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第1章

自ら考え、意図を理解せよ-第一の課題:動画のカット数カウント-

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魔王カンパニーに入社できたことで、僕は少しだけ浮かれていた。

魔界の住人達の中でもよりすぐりの魔物だけが集まる会社で
一般の門戸はほとんど開かれていない。

そんな会社にSNS経由で僕が入れたものだから
「もしかしたら自分で思っているよりも見込みがあるのかも」なんて
少しだけ思ってしまったのだ。


もちろんそんな思い込みは入社初日にあっさりと
へし折られることになる。


どんな事を教えてもらえるんだろう、とわくわくしながら
魔界のオフィスに足を運んだ僕だったが、今思えば「アホか」の一言だ。

教えてもらうことを期待していた時点で甘すぎる。

でも当時の僕には、そんなことは分からない。

とんでもない業務の量がどんと渡される上
説明すらほとんどないこともある。

「なんで教えてくれないんですか?」

思わず叫んだ僕に返ってきたのは、周囲の魔物達の小さなため息だ。

「あのな?まずは、どうしてその仕事が与えられたのか意図を考えてみな」

先輩の一人から、そんな返事が返ってくる。

どうしても分からなかったら質問していいとは言われたものの
まずは考える訓練から始めるように指導を受けた。

「どうして、この仕事を僕がするのか、だって?」

工場で働いていた時に、そんなことをきかれたことはなかった。
ただ、上に指示されたことをそのままマニュアル通りにやることが求められていたからだ。

けれど、魔界では「言われたまま」は通じない。

なにもかも自分で考えて、動かなくてはならない。


慣れない思考に頭痛がする。
覚悟をしていたつもりだったが、想像以上だ。


もっとも、僕から見た「想像以上」なんて
魔王カンパニーでは初歩の初歩以下だったことを
後に嫌というほど思い知ることになる。


入社から数日で、僕の心情は焦りだらけになっていた。

このままじゃだめだ。
先輩たちにとても追いつけない。

出来る人からもっと、考え方や行動を盗む必要がある。

そう感じた僕は、執事さんのデスクで思い切って
相談をすることにした。

「魔王様から、直接指導を受けたいんです。どうしたらいいですか?」

自分が感じていることを全て執事さんに打ち明けて
直談判してみたのだ。

僕の話を全て聞いた後、彼はケラケラと笑いだした。

「何がおかしいんですか?」

ちょっとだけむっとした僕に、執事さんは「すまんすまん」とさらに笑った。

「まあ、話は通しといてやるわ。…とその前に課題もやってもらおか」

執事さんから与えられた課題は、YouTube動画をピックアップし、編集されたカット数を数えること。

この課題は当然、業務に含まれないため
仕事が終わった後、深夜のプライベート時間に取り組むことになる。

「さてと、課題に使う動画にリクエストはあるかいな?」

課題が出てくるのも急なら、質問も急だ。
あわてて履歴にあった、「どっきり勝手に人の金で時計買ってみた」という動画を見せる。

「これ、とか…だめ、ですよねぇ…??」

どう考えてもチョイスがまずい。
おふざけが好きな関西人気質の執事さんですら、表情が固まってる。

「次、ふざけたら、どうなるやろなあ??」

と言われた時には寿命が縮まるかと思った。
執事さんの口元には笑みを浮かんでいたが、僕は断言できる。

あの目は絶対に笑っていなかった。

結局、執事さんをはじめ魔界の上司達が指定した何本かの動画を
課題として使うことになった。


その日の深夜、僕は動画を何度も見直しながら
画面が切り替わるカットを数えていった。

眠い目をこする。
集中力を落とすわけには行かない。

単なる作業としてやってしまったら
課題は落第だ。

どうしてこの課題が与えられたのか
作業しながらも意図を見抜かなくちゃいけない。


初回のカウントでは正の字をつけながら数えてみた。
数えたカットはいつの間にか3桁を越えていた。

おそらく見落としがあるだろう。
それに意図もまだつかめない。

何度も動画を再生しては、数え直していく。
途中からは正の字を付ける余裕もない。

とにかく数えて、数えて
夜明けまでの時間を惜しんで、没頭する。


だんだんハイになってきて
はたから見たらやばい奴と化していた気がする。

自分なりに課題の意図らしきものがつかめた頃
徹夜明けの朝が訪れた。


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<第一の課題>

Q.“動画のカットを数える“課題の意図とは何か?

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翌朝、数えた動画のカット数に自分なりの解釈を添えた
レポートを執事さんに提出した。

紙面をちらりと見て、「まぁ、よかろ」と彼が満足げに笑う。

「これなら、魔王様の指導もムダにはならんやろ」

魔王様からの直接指導の件は、課題の出来次第だったらしい。
少なくともボーダーは越えていたようだ。

ほっと胸を撫で下ろす。

執事さんはこの時もケラケラと笑いながら、こちらを見つめていた


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<第一の課題のヒント>

①僕に動画編集の知識はなかった。おそらくカットの数自体は正確ではなかっただろう。

②レポートとして僕の解釈を添えたことに意味があった。

さあ、あなたが新人なら執事のボーダーラインを越えられるだろうか?
ぜひ考えてみてほしい。

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