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第8話『逃亡劇』

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 ダイナ=オコナーが警告した通り、13thサーティンスの奴らはエリカを人質にして汚い仕事を俺にやらせようとしてきた。だがそれは、ILAの潜入捜査官によって既にリークされている。だからあの写真が事前に俺の知るところに出てきたんだ。
 作戦通り、渋々……という態度を取りながら俺はその提案を受け入れる。
 俺が捜査の手助けをしていることを悟られてはいけない。

「アンタが、俺を監視する野郎か」
「あぁ、よろしくな」

 俺は小汚いスラム街のトレーラーハウスにやって来た。
 俺の監視をするとか言う男の名前は知らんが、とにかくスキンヘッドの厳つい男だった。
 見た目がいかにもな悪党面をしていて、分かりやすい奴だな、と俺はのんきに考える。そうでもしないと、いつもの自分でいられずに捜査がバレてしまうかもしれないからだ。

「で、運ぶ荷物ってのは?」
「こいつだ」

 そう言ってスキンヘッドの男は部屋の壁を壊して大きなボストンバッグを六つ程取り出し、外にある車にこれでもかと積み込んでいく。
 白いスポーツタイプの車。俺のセダンとは違って2ドアのクーペ。

 見た事ない車種だけど、名前はなんていうんだろう?

 ライトはリトラクタブルで、べったりと低い車高、そしてボンネットには何やら穴が開いている。これは……空気を取り込むためのモノか? 何のためにこんなものが開いているんだ?

「なぁ、この車はなんていう名前なんだ?」
「さぁな。出所不明の怪しい車らしいが、性能はとんでもなく良いらしい。今回の仕事の為にわざわざ用意したんだから、壊さないようリーダーから釘刺されてるから気ィ付けな」
「それ、これからやること知ってて言ってるだろ。お前さんのリーダーはしっかりと笑いも取れる面白い奴なのかもな」

 俺のその言葉に、スキンヘッドの男は反応しなっかった。ただ黙々と大きなバッグを車に詰め込んでいくだけ。
 てか、こんなに詰んだら車重くて走りにくくなるだろうが。まぁ、だからこそ俺を無理矢理連れてきたってのもあるだろうが。

「で、積み荷は何キロあるんだ?」
「だいたい五〇キロになる」

 なるほど。重いな、それは。

 だが俺には関係ない。それだけの重さが加算されるなら、それに合わせた運転をするだけだからな。運転には、その時の速度によって、適切な操作が必ずあるんだ。ブレーキポイントと踏み込み量、アクセル開度、シフトチェンジ、ステアリング操作。これら一つ一つが、そのスピードとコース、それとその場の状況に合わせた正解となる操作が必ず存在するはずだ。

 俺は、日頃の運転からそれを“できるだけ”行っているだけ。
 今日もそれを実行するのみだ。

「よし、積み終わったぞ。早速出発だ」
「分かった。まずはこの車の特性を知るためにある程度暴れるが問題ないか?」
「あぁ、それで仕事が達成できるなら問題ない」

 そして俺とスキンヘッドの男は車に乗り込む。
 視界がいつもより低い。だけどその分、安定しているはずだ。重心はできるだけ下にあった方が安定感が増す。これだけ低い車なら、走行安定性は高いはずだ。

 エンジンをかけるためにキーを回す。スターターのキュンキュンキュンという音の後に、エンジンが始動し、アイドリング状態に入る。そのエンジン音はとても不思議なものだった。

 普通ならドドドドド……という音なはずなのに、これは違う。擬音で表すなら「バーッパッパッパッ」という独特な音だ。平べったい印象があるが、この車のエンジンはどうなっているんだ? ピストンとは違う方式なのか?

