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第16話『紅の星屑』

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 昨日の機械仕掛けの黒い獣の襲撃により、聖ヴァリアント学園はしばらくの間休校となってしまった。当然だろう、死人が出てしまったのだから。
 しかし、マリナさんの護衛は続く。ブライアン=エンライトの選挙当日まで、その身の安全は保障されないのだ。いつ、あの獣のような未知なる『領域』に存在する何かが再び襲ってくるか分からないからだ。

 そして、マリナさんは今、我らが城『ジェネシス』の事務所にいる。
 なぜかそこには――。

「ほえ~、ブリッジズくんはブリッジズくんじゃなくてサカイくんだったんだねぇ」

 ルビーちゃんがここに遊びに来ていた。どこからマリナさんがここにいるのを知ったのか分からないが、まぁマリナさんも学友がいた方が安心できるだろうからいいけど。
 今日はツインテールじゃなくてポニーテールにしているが、あいかわらずのほほんとした声は健在。あの悲劇があったにも関わらず、調子が変わらないのは少し不気味……いや、もしかすると彼女は無理をしているのかもしれない。

「ちょっとサカイさん! 無関係の人をここに入れるのはどうかと思います!」
「どうしたんだよリリー、そんなにいきり立っちゃって。別に問題ないだろう、ルビーちゃんはマリナさんの学友なんだからさ」
「マクファーレンさんの言うとおりですよナオシ様! ルビーには悪いですが、これは業務の一環であって、それで、その……」

 言葉に詰まるマリナさん。使命感と感情がごっちゃになって葛藤してるなこれ。心優しいマリナさんだし、親友のルビーちゃんをここから追い出すなんてことはしたくない。けど、無関係の人をここに居座り続けるのもよくない事だって事は分かってるんだ。
 でも、俺からしたら関係ないね。
 ちょっとオロオロし始めてるルビーちゃんに、俺は優しい口調で言ってやる。

「大丈夫だよルビーちゃん。ここにいて、マリナさんを励ましてくれるかな? 危険なことが降りかからないように、俺たちが君を守ってあげるからさ」
「は、はい、サカイ君」

 あ、あれ……? 思っていた反応と違うぞぉ? さっきまでののほほんとした雰囲気はどうしたのかな。恥らう乙女みたいにモジモジされると俺もどうしたらいいか分からないんだけども。

「はぁ……これだから天然スケコマシは」
「す、スケコマシとはなんだよリリー!」
「そのままの意味ですよ。自覚してない分ひどいと思います」
「最低ですね、ナオシさん」
「便乗して罵らないでくれるかなフェルト? いや、これはいつものことだったな」

 仕事のときは自重してくれるけど、日常生活では息を吐くようにして罵ってくるからなフェルトは。でも、そんな中でデレる瞬間がとんでもなく可愛いから問題なし! たとえば、この前のお弁当を渡してくれたときとかね。あれはキュンときました、ハイ。

「おいナオシ」
「なんだよロディ」
「いっぺん死ね」
「直球すぎるわ! もうちょっとオブラートにだね、こう、やさしく包んでくれると、俺も苦い思いをしなくて済むんだが」
「うっせえ。テメェはオブラートなんて必要ないっての。お得意の粒子で何とかして見せろよ」
「あれはフェルトの力であって俺の力じゃないから使えないし、てか、そもそもそういう精神的な攻撃は守れませんのことよ!?」
「あーもう! どうでもいいけどこの子も護衛するってことでいいのね!?」

 この収集つかなくなった場にイライラし始めたリリーは無理矢理話をまとめた。
 つまりはそういうことだ。そもそも、マリナさんの身が危険ということは、彼女の親友なども危険があるということ。特にルビーちゃんはマリナさんと仲が良いみたいだし、不安要素を排除するまでは、こちらで見てた方が安心できるというもの。

「と、いうことで、選挙当日まではルビーちゃんもこの事務所で寝泊りしてもらうことになるけどいいかな? もし不満があるというなら遠慮なく言ってくれてもいいし、家に何か物を取りにいきたいというのなら、ロディが家まで送っていってあげるけど」
「ここに泊まるんですかぁ!?」
「嫌なら、リリーが直接ルビーちゃんの家に行くけど、どうする?」
「こ、ここで、いいと思います……」
「そうか、そう言ってもらえると助かる」

