A Ghost Legacy

神能 秀臣

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和代の真実

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 交霊は夜の九時から始めることに決まった。
 隆之介と真里奈は友人の誕生パーティー(嘘)を理由に、外出の許可をもらった。
「さて……どうやって霊に話させるの?」
 表に出るなり、真里奈は心配そうに言った。
「由美子が言うに、霊はテーブルを叩いて意思表示する。なら、俺達がテーブルを叩けばいいんだ。部屋は電気が消えていて、明かりになるのは暖炉のみ。暖炉の火ぐらいなら、電気程鮮明に部屋全体を照らせないから、ちょっとぐらい違う行動を取ってもバレにくい。上手くタイミングを合わせれば、誰にも気付かれねぇさ。」
 また、参加者は全員交霊に集中する筈だから、必然的にテーブルの上に視線が集まるようになる。そうなれば、二人が裏でテーブルを叩いても気付く者はそういないだろう。
 隆之介は音を響かせ易くする為に、硬めの革靴を履いた。真里奈も彼に従って、エナメルのやや硬い靴を履く。更に真里奈は音響アプリを入れて、その中に「テーブルを叩く音」を録音した。出来る限り、考え得る手を準備した二人はホテルへ向かう。
「いよいよ今夜、『伯父さんの復讐成る』って訳ね」
「そして俺達には5億円が転がり込む……失敗は一度も許されねぇぜ!」

                  ★

 ホテル・キングスクラブに着くと、既に和代達が交霊の準備を進めていた。
 和代はバーの前に、レストランの丸いテーブルを一つ持って来た。
「達哉の霊なら、バーの近くの方が居心地いいでしょう」
 和代はテーブルを見ながら、皮肉っぽく言った。
 由美子は霊との交信を成功させる為に、部屋中の電源を全て切った。レストランとサロンの暖炉に薪が燃やされ、部屋の所々にある小さなロウソクに火が灯される。隆之介と真里奈はロウソクをチラッと見た。
 俊子は「実験を台無しにしちゃう」と心配した和代の計らいによって、急遽映画を観に行かせることにした。
 由美子は隆之介と真里奈の間に座る。和代は由美子の正面、真里奈は隆之介の正面に座った。
 テーブルは黒いビロードのクロスに覆われている。これは、由美子曰く「幽霊が好きな色」だそうだ。死神の装束やカラスの羽等、死を連想させるものが黒いのもこの為だそうだ。
 彼女自身、黒いベールを被り、更に黒い絹のドレスを纏っている。いつも赤い服を着ている和代も、由美子に言われて渋々「夫の葬儀に着た」と言う、黒い服を引っ張り出して来た。三上は「姉貴の結婚式に着た」と言う茶色の背広を用意する。
 隆之介と真里奈も私服の中から一番暗い色の服を選んで来た。流石に秀学館の制服は身元がバレる可能性が高いので、選択肢には入れなかったとのこと。
 交霊に興味のない猫のスカーレットは、カウンターで丸くなって寝ている。
 全員が席に着くのを確認すると、由美子が説明を始めた。
「先にも話した通り、霊はテーブルを叩いて意思表示します。例えば、『はい』はコンと一回、『いいえ』はコンコンと二回。それ以外のことはアルファベットを数で表して答えます。Aならコンと一回、Bならコンコンと二回と言う感じで……」
 テーブルを囲んだ五人の表情が緊迫感に包まれる。このテーブルの脚は中心部に一本と言う形で、構造的に足で軽く蹴って音を出し易いようになっていた。隆之介と真里奈は再度自分の足で、テーブルの脚の位置を確認する。由美子は説明を続ける。
「さぁ、皆さん用意はいいですか?では精神を集中して下さい。業背さんは小田切氏のことを強く思って下さい。子供達は怖がらないで、リラックスして……三上さんはいつものように頭を空っぽに。皆さんは手をテーブルの上に置いて、決して口を利かないように……」
 テーブルの上に手を置くと言うことは、スマートフォンを使って音は出せない。両手を出すと、二人はテーブルを蹴って音を出すやり方に変更することにした。
 全員頭を垂れ、手はビロードのクロスの上に置く。誰も口を開く者はいない。
 長い沈黙の間、聞こえるのは暖炉の炎の音と薪の弾ける音のみ……。
(そろそろかな……)
(一分を切った……もう少しかしら?)
