風の歌よ、大地の慈しみよ

神能 秀臣

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ポカホンタスの章

黄金の地を求めて

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 一六〇七年。
 ポウハタンが白き者達に対する危機感を強めていた正にその頃。イギリスの若き探検家であるジョン・スミス大尉達百人余りを乗せた大型の帆船三隻が大西洋の荒波と暴風雨に遭遇しながらも西へ西へと進んでいた。
 三隻の船を統括していたのは、クリストファー・ニューポートと言う、イギリス国内でも名のある船乗りであった。彼が乗り込むのは、スーザン・コンスタント号。その後をバーソロミュー・ゴズノルドが乗り込むゴッドスピード号とジョン・ラトクリフが乗り込むディスカバリー号が続く。
 乗船していた乗組員は全て男。貴族階級の者をはじめ、牧師や大工、レンガ職人、石工、服の仕立て屋、鍛冶屋等の職人達。そして、他に新大陸で一攫千金を狙う労働者達だった。
 その背景では、イングランド国王であるジェームズ一世が植民事業の為の会社設立に勅許状を与え、ロンドンの商人であるトマス・スミス達はジョイント・ストック・カンパニーであるロンドン会社を設立した。間もなくロンドン会社はバージニア会社と名を改め、出資者をあちこちから募った。そして同年十二月、最初の植民者達を北アメリカ大陸に送り出した。
 そして、大海原に羽ばたく翼の如き三隻の帆船が空気の凍てつく冬のロンドンを出航してから、既に十八週が経過していた。
 この間に、なんと約四十人もの乗組員が船上で死亡した。死因は全員病死……そして、更に多くの男達が間違いなく訪れるであろう死を待っている状態だったのだ。症状は大体共通して、創傷治癒の遅れ、全身の筋肉の萎縮、皮膚や歯肉からの出血及びそれに伴う歯の脱落が見られた。これは極度の栄養失調により、出血性の障害が体内の各器官で生じる『壊血病』と呼ばれる病気で、ビタミンCの欠乏によって生じるものであった。
 帆船時代には慢性的な壊血病が流行っており、出帆前からビタミンC欠乏の生活をしていた船員が多数発症していた。その最悪の例が今、この場で起こっていたのだ。
 長い航海に備え、塩漬けの牛肉やベーコン、魚の燻製、チーズやバター、そして乾パンや飲み水等の最低限必要と思われる食糧品を当然積み込んでいた。勿論それだけに留まらず、新大陸に上陸した後の食糧もある程度は用意していた……筈だった。
 だが、現実は大西洋を船で渡り、未知の大陸を目指す分には全く足りなかった。更に当時の食習慣も相まって、想定を遥かに超える早さで船内の食糧は減って行った。そして、とうとう底を突き、船員達は次々と栄養失調による症状で倒れて行った。
 その上、病人はまるで積荷同然のように扱われ、船旅と言うにはあまりにも過酷で暗く狭い船内での生活が、彼らの心と身体を確実に蝕んで行った。波の揺れが四六時中続き、その影響もあって満足な睡眠を取ることも出来ず、男達はこの上ない程に衰弱していた。
 もし、彼らの船出を見送った人達が今の姿を目にすれば、そこで何があったのか想像することさえ出来ないだろう。それ程までに船内の人間は憔悴し切っていたのだ。