 クラッチを切り、シフトを1速へ。クラッチを繋げていざ走り出すと、その加速性能の良さ、そして回頭性の良さに驚きを隠せない。こんなにイイ車があるのに、ふさわしい乗り手がいないだなんて、こんなにも悲しい事があるだろうか。

「大体分かった。さて、行こうか。ナビゲーション、よろしく頼んまっせ」
「あぁ、最高の仕事を期待しているぞ」


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 最初は良かったんだ。最初はな。
 あともう少しで到着だし、とても静かだったから、このまま誰にも気づかれず、そして迅速に目的地に着けるのだと思っていたが……それはあまりにも甘い考えだったのだと、実感した。そしてそんなお花畑な考えをしていた数分前の自分に説教したい気分だ。
 油断は禁物だぞ、と。

「おいおいおいおい、何で俺たちが麻薬運んでるって警察の奴らは知ってんの?」
「おそらく魔導士警官だろう。あいつらは魔法を使ってこういう違法な薬物を見つけ出すからな。運悪くそれに引っかかっちまったってワケだ。さぁて、オメェさんのドライビングテクニックのお手並み拝見といこうじゃないか」
「随分と余裕なことですこと!」

 やつらは飛行魔法で俺らの事を執拗に追いかけ回していた。

『そこの白いスポーツカー、停まりなさい。もう一度言います。そこの白いスポーツカー、リトラクタブルライトの白いスポーツカー、停まりなさい。少々荷物を拝見させていただきたい』

 そしてこの警告。俺らは停まるわけにもいかず、このまま警告を無視し続けるしかない。だけど、このまま無視し続ければ当然……。

『停まる意志無しと判断させていただきます。このまま走り続けるのであれば、こちらは強硬手段を持ってしてあなたの車を止めます』

 だけど俺は無視するしかない。
 強硬手段? なにそれ美味しいの? それともエロいの?
 エロい事なら大歓迎だけど、今はそんな気分じゃないからまた今度ね。
 とにかく今は……。

「逃げるしかねぇよなぁぁぁ!!」

 ギアを5速から3速へとシフトダウンし、アクセルペダルを思いっきり踏み込む。
 体にズンと響くGの変化が、心臓に響き渡った。今まで体験したことのない爆発的な加速により、一時的には魔導士から距離を置くことが出来た。だが、しかし、まるで全然、これでは足りなかった。

 すぐさま追いかけてくる空飛ぶ魔導士警察。
 俺は道行く車を右へ左へと縫うようにかき分けながら、前へ前へと進んでいく。

 すると後方から何かが輝いていた。サイドミラーをチラリと見ると、そこに映っていたのは魔法使いが魔力を貯めて攻撃しようとしている姿だった。
 やばいぞ。魔法なんて使われたら一巻の終わりだ。こちとら不思議パワーなんてものはないただの機械なんだから。

「クソッ! どうする……」
「大丈夫だ。安心しろ」
「え……?」

 スキンヘッドのその言葉を聞いた瞬間に、魔法が放たれた。
 逃げることもできずにただそれをくらうだけしか出来なかった。
 しかし……。

「うおぁ!?」

 強い衝撃によって車がふらついたが、それだけで終わった。俺はすぐさま車の姿勢を直して再び加速する。

「なんだ、なんで俺らは吹き飛ばされてねぇんだ!?」
「アンチ魔力コーティングだ」

 なんだそれ、聞いた事ないぞ。
 まぁ、言葉を聞く限りじゃ魔法に対抗する何かってことは分かる。

「知らないか。名前の通り魔法を弾くことのできるコーティング剤をこの車に塗ってある。コレを運ぶんだ、魔導士が出てくることくらい予測済みだ」

 とにかく窮地は脱出できた。魔法による攻撃が通用しないと分かったアイツらは次にどういう行動をしてくるのか。
 すると橋が見えてきた。
 この橋の先にある街を抜ければ目的地は目と鼻の先なんだが……。

