いだった」
「でもそうなると開戦自体がかなり先になるんじゃ……」
「それは分からない。仮にそうだとしても今の王国に国として帝国に打ち勝つだけの力はない。つまりいつ開戦されようとも敗北が濃厚な王国にとって、いつ開戦されるかはそれほど重要なことではない」
「ならどうしたら……」
「リスクコントロールだ。上手く負けるか、勝ちを目指さず引き分けに持ち込めばいい」
「姉さんならそれが出来ると?」
「他人の用意したテーブルにわざわざ座ってやることもない。何、布石は打ってある。相手が座るとそう思い込んでいるのなら、そっとその背後に回り込んで優しく首を絞めてやればいい」
被り物の猛禽の下で薄ら笑いを浮かべるエヴァ。
円卓へと退屈そうに肘をついては、猛禽の顎から首元へとかけてを手の甲に乗せる。
「姉さんはどこまで……いえ、その布石がアリアーヌだっていうんですか?」
「さぁな。ただ、一つの可能性ではある。ライナス」
「はい。アリアーヌ殿下のご動向ですが、行き先は連合国です。同行しているエルフとの仲睦まじい姿が確認されていることからも、一行はエルフの国を目指しているものと思われます」
「仲睦まじい……流石姉さんの弟子なだけはありますね」
「そう褒めてくれるな。あれがああなったのは何も私だけの力ではないのだからな。してライナス」
「はい」
「ルートの確保はどうなっている」
「地上からの越境は難しいでしょう。従来通り連合国へは海路から、直接エルフ国へと向かうことになると思われます。船の手配に関しましては小型船と大型船を一隻ずつ確保しております」
「良くやった。アリアーヌが連合国に入ってしまえば、否が応でも帝国は連合国の動向を気にしなければならなくなる。後はこちらで手筈さえ整えてしまえば帝国相手に連合国を引きずり出せる」
「姉さん! 連合国と手を結ぶつもりですか!? 聞いてませんよ!?」
席を立っては前のめりに声を張り上げるクレマン。
「何も手を結ぼうというわけではないからな。ただこの先、私の関与しないところで結果としてそうなるということはあるかもしれないが」
「それは横暴だ!」
「何がだ?」
「そ、それは……」
「民あっての国。国あっての民。私は可能性を選択肢という形で示唆しているだけだ。選び取るのは私ではない。それに王やエヴラールの奴が現実に亜人の国と手を結ぶと、クレマン。お前はそう思っているのか?」
「そ、それはないでしょうけど……ないでしょうけど! それでもないとは言い切れません!」
「エヴラールの奴も言っていたではないか。それでは民がついてこないと。奴は民を蔑ろにしたりはせんよ」
「しかし……」
「どちらにせよ今回の帝国戦。この場に残っておきながら共和国の参戦がないなどと現実を都合よく解釈しているようでは、王国に明日はあっても三日後はない」
エヴァの言葉に机へと着いた両手を握りしめるクレマン。
自身の非力さに打ちひしがれるように、行き場のない本音を噛み殺してはゆっくりと腰を下ろす。
「クレマン殿下」
「何ですか」
「連合国についてですが、少しばかりエヴァ殿下との認識の相違があるようなので補足を」
「どうぞ」
「エヴァ殿下はあくまでも敵の敵として連合国を捉えているのでありまして、王国の味方とは捉えられておりません。王国は連合国に対して不干渉を貫いておりますが、連合国にとっての王国とは、ある部分において運命共同体なのです。王国といういわば一つの緩衝材を失うことで国家の存続に関わるほどの影響を受けてしまう連合国は、王国の有事を対岸の火事と容認することは出来ません。そしてエヴァ殿下が仰られた引きずり出せるという言葉を適切に解釈するのであれば、王国はただその時に備えて連合国の背に手を当て続け、機を逃さぬよう後押しできる体制を整えておくということなのです」
「ライナスさん。私はただ王族としての責務を果たすためにこの場に同席しています。ただそれと同じくらいに私は一人の人間として、一方を生かすために一方を蔑ろにするということがどうしようもなく嫌なだけなのです」
