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ギルド『夢の国』のマッチョな一日
54 積乱雲
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「アリアーヌ様があのクロナと結婚するんだってよ!」
「かーっ! まさか冒険者から王族の仲間入りたあ、夢があるねえ!」
まだ日も高い内から酒を酌み交わす男たち。そのテーブルの上には一枚の紙切れがあるように、今やどこへ行ってもその話題で持ちきりだった。
「めでたいねえ!」
「うんうん!」
自分のことのように喜んでは、屈託のない笑顔を浮かべる王都の住人。それを物陰から一人眺めては、目深に被ったフードを更に深くするその人影――。
「私は……」
♦
「――おめでとうございます。クロナ様」
「――おめでとうございます。クロナ殿」
その日。クロナはギルド『夢の国』のマスターとしてではなく、ある一人の少女の"婚約者"として王城に呼び出されていた。
「マスコットでよかった……」
クロナは長い廊下を歩きながら、その牛頭の下で辟易する。
「ワンッ! 流石のクロナ殿も参っているご様子」
「ヒヒーン?」
その背後から続くおまわりの場を弁えた控えめな鳴き声と、サラブレッドのいつもと変わらない嘶き。
「でも本当に助かりました。二人が一緒にきてくれて」
「いえいえ、私としても間に合ってよかったです。よもやこのような一大事に不在とあっては、このおまわり、一生の不覚を取るところでした」
「ヒヒーン?」
「まったく。予想外というものが、どうしてそう呼ばれるのか。少しだけ分かった気がします」
会話もほどほどに、やがて行き着く廊下の突き当り。ずらりと並ぶ騎士たちが左右に割れては、緩やかにその奥の巨大な扉が開かれていく。
次第に見えてくる煌びやかなその内側。先導する騎士の後に続いては、足を踏み入れる三人のマスコット。壁際へと別れていく騎士を横目に、クロナが跪いては、他の二人もそれに続く。
「よく来てくれました」
その場の主を差し置いては、まずはと三人を労う一人の側近。応えるように頭を低くする三人の下へと足早に進み出ては、ニコニコとその顔に愛想笑いを浮かべる。
「殿下はまだですが、いずれお見えになられるでしょう。しかし時間は有限。有意義に使っていかなければすぐに底をついてしまう。難儀なものです。早速、別室にて今後の打ち合わせといきましょうか」
側近はその貼り付けた笑みを崩すことなく、相手にただ不快感を与えぬようにと作られた人格を巧みに使いこなしてみせる。そして流れるように三人を案内しようとしては、不意に出鼻を挫かれる。
「その前に一つよろしいでしょうか」
「はい。もちろん」
笑顔で答える側近。しかしクロナの上げられた視線が向かう先は、恐れ多くもその場で最も高みに位置する王、その人だった。
「申してみよ」
しかし僅かな沈黙を落としたのみで、それに粛々と応えてみせる王。丁寧な感謝と共に深々と頭を下げたクロナは、また当然のように王を見上げる。
「此度の件。なかったことにはできませんでしょうか」
「貴様――!」
「よい」
壁際の集団から上がる感情的な声。それを王が一声で収めては、その後をすかさず側近が引き継いでいく。
「クロナさん。そう言われるからには、それ相応の理由があると、そう思ってよろしいんですね?」
「少なくとも僕には――いえ、私には十分な理由であると、そう考えております」
「聞かせていただいても?」
「彼女は……王族です。しかし私は他ならぬ王族ではない彼女を知る一人として――」
「一人として?」
一度は口を開いておきながら、中途半端なところで語るのをやめるクロナ。わずかな間をあけては、側近に言葉を繰り返されたところで、おもむろに立ち上がる。
「クロナさん?」
「いえ――違いました。"僕"は彼女に笑っていてほしい。結婚はしません。それだけです」
「ワンッ! 流石はクロナ殿!」
「ヒヒーン?」
場所も憚らずにマスターを持ち上げる、そのメンバー二人。
「意思は……固そうですね?」
「はい」
「そうですか……。しかしこれは高度に政治的なこと。残念ながらその願いは叶いません」
「しかし――」
「別に形だけでも構わないのです。他に愛する者がいるというのであれば、難しい問題ですが相談には乗りましょう」
「それでも――」
「六位では気に食わないというのか」
そこに上から響く王の声。自然とその場の意識が最上段へと集中する。
「ならば――」
そうして続けられる王の声。"予想外"にもそれを遮ったのは、クロナの背後からゆっくりと歩み出てきたサラブレッドだった。