                  ★

 船が巨大な檻のようにも見える地獄のような状況の中、若き探検家であるジョン・スミス大尉は幸いにも、まだ病に冒されてはいなかった。だが、彼に至っては倒れ行く他の男達とは違う意味で危険な状況に陥っていた。なんと、彼は船長・ニューポートによって、船底の柱に鎖で繋がれていたのだ。
 何故そのようなことが起きていたのか……事の発端は数日前に遡ることになる。
 スミスが乗り込んでいた船は、三隻の中で船団を率いるニューポート船長が乗船するスーザン・コンスタント号だった。ニューポート船長は航海術に長けたベテランの船長として、母国イギリスでも名の知れた船乗りだった。その腕は大型の船でも軽々と沈没させてしまいそうな大嵐の海にも立ち向かえる程高く、その技量は折り紙つきだった。
 普段は温厚な彼も、船の上では「海の上では、一人の勝手な行動が船員全ての命を危険に晒すんだ」と何度も仲間に言って聞かせていた。規律を誰よりも重んじ、船内での秩序維持に一際気を遣う彼は、烏合の衆とも言えるような男達を統率する船団のリーダーに相応しい逸材で、実際に同乗している船員達からの信頼は厚かった。
 しかし、三ヶ月以上に渡る航海の中で食糧が尽き始め、病人が次々と死んで行くにつれて彼の指導力を疑問視する声が広まって来た。だが、船の上では船長の権限は絶対のもの。増してやニューポート船長はどんな危険な海も乗り越えて来た百戦錬磨の船乗りで、それ故に面と向かって彼に責任を追及する者はいなかった。
 それはスミスも例外ではなく、ただ黙ってニューポート船長に従い続けていた。
 スミスは船長である彼が残して来た数多の実績に信頼を置くと同時に敬意を表していた。もし、乗員全てが訓練された兵士なら彼の食糧調達量と配分は恐らく正しかっただろう。それを無計画に食べ尽くしてしまったのは、他ならぬ自分を含めた海を知らない素人乗員共のせいだ……そうスミスは思っていたのだ。
「まぁ、仕方ないよな……悪いのは俺なんだし」
 まさか尊敬する船長に鎖で繋がれることになるとは……しかし、非があったのはどう見ても自分だ。スミスはそう思いながら、今に至る原因となったトラブルを思い返していた。
 数日前、仲間が病気で斃れて行く中で船が大嵐に遭うと言う、最悪の事態が起こった。船は大きく揺れ、病気で船内にいる男達の呻き声がより一層大きくなる。思わず耳を塞ぎたくなるような状況だ。絶望的な状況の中で病人達はすっかり弱気になってしまった。
「うぅ……もう駄目だ……俺達は皆……ここで死ぬんだ……」
「大丈夫だ!嵐も直に収まる!それに、このスーザン・コンスタント号を指揮してるのは、あのニューポート船長だぞ!こんな荒波なんて、どうってことないさ!」
 スミスをはじめ、少数の船員が病人達を励ました。今、自分達に出来ることはこれぐらいしかない。自身の無力さを呪いつつも、スミスは必死に呼びかけた。
 そんな中、
「あれ?おかしいな……リチャードの奴がいないぞ!?」
 船員の一人が違和感に気付いた。どうやら嵐が来る直前まで甲板で作業をしていた仲間がまだ船内に戻っていないようなのだ。それを聞いたスミスも周囲を見渡して初めて気付く。
「確かに……まさか、この嵐で海に放り出されたんじゃ!ちょっと外を見て来る!」
「待った!一人じゃ危険だ!僕も行くよ!」
 スミスが甲板に向かおうとしたその時、若い男の声が響いた。スミスが声のした方へ顔を向けると、眼鏡をかけた知的な雰囲気の青年がロープを持って立っていた。
