26 / 64
幕間 - 盤外戦術 -
26 中立の翼
しおりを挟む
王国の東に広がる豊かな大海。その洋上に位置する海洋国家、連邦――。
それぞれが独立した行政権を持つ州の集合体である連邦は、それぞれの州の代表者総勢九名からなる連邦最高評議会をその政治的象徴として機能させることで、個でありながら群という特殊な政治体系を有するに至っていた。
そしてその日。必要最低限の調度品のみで揃えられた小さな応接間へと呼び出された議長アルマ・フォスを待ち受けていたのは、天真爛漫を絵にかいたような一人の少女と、艶やかなたてがみをビシっと決めた"訳の分からない"紳士風の馬頭だった。
「初めまして! 私は王国の第四王女、サラ・ディ・トマソです! どうぞよろしくお願いしますね!」
「ヒヒーン?」
議長アルマ・フォスは"当然のように"言葉を失った。
♦
「共和国に続いて皇国まで……」
連邦に王国の第四王女が突如来訪してから早七日――。
議長室にて一人。日々の執務に精を出す連邦評議会議長であるアルマ・フォスは、いつの間にやら現実になりつつある、第四王女サラ・ディ・トマソからもたらされたある一つの予言を前に、たださめざめとした笑いを浮かべる事しかできないでいた。
「これで帝国に共和国……そして皇国と役者がそろってしまった……」
まさか、と。
話を聞いた当初にはまるで信じる気にもなれなかった得体のしれない虚構が、自身の手元で徐々にその形を帯びていく感覚。言いようのない気持ちの悪さを感じては、自然と喉の奥がじわりと熱くなる。
――誰かに操られている。
アルマ・フォスはここ数日で抱いたその疑念を次第に確信へと変えていっていた。
「王国の魔女……」
心当たりは一人しかいなかった。
むしろ第四王女と名乗っておきながらもその育ちの良さだけを残して、幼子のようなあどけなさを残した語り口はまるで王族らしからぬものだった。
今思えば終始言われたことをただそのまま伝えているだけかのような、そんな風に感じられた彼女もまた操り人形の一人に他ならなかったのかもしれない。
「女狐が……」
そう口にしたとたん酷い吐き気に襲われて思わず両手でその口元を抑えた。
まるでこの場にそう呼ばれた相手が存在し、私に制裁を加えているかのような。そんなある筈もない錯覚にまで陥ってしまう。
「あり得ない……」
自身を縛る強迫観念を振り払うように、未だ胸元で渦巻く不快感を無理やりに飲み込もうとしては、四苦八苦する。
収まりを見せない言いようのない不安。拍車のかかった負の連鎖は、最早正常な理性でも説明がつけられない。
「――ナ……」
思わず救われたい一心でこの国にいながら唯一その者に対抗し得るであろう彼女の名を口走ってしまう。
頼れるとしたらもう彼女しかいない。
弱り切った心身が最後に掴んだ、決して虚像などではない確かな彼女の存在だけを頼りに持ちこたえている。
「――呼んだ?」
そんな中で彼女に声をかけられたのは、きっと偶然などではなかったのだろう。彼女の腰にまで伸ばされたその銀髪に似た白髪は、正に天使の羽そのものだった。
「うん……」
彼女がそこに居る。ただそれだけで天真爛漫な少女を幼子のようだと評した私は、まるで赤子のようにただポロポロと涙を流し続けた。
彼女はそんな私を何も言わずにただその両手で優しく抱きしめてくれた。
温かい――。
全身に不思議な温もりを感じる。
それまで自身に介在していた自分のものではない"何か"の意思がするりと音を立てて抜け落ちていく。
「帝国に共和国……ふぅん。皇国も来るんだ……」
彼女は私を抱きしめたままそう静かに頭上で呟いた。
その表情はうかがい知れないが、今は一秒でも長く彼女の胸の内に抱かれていたい。
「王国のだけないのは……そういうことかな……いや……ふぅん? そっか。エヴァの奴……やっと王城から出る気になったのかな……?」
