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第15章

コストを上回る価値を相手に提供するためにー第15の課題解答編ー

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自分のテレアポの録音を聞いてみると
客観的な視点からいろんな改善点が見えてくる。

たとえば、声音から緊張や不安が声で伝わること
いかにもがちがちな雰囲気で、営業っぽさを感じること

これらの点は自分では全く自覚していなかった。

自信のなさがこんなにも声から伝わるなんて
思いもしなかったのだ。

あとは、電話をかけてきた用件が
いまいちよく分からないのも問題だ。

はっきり言ってしまえば、わざわざ代表者に
電話をつなぐだけのメリットを感じない。


「魔王様とかによくわからない電話を繋いだら
あとでめちゃくちゃお叱りを受けそう…」


時間管理に厳しい魔王様は、そのあたり容赦がない。

そう考えると、受付の仕事も大変だなあと思う。


「しっかし、どう改善したものか」


聞き直せば聞き直すほど、僕のトークはうまくない。

全体的に棒読みっぽいしゃべり方なのも
相手の不信感をあおっている気がする。


「あはは!落ち込んでるねえ~」


僕のどんよりとした空気を切り裂くように
ゲーテさんが大きな声で笑った。

どこに笑いのツボがあるのやら
僕にはさっぱりわからない。


「テレアポ大変でしょ。ねえ、録音聞いてどうだった?」


気付いたことをそのまま伝えると
ゲーテさんの顔が微妙にゆがんだ。


「ううーん、甘めに見ても50点かな」


僕の回答は、及第点には程遠かったらしい。
どうやら色々と見落としてしまっているようだ。


「もうちょっと、調べてみてもいいですか?」


企画書のときみたいに、YouTubeやブログを見れば
何かしらのヒントはある気がした。


「うんうん、次は100点の答えを楽しみにしてるね!」


途端に上機嫌になったゲーテさんは
自分の作業に戻っていく。

その姿を横目にみながら、僕は検索窓に
「テレアポ コツ」と打ち込んでみた。

いくつかの動画やブログを見ていくと
様々なノウハウが無料で転がっていた。

どれもありがたい内容だが、とにかく情報量が多い。
やってみないとわからないことも多そうだ。

気になったポイントを気づきノートにまとめてから
ゲーテさんのもとに向かう。

そして調べた内容についてそのまま報告した。


「で、どれが一番大事だと思った?」


返ってきた問いに、言葉が詰まる。
どれが大事かと言われると、うまく言葉で説明できなかった。

僕の様子をみて、ゲーテさんは大きくため息をつく。


「うん、よく分かってないことが分かった。60点ってとこかな」


ゲーテさんの指が、僕の額を軽く小突く。

仕草こそ気安いが、その目はけして笑ってはいなかった。


「電話する相手のこと、考えた?相手が何に困っていそうか、想像した?」


たたみかけるようにゲーテさんの言葉は続いていく。


「会うだけのアポであっても、相手に時間を使っていただく以上
メリットを示さなきゃいけない。なら、相手にとってのメリットって何?」


時間を使って「いただく」ということ。
相手にとっては、電話で話してる時間すらコストなのだと
ゲーテさんは言った。


「だって面倒だもの。相手に提供できる価値があることを示さないと
受付の人だって電話を繋がないよ。当然でしょ?」


テレアポがうまくいかない理由を、僕はトークスキルの
問題だとばかり思っていた。

自分がトークが下手だから、うまくいかないという
言い訳を作って逃げていた部分があるのだと思う。

もちろんスキルの問題だって無視できないし
改善すべき点はたくさんだ。

けれど、それ以上に意識の問題の方が大きかったのだと
僕はゲーテさんの話を聴きながら恥じ入る気持ちでいっぱいだった。


「相手のコストやメリットを考えられないなら、テレアポをいくらやっても
せいぜいまぐれ当たりがいいとこ。再現性はないし、何も身につかないだろうね」


がつんと頭を殴られたような衝撃を受けた。

「相手のことを考える」ということを何度も教わってきたのに
また僕は本質を見失ってしまったのだと気づかされたのだ。


「敬語やらトークスキルはいずれ執事さんからレクチャ―があると思うから…
まずは相手の企業についてリサーチからやり直してみたら?」


相手の企業は何にお困りなのか。
そして僕たちの会社はどんな価値を提供できるのか。

その後の僕は、執事さんやゲーテさんに助けてもらいつつ
テレアポの課題とより深く向き合うことになった。

電話する相手企業のHPやSNSを細かく調べ
相手の状況を想像しながら、仮説を立てて電話をかける。

調べる手間こそかかるが、受付の反応が少し変わった。

箸にも棒にもかからなかった最初の10件よりも
少し手ごたえを感じられた。

あとは、トライ&エラーでひたすら改善していくだけだ。

通話の録音記録を聞き直しながら
洗い出した改善点をもとに、トークスクリプトを
自分なりに改良していく。

自宅でもラジオアプリを使いながら
電話のトーク練習だ。

携帯に時々来るプライベートの着信は
今は見ないふりをした。

もともと頻度は多くない。
だから大丈夫だろう、と自分に言い聞かせる。

相手への提案プランやトークスクリプトについては
ゲーテさんにしつこいくらい確認したし、トーク練習にも
付き合ってもらった。

ゲーテさんは嫌な顔一つせずに
ひとつひとつ、丁寧に対応してもらった。

多忙な執事さんをつかまえて、時々トーク練習のラジオを
聞いてもらうと、敬語や抑揚など容赦ないダメ出しを食らった。

会食マナー講座の鬼教官は、トークの指導も鬼だった。

練習を重ねて、少しずつ手ごたえを感じる回数が増えていく。
受付を突破して、代表の方と直接話せるチャンスも増していった。

それでも、アポを取るのはやっぱり難しかった。
けれど、諦めないと決めていた。

そうしてある日のこと。
通話が終わって、静かに終話ボタンを押した。

じんわりと実感が伴ってくる。


「…やった、とれた」


アポが、とれた。
初めて僕の力でとれた、初めてのアポイントメント。

目が熱くてたまらない。
自然と涙がこぼれてくる。

1本の商談の場を作り出すことは、こんなにも難しかった。
仕事を頂けることは、何一つ当たり前じゃなかった。

こみあげてくる感情を、僕は静かにかみしめていた。


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<×月×日 気づきノート>

アポが取れた。
それだけのことだけど、今日は僕の記念日だ。

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