上 下
8 / 11
ルフトシュロス学院 小等部

Sクラス担任との秘密共有

しおりを挟む

零と空木は、互いに腹の探り合いではなく、情報の共有と互いの秘密の共有をする事を決めたが、それに空木が条件を付けた。
その条件は、互いに一問一答するというもの。恐らく、どちらかが秘密を話した後、もう片方が秘密を打ち明けない等という事態を防ぐ為なのだろうと当たりをつけ、零もそれを許容した。
それは、互いへの誠意を示したやり方でもあった。零には少しだけ迷いがあった。魔力の属性についてや、魔力量が途方もない程多い事。それ位の秘密を話す事に躊躇はない。だが、零に前世の記憶がある事を話す事には躊躇いが生じてしまう。

(それでも、それを話さなければ彼の誠意を踏みにじる事になるわね)

零が感じた躊躇いは、自己保身の気持ちから生まれるものである事も自覚していた。例え魔法が存在するこの世界でも、もしかしたら異物扱いを受けるかもしれない。それでも零は決めていたのだ。何があっても自身の信じる大切な存在達と共に生き、護る事を。ならば、今この時だけは保身を忘れて空木に全てを打ち明けるべきだろう。一度目を瞑り深呼吸をして目を開いた。その目には、既に迷いはない。あるのは覚悟だけだ。

「じゃ、レディファーストといこうか。質問は?」
「レディファースト、ねぇ?まぁいいわ、そうね、まどろっこしいのは嫌いだから単刀直入に、貴方は無属性の魔力保持者ね?」
「イエスだな。普段は属性を偽ってるが確かに無属性魔力保持者だ。その事を知ってんのは俺の家族と信頼できる友人である絢瑪と、お前だけだな。さて、俺の番だな、何故俺が無属性魔力保持者だとわかった?」
「それは簡単、私も無属性魔力保持者だから。というか、東宮先生とは友人なのね」
「神域の領主の娘が無属性魔力保持者とは、因果だねぇ」
「そうね、しかも光属性魔力保持者で姫巫女の再来と謳われてる泉莉が傍にいたしね」

最初の一問一答で互いの魔力の属性について確認した。とはいっても、既に分かっていた事ではあったが。と、その時点で零は既に半分以上この一問一答制度を面倒臭いと感じていた。

(さっきの質問に答えて貰ったし、信頼出来るって感じがするのよね)

元来零はこういった自身の勘を信用している。特に、人を見る目に関していえば、伊達に前世の記憶を保持したまま貴族令嬢として生きていないのだ。しかも、神域の領主の娘としてだ。当然のように周りには零を通して亜紀や朱里に取り入ろうとする者達が多くいた。そんな貴族の社交場を、3歳の頃から潜り抜けてきているのだから、どれだけ相手が取り繕おうと見抜けると断言できるほど鍛えてきた。

「それじゃ、暴露大会開始という事で」
「ぁ?どういう意味だ?」
「私ね、これでも貴族令嬢なのよね。周りにいる人が敵なのか味方なのか、それを会話の中で見極めてお付き合いをしなきゃならないの。だから自分の人を見る目を信じてるのよ。理由としては、このくらいね。少しだけ長くなるだろうけどちゃんと聞いてね?」
「俺は信用に値するって事か?」
「少なくとも、契約魔法の事や魔力属性について貴方は嘘も誤魔化しもしなかったから」

そう言って零は真っ直ぐに空木の瞳を見て微笑った。
これから彼女が語るのは、彼女が彼女として生きる為に今まで誰にも、泉莉や契約獣達にすら話す事のなかった秘密。

「お前が今から話そうとしている事は、桜木達は知ってんのか?」
「・・・何故?」
「お前が俺と情報や秘密の共有をしようとしてんのは、桜木を護るためだろう?なら、俺よりもまずは桜木達に話した方がいい」

空木の言葉に、零は瞳を揺らした。魔族との契約魔法が発動し、辺り一面に瘴気が溢れていても揺れる事のなかった瞳に、不安と怯えが見えた。その事に空木は動揺した。

「おい?どうした」
「先生は、いえ、そうね。あの娘にまずは話すべきよね・・・ここに呼んでも?」
「あ、あぁ。別に構わないが」
「ではお言葉に甘えて。応え、皇紀」
「呼んだか?我が主よ」
「えぇ、泉莉達をここに連れてきてくれる?隠蔽魔法を使って見つからないようにね」
「承知した」

空木が声をかけると、零の瞳に揺らいでいた不安と怯えはすぐに霧散し、泉莉達を空木の部屋に呼ぶ許可を求めてきたので許可したが、空木は先程見た揺らぎが気になりじっと零を観察した。
零は皇紀が泉莉達を連れてくる間何をするでもなく、ただじっと瞼を伏せて考え込んでいるようにも見えた。時折覗く瞳はやはり不安が浮かんでいるが、そうだと判断する前に消えてしまう。まだ7歳の子供が、感情を抑え込み制御するとは、と空木は内心舌を巻いた。だが、それは必ずしも良い事とは限らない事も知っているため、踏み込み過ぎたかもしれないと後悔し始めた頃、泉莉達が部屋の中に入ってきた。

「失礼します、零?皇君が零が呼んでるって言ってたけど、私は後でも良いよ?」

空木の部屋に入った泉莉は、僅かに揺れた零の瞳を見て、安心させるように微笑って言う。泉莉の言葉に零は一瞬何か眩しそうに目を眇めて、それでも、覚悟が薄れないうちに言うべきだと判断したようで、噛み締めていた口を開いた。