 隆之介と真里奈は頭の中でカウントダウンをしながら、何かを待っていた。
 そして、
「!?」
 突然、部屋のロウソクについていた全ての火が一斉に消えた。それも、一本ずつ消えたのではなく、全てのロウソクが僅かな時間差もなく・・・・・・・・・一斉に消えた。
 ロウソクの火が消えたことに気付き、周囲を気にする和代と三上をよそに、遂に由美子が顔を上げる。深刻な表情をしながらも、その眼は妖しく輝いていた。
「小田切……小田切 達哉の霊、ここにいますか?」
 彼女の言葉を聞いた隆之介は、即座にテーブルの下で左膝の上に右足を乗せ、つま先でテーブルの脚をそっと蹴った。
「間違いありません。霊は来ています」
「……」
 由美子は興奮を隠せない。隆之介と真里奈は黙って様子を窺っていた。
(和代の表情が変わった……動揺しているな)
(この状況下なら、心理的に伯父さんの幽霊の仕業だと思ってもおかしくないわね)
 実はホテルに潜入して仕掛けを作った日、二人は部屋のベッドや本棚、そして暖炉以外にも仕掛けを幾つか作っていた。その一つとして、真里奈は短時間の間にバーとレストランに置いてあったロウソク全て・・に細工を施していたのだ。
 灯したロウソク全て……時間が来ると同時に燃え尽き・・・・・・・、且つ同時に消える・・・・・・ように。
 この手はロウソクを使うタイミングがなかったことと、俊子の部屋にいた侵入者によって時間が削られたことが原因で没案になってしまったが、和代が由美子に細工されたロウソクを渡したことで、仕掛けの出番が回って来たのだ。
 しかも今は、幽霊がいると言うシチュエーション。そんな中でロウソクが全て同時に、しかも誰の手にも触れられず勝手に消えたとなれば、心理効果も相当なものになる筈だ。
 由美子は尋ねる。
「あなたは本当に小田切 達哉ですか?」
 隆之介は「コン」と一回。
「では、それを証明する為に、あなたの生年月日と死んだ日を答えて下さい。数字の数を一つずつ叩いて下さい」
「……!」
 隆之介の表情に僅かながら焦りが生じた。伯父の死んだ日は知っているが、生年月日までは知らない。即座にアイコンタクトで真里奈にバトンタッチを行う。
 兄の表情を読み取った真里奈は「任せて」と微かに首を振って引き継ぐ。彼女は身内や知り合いの誕生日を覚えていたのだ。
 由美子は注意深く叩く音を数えると、
「一九七二年七月二十日、二〇二二年十二月十五日」
 そう、静かに告げた。同時に、和代の顔が青ざめる。
「っ!……その通りです」
「ちょ、ちょっと待って!冗談だろ!?」
 三上も頬に汗を伝わせながら、口を出す。心から気味が悪そうな顔だ。
 テーブルの下を覗く素振りを見せながら、三上は引きつった笑顔で言う。
「だ、誰かがテーブルを叩いてるんじゃないですかい……?」
「お黙りなさい!!」
 由美子が押し殺した声で叱りつける。恐ろしくドスの利いた声に、言われた三上だけでなく隆之介と真里奈も震え上がってしまう。ハッキリ言って、幽霊なんかよりも遥かに怖い。
(能勢怖いよ能勢……)
 隆之介は心の中でそう呟いた。
「霊が逃げ出すじゃありませんか。今の答えは業背さんしか知らない日付です」
「誓って言うけど、私はテーブルを叩いてません」
 乾いた声で和代が言った。
「分かりましたか?二人共静かに。では改めて……小田切 達哉の霊、今ここにいますか?」
 由美子は続けた。隆之介は「コン」と一回。
「この家に出没しているのは、小田切 達哉……あなたですか?」
 また「コン」と一回、隆之介は叩いた。
「理由は?」
 隆之介は注意しながら、綴りを数字にして叩く。由美子がメモを取る。
「フ・ク・シュ・ウ」
 由美子は冷静に、メモに書き記した内容を読み上げた。
 和代の顔は増々青くなる。隆之介と真里奈にしてみれば、いい流れであった。
「何で復讐したいんですか?」
 隆之介は引き続き、「コンコンコン……」とテーブルを叩いた。
 音はしばらくの間、テーブルで鳴り続き、由美子はそれを書き取って行く。