 ただでさえ俺は怪我してて足手まといなんだからな。戦力を分散するのは好ましくないし、何かあったときはすぐさま対応できるからな。ルビーちゃんがここに泊まっても良いと言ってくれたのは助かる。

「まぁ、奥の部屋は男子禁制にしてるし、寝るときはフェルトとリリーがしっかりと守ってくれるから安心してくれてもいいよ」
「は、はい。分かり、ました」

 初めての場所にお泊りすることになって緊張気味なのか、言葉がただたどしいルビーちゃん。それでものほほんとした雰囲気は絶やさす、緊張しきっていたこの場が少しばかり和やかになったのは良い傾向だ。


 そして、その晩。


『きゃあああああああああああああああああああああああああああ!!』

 女性陣の叫び声があがった。
 敵襲があったのかと俺は飛び起き、すぐさま奥の、今は女性陣の部屋になっている俺の部屋に突入した。

「フェルト!!」

 ジェネレート!! と宣言しようとしたそのとき、目に飛び込んできたのは驚愕せざるを得ない現場だった。
 ルビーちゃんが何かに抗おうとして顔をゆがめているが、その手は赤い粒子に包まれ、鋭い刃物のような形をしていた。あれは、間違いない。ジェネレーターが発生させる粒子と同じものだ。
 しかしなぜルビーちゃんが粒子を!?
 そんなことは今はどうでもいい。

「リリー!!」
「分かってますよ。今もバインド魔法をかけ続けてるのに、なぜか彼女バインドを破壊して動き続けるんです!」

 相手を拘束させる魔法でさえも突破するその力は、粒子の力なはず。
 なら、それに対抗するにはひとつしかないじゃないか。

「いくぞ! ジェネレート、コード:フェルト!!」

 フェルトの体が輝き、その身は緑色をした剣の姿へと変える。

「リリー、ここはいいからマリナさんをここから非難させろ!」
「は、はい!」

 俺の命令どおり、リリーはマリナさんを連れてこの事務所から出て行った。
 しっかし、今回はちょっとばかし荷が重過ぎる。なぜなら、ルビーちゃんを傷つけずに粒子の呪縛から開放してやらなくちゃならない。いったいどうしたらいいのかも見当が付かないことだけど、やっちゃるしかない。

「フェルト!」
『はい』
「粒子フィールド展開!」

 粒子を剣から一気に放出。部屋の中が緑色の粒子で満たされた。
 屋外では使えず、こういう狭い空間でしか使えないこの粒子の使い方は、今までお披露目する機会がなかった。ここいらでリリーたちに見せてやろうじゃないの。

「かかって来いよ未知なる領域さん。ルビーちゃんを操ってマリナさんを殺させようとしたようだが、そんなことは絶対にさせねぇ! マリナさんやルビーちゃんから笑顔を取り上げるようなことは許さねぇからな!」

 挑発するような言葉を投げかけるが、その動きはとても鈍い。
 それもそのはず。この粒子フィールドは、空間に粒子を充満させることで、相手の動きを制限させる。しかし、今回ばかりは不安要素がひとつある。

「う、うぅ!!」

 ルビーちゃんの右手にまとわり付いている刃状の赤い粒子。それが振るわれた瞬間、その空間の粒子が切り裂かれた。

「同じ粒子同士、ぶつかり合えば消滅しあうってか!?」
『はい、その通りですナオシさん。ジェネレーターが生み出す粒子は、同じ粒子を使った攻撃に弱いのです。今回は粒子を薄く空間に充満させたことにより、簡単に切り裂かれてしまったのでしょう』
「ご丁寧な解説ありがとよフェルトちゃん。つーことはよぉ、ルビーちゃんの右手にまとわり付いている赤い粒子を消滅させるには、ある程度の攻撃力を持った粒子による攻撃を当てればいいってことだろ?」

 って、軽く口で言っているが簡単なことじゃないのは確かだ。
 ルビーちゃんの右手ごと切っていいなら簡単だが、粒子だけを的確に攻撃して、綺麗な体のまま開放してあげるのは難しいったらありゃしない。難易度ウルトラCの超高度精密攻撃が必要になってくる。