「面白い奴だろ?」
言葉とは裏腹にどことなく誇らしげなエヴァ。
「私の力不足をお許しください。クレマン殿下」
ただ実直にその場で深く頭を下げるライナス。
「いえ、こちらこそ。王国の行く末を前に、私個人の感情を優先してしまうわけにはいきませんから。頭を上げてください。ライナスさん」
クレマンの優し気な声に顔を上げるライナス。
ふとした拍子に二人して表情を緩ませる。
「何だ急に。気持ち悪いやつらだな」
「姉さん」
「エヴァ殿下」
同時にエヴァへと顔を向けるクレマンとライナスの二人。
「何だ?」
「その被り物を被っている理由が今分かりました」
「クレマン殿下。奇遇ですね。私もです」
「ほう? なんなら答え合わせでもするか?」
「ライナスさん。同時に言いましょう」
「では僭越ながら、せーの!」
「この鳥頭! ――って、ええっ! ライナスさん! 酷いですよ!」
慌てふためくクレマン。
対するように何も聞いていない何も見ていないと、資料を片手に眉間へと一人皺を寄せ始めるライナス。
「ライナスさぁんっ!」
大会議室に響くどこかわざとらしいクレマンの悲痛な声。
「ふむ……鳥頭か。いい響きだ」
鳥頭の下で静かに呟くエヴァ。
そしてどちらからともなく楽しそうに笑いだすクレマンとライナス。
そんな二人の姿に王国の未来を重ねては、不意に窓へと映る自分の姿を見てエヴァは小さく笑った。
形式的な会議も終わり、退室する人の波に乗っては自室へと戻る第二王女エヴァ・クラーリ。
その背中へと声高に駆け寄る天真爛漫を絵に描いたような女性――。
王国の第四王女、サラ・ディ・トマソは分かり切ったように両手を広げて反転するエヴァを前に、また同様に両手を広げてはその胸元へと勢いよく飛び込む。
「お久しぶりです! お姉さま!」
「うん。久しぶり、サラ」
「なんで被り物の上に被り物を被っているんですか?」
「被り物の上に被り物を被っている、か。確かにその通りだね。うん。サラは相変わらず面白いものの見方をするね」
「そ、そうですか? 私お姉さまに褒めていただけるなんて、すごく嬉しいです!」
目を見開いてはぱあっと少女のように表情を明るくするサラ。
「ただ残念ながら今はまだその問いかけには答えを用意することが出来ない。これはまだ何の意味も持たないことだからね」
「お姉さまの仰られることはいつも難しいです……。でも分かります。お姉さまにとってそれはとても大事なことなのですね?」
「他ならぬ可愛い妹のためだからね」
黒いハットを手に取っては、サラへと優しくかぶせるエヴァ。
「今日は日差しが強いから気を付けて帰るんだよ」
「はい! お姉さま!」
黒いハットを両手で押さえては、王城の廊下を駆けていくサラ。
そのどこまでも純真な背中を見えなくなるまで見送っては、第二王女エヴァ・クラーリは再び大会議室へと足を向けた。
♦
「姉さん。いつまでその被りものを被っているつもりですか」
大会議室。その円卓へと腰を下ろすエヴァ。
その姿を見つけるや否や声をかけてきた男こそが、エヴァを除いて唯一その場に残った王族。
王国の第三王子、クレマン・エスランだ。
「まさか王国の未来を案じているものがたったこれだけとはな」
エヴァはクレマンの指摘を無視してぐるりと室内を見回す。
会議終了後も大会議室に残っているのは、そのほとんどがライナス率いる情報部の者たちと、クレマン率いる騎士数名だというのだから王国の人材不足は深刻だ。
「答えになってませんよ。姉さん」
「その話に落ちはない。だから聞くな」
「サラには話して僕には話してくれないんですか?」
「いい大人が妬くな。ライナス。お前が話してやれ」
「ええっ!?」
円卓に腰を下ろすクレマン以下数名、そしてエヴァ。
資料を片手に円卓へといざ腰を下ろしたライナスは、寝耳に水だと大きく目を見開いては、何のことだとエヴァとクレマンの間で視線を行き来させる。
