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プロローグ
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復讐の知能、人間が今までに一番頭をはたらかしたのは、この部分である。———フリードリヒ・ニーチェ
戦前昭和モダンに湧く日本。不況、軍靴、退廃の時代。人々が人々らしく退廃というひとつの"環境"に順応し、エロ・グロ・ナンセンスというひとつのフェティシズムの原形とも言えるモノが生まれ始めた頃。ソレは起きた。
「誰か、警察、警察呼んでぇ!」
「おおい!あいつはどこだ!どっちに行った!?」
「わかるかチクショウ!あ、あの国賊め!なんだってこんなことをっ!」
とある県の、とある田舎村。そこに住まう人たちは皆思い思いの罵声をそこにいない彼に浴びせる。今の状況を嘲るように、白々しく月の明かりが電灯代わりに村を照らす。
「ヒィッ!?踏んじまった!!」
「逃げ…逃げなきゃ!」
村落には、夥しい数の亡骸が無造作に転がっていた。原型をとどめているモノもあれば、そうでないモノもある。ただわかるのは、全て人の弱点を狙われて事切れているということ。松明の明かりを頼りに逃げ惑っているところに、1発乾いた破裂音が響く。
「うわあぁぁぁ!?」
「出やがった!!」
それは人が同族に向けるべきではない、決して向けてはいけない悪魔でも見るような眼差しだった。
「なんでだ!?なんでこんな酷いことができるんだっ!?」
「そうよ!なんの恨みがあってこんなことを!」
「うるさぁい!!訳がわからんとは言わせん!!!」
それは、暗夜でもはっきりわかる異様な出で立ちだった。黒の詰襟に黒の長袴、脚絆に地下足袋。腰には一振りの日本刀と二振りの匕首、手には散弾銃を持っていた。そして首から提げたナショナルランプと鉢巻に結わえつけた小型懐中電灯が不気味な白光で照らしている。
怒号をかき消すような声を張り上げた青年は、躊躇うことなく散弾銃の引き金を引く。その銃声はさながら死神のようで、ひとつ鳴れば1人死に、ふたつ鳴れば2人死ぬ。本来猛獣に撃つべきものを脆弱な人間に向けて撃てば…想像は容易い。その死に様を見ることもなく、新たな獲物を求めて青年は駆けた。
そこから先は、まさに地獄絵図という言葉が相応しかった。ある者は日本刀で首を落とされ、ある者は匕首で胴体をメッタ刺しにされ、またある者は散弾銃で身体に大穴を開けられた。声にならない悲鳴をあげたときはもう手遅れ、弾丸が体を食い破った。
青年は笑うでもなく、かといって泣くわけでもなく、ただひたすら怒りを顔に出して殺して殺して殺し続けた。派手に返り血を浴びようが御構い無し、命乞いなど聞こえていないかのように…いや、命を乞うことを怒りの糧として虐殺を続けた。それは大人も子供も、男も女も関係なかった。
「おい、やめろ!娘には手を出すな!」
「どいてくれオヤジさん!」
「寄るな気狂いめ!お前なんぞに娘は––––」
そこから先の言葉は、発さなかった。文字通り青年が黙らせたからである。致死量の血液とともにネジ切れた皮膚と何かの臓器のカケラが飛散し、畳、襖、天井にいたるまでを真っ赤に染め上げる。彼が最期まで庇っていた娘は、悲鳴をあげる前に刺し殺した。
「う、う、う、あわぁぁぁ!?」
「お前は………」
「やめ、やめて、やめてくれ!助けて…!」
「俺のこと悪く言わなかったからァな…許してやる」
尻餅をついた若い男に向けた銃口をゆっくりと外していく。彼は残虐で、冷血でありながら冷静であった。
「殺す…殺す…」
笑わなかった。否、笑えなかったという方がより正確だ。もちろん、抵抗する者もいた。逆にこちらが討ち取ってこの悪夢を終わらせようとする者も。だがそのような愚か者の末路は決まっている。重武装をものともしない青年は卓越した軍刀術で向かってくる村民を斬り倒した。
悪鬼は止まらなかった。しかし、目につくもの全てに殺意を抱くなどという忙しないことはしなかった、殺すような真似をしなかった。
2時間にも及ぶ惨劇は、散弾銃の弾切れという小さなことで突如終わりを告げた。残ったのは発散し足りない怒りとどうしようもない虚脱感。血まみれの自分の掌を見るのは、ただなんとなく嫌だった。
「あーあ…こんなんじゃ彼岸渡れねェや…」
涙は出なかった。しかしそれで清々することもなかった。
詰襟を脱ぎ、使った凶器は整頓して自分の傍に置くことにした。空っぽの雑嚢はあのとき、散弾銃の実包で満たされていた。
もう全て終わらせよう。無かったことにはできないが、終了させることくらいならできるはずだ。胸に猟銃の銃口を当て、足指を引き金にかける。
——この様なことをしたのだから決して墓をされなくてもよろしい、野にくされれば本望である。