 言うなれば、魚の切り身を空中に放り投げてから、包丁を使って皮と身に分けろと言ってるようなもの。一流の料理人も、はたまた一流の剣士であっても、そんな芸当はできないだろう。それをできるようになるまで練習すれば話は別だ。そう、それ専門に練習をすれば……。

「無理くせぇことは分かってる!」

 ルビーちゃんは勝手に動くその身を何とかして止めようと顔を歪ませながら抗うが、抵抗むなしく、その右手は俺に向かって振るわれ、俺は粒子の防壁を作りそれ受け止める。

「だけどやっちゃるしかない! だって俺は――俺たちは何でも屋。何でも屋なんだ。だから、今回のこれも、何としてでも解決しなくちゃならねぇんだよ!」

 むちゃくちゃに振るわれるその右手を、防壁を何度も作り出して受け止める。
 反撃できるチャンスができるまで、何としてでも耐えて見せるんだよ。

「ちょっと待っててくれルビーちゃん。俺が、何とかしてやるからさ」
「は、は、い……」

 辛そうに返事を返すルビーちゃん。あまり悠長にチャンス待っている暇はない。このまではルビーちゃんの体の方がもたない。なら、俺が作り出すしかないじゃないか。

「悪いけど、ちょっとだけ痛むぞ」

 俺がルビーちゃんに向かってそう吐くと、彼女はゆっくりとうなずいた。
 一度彼女を突き飛ばして距離を置かせる。するとどうなるか。当然、もう一度俺に向かって右手が振るわれることになるだろう。

 ここだ。

 粒子がまとわり付いているのは腕首からその先だけ。

 見極めろ、その動きを。

 目を見開きながら、俺は彼女の動きから目をそらすことなく、瞬きすることもなく、振り上げられた彼女の右腕を追った。

 失敗すれば、俺は切り裂かれて血が噴き出し、ルビーちゃんに決して忘れることができないトラウマを植えつけさせてしまうだろう。

 だけど、そんなことは絶対にさせない。

 俺自身が許すわけがないだろう。

 ルビーちゃんが、恐怖のあまり目を強く瞑った。

「大丈夫だよ」

 その右腕を、左手でしっかりと捕まえる。女の子にしてはあまりにも強い力を、俺の手の中で感じ取ることができた。

「すぐに、元通りにしてあげるから」

 俺は粒子を、濃く、右手にまとわせる。手袋状になったそれで、彼女の右腕にまとわり付いた粒子をひっぺ剥すようにして取り去ってやった。赤い粒子は消滅し、それと同時に、ルビーちゃんを操っていた力も消滅した。
 彼女は倒れるようにして俺の体に飛び込んでくる。

「サカイ、君……」
「あぁ、もう大丈夫だ。安心しな」
「う、うん。ありが、とう……」

 そして、彼女は安らかに目を閉じ、寝息を立て始めた。スー、スーという心地よさそうに俺の胸の中で眠る彼女が、怪我もなく、何事もなかったかのように寝ているのがとんでもなくうれしくて、俺は思わず笑みがこぼれてしまった。

 あぁ、今回は守りきることができた。

 それに満足し、俺はルビーちゃんをベッドの上に寝かせ、無事に終わったことを仲間に知らせた。


  6


――もうこれ以上はないぞ。分かっているのか?

――はい、承知しております。

――なんとしてでもブライアン=エンライトを選挙に出させるわけにはいかない。それは分かっているんだろうな?

――もちろんですとも。ですから、次の手はもう既に。

――ほう、それはどのような?

――娘のマリナ=エンライトにはかなり厄介な用心棒がいるようですので、次は選挙そのものを潰し、そして、強大な力を持ってしてブライアン=エンライトを殺します。

――いよいよ方法を選ばなくなったな。それは我々が制御できる『領域』なんだろうな?

――分かりません。ですが、もう四の五の言ってられない状況なのはご理解いただけると思います。

――ぬぅ……。仕方あるまい。どうするかは正式な許可を得てから追って連絡する。

――承知いたしました。こちらはいつでも作戦に移行できるように準備を続けます。

――あぁ、よろしく頼むぞ、所長?
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