 彼、ビリー・ストラトスはイギリスの地質学者で、異国の地を調査する目的で国王ジェームズ一世から直々に命令を受けて乗船した。彼の家は学者の家系で、父親は工学者、母親は植物学者と言うインテリジェンスに富んだ両親の下で生まれ育った。
 ジョン・スミスとはスーザン・コンスタント号で知り合い、色々話している内に互いに馬が合ったことから二人は友人同士になった。ビリーは他の男達とは違って植民事業には大して関心を持っておらず、新大陸の地質を調べてみたいと言う自身の興味の為に船に乗った。スミスも彼と同様、未開の地を冒険したいと言う己の欲求のままに今回の航海へ参加した。
 似たような思考回路故か、二人はすっかり意気投合し、まだ見ぬ新世界への夢とロマンを連日語り合った。互いの弱点を補い合うように、二人は自分の特技を誇らし気に言う。
「俺は傭兵として世界中を渡り歩いた。戦いになったら任せろ!」
「僕は地質学に加えて、父譲りの工学と母譲りの植物学の知識で君を助けよう!」
 二人で力を合わせれば、どんな危険も恐れる必要はない!ビリーはそう確信した。
 そんな友人が危険を冒して仲間を探しに行こうとしている。ビリーもスミスと共に外へ出た。
 外へ出ると、そこは暴風雨の真っ只中だった。強風で真っ直ぐ歩けない上に、大きな雨粒が小石のように身体中にぶつかる。海を見ると、波が異様に高い。もし直撃なんてしようものなら、これ程大きな船であろうと余裕で飲み込んでしまうだろう。
「急いだ方がいいな……ジョン、これを!」
 ビリーは二本あったロープの片方をスミスに渡した。スミスはビリーに礼を言う。
「助かる!……リチャード!リチャード、どこだ!?」
「リチャード、いたら返事をしてくれ!!」
 二人は手摺等に捕まりながら、仲間を必死に探した。吹き荒れる風の音が、まるで悪魔の歌声のように聞こえる。荒れ狂う波の音が獣の咆哮のように聞こえる。正直怖かった……出来れば一分でも一秒でも早く船内に戻りたかった。だが、仲間が次々と死んで行く中でまた一人と失うのはそれ以上に怖かった。二人は力の限り、仲間の名を呼び続ける。
 ビリーが船体の後方までやって来たその時、
「うっ…………うぅ……」
 何処からか呻き声が聞こえた。聞き間違いじゃない……ビリーは大声で叫ぶ。
「どこだ!?どこにいるんだ!?」
「こ、ここだぁ……っ……!」
 自分の呼びかけに反応した。声のする方へ駆け寄ると、大きな荷物と荷物の間で二人が探していた人物……リチャードは座り込んでいた。何かで切ったのか、ズボンと一緒に片脚が裂けている。おまけに凄い熱だ。ビリーは彼の傷を診て言う。
「大丈夫だ、傷は浅い!熱があるのも雨に打たれたことに加えて、この傷が原因か」
 すぐにリチャードの肩を担いで船内に戻ろうとするが、自分より大きいリチャードは非常に重くて中々持ち上がらない。このままではマズい……ビリーがそう思っていると、
「ビリー、リチャードを見つけたのか!でかした!後は俺に任せろ」
「ありがとう、ジョン……」
 別の所を探していたスミスが駆けつけ、リチャードを持ち上げた。二人が船内の出入口まで戻ると、そこにはニューポート船長と部下の船員二人が立っていた。すぐさま状況を察した船長はスミス達に言う。
「リチャードの治療は別室で行う。二人も部屋へ戻って身体を休めるように!」
「分かりました!」
 スミスもビリーも即座に返事をした。リチャードを船員二人に引き渡すと、スミスは微笑を浮かべながらビリーに言う。
「それじゃあ、俺達も戻るか」
「そうだね」