それぞれが独立した行政権を持つ州の集合体である連邦は、それぞれの州の代表者総勢九名からなる連邦最高評議会をその政治的象徴として機能させることで、個でありながら群という特殊な政治体系を有するに至っていた。
そしてその日。必要最低限の調度品のみで揃えられた小さな応接間へと呼び出された議長アルマ・フォスを待ち受けていたのは、天真爛漫を絵にかいたような一人の少女と、艶やかなたてがみをビシっと決めた"訳の分からない"紳士風の馬頭だった。
「初めまして! 私は王国の第四王女、サラ・ディ・トマソです! どうぞよろしくお願いしますね!」
「ヒヒーン?」
議長アルマ・フォスは"当然のように"言葉を失った。
♦
「共和国に続いて皇国まで……」
連邦に王国の第四王女が突如来訪してから早七日――。
議長室にて一人。日々の執務に精を出す連邦評議会議長であるアルマ・フォスは、いつの間にやら現実になりつつある、第四王女サラ・ディ・トマソからもたらされたある一つの予言を前に、たださめざめとした笑いを浮かべる事しかできないでいた。
「これで帝国に共和国……そして皇国と役者がそろってしまった……」
まさか、と。
話を聞いた当初にはまるで信じる気にもなれなかった得体のしれない虚構が、自身の手元で徐々にその形を帯びていく感覚。言いようのない気持ちの悪さを感じては、自然と喉の奥がじわりと熱くなる。
――誰かに操られている。
アルマ・フォスはここ数日で抱いたその疑念を次第に確信へと変えていっていた。
「王国の魔女……」
心当たりは一人しかいなかった。
むしろ第四王女と名乗っておきながらもその育ちの良さだけを残して、幼子のようなあどけなさを残した語り口はまるで王族らしからぬものだった。
今思えば終始言われたことをただそのまま伝えているだけかのような、そんな風に感じられた彼女もまた操り人形の一人に他ならなかったのかもしれない。
「女狐が……」
そう口にしたとたん酷い吐き気に襲われて思わず両手でその口元を抑えた。
まるでこの場にそう呼ばれた相手が存在し、私に制裁を加えているかのような。そんなある筈もない錯覚にまで陥ってしまう。
「あり得ない……」
自身を縛る強迫観念を振り払うように、未だ胸元で渦巻く不快感を無理やりに飲み込もうとしては、四苦八苦する。
収まりを見せない言いようのない不安。拍車のかかった負の連鎖は、最早正常な理性でも説明がつけられない。
「――ナ……」
思わず救われたい一心でこの国にいながら唯一その者に対抗し得るであろう彼女の名を口走ってしまう。
頼れるとしたらもう彼女しかいない。
弱り切った心身が最後に掴んだ、決して虚像などではない確かな彼女の存在だけを頼りに持ちこたえている。
「――呼んだ?」
そんな中で彼女に声をかけられたのは、きっと偶然などではなかったのだろう。彼女の腰にまで伸ばされたその銀髪に似た白髪は、正に天使の羽そのものだった。
「うん……」
彼女がそこに居る。ただそれだけで天真爛漫な少女を幼子のようだと評した私は、まるで赤子のようにただポロポロと涙を流し続けた。
彼女はそんな私を何も言わずにただその両手で優しく抱きしめてくれた。
温かい――。
全身に不思議な温もりを感じる。
それまで自身に介在していた自分のものではない"何か"の意思がするりと音を立てて抜け落ちていく。
「帝国に共和国……ふぅん。皇国も来るんだ……」
彼女は私を抱きしめたままそう静かに頭上で呟いた。
その表情はうかがい知れないが、今は一秒でも長く彼女の胸の内に抱かれていたい。
「王国のだけないのは……そういうことかな……いや……ふぅん? そっか。エヴァの奴……やっと王城から出る気になったのかな……?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる