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第13話『口に合わない食事会』

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 列車の暴走を止め、無事に乗客と政治家の娘さんであるマリナ=エンライトを助け出す事に成功した俺たち『ジェネシス』は、その成功報酬でご馳走を食べようと計画していたのだが、そのマリナ=エンライトに今回のお礼に、と食事に誘われた。

 金貰いながら美味しいもん食べれるとか、こんなにも美味しい話はないと思った俺たちはその誘いを受ける事にし、エンライト家の豪邸に招待されることとなった。
 ガーデンがあって、白塗りのお城の様な建物に招かれるには場違いなラフな恰好をしている俺はものすごく恥ずかしくなったが、まぁそれはロディも一緒なので気休めではあるが安心できた。場違いである事には違いないのだが……。

 そしてだだっ広い部屋の長テーブルで食事を開始する。ここにはマリナとその父のブライアンも同席している。

「さぁ、ジェネシスのみなさま、遠慮なさらずどうぞお食べになってください」

 ブライアンさんがそう言うが、正直テレビの向こうでしか見たことがない料理を出されても、どうやって食べればいいのかも分からない。だって、肉料理でもよく分からない薄い膜みたいなのが乗っかっているんだもん。どうやって食べるのさこれ?

「なぁ、なぁナオシ」

 小さな声で呼びかけてくるロディ。何が言いたいかは何となく分かるよ。

「正直食べ慣れてないから美味しく感じねぇ……。フライドポテトとか分かりやすいのはないの?」
「そりゃ分かるぜロディ。だが諦めろ。本当はちょっと贅沢なステーキだったところを、俺たちが手を出せないフルコースを食べれるんだ。理解できなくても味わって食っとけ」
「そ、そうだよなぁ……」

 だが、手が動かない。食が進まない。そりゃあ、どんだけ高級なものでも美味しく感じなけりゃ、もったいないの一言に尽きるってもんだ。

「どうしました? お口に合いませんでしたかサカイ様?」

 マリナさんがそう聞いてきた。正直言うと口に合わないが、ここは取り繕う。だって、マズいですとか言ったら失礼じゃん? 今後のビジネスのためにも、ここは仲違いするわけにはいかない。

「いえ、とても美味しいですよ。こんなの食べたことがない」
「そうですか……。あまり口に合わないんですね」
「ファ!?」

 どういう……ことだ……。俺は完璧に笑顔で、とても美味しそうに答えたはずなのに、なぜ俺の嘘が分かったんだ!? あれか、政治家の娘は小賢しい奴をたくさん見てきたから人の嘘を見抜く力があるとかか?

「ハハハ! マリナに嘘を突こうとしてもムダだよ。マリナは人が言っている事が嘘か本当かを見極める力に長けている。メンタリズム……とかいう技術だそうだ」
「めんた、りずむ?」
「そうですよ、サカイ様。性格や癖、表情、手や口などの体の動き、発汗などを見て真偽を確かめることが出来る技術です。決して魔法といったものではありませんよ」
「はぇー。何だかよく分かりませんが、簡単に真似出来ることではない事は分かります」

 さすがは政治家の娘さん。決して常人ではないところは、選ばれし人間って感じか。リリーは魔法の才に恵まれ、ロディは人並み外れた度胸とドライビングテクニックの才を持ち、そして俺は……よく分からない剣になる事ができるフェルトに選ばれた。
 こうして上に立つ者に近づくことが出来るのはそういう選ばれた人間だけに許された特権だと俺は思ってる。じゃなけりゃ、ドロップアウトしちまった俺が今この場にいること自体ありえないのだから。

「例えば、ロディさん」
「え、俺?」
「はい、あなたには大切な人がいますね?」
「…………」
「その大切な人は……そうですね、女性、かな」
「……なんで?」
「それでもって、その女性は……小さな女の子で、うんうん、年齢は一〇歳前後と言ったところでしょうか」

 ちょっと待ってくれ。それロディだけの情報じゃないだろう。なんでエリカちゃんの情報まで分かっちまうんだ……? それもロディの表情とかから分かっちまったってのか。こうやって目の前で見せつけられちゃ恐ろしい事この上ないぞ。

「おいおい、すげーな。エリカの事なんて教えてねーのに分かっちまうのかよ」
「お気づきではないと思いますが、私が新しい情報を出す度に手を握りしめる力が変わっていましたし、視線がちょっと鋭くなりました。他にも判断する仕草はたくさんありましたが、そういった事ひとつひとつが積み重なってその解が出たんですよ」
「やべーぞナオシ。これじゃ俺たちの内に秘めてる隠し事とかスケスケになっちまう。もしかしたら、エロい事とかも悟られちまうぞ!」
「ちょっとピットマンさん! こんな場でそういうシモを言うのやめてくれますか!? せっかく美味しいディナーを頂いているっていうのに!」
「そういうリリーもぼっちだってことが筒抜けになっちまうんだぞいいのか?」
「今その瞬間、メンタリズムとか関係なしにこの場にいる人たち全員にその情報が拡散されてしまったんですが! てか私はぼっちじゃないですよ! ちゃんとマーガレットという親友がいますからッ!!」
「ふふふ……。とても賑やかで楽しいチームなのですね、ジェネシスは」

 そういう風に、マリナ=エンライトは俺たちの事を評した。

 確かに、俺とフェルトの二人でやってた頃とは違って賑やかになったもんだ。ロディがエリカちゃんを助けた後に手伝いたいと言ってきて、そして依頼者だったリリーは依頼達成後アルバイトとしてジェネシスに入った。俺を含めてこの四人は本当に見事なバランスだと思っていて、フェルトと二人きりだった頃とは違って仕事もより様々な事をできるようになった。

 二人だった頃は掃除か、ちょっと危ない戦闘絡みの仕事の二択しかなかったけど、ロディが入ったことによって、車を使った荷運びや、移動のために使われたりされるようになった。リリーが入ったことによって、家事とか子守りが出来るようにもなったし、危ない仕事をする際は魔法による支援も受けれるようになったことで、より安全に仕事を終えることができるようにもなった。

 そして、何より、マリナさんが言った通り、楽しいのだ。

「えぇ、最高の仲間たちですよ」

 俺はそう返した。これが正直な気持ちだし、このジェネシスなら何でもやってのける自信がある。今日の暴走列車を止めたときに、よりそう思うことができた。

 そのとき――。

「遅れてすまないな、ブライアン」

 この部屋の扉が開かれ、一人の男が現れた。

「おー、グリフィスさん。申し訳ない、先に食事をさせてもらっているよ。なにせ、急な来客だったものでね」
「ふん、そんな事は大した問題ではない。それより、コイツらが例の?」
「そうです。ジェネシスのみなさんです」

 グリフィスと呼ばれた男は、高身長のイケメン野郎だった。さらに言葉には圧があり、その声を聞くだけで圧倒的な存在感を覚えた。なんだ、コイツは? その圧倒的なプレッシャーに、俺は身動きできなくなっていた。

「ナオシ=サカイというのは、お前か?」

 奴の視線が、俺へと向かう。その問いに答えたくても口が中々開かない。いや、口どころじゃない。緊張しきっていて全身が動かなくなっちまっている。

「あ、あぁ……」

 力を振り絞ってようやく出た言葉が、掠れた返答だった。

「そうか、初めましてだな。グリフィス=オブライエンだ」

 ……ん? オブライエン? その名は、まさか。

「妹のマーガレットが世話になったようだな。感謝する。だが、俺は借りなどは作らん主義でな、なんとも腹立たしい……! だから貴様らに俺が直々に仕事を与えてやろう」

 黙って聞いていれば調子に乗りやがって! 何でもかんでも上からしか物を言えんのかコイツは。ふざけんなよ、何が仕事を与えてやるだよ!

「さ、サカイさん。この人は『ガーデン』っていう便利屋の社長さんですよ……!」

 ガーデン……だと……? 俺たちなんか足元にも及ばない一流の大企業じゃないっすかやだー。従業員は三〇万人越えで俺たちの七万五千倍の人数とか比べ物にならない。
 やろうと思えば、俺たちの事などそこら辺の草を毟るくらい簡単に排除できるはず。

 怖っ! 上から目線は当たり前でしたごめんなさいでした!
 道理で圧倒的な存在感があるはずだ。そのプレッシャーは社長だからこそ、積み上げたものがあるから放つことができるオーラのようなものだろう。

「あ、あのぅ……仕事と言うのは、どういう?」

 弱々しく、小さく手を上げながらリリーは質問した。
 するとグリフィスさんは腕を組みながら澄ました顔で答える。 

「なに、簡単だ。マリナ=エンライトの護衛任務を貴様らにやってもらおうと思ってな」
「護衛任務だって?」

 マリナさんの護衛か……。
 なぜ彼女のことを守らなければならないのか。その理由は、きっと、おそらく、いや十中八九アレしかないだろう。

「あぁ、そうだ。来週になれば選挙が始まる。エンライトが魔法社会推進の保守派であるのは知っているだろう?」

 やっぱりな。
 確かに、ブライアン=エンライトは『魔法』という力を推進している保守派の政治家だが、当然この考えに反対する者も存在する。科学技術が着々と進展している今の世の中では、魔法は時代遅れの力であるという考えもあるのだ。才能がなければ扱う事の出来ない『魔法』よりも、万人に扱う事の出来る『科学技術』の方が優れている、という考え。