 取り敢えずは、これで安心だ……濡れた身体を拭く為に船内に戻ろうとした時、ビリーは何かに気付く。船体が今まで以上に大きく揺れて、まるで地震のようだ。ふと海を見ると、そこに映っていたのはとんでもないものだった。驚くことに、このスーザン・コンスタント号のマストと同じぐらいの高さを誇る大波……それが目の前に現れたのだ。ビリーは直感的に思った、これに飲まれたらヤバいと。
「危ない!!」
 ビリーはスミスを背後から力一杯突き飛ばして、船内へ押し込んだ。そして、ドアを固く閉ざしてしまう。同時に視界が一瞬にして消えた。抗うことなど出来ない強い力で吹き飛ばされたような感覚……気付くとビリーは海の上にいた。否、放り出されたのだ。
(身体が動かない……!嵐の海とは、ここまで自由を奪うものなのか……!)
 必死にもがいて船に戻ろうとするが、荒波の力に圧し負けて中々戻れない。新大陸にも辿り着けないまま、自分はここで死ぬのか……そう胸中で呟くと、
「待ってろ、ビリー!今行くぞ!!」
 船の上で、自分の腰と船の手摺にロープを縛り付けたスミスが飛び込もうとしていた。そんな彼の隣でニューポート船長は必死に引き留めようとする。
「やめるんだ!こんな嵐の海に命綱一本で飛び込もうだなんて、自殺行為だぞ!!」
「船長……私とて今の海が充分危険だって知ってます。馬鹿じゃありません。でも、目の前で友人が命の危機に瀕しているのを黙って見過ごすことは出来ない!!」
「待て!待たんか!!」
 そう叫ぶと、スミスはニューポート船長の制止を振り切って、暗黒の大海へ躊躇いなく飛び込んだ。水に浸かった直後、身体が言うことを聞かない感覚に陥る。眼前のビリーも恐らく同じような状態になっているのだろう。泳ぎには自信があった。
 だが、今は……。
(くっ、これは……想像以上だ……っ!)
 まるで、全身に何十キロもの重りを付けられているようだ。このままだと助けに来た自分も溺れる……スミスは死を直感した。が、過去の記憶が次々とフラッシュバックする。今まで傭兵として何度も死地に赴き、その度に数え切れない程の修羅場を潜り抜けて来た。今とは比べ物にならないぐらいの地獄を見て来た。そう思えば、こんな嵐……。
「うっ……うおおおおおおっ!!」
 スミスは重い手足を必死に動かして、少しずつ前へ進んだ。もし、ここでビリーを助けられなかったら、自分はまた・・仲間を守れなかったクズに逆戻りだ。
(……間に合ってくれ!)
 スミスは祈るような気持ちで、海上に僅かに見えた友の腕を掴んだ!
 その後はニューポート船長をはじめ、数名の船員がスミスに結ばれたロープを手繰り寄せて、何とか救出される形となった。ビリーも気を失っているものの命に別状はなく、船長の指示でリチャードと同じ部屋のベッドで眠らされることとなった。
 そして、彼を助けたスミスは処分を受けることとなった。ニューポート船長は、今回の一件がここ・・じゃなかったならば、愛と勇気ある行動として最大限の賛辞を送っただろうと心の中で思った。だが、今いるのは海の上……彼の船の上だった!
 理由は何であれ、船長の下した判断と命令が無視されるのをこのまま黙認しておく訳には行かなかった。スミスだけを特別扱いすれば、それが船内の不満を膨張させるキッカケになりかねない。どんなに些細なことであろうと秩序を乱した者を野放しにすれば、いずれ船内は無法地帯になってしまうことだろう。
 ニューポート船長は厳格な『海の掟』の下、スミスに対し「船長に対する反逆罪」と言い渡して、彼を鎖に繋ぐことを命じた。
(ジョン・スミス大尉。命令に背いたことは褒められたものではないが……我が身を顧みず、仲間を思う心優しい勇気ある行動、この眼にしっかり焼き付かせてもらったぞ)
 そう思いながら、彼の名をその心に深く刻み込んだのだった。