「いえ、泉莉達にも聞いて欲しいの。私が今まで誰にも言わなかった秘密の話。とてもじゃないけど信じられないような事。聞いて、くれる?」
「私、言ったよ?何があっても零の味方だよって」
「我らは主と共に生きると誓った身。それを話すのが他でもない主ならばどれ程荒唐無稽な事であろうとも信じる」
「俺はそこまで言える程神月の事は知らねえからな。だが、お前が嘘を吐くような奴じゃないのはわかるよ」

泉莉、皇紀、空木が紡ぐ言葉には、零に対する温かい感情しか含まれていないのがわかった。その言葉を聞いて、零は何を怖がり不安がっていたのだろうかと、泣きそうな顔で微笑う。
話したのは、春香と呼ばれていた前世むかしの自分と、神月零として生きる事を決めるまでの自分と、現在いま、こうして泉莉達や、信頼できる友人達と共に生きている自分の事だ。

「なるほどな、お前の7歳にしては大人びた性格だったのはそのおかげか」
「零がなんだか時々お姉ちゃんみたいな感じがしたのも」
「妾達は主ならば何でも良い。それらがあるからこそ、今の主ならばこそ、妾達は主を選んだ」

口々にそう言ってくれる泉莉達に、零は何を不安がっていたのだろうかと少し笑った。零が笑っている様子を見て、泉莉はホッとしていた。幼い頃から、零には何か秘密があるのだと薄々は気付いていた。時折覗かせるどこか遠くを見ているような、泉莉に誰か別の人を重ねて見るような、そんな瞳をしている事があった。その瞳を見る度に、零がどこか遠くへ、誰の声も、手も届かない所へ行ってしまうような、目の前にいる筈なのに、今すぐにでも空気に溶けて消えてしまうような錯覚を覚えた。それでも、その不安を押し殺してでも泉莉が零に秘密の事を問い詰めなかったのは、約束したからだ。

(例え零が魔族だったとしても、私は零の親友だもん。零の味方であり続けるよ)

あの日、零が泉莉に約束し、誓ってくれた時以来、声に出して言う事は少なくなったけれど。姫巫女の再来だと言われ、周りの人全てが泉莉自身を見なくなってしまった時も、家族以外では零だけが泉莉を泉莉として見てくれた。それにどれだけ救われただろう。
時には喧嘩もした。説教をされる事もあった。けれど、どんな時だって零は泉莉に対して対等であってくれた。だから、護ると決めたのだ。例えその先に、絶望が待っていようとも、共に生きると。
心の内で泉莉は今一度自身に誓った。

「じゃ、今度は俺の番だな」

うっかり忘れかけていたが、そうだった。もとより、零は空木と情報共有をして今後に備える為に空木の部屋にまで来ていたのだった。そんな声が聞こえてきそうな間抜け面を晒している零と泉莉に笑いを噛み殺しながら、空木は語り出した。

「俺は神月のように前世の記憶はねえが、それでも無属性の魔力保持者ってのはやっぱ差別されんだよ。まだ4つのガキの頃、俺は血の繋がった家族に捨てられた。俺の生家はそれなりに地位のある家柄でな、俺の兄だった男は風属性の魔力保持者で、この学院でも優秀な成績を収めてた。俺はといえば正妻の子供じゃねえし、無属性の魔力保持者だしってんで、かなり扱いに困ってた。それでも4つまで育てたのは、世間体を守る為だったと兄だった奴に後から聞かされたよ。俺はそれから今の家族に拾われた。学院に入ってからも神月と同じように無属性である事を隠しながら過ごしてた。絢瑪にバレたのは高等部に上がってからだったよ。神月は知ってるかもしれないが、高等部に上がれば何人かとチームを組んで実技授業を受ける事になる。それで絢瑪と俺は互いに目を付けてたんだよなぁ、まぁそれで実習中にバレた。そこからは紆余曲折あったが、親友になって今でも同じ職場にいる始末だ。俺の事って言えるのはこの位だな」

軽い口調で話していたが、零は一言突っ込みたかった。この位とか言える程軽い過去では絶対にないと。だが、空木にとっては既に自分の中で決着もついているただの過去話でしかないのだろう。
生家の事を話す時ですら、彼の瞳は穏やかに凪いでいたのだから。
空木のその強さは、零にも泉莉にもないものだ。零達にはまだ全てを受け入れ、認められる程の器の大きさも強さもない。2人は顔を見合わせて微笑み合いながら、いつか自分達も、空木や絢瑪のようになれるようにと思った。

「これで、お互いに秘密の共有も出来たことだし、これから色々と宜しくお願いしますね?空木先生」
「あ、でも、空木先生が困ってたら私達も協力出来る事があったら言ってね!手伝うよ」
「色々ってのが気にはなるが、まぁいいさ。こっちこそ宜しくな、絢瑪には俺から伝えとくから、安心しろ」

片頬を吊り上げ悪どい笑みを浮かべる零と、拳を握りニッコリと微笑う泉莉の正反対さ加減に苦笑を溢しながら空木は頷いた。


秘密の共有と情報の共有。
心強い新たな味方と共に過ごす学院。
だが、まだ謎に包まれたままの状態にある女生徒達。
入学したばかりだが、まだまだ何かしら起きるだろう。
彼女達を待つのは、はたして…
しおりを挟む

処理中です...