 そして、
「和代のお陰で、私は刑務所に入った」
 そう読み上げた。
「刑務所ですって!?」
 由美子は思わず声を上げる。だが、すぐに気を取り直して、
「それは、いつのことです?」
 隆之介は視線で妹に再度バトンタッチをする。屋根裏で見つけた新聞の切り抜きに逮捕の日が書いてあったが、あの時はバタバタしていて記憶が曖昧になっている部分がある。一応日付は覚えているが、万一自分の答えに間違いがあっても困るので、真里奈と交代した。
 すぐにテーブルが答え出す。計算力は隆之介の方が上だが、記憶力なら真里奈の方が上だ。
 そして、彼女の答えも自分の頭の中にあったのと同じ……隆之介はホッと肩の力を抜く。
「二〇一〇年四月二十七日……そうなのですか、マダム・業背?」
 険しい表情で、由美子が和代に尋ねた。
 その直後、猫のスカーレットが飛び起き、背中丸めて毛を逆立て、三上の方を睨みつける。
 それだけでなく、部屋の空気も変わったように感じた。それは気温が変わったと言うよりも部屋全体が丸ごと異世界へ転移したような……明らかに異様な感覚だった。
 四方八方から「何か」がテーブルを囲む五人をジッと見つめているような感覚……隆之介と真里奈、更には三上の背中に汗が流れる。
「おお、神様……何てこと……」
 和代の顔は引きつっている。明らかに普通ではない。
「一体どうしたって言うんだ!?この猫は!」
 三上が怯えて声を出す。スカーレットは相変わらず睨んでいた。
「シッ、黙って!静かに、三上さん。して、マダム・業背……小田切氏は本当に刑務所へ入ったのですか?」
 質問する由美子を前に、和代の目には涙が光っている。その顔は真っ青で、唇は震え、今にも椅子の上で崩れそうな様子だ。
「わ……私じゃない、警察に言ったのは私じゃないんです!」
「!一体、何があったんです?どうして小田切 達哉は刑務所へ行ったんですか?」
「……源一郎げんいちろう……」
 口の中でそう言うと、和代は泣き出した。
 三上もあたふたしながら、由美子に助けを求める。
「ちょっと……泣かれると俺、弱いんだよ。何とかして下さいよ、能勢さん!」
 隆之介と真里奈は、あまりにも意外な成り行きに戸惑って顔を見合わせる。
 霊のことを一瞬忘れて、全員和代の様子に啞然となっている。
「業背さん。さぁ、気を取り直して……一体何があったんです?」
 宥めるような声で由美子が話しかけた。
「達哉は私のことが好きで……私も彼に惹かれていました」
 和代が震える声で、ゆっくりと話し出した。
「もう一人付き合っていた人がいて、後に夫になった源一郎です。医者になりたいと語っていた生真面目な学生で、お金持ちの息子。対して達哉はいつも冗談ばっかりで明日のことは全く考えず、その日を面白く生きて行けばいいって人……二人は正反対だった。達哉にはお金がなくて……でも私に贈り物をしたり、旅行に連れて行ったりしてやりたいって、いつも言ってました……それで馬鹿なことをして……」
「馬鹿なこと?」
「泥棒に入ったんです」
 絞り出すように和代は答えた。
「泥棒って……悪党だったんですかい!?あなたの恋人は」
 三上が驚いて、ひっくり返った声を出した。
「私への愛情からやったんです……」
「なるほど……それを知った恋敵の源一郎が警察に知らせた……と言う訳かしら?」
 由美子は和代の言葉から推測して尋ねた。和代は黙って頷く。
「源一郎は、それが達哉を追っ払う一番の方法だと思ったんです。達哉は五年求刑されて深く反省していたし、模範囚だったんで三年で出て来ました。その間に私と源一郎は結婚して、警察に知らせたのが彼だと知ったのはその後……ショックだった……幾ら恋敵とは言っても」
「そんなことがあったなんて……全然知らなかった」
 由美子は愕然とした表情で言った。
 大っぴらに表情に出してないとは言え、隆之介と真里奈も驚きを隠せない。当初は和代が達哉を裏切って警察に密告したのかと思ってた……けど、それは間違いだったのだ!