 今の世の中は、極端に言ってしまえば魔法技術の進展を守る保守派と、魔法技術を切り捨てて科学技術の研究を進めるべきという推進派に分かれる。
 当然、今のこの世の中は、魔法によって地位を上げた家が存在する。

 目の前にいるグリフィス=オブライエンの家は、古来から受け継がれし魔法技術を保有している名家だ。これでハイレシスという国が、魔法の研究はこれで終わりです、と言ってしまえば、その魔法の名家という地位は、無に帰してしまうというわけだ。

「…………」

 横を見れば、リリーが俺を無言で見つめていた。彼女の友達、マーガレット=オブライエンは、この問題の当事者――いや、リリー自身も問題の当事者なんだ。魔法使いという肩書き自体が危ぶまれているこの現状は、決して無視できるものではない。

「大きな権力を持っているエンライトは、推進派の奴らにとって邪魔な存在。だから、その身内であるマリナ=エンライトに危害が及ぶ可能性があるということか」
「その通り。戦いだけが取り柄の無能ではなかったか」
「そうですよ。あまり舐めないでいただきたい。しかし、なぜ俺がマリナさんを?」
「貴様はマリナ嬢と同い年と聞いてな、学校での護衛をするには適任だと思ったんだ」

 その瞬間、マリナさんの体がピクリと反応した。

「サカイ様と、同じ学校に……?」
「えぇ、マリナ嬢。もし嫌だと言うのなら、私どもの――」
「いえ! 問題はございません。サカイ様、よろしくお願いいたします」
「お、おう……。急な依頼だったけども、全身全霊を賭けて、あなたを守りますよ」

 グリフィスさんはブライアンさんに向き合い、

「ブライアン、よろしかったか?」

「えぇ、何の問題はありませんよ。護衛の仕事はすべてあなたに一任しています。どういう風に人員を割こうと私は口を出しません。それに、ナオシさんなら、わたしとしても安心できますから」

 暴走列車の事件の解決は、思ったよりも信頼を勝ち取ったようだ。
 文句など一言も発することなく、あまりにも簡単に、こんな若造に娘の護衛を任せれるとは、驚きを隠せない。まぁ、それよりも、この俺が高校に通う事になるだなんて思いもしなかった。学力的には絶対に足りないだろうけど、あくまでマリナさんの護衛が目的なんだから、問題はないよな。ないよね?

「サカイ様、あの、明日から、よろしくお願いします……!」
「あ、あぁ。大丈夫、安心して」

 近い近い近い。まだ食事中、行儀悪いですよマリナさん! ちょっとまって、なんでこんなに好意的なの? あれなの? 一回助けられちゃったものだから落ちたとか、そんなことはないよね。それじゃ、あまりにもチョロインになっちゃうもんね。

「…………」

 あの、いつまで俺の手を握っているんでしょうか?
 これマジなの? え、ちょっと待ってよ。

「マ、マリナさん。まだ食事中ですよ。せっかくの食事が冷めてしまってはもったいないので、食事を再開してはいかがでしょう」
「そう、ですわね……。では、食事を再開しましょうか」

 マリナさんは離れてくれたけど、何でか残念そうな表情をしてらっしゃること。これはもうあれですね。自惚れとかじゃなくて完全に好意を向けられてますね。どうしよう……政治家の娘さんと付き合えないよ、俺。住む世界が違い過ぎるよぉ! 今でもそれを十二分に感じてるってのに。でも断るのも可哀想だし、かといって放っておくのも問題だし、これは困った。困ったぞぉ……!

「グリフィスさんも一緒にどうですか?」

 ブライアンさんがそう言うと、バサァ、とコートをなびかせて後ろを向いた。

「いえ、今日は挨拶だけの予定だったのでな。これで失礼する」

 と言って、一人颯爽と帰っていったグリフィスさん。なんだかその後ろ姿がかっこよくて、思わず帰っていく姿を見つめてしまった。なんだよぉ、ムカつく野郎なのにメッチャかっこいいじゃん。何あれ、俺と大して歳変わらないみたいなのに貫禄ありすぎだろ。

 と、とにかく、マリナさんの護衛任務をやり遂げねぇと。
 このビッグなビジネスチャンスを、無駄にはできない!
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