「どうせ落ちのない話だ。適当に作り話をそれっぽく話してやれば納得するだろうさ」
「姉さん。そういう話はもしするとしても僕に聞こえないところでやらないと意味がないと思います」
「だから言っただろう。落ちのない話だと。ライナス」
「え、ええと……その、あれです。これはいわゆる政治的象徴といいますか……」
「象徴なら王がいるがな」
「エヴァ殿下……」
「何だ?」
「無理です」
「だそうだ」
エヴァとライナス。二人してお手上げだとクレマンへと顔を向ける。
「姉さんが別に話したくないならそれでもいいです。僕は僕なりに勝手にその理由を考えておきますから」
「その方がいい。お前のためにもなる」
「はぐらかしてももう遅いですよ」
「フッ。だそうだ、ライナス」
「エヴァ殿下」
「何だ」
「逐一私に振らないで頂けますか」
「これだから何かしてないと不安になる男は死ぬまで働かせるに限る」
「仰られている意味が良く分かりませんが……給料分はしっかりと」
「情報部長ライナス」
「はい」
「給料分とやらの報告をしてみせろ」
「はい。では前回会議にて対帝国戦を想定した共和国への使者派遣の件ですが、経過報告から申しまして難航しております。一団は共和国国境線を無事通過いたしましたが、共和国からの通達によると、王国の使者として公式に会うつもりはないとのこと。国境線近くの村にて待機を命じております」
「それでいい。こちらから私の一存で共和国相手に切れるカードは何もないからな。それよりも一団は一度西へ向かわせろ。連絡は密にな」
「承知しました」
「西……? それよりも僕は共和国の対応の方が気になります。これまでの共和国なら公式、非公式問わず、とにかく会ってから何かしらを吹っ掛けてくるぐらいは平気でしてきていた筈です」
「してこないということは、しないか出来ないということだ。つまり何かが共和国の中で起きている」
「姉さんはそれを確認しに西へ? でも西には何も……あ」
右へ左へと視線を送っては、その可能性をすり合わせるクレマン。
頷く騎士たちも同意見のようだ。
「そういうことだ。ただ帝国の動向が分からない以上、早々に決めつけるのは早い。帝国に入り込むことは現状不可能だろうが、共和国に入り込めたのは幸いだった」
「でもそうなると開戦自体がかなり先になるんじゃ……」
「それは分からない。仮にそうだとしても今の王国に国として帝国に打ち勝つだけの力はない。つまりいつ開戦されようとも敗北が濃厚な王国にとって、いつ開戦されるかはそれほど重要なことではない」
「ならどうしたら……」
「リスクコントロールだ。上手く負けるか、勝ちを目指さず引き分けに持ち込めばいい」
「姉さんならそれが出来ると?」
「他人の用意したテーブルにわざわざ座ってやることもない。何、布石は打ってある。相手が座るとそう思い込んでいるのなら、そっとその背後に回り込んで優しく首を絞めてやればいい」
被り物の猛禽の下で薄ら笑いを浮かべるエヴァ。
円卓へと退屈そうに肘をついては、猛禽の顎から首元へとかけてを手の甲に乗せる。
「姉さんはどこまで……いえ、その布石がアリアーヌだっていうんですか?」
「さぁな。ただ、一つの可能性ではある。ライナス」
「はい。アリアーヌ殿下のご動向ですが、行き先は連合国です。同行しているエルフとの仲睦まじい姿が確認されていることからも、一行はエルフの国を目指しているものと思われます」
「仲睦まじい……流石姉さんの弟子なだけはありますね」
「そう褒めてくれるな。あれがああなったのは何も私だけの力ではないのだからな。してライナス」
「はい」
「ルートの確保はどうなっている」
「地上からの越境は難しいでしょう。従来通り連合国へは海路から、直接エルフ国へと向かうことになると思われます。船の手配に関しましては小型船と大型船を一隻ずつ確保しております」