 彼女は伯父の逮捕に直接関わっていなかったし、そもそも当時は彼が捕まったと言うことすら知らなかった。隆之介と真里奈は黙って聞き続ける。
「達哉は……私のせいで捕まったと信じて、酷く恨んでいる……そう、彼の友人達から聞きました。面会に行っても会ってくれないし、結局誤解を解くことは出来なかったわ。主人も若くして死んで、私は自分を愛してくれた男を二人も失った……」
 遠くを見るような目で、和代は言った。初めて会った頃に見せた猛々しい『覇気』はもう感じられない。
「!和代さん、集中して下さい……!」
 突然、思い出して由美子は言った。
「小田切 達哉はあなたを許すしかないでしょう……霊よ、そこにいますか?」
 隆之介も真里奈も、これ以上霊のふりを続けることが出来なかった。伯父の思い違いで、これ以上和代を苦しめるのは、幾ら5億円の為でも抵抗があった。
 それに、今の時点で伯父の手紙にあった目的はほぼ完遂している。このまま達哉の霊を撤退させるか、それとも……。
「達哉の霊、そこにいますか?」
 由美子が繰り返す。彼女の放つプレッシャーに、隆之介と真里奈は気圧されそうになる。
「もう、いい加減にして下さい!!」
 和代が爆発した。
「こんな芝居がかったことをして、テーブルに話させたり……頭が変になっちゃう!今も言ったように、私は何も悪いことはしてません!達哉の霊がウチに出没したいなら、どうぞご勝手に!こんな勿体ぶった儀式はもう沢山です!!」
「お、仰る通りですぜ、業背さん!」
 震える声で、三上も賛成した。二人共、かなり精神的に来ているようだ。
「幽霊と話したって、何の得にもなりゃしない!」
 そう言うと、和代はテーブルクロスを力任せに剝ぎ取り、荒々しく投げ捨てた。
 涙を浮かべながら、彼女は隆之介と真里奈を抱き寄せる。
「可哀想な子供達!こんなことと知ってたら、参加させなかったわ!さぁ、テーブルを運ぶのを手伝ってちょうだい、お夜食作るから。能勢さんと三上さんはお引き取り下さい。二度とこの話はしたくありません!!」
「霊に対して乱暴な態度はいけません、マダム・業背。復讐しようとしますよ」
 尚も、由美子は芝居がかった口振りで言い続ける。
「復讐したけりゃ、すればいい!!」
 挑むように和代が叫んだ。
 由美子は心残りな様子で、部屋に上がって行った。三上もオドオドしながら、後に続く。
 予想外のことが起こりつつも、取り敢えず事態は収束したか……隆之介と真里奈は複雑な表情をしながら和代を手伝って、テーブルをレストランに運ぶ。二人は暖炉に背を向けていた。
(まさか、伯父さんが逮捕された裏であんなことがあったなんてな……)
(あの感じから、少なくとも和代さんは嘘をついてなかったわ……)
 二人は和代に聞こえないように小声で話しながら、テーブルを運んだ。
 伯父が生きていたら、すぐにでも真実を伝えるのに……。
 和代はふと、暖炉に目をやった。まだ火が残っていて、パチパチと薪が焼ける音がする。
 その直後、「ドスン!」と何かが落ちる鈍い音がした。同時に和代の目が恐怖で大きく見開かれる。叫ぶように大きく口を開けたが、喉が詰まったように全く声が出て来ない。
 和代は少しずつ頽れて、近くにあったテーブルや椅子を倒しながら床に倒れた。
 それは、体重に比例した重々しく派手な音。
 赤い火の粉の飛び散る暖炉の中で、骸骨が笑っていた……。
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