「やべぇぞ……包囲されてるじゃねえか!」

 すでに俺らの事は警察に知れ渡っていた。そりゃあ、ここに俺らが来ることは容易に予測できるだろうさ。だけど、今の俺はそれを失念していた。

「おい、どうすんだよつるっぱげ!」

 俺は助手席に座るスキンヘッドの男に叫ぶようにして聞いた。
 しかしそいつは、ニヤリと笑い、こう言い放った。

「問題ない。こうなる事を予測できないわけないだろう。だからこそ俺がここにいるんだ。この意味、分かるか?」
「はぁ?」

 するとおもむろにスキンヘッドは窓を開けだした。

「気にせずお前はこの橋を渡り切れ!」

 よく分からないが、とりあえずここはコイツの言う通りにするべきだ。
 ここで捕まってはエリカの身柄は帰ってこなくなる。俺は無事にこの仕事をやり遂げILAにグレゴリーを捕まえさせて、ナオシにエリカを助けてもらうんだ。
 そして俺は――エリカと一緒にドライブすんだよ!

「ここで捕まるわけにはいかねぇんだよォ!」

 ステアリングをランダムに切りながら、魔導士の攻撃をかわし続ける。
 車に無理な動きをさせない様に、適切な操作で流れるように車を左右に振る。当たってしまっても問題ない。バランスを崩して暴れてしまった車を、元に戻すのは得意なんだからな。
 橋の真ん中に辿り着いた頃、さっきから後ろにある馬鹿デカい鞄から何かをごそごそと取り出していたスキンヘッド。いったい、それは、何なんだ……!?

「なんだそれ……」
「ロケットランチャーだ」

 まさか。いや、そのまさかだった。
 当たり前の様に答えるスキンヘッドは四角い筒状のものを、このクソ狭い車の中で取り出して、それをその身ごと窓から出して構える。
 おい、まさか。おいおいおい、まさかだよね!?

「ぶっとべ……!」

 ばしゅぅぅぅぅぅぅぅ!! という音と白煙と共に、それは放たれた。

「ファーーーー!?」

 そして凄まじい爆音とともに、道路を閉鎖していたバリケードとパトカーが吹き飛ぶ。その様子を見て、俺は口をあんぐりと開けていたのだが、それに構うことなくスキンヘッドはもう一発、確実に道を開けるべく発射した。
 弾頭が目の前を通過していく。

 もう、何が起きているのか理解できないが、深く考えるのはよそう。
 とにかく、俺は俺の仕事を完遂させることだけを考えろ。この車を、誰よりも早く走らせることだけを考えるんだ!

 ロケランによって作られた道を、俺は進む。
 左右には無残にもぶっ壊されたパトカーの残骸。そして――あまり見たくないものもあったが、それには目瞑らせてもらう。だって、俺は、エリカの命を助ける方が今は大事だからだ!

 ブレーキングして減速し、クラッチを切ってシフトダウン。ステアリングを切りつつ再びブレーキをポンと踏んでやる。すると車が横を向く。景色が横に流れていくのを見ながら、俺はカウンターステアを当てつつアクセル操作をして車をコントロールしてやる。

 これがブレーキングドリフト。

 俺が車を安全にかっ飛ばす上で使っているテクニックの一つだ。
 車が滑ってコントロールできなくなるくらいなら、最初から滑らせてコントロールすればいいじゃない、と考えてこの“ドリフト走行”を作った。もしかしたら、すでに誰かの手によってこの走行方法は作られていたかもしれないが、俺の周りでは俺が最初にやった。

 みんな驚いていたよ。車が蟹のごとく横向きに駆け抜けていくんだから。

「一難去ってまた一難だな、ホント」

 横に大きな川が流れている川沿いの道路を走っている中、後ろでパトカーが何台もサイレンをうるさく鳴らしながら、俺たちを追跡をしてきやがる。そして空からは魔導士が俺を捕捉し続けているはずだ。だから、この包囲網をどうやって抜け出せばいいのか……考えろ。

