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59 アリスンとヤナ/確立された影

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 ふと、エルフのアリスンは部屋の窓から外を眺める。

 ――連合国は今、内部抗争の真っ只中にあった。

 それも仕方のないことなのかもしれない。

 始まりは軍部の独断専行にあり、決定打もまた同様だった。

 しかしあくまでも同胞の解放を旨とした軍部の一貫した姿勢は、今でも間違っていなかったと、そう断言できる。

 ただ政治の中枢である議会の判断を真っ向から否定し続けたがために、両者の対立は避けられなくなった。

 そしてこれ以上ないほどにまで上手くいった対帝国戦を前に、世論が帝国との決着を望んだのもまた、その流れの一部だったのかもしれない。

 ――誤算があるとすればそこだろう。

 軍部はすでに多大な犠牲を払ったあとだったのだ。とてもではないが許容することなど出来ない。反発を余儀なくされる。

 議会が一気に戦争へと舵を切ったのも、きっとそのころだったのだろう。

 対立を深める両者の間で、折衷案が持ち上がった。南部への駐留だ。しかし軍部はこれを拒否する。当たり前だ。

 越境した上での駐留はすなわち占領と同義。ぶれない軍部は、同胞の収容を早々に終え、帝国南部からの撤退を開始した。

「臆病者か……」

 つまるところが常に外圧に晒されてきたものと、そうでないものとの違い。長年、誰よりも帝国の脅威に怯えていたのは、穏健派である内陸部だったのだ。

 そして軍部を主に構成する外周部は、それに最後まで気づくことが出来なかった。些細な行き違いからなる代償は、結果として連合国を大きく二つに割った。

 しかし連合国は知ることができたのだ。

 ――アリスンは再確認する。

 この機会を無駄にしてはならないと。同じ過ちを繰り返さないためにも、今向き合わなければならないのだと。次は私たちの番なのだから――。

「やっほー!」

 ノックもなしに開け放たれる扉。室内に飛び込んできたカラフルな魚頭が誰か、アリスンはすぐにその声で理解した。

「ヤナっ」

「あらら? もしかして私の声ってそんなに特徴的?」

「むしろそんなことするのヤナぐらいしかいないってっ」

 既視感のある頭と一緒なだけに、アリスンも間違えようがない。

「そう?」

「うん。そうそうっ」

「うーん、まっ、そうかもね?」

 ヤナはカラフルな頭から顔を出し、そっとアリスンへと笑顔を向ける。

「元気だった?」

「そっちこそっ」

「まー、私はいつも通りって感じよねー?」

「見たら分かるってっ」

「そう? でも何となく被ってみて分かったけど、あいつらの気持ちも結構分かるかなって」

「そうなの?」

「誰も私が私だって分からないでしょ?」

「それ本気で言ってる?」

 顔を見合わせては、しばらくして思わずと笑いだす二人。

「まっ、アンタが元気そうで良かったわよ」

「そんなこと言いにわざわざ来たの?」

「そんなことって、あんたね……」

「分かってるって。うん、でも私は私で頑張ってみようと思う」

「そう? ならいいんだけどさ。もし本当に困ったらいつでもいいなさいよ? なんたって私、中立だから」

「連邦でも同じこと言える?」

「あら? ここは私たちの国。連合国よ?」

「そうだった」

 また顔を見合わせては、少しだけ微笑み合う二人。

「アリアーヌからの手紙、読む?」

「もちろんっ」

 アリスンは満面の笑みでそう答えた。

 ♦

「公国のバカが死んだ?」

「奴は死なんよ」

「詭弁だな」

 テーブルを前に立ったままやり取りを続ける、椅子に収まりきらない巨大な影たち。

「回収するか?」

「必要なかろう」

 それに比較的小さな影が、椅子に座ったまま結論を出す。

「なら始末するか?」

「誰が?」

 一瞬で水を打ったように静まり返る場。少なくない数でありながら、話し合いは驚くほど円滑に進んでいく。

「なら迎え入れるか?」

「お前の立場が危ういな」

「戯言を」

 言うが早いか一斉に立ち上がる比較的小さな影たち。それを待たずに立っていた巨大な影たちは、一足先にとその場を後にする。

「そういえば王はどこへ?」

 テーブルへと手をついては、その背中に問いかける小さな影。ただし答えとして残されたのは、それまでとは違う、空虚な静寂だけだった。
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