                  ★

(こうやって縛られてると、昔を思い出すなぁ…………碌でもない思い出だけど)
 後ろ手に縛られ、船底の太い柱に鎖で繋がれたスミスは波の音を聞きながら、今までの波乱万丈に満ちた人生を追憶していた。
 探検家ジョン・スミスの人生は、普通の人間ではまず経験しないような絶え間ない挑戦と刺激に溢れる冒険の連続であった。一五八〇年、イギリスのリンカーンシャー州アルフォードの町近くにあるウィロビーで彼は洗礼を受けた。
 スミスの両親は小作農であり、彼はそこの長男として育った。身分は決して高くないが、両親が所有する土地と財産のお陰でそれなりに良い生活を送ることが出来、将来的には彼が受け継ぐこととなっていた。だが、幼き頃より心の内で滾っていた外の世界への憧れや、未知の刺激に渇望していた彼は父親の死後、十六歳で家を出て船乗りとなった。
 確かに平穏且つ静かにに生きるだけなら、農家として一生を終えても悪くはない。
 だが、今は世界が大きく変わろうとしている……ここで血が騒がなければ男じゃない!自分の一生を時代のうねりとは無縁の、片田舎の農場で終わらせたくない。そう思った時、スミスは海へ出て自分自身の人生を切り拓こうと決意したのだ。
 そして、フランス国王アンリ四世がスペインと戦った時に傭兵となり、後にオスマン帝国とも戦った。そして一六〇〇年から翌一六〇一年の、ワラキア公国(現在のルーマニア)のミハイ勇敢公が軍を起こした時には、ハンガリー王国のハプスブルク家の兵士として戦い、大尉に昇進した。ミハイの死後には、ワラキアのラドゥ・シェルバンの下でモルダヴィア公国と戦い、多大な功績を残した。 
 イギリスを出発し、オランダ、フランス、イタリア、エジプトと各国を転々とし、数え切れない程の激戦を潜り抜けて来たジョン・スミスの名が故郷イギリスをはじめヨーロッパ全土を駆け巡ったのは、やはりオスマン帝国と交戦中であったトランシルヴァニア公国の傭兵として敵の指揮官と三度決闘を行い、その全てを打ち倒す活躍を見せたことだろう。彼は稀に見る幸運と秀でた戦闘センスで並み居る強敵達を退け、自軍を優勢に導いた。
 この功績がキッカケで、スミスはトランシルヴァニア公国のバートリ・ジグモンド公から貴族の称号であるナイトの座と馬を与えられることになった。
 しかし、英雄スミスの天下もそう長くは続かなかった。一六〇二年、彼は熾烈を極めたオスマン帝国との戦いの最中に負傷して捕らえられ、奴隷としてコンスタンティノープルに売られてしまったのだ。
 彼が送られた先は、正にこの世の地獄とも言えるような環境で、一緒に捕まった少数の部下と共に想像を絶する虐待を受け続けていた。首に鋼鉄製の首輪をはめられ、その扱いは本物の犬以下とも言える屈辱的なものだった。過酷な日々の中で仲間が一人、また一人と死んで行くのを見ていたスミスは自分でも信じられない行動に出た。
 ある日、主人の用事でクリミアに連れて行かれたスミスは弱り切っていた部下の一人を囮に使い、隙を衝いて主人を殺害した。そこから残った部下を連れてオスマン帝国の領土を脱出した後はモスクワ大公国に逃れ、続いてポーランド・リトアニア共和国に入った。
(済まない……許してくれ……許してくれぇえええ……っ!!)
 頭の中で何度も囮にした部下に謝罪し続け、モスクワ大公国までやって来たスミスの長い逃亡生活はようやく終わりを迎えた。だが、そこでも彼に安息の時は待っていなかった。
 今度は助けた部下が、囮にされて殺された部下の一件でスミスを責めたのだ。部下達はスミスに全く恩を感じていなかった訳ではないが、仲間を捨て駒のように扱い、敵も騙し討ち同然の形で殺した彼のやり方に納得が行かなかった。
 部下達の中では「高潔な戦士」として尊敬を抱かれていただけに、今回のスミスが起こした行動は幻滅するに充分なものだったのだろう。
 この出来事から、彼は「仲間殺しの裏切り者」、「ホラ吹きスミス」と言われ、中傷された。やむなくスミスは部下達と別れ、単独で行動することとなった。
 スミスはその後もヨーロッパや北アフリカを旅し、一六〇四年に冒険の出発点であり、生まれ故郷でもあるイギリスに帰国した。
 そしてスミスが母国のイギリスに戻った同年、ロンドン会社がバージニア会社に名を改められ、新大陸への移民団派遣計画が進行していた。
 長い旅から戻ったばかりだったが、誰よりも冒険を好むスミスが、この未知なる大陸の開拓に反応しない訳がなかった。久々に再会した家族と束の間の休息を味わったスミスは、再び海に出ることを決めた。