「良くやった。アリアーヌが連合国に入ってしまえば、否が応でも帝国は連合国の動向を気にしなければならなくなる。後はこちらで手筈さえ整えてしまえば帝国相手に連合国を引きずり出せる」
「姉さん! 連合国と手を結ぶつもりですか!? 聞いてませんよ!?」
席を立っては前のめりに声を張り上げるクレマン。
「何も手を結ぼうというわけではないからな。ただこの先、私の関与しないところで結果としてそうなるということはあるかもしれないが」
「それは横暴だ!」
「何がだ?」
「そ、それは……」
「民あっての国。国あっての民。私は可能性を選択肢という形で示唆しているだけだ。選び取るのは私ではない。それに王やエヴラールの奴が現実に亜人の国と手を結ぶと、クレマン。お前はそう思っているのか?」
「そ、それはないでしょうけど……ないでしょうけど! それでもないとは言い切れません!」
「エヴラールの奴も言っていたではないか。それでは民がついてこないと。奴は民を蔑ろにしたりはせんよ」
「しかし……」
「どちらにせよ今回の帝国戦。この場に残っておきながら共和国の参戦がないなどと現実を都合よく解釈しているようでは、王国に明日はあっても三日後はない」
エヴァの言葉に机へと着いた両手を握りしめるクレマン。
自身の非力さに打ちひしがれるように、行き場のない本音を噛み殺してはゆっくりと腰を下ろす。
「クレマン殿下」
「何ですか」
「連合国についてですが、少しばかりエヴァ殿下との認識の相違があるようなので補足を」
「どうぞ」
「エヴァ殿下はあくまでも敵の敵として連合国を捉えているのでありまして、王国の味方とは捉えられておりません。王国は連合国に対して不干渉を貫いておりますが、連合国にとっての王国とは、ある部分において運命共同体なのです。王国といういわば一つの緩衝材を失うことで国家の存続に関わるほどの影響を受けてしまう連合国は、王国の有事を対岸の火事と容認することは出来ません。そしてエヴァ殿下が仰られた引きずり出せるという言葉を適切に解釈するのであれば、王国はただその時に備えて連合国の背に手を当て続け、機を逃さぬよう後押しできる体制を整えておくということなのです」
「ライナスさん。私はただ王族としての責務を果たすためにこの場に同席しています。ただそれと同じくらいに私は一人の人間として、一方を生かすために一方を蔑ろにするということがどうしようもなく嫌なだけなのです」
「面白い奴だろ?」
言葉とは裏腹にどことなく誇らしげなエヴァ。
「私の力不足をお許しください。クレマン殿下」
ただ実直にその場で深く頭を下げるライナス。
「いえ、こちらこそ。王国の行く末を前に、私個人の感情を優先してしまうわけにはいきませんから。頭を上げてください。ライナスさん」
クレマンの優し気な声に顔を上げるライナス。
ふとした拍子に二人して表情を緩ませる。
「何だ急に。気持ち悪いやつらだな」
「姉さん」
「エヴァ殿下」
同時にエヴァへと顔を向けるクレマンとライナスの二人。
「何だ?」
「その被り物を被っている理由が今分かりました」
「クレマン殿下。奇遇ですね。私もです」
「ほう? なんなら答え合わせでもするか?」
「ライナスさん。同時に言いましょう」
「では僭越ながら、せーの!」
「この鳥頭! ――って、ええっ! ライナスさん! 酷いですよ!」
慌てふためくクレマン。
対するように何も聞いていない何も見ていないと、資料を片手に眉間へと一人皺を寄せ始めるライナス。
「ライナスさぁんっ!」
大会議室に響くどこかわざとらしいクレマンの悲痛な声。
「ふむ……鳥頭か。いい響きだ」
鳥頭の下で静かに呟くエヴァ。
そしてどちらからともなく楽しそうに笑いだすクレマンとライナス。
そんな二人の姿に王国の未来を重ねては、不意に窓へと映る自分の姿を見てエヴァは小さく笑った。
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