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前幕

１．

「…ｓｙｎと言う接頭辞は、一緒にや、同時にと言う意味を持つ単語に付けられます。例えば、ｓｙｎｃｈｒｏｎｉｚｅなんてのは分かりやすいですね。このｓｙｎは、続く文字が、ｂ、ｍ、ｐの場合には、ｓｙｍの形になります。例えば、ｓｙｍｂｏｌ、ｓｙｍｍｅｔｒｙ、ｓｙｍｐａｔｈｙなんてのがあります。単語を覚える時には、単純に綴りを覚えるだけじゃなく、その構成も知っておくと、知らない単語が出てきても慌てなくてすみます。では、次に…」

予備校の英語の授業中、携帯が震える音が響いた。授業中だから、マナーモードにはしている。でも、一瞬の静寂のタイミングだったので、大きく響いた。講師は気づかないふりをして、授業を続ける。僕はこっそりとメールを確認する。

『明日、出かけよう』

そうとだけ書かれている。いつもとは違い、分かりやすくて簡潔なメールだ。それが何を意味しているのか、何となく僕には分かっていた気がした。少しだけ考えて返信する。

『了解』

僕の返事が短いのはいつもと同じだ。携帯をしまって、少しため息をつく。授業は続いている。



ずーっと、どうしようか迷っていた。でも、私が決めないと何も変わらない気がしていた。このまま、それでも良いかなと思う事はある。多分、それが一番、無難な答えだと思う。でも、やっぱり、どこかでそれは嫌だなと思う気持ちがある。そういう気持ちを抱えていて良いのだろうか。

そんな風に思う事があるとは、思わなかったなと思う。あの日は、どんな日だったかな。そうわざわざ思い出さなくても、覚えている。でも、ワザと思い出したふりをしてみる。その方が気持ちが落ち着いていられる気がした。

何てメールを書くのかは、ずっと悩んでいた。いつも、それでメールが長くなる。あれこれと伝えたい事があるからだ。でも、多分、今の気持ちをメールで伝える事は出来ない。だから、散々迷った末、シンプルなメールにする事にした。

『明日、出かけよう』

あの人は、何て思うだろうか。きっと、何かを察してしまう気がする。いや、察して欲しいのかなと思う。そういうの何だか、ずるいなと思いながら、そういうメールを送った自分もずるいなと思ったりする。

すぐに返信が来る。

『了解』

と書かれていた。授業中じゃないのかなと、思ったけど、自分も似たようなものだなと思う。メールの内容はいつも通り、シンプルでその文字以上に何が含まれているのかは良く分からない。もう、送ってしまったメールの事は考えないようにしようと思う。