                  ★

 当時、イギリスが新大陸の開拓事業に乗り出した背景には、様々な目的があった。
 まず、毛織物が主産業となっていたイギリスは、新たなマーケットへの参入を検討及び計画していた。これには、イギリス国内の急激な人口増加問題が理由になっていた。羊毛産業の発達に伴って農地の囲い込みが進められ、多くの農民が土地を追われることとなった。
 帰る場所を奪われた彼らに与えられた選択肢は二つ……新たに生まれた産業の中で職を見つけるか、浮浪者になるかのどちらか一方だった。これを見た当時の為政者達は、不安に苛まれる彼らを新大陸へ送り込むことで問題を纏めて解決すると言う策を思いついたのだ。
 更に金や銀等を発見して、国の財政基盤をより強固なものにすると言う意図もあった。
 他にアジアとの貿易の為に、太平洋に通じる北西航路を発見すると言う目的もあった。
 そして何より、宗教的な理由があった。当時、ローマ・カトリック教会から脱却してプロテスタンティズムに染まり切っていたイギリスは、スペインが新大陸をカトリック一色で染め上げて行くのを傍観している訳には行かなかったのだ。そこで、新大陸に植民地を築くことでスペインの勢力拡大を防ぎつつ、自国の勢力を維持及び拡大することを狙ったのである。
 北アメリカ大陸において、イギリスによる本格的な植民が始まったのは、十六世紀末からである。ウォルター・ローリーにより、一五八五年と一五八七年にロアノーク島への植民の試みがなされた。ローリーはアメリカ植民地を建設する計画を宣言し、国王エリザベス一世から土地を与えられた。彼はその土地を、未婚の女王であったエリザベス一世にちなんで『バージニア』と命名した。
 そして、スミスが帰国した年……当時の国王であったジェームズ一世の勅命によって、植民会社が設立された。それがロンドン会社(後にバージニア会社)であった。
 そして、「まだ実際には誰も所有していない遠方の地にいる未開の土地とそこに住む人間を発見して詳細な調査を行い、充分に見解する権利」と「未開の土地にイギリスの植民地を建設する権利」を得たバージニア会社は、一六〇六年十二月、クリストファー・ニューポートを船団のリーダーに、三隻の帆船に百人余りの男達を乗せて新世界に送り出したのだ。
 ジョン・スミス大尉は、その男達の中の一人だった……。

                  ★

「思えば……今までの人生、色んなことがあったよなぁ。修羅場を幾つも潜って来て感覚が麻痺し切ってるせいか、このぐらいじゃ何も動じなくなったよ。特にコンスタンティノープルでの奴隷生活……良い意味でも悪い意味でも、俺の心にしつこく纏わり付いてくれる……」
 鎖で繋がれたスミスは、犬のように首輪をはめられ屈辱的な日々を送っていたことを思い出しながら、皮肉たっぷりに呟いた。
 スミスは苦境に陥った時、決まっていつも口癖のように「自分の命運など、全て天に預けてしまえ。そうした上でどうにもならなければ、天が見放しただけのことだ」と言って来た。それは単なる楽観的な思考によるものではなく、冷静さを失わずに耐え難きを耐え、どんなピンチもチャンスに変えて来た自身の強運があってのものだった。スミスは自分に幸運の女神が憑いていると、常に信じていた。
 だが、そんな彼も薄暗い船底で縛られている自分がやがて激動の時代……その中心で後世に伝わる程の重大な役割を果たすことになろうとは、この時想像すらしていなかった。そして、そこで出会った少女のことも……運命は今、二人の男女を引き合わせようとしていた。
 スーザン・コンスタント号、ゴッドスピード号、ディスカバリー号。三隻の巨大な帆船が波に船体を揺らし、翼のように広げた純白の帆を膨らませながら、男達の夢が待ち受けるであろう新世界を目指して進行していた。
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