「おい、×××すぞ」
「かーっ! まさか冒険者から王族の仲間入りたあ、夢があるねえ!」
まだ日も高い内から酒を酌み交わす男たち。そのテーブルの上には一枚の紙切れがあるように、今やどこへ行ってもその話題で持ちきりだった。
「めでたいねえ!」
「うんうん!」
自分のことのように喜んでは、屈託のない笑顔を浮かべる王都の住人。それを物陰から一人眺めては、目深に被ったフードを更に深くするその人影――。
「私は……」
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「――おめでとうございます。クロナ様」
「――おめでとうございます。クロナ殿」
その日。クロナはギルド『夢の国』のマスターとしてではなく、ある一人の少女の"婚約者"として王城に呼び出されていた。
「マスコットでよかった……」
クロナは長い廊下を歩きながら、その牛頭の下で辟易する。
「ワンッ! 流石のクロナ殿も参っているご様子」
「ヒヒーン?」
その背後から続くおまわりの場を弁えた控えめな鳴き声と、サラブレッドのいつもと変わらない嘶き。
「でも本当に助かりました。二人が一緒にきてくれて」
「いえいえ、私としても間に合ってよかったです。よもやこのような一大事に不在とあっては、このおまわり、一生の不覚を取るところでした」
「ヒヒーン?」
「まったく。予想外というものが、どうしてそう呼ばれるのか。少しだけ分かった気がします」
会話もほどほどに、やがて行き着く廊下の突き当り。ずらりと並ぶ騎士たちが左右に割れては、緩やかにその奥の巨大な扉が開かれていく。
次第に見えてくる煌びやかなその内側。先導する騎士の後に続いては、足を踏み入れる三人のマスコット。壁際へと別れていく騎士を横目に、クロナが跪いては、他の二人もそれに続く。
「よく来てくれました」
その場の主を差し置いては、まずはと三人を労う一人の側近。応えるように頭を低くする三人の下へと足早に進み出ては、ニコニコとその顔に愛想笑いを浮かべる。
「殿下はまだですが、いずれお見えになられるでしょう。しかし時間は有限。有意義に使っていかなければすぐに底をついてしまう。難儀なものです。早速、別室にて今後の打ち合わせといきましょうか」
側近はその貼り付けた笑みを崩すことなく、相手にただ不快感を与えぬようにと作られた人格を巧みに使いこなしてみせる。そして流れるように三人を案内しようとしては、不意に出鼻を挫かれる。
「その前に一つよろしいでしょうか」
「はい。もちろん」
笑顔で答える側近。しかしクロナの上げられた視線が向かう先は、恐れ多くもその場で最も高みに位置する王、その人だった。
「申してみよ」
しかし僅かな沈黙を落としたのみで、それに粛々と応えてみせる王。丁寧な感謝と共に深々と頭を下げたクロナは、また当然のように王を見上げる。
「此度の件。なかったことにはできませんでしょうか」
「貴様――!」
「よい」
壁際の集団から上がる感情的な声。それを王が一声で収めては、その後をすかさず側近が引き継いでいく。
「クロナさん。そう言われるからには、それ相応の理由があると、そう思ってよろしいんですね?」
「少なくとも僕には――いえ、私には十分な理由であると、そう考えております」
「聞かせていただいても?」
「彼女は……王族です。しかし私は他ならぬ王族ではない彼女を知る一人として――」
「一人として?」
一度は口を開いておきながら、中途半端なところで語るのをやめるクロナ。わずかな間をあけては、側近に言葉を繰り返されたところで、おもむろに立ち上がる。
「クロナさん?」
「いえ――違いました。"僕"は彼女に笑っていてほしい。結婚はしません。それだけです」
「ワンッ! 流石はクロナ殿!」
「ヒヒーン?」
場所も憚らずにマスターを持ち上げる、そのメンバー二人。
「意思は……固そうですね?」
「はい」
「そうですか……。しかしこれは高度に政治的なこと。残念ながらその願いは叶いません」
「しかし――」
「別に形だけでも構わないのです。他に愛する者がいるというのであれば、難しい問題ですが相談には乗りましょう」
「それでも――」
「六位では気に食わないというのか」
そこに上から響く王の声。自然とその場の意識が最上段へと集中する。
「ならば――」
そうして続けられる王の声。"予想外"にもそれを遮ったのは、クロナの背後からゆっくりと歩み出てきたサラブレッドだった。
「おい、×××すぞ」
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