燃え盛り、倒壊し、壊滅した村落で、月の代わりに太陽が顔を出したとき。誰が聞くでもない銃声が響いた。
史上類を見ない残忍な大量殺人の最後の犠牲者は、他でもない青年だった。こうして惨憺たる一夜は終わった。
戦前昭和モダンに湧く日本。不況、軍靴、退廃の時代。人々が人々らしく退廃というひとつの"環境"に順応し、エロ・グロ・ナンセンスというひとつのフェティシズムの原形とも言えるモノが生まれ始めた頃。ソレは起きた。
「誰か、警察、警察呼んでぇ!」
「おおい!あいつはどこだ!どっちに行った!?」
「わかるかチクショウ!あ、あの国賊め!なんだってこんなことをっ!」
とある県の、とある田舎村。そこに住まう人たちは皆思い思いの罵声をそこにいない彼に浴びせる。今の状況を嘲るように、白々しく月の明かりが電灯代わりに村を照らす。
「ヒィッ!?踏んじまった!!」
「逃げ…逃げなきゃ!」
村落には、夥しい数の亡骸が無造作に転がっていた。原型をとどめているモノもあれば、そうでないモノもある。ただわかるのは、全て人の弱点を狙われて事切れているということ。松明の明かりを頼りに逃げ惑っているところに、1発乾いた破裂音が響く。
「うわあぁぁぁ!?」
「出やがった!!」
それは人が同族に向けるべきではない、決して向けてはいけない悪魔でも見るような眼差しだった。
「なんでだ!?なんでこんな酷いことができるんだっ!?」
「そうよ!なんの恨みがあってこんなことを!」
「うるさぁい!!訳がわからんとは言わせん!!!」
それは、暗夜でもはっきりわかる異様な出で立ちだった。黒の詰襟に黒の長袴、脚絆に地下足袋。腰には一振りの日本刀と二振りの匕首、手には散弾銃を持っていた。そして首から提げたナショナルランプと鉢巻に結わえつけた小型懐中電灯が不気味な白光で照らしている。
怒号をかき消すような声を張り上げた青年は、躊躇うことなく散弾銃の引き金を引く。その銃声はさながら死神のようで、ひとつ鳴れば1人死に、ふたつ鳴れば2人死ぬ。本来猛獣に撃つべきものを脆弱な人間に向けて撃てば…想像は容易い。その死に様を見ることもなく、新たな獲物を求めて青年は駆けた。
そこから先は、まさに地獄絵図という言葉が相応しかった。ある者は日本刀で首を落とされ、ある者は匕首で胴体をメッタ刺しにされ、またある者は散弾銃で身体に大穴を開けられた。声にならない悲鳴をあげたときはもう手遅れ、弾丸が体を食い破った。
青年は笑うでもなく、かといって泣くわけでもなく、ただひたすら怒りを顔に出して殺して殺して殺し続けた。派手に返り血を浴びようが御構い無し、命乞いなど聞こえていないかのように…いや、命を乞うことを怒りの糧として虐殺を続けた。それは大人も子供も、男も女も関係なかった。
「おい、やめろ!娘には手を出すな!」
「どいてくれオヤジさん!」
「寄るな気狂いめ!お前なんぞに娘は––––」
そこから先の言葉は、発さなかった。文字通り青年が黙らせたからである。致死量の血液とともにネジ切れた皮膚と何かの臓器のカケラが飛散し、畳、襖、天井にいたるまでを真っ赤に染め上げる。彼が最期まで庇っていた娘は、悲鳴をあげる前に刺し殺した。
「う、う、う、あわぁぁぁ!?」
「お前は………」
「やめ、やめて、やめてくれ!助けて…!」
「俺のこと悪く言わなかったからァな…許してやる」
尻餅をついた若い男に向けた銃口をゆっくりと外していく。彼は残虐で、冷血でありながら冷静であった。
「殺す…殺す…」
笑わなかった。否、笑えなかったという方がより正確だ。もちろん、抵抗する者もいた。逆にこちらが討ち取ってこの悪夢を終わらせようとする者も。だがそのような愚か者の末路は決まっている。重武装をものともしない青年は卓越した軍刀術で向かってくる村民を斬り倒した。
悪鬼は止まらなかった。しかし、目につくもの全てに殺意を抱くなどという忙しないことはしなかった、殺すような真似をしなかった。
2時間にも及ぶ惨劇は、散弾銃の弾切れという小さなことで突如終わりを告げた。残ったのは発散し足りない怒りとどうしようもない虚脱感。血まみれの自分の掌を見るのは、ただなんとなく嫌だった。
「あーあ…こんなんじゃ彼岸渡れねェや…」
涙は出なかった。しかしそれで清々することもなかった。
詰襟を脱ぎ、使った凶器は整頓して自分の傍に置くことにした。空っぽの雑嚢はあのとき、散弾銃の実包で満たされていた。
もう全て終わらせよう。無かったことにはできないが、終了させることくらいならできるはずだ。胸に猟銃の銃口を当て、足指を引き金にかける。
——この様なことをしたのだから決して墓をされなくてもよろしい、野にくされれば本望である。
燃え盛り、倒壊し、壊滅した村落で、月の代わりに太陽が顔を出したとき。誰が聞くでもない銃声が響いた。
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