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第18章

執事さんの「答え」、そして僕がいつか見出すゴールへー第18の課題解答編ー

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夜の20時、僕はある定食屋で
執事さんと向き合っていた。


「腹減ったなあ…そやな、カツ丼にしよ。お前は何食う?」


早々に注文を決めた執事さんは、僕へとメニューを差し出した。

あまり食欲がない僕としては、水だけでもいいくらいなのだけれど
何も注文しなかったらお店の人にも悪いだろう。

仕方なく、せめて胃に優しそうな雑炊を頼む。


「今日はおごりやから、もっと豪華なの頼んでもええんやで」


執事さんの言葉に、僕はゆるく首を振った。

定食屋で豪華な食事というのもおかしな話だけれど
どんなゴージャスメニューでも今はおいしさを感じられないだろう。

運ばれてきた食事を、しばらくの間
他愛もない会話をしながら互いに口に運んでいく。


「食べ終わったら、ちょい散歩するか」


雑炊をなんとか8割食べたところで
僕はギブアップして、執事さんと店を出た。

執事さんと二人、夜の街を歩く。
空を見上げれば、青白い月が静かに輝いていた。


「そういや、いい作品が何かが分からんくなったんやって?」


執事さんが、さりげなく話を切り出す。
ゲーテさんが僕の疑問を事前に伝えていたのだろう。

僕はこくりと頷いた。


「…正しい答えなんてないからなあ。
あくまでも今の俺の考えやけど、それでええか?」


執事さんにしては珍しく、少しあいまいさが混じった口調だ。
やっぱり人それぞれ考えが異なる内容だったらしい。

僕は再び、頷きを返した。

正しい答えでなくたって構わない。

僕よりも執事さんが経験豊富なのは間違いないし
なにより執事さんは僕のチームのメインディレクターだ。

彼の考え方はきっと、僕の指針のヒントになるだろう。


「まず大前提として、ある程度のクオリティは必要よな。
ただ、クオリティが高いから『いい作品』かと言われるとなあ…
少なくとも商業的にはダメダメな作品も多いのが事実や」


「いい作品」を仮に商業的な売上で定義すると
クオリティ的に「いい作品」とはイコールにならないと
執事さんは断言した。

たとえ巨額の制作費をかけて出来上がったあるハリウッド映画は
広告費も莫大につぎ込んで、一見大ヒットしたかに思える。

けれど、投資した制作費と広告費に対して
興行売上がまったく見合っておらず、結果的に大赤字。

全米が泣くどころか、関係者が大泣きする羽目になった
事例は実は無数にあるらしい。


逆に、たとえば「進撃の巨人」のように
作画クオリティはそこまで高くないとしても
結果的に大ヒットして大きなお金を生み出したケースもある。


「『いい作品』は立場によっても異なるやろうな。
作り手はクオリティを求めることが多いが、版権元からすれば
お金を稼いでくれる作品のほうが『いい作品』やろうなあ」


確かに、趣味で作品を作っているのなら
好きなだけクオリティにこだわればいいだろう。

でも、実際ほとんどの作品はビジネスだ。
利益を生まない作品は、当然淘汰されていく。


「ジャンプとかでも、読者投票の結果が悪けりゃ打ち切りやろ?
残酷なようやけど、ビジネスとしては売上が見込めないなら投資せんのは当然や」


僕も昔、好きだった作品がいきなり打ち切りになって
ショックを受けたことがある。

読者としては、出版社や作者に怒りを感じたものだ。
けれど、今なら理解は出来る。

一読者としては受け入れがたくても
出版社だって営利企業としてビジネスをしているのだ。


「ただなあ、クリエイターの多くがビジネス視点を見落とすんよな。
作り手だからこそ、作品の質や世界観にばかりこだわってしまう。
もちろん、それが強みでもあるんやけど…」


執事さんのおっしゃることは、僕にもなんとなく理解できた。

僕が関わっているクリエイターさんを見ても、ほとんどの方は
自分の技術を日々磨いているし、高い意識をもって作品作りに取り組んでいる。

けれど、自分の作品がどういった使われ方をして
どの程度のお金を生み出すかを意識できている人は少ないように思う。

ディレクター側からすれば、クリエイターさんのこだわりを聞きながら
費用対効果を考える必要があるので、板挟みになって悩む事が多かった。


「クリエイター単体で、利益を作り続けるのはなかなか難しい。
だからこそ、作品を作り続けるためにもビジネスとして利益を出せるよう
軌道修正できる優秀なディレクターが重宝されるんよな」


執事さんの言葉が心に落ちてくる。
ディレクターとクリエイターとでは役割が違う。

僕は作品を作れない。
だからこそ、作品を作れるクリエイターさんの強みを活かす。

そして、利益を生み出せるように仕掛けを作る。

それが僕の仕事だった。

クリエイターにとっての『良い作品』を
身内だけの満足に終わらせない

世の中に認められるように、利益を出せるように
工夫を凝らしていけばいい。


「まあ、これが俺の考え方やな」


執事さんの言葉に、大きく頷いて
「ありがとうございます!」と頭を下げた。

やっと答えが見つかったような気がした。
あとはただ、執事さんのおっしゃった言葉をもとに
精一杯がんばればいい。


「…まあ、あくまでも俺の考えや。多分、魔王様の考えも俺とは違うやろ。
自分の答えは、自分で考えて自分で見つけや?」


思考停止だけはするな、と執事さんが釘を刺す。

内心ぎくっとした。
言われた言葉をそのまま、素直に受け取ってしまっていたからだ。


「じゃあな。あんまり考えすぎずに、しっかり寝ろや?」


執事さんとの夜の散歩は、あっさりと終わった。
このあと、執事さんはオフィスに戻るらしい。

後ろ姿を見送ってから、僕は帰路についた。



僕が作りたい『いい作品』とは何なのだろう?

そもそも、僕はこれから何をしていきたいのだろう?


魔王様も執事さんも尊敬する魔物達だ。
けれど、彼らは僕ではない。

僕は、僕の答えを探していかなくちゃいけない。


「まずは、明日からのディレクション、がんばるか」


月に向かって、大きく背伸びをする。

まずは目の前の仕事から、ひとつひとつこなしていこう。

焦らずに、今はただ、積み重ねる。
その先にきっと、僕の答えが見えてくるだろう。


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<×月×日 気づきノート>

目の前のことを、やっていこう。

焦らずに、一歩一歩
僕なりのゴールを考えていこう。

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