「おい筋肉ハゲ、武器はロケラン以外に何がある?」
「まずロケットランチャーの残弾が残り二発。そしてハンドガンとマシンガン、スナイパーライフルに手榴弾が五個ほどある」
「なるほどな。とにかくそれはできるだけ温存だ。この街を抜けるにはそのロケランは必要不可欠だからな」

 俺は喋り終わると、再び両手でステアリングを握りしめ、アクセルを踏み込む。
 行く道、そしてまた行く道、どこに行っても警察がバリケードを使って封鎖してやがる。だが、すべてではない。まだ抜ける事ができる道はあるはずだ。
 これは時間との勝負。完全に包囲されてしまう前に、この街を抜け出せなければ俺らの負けだ。捕まってエリカの身柄は保証されなくなる。クソッ! ILAだか何だか知らないが、なんで警察に協力して警察に追われなきゃいけないんだよ!
 確かに民間組織と国際組織じゃ別物だし、グレゴリー確保の作戦を大っぴらにするわけにもいかないのは分かるが、ちょっとハード過ぎるっての!

「まずはあの魔導士をどうにかしなきゃ始まらんぞ。アイツらは空からずっと俺たちの事を追跡してる。処理しないと先回りされてこの街から出られない。おいスキンヘッド、スナイパーライフルでアイツらを落とす事は出来ないのか?」
「やってみよう」

 ただ低くて渋いその一言だけ。
 スキンヘッドの野郎はまたも後ろのバッグからスナイパーライフルを取り出してドアの窓から身を乗り出してスコープを覗く。

「ッチ! おい、曲がるぞ、掴まってろ!」

 目の前にはまたも警察の野郎が道を塞いでいた。後ろには無数のパトカーが突進してくる勢いで走っている。残る道は……一か所だけ。正しく言えば道じゃないけど、そこを通る他ないんじゃいボケェ!!
 左に曲がり、そして加速。シフトはそのままに、アクセルペダルを床まで踏み込む。その先にあるのは――人が落ちないようにするための柵。

「飛ぶぞ! 掴まれぇぇぇい!!」

 それを突き破り、車は宙に投げ出された。別に飛べるわけじゃない。落ちてるだけだ。
 これぞ掟破りの空中にある道だぜ。
 え? それっぽい言葉にして正当化するなって?
 そんなもん百も承知だっつーの!

「落ちろ……!」

 車が飛んでいる――もとい落ちている最中。隣からはまたも低くて渋い一言が聞こえた。
 何をしているのかと思えば、彼はスナイパーライフルを構えているじゃありませんか。こんな場所で撃つとかどういう頭してんだよ。
 だけど、よくよく考えてみると、スキンヘッドの行動は理にかなっていた。
 なぜなら、まず射線上に障害物がないこと、そして空中に車があるからこそ揺れる事はない。よって、今が魔導士を撃ち落とす最高のステージってワケだ。

 乾いた音が二回。

 そしてスキンヘッドはすばやく車内に戻り、対ショックの姿勢を取った。
 車は地面に叩き付けられるようにして着地。
 あまりの衝撃に一瞬前が見えなくなったが、シートベルトによってこの身がどこかに叩き付けられる事だけは免れた。

「はぁ、はぁ、はぁ……魔法使いは?」
「落ちたぞ、間違いない」
「そうか、空からの監視がなくなったところでズラかるとしましょ」

 俺は1速にシフトを落として再び加速する。俺を見失っているこのチャンスを生かずどうする。ただ、俺が乗っているこの車は目立ちすぎる。見た事もない形をしているから、目撃されればすぐにバレちまう。
 どうすればいい……?

「ピットマン、これから車を交換する」
「なんだって?」
「いままでこの車を使っていたのは目立たせることにあるんだ。だからこの車をデコイにして包囲網から脱するぞ」
「なるほど、そういうワケか」

 チラチラと周りを見つつ、俺はスキンヘッドの野郎にプランを聞く。

「で、具体的にはどうやって車を交